3 / 39
3
しおりを挟む
まさかこいつ、この部屋ごと調査書を燃やす気なのか!?
不二三は焦った。
今までの事件の資料に加え、今まで集めてきた小説や、高かった本棚に至るまで、そんなことをしたら全部燃えてしまうじゃないか!!
不二三は、初めて憧れの作家さんにサインしてもらったサイン本の小説を思い出した。どうしよう、本は俺の命なんかより大事なんだ。
不二三は泣きそうになった。
走馬灯のようにあの時、緊張で何度も吐きながら助手と新幹線に乗り、渋谷で推理作家さんのサイン本をゲットしにいった記憶が浮かんだ。あの本が燃えるなんてことは絶対にあってはならない。
しかも下にはこの2階を貸してくれたスナックのママ、ゆかりさんが住んでいるんだ。彼女を巻き込むわけにはいかない。
「やめろ!殺すなら僕を殺せ!」
だが、犯人は不二三を無視した。不二三を殺したら調査書の場所がわからないまま終わるからだ。
「もうすぐ助手がくる、逃げた方がいいぞ」
だが、覆面男ははったりだと思ったのか取り合ってくれなかった。不二三を無視したまま、ガソリンを持って机の中の紙をどんどん机に出し、燃やそうとしている。
どうしよう、不二三は本が燃やされるかもしれないと思うと思考が上手くまとまらなかった。不二三の弱点は命をとるという脅しより本を燃やすといわれる方が重いのだ。
覆面男は事務所にガソリンをまいた。部屋いっぱいにガソリンの嫌なにおいが広がったが、不二三の鼻は機能が麻痺しつつあるのか、匂いが微かにしかしなかった。少ししびれがとれてきた不二三はふらふらと立ち上がった。
まだガソリンをまいている、立ち上がった不二三に気付いている様子はない。不二三はそうっと立ち上がり犯人に飛び掛かった。
「おりゃあああああああああ!!」
「!」
「ふ、覆面野郎め、この野郎」
後ろから飛び掛かり覆面をはがしてやろうとしたが、もみ合いになる前に腹部に鋭い痛みが走った。
「は……は?」
ゆっくりと機能している左目で腹部を見ると、振り返った覆面男の持っていたナイフが深々と自分の腹に突き刺さっている。コートの中にまだ凶器を隠し持っていたのだ。
「いっ」
だがまだ痛みを我慢すれば動ける。不二三は覆面男に再び襲い掛かろうとした。だが、覆面男はナイフをぬくと、今度はそのナイフで不二三の心臓を狙って思いきり突き刺した。
「あ……」
胸に、思わず叫びだして暴れたくなるような鋭い痛みが走り、不二三はふらふらとよろけながら後ろに下がると、どさりと倒れた。
覆面男は、その不二三の姿を見て安心したようにガソリンをまき散らす作業に戻った。
最初から、覆面男は不二三を殺すつもりだったのだ。調査書を受け取ったら殺すつもりだったのだ。そんなこと不二三にだってわかっていた。
だが、どうせ殺すなら事務所を焼いて殺すのではなく、普通に刺殺とか絞殺とかにして自分1人だけ死ぬようにしてほしかった。
助手と積み上げてきた事務所の功績の証が、わくわくしながら買ってきた本が、今まで集めてきた調査の資料が、依頼されたオーナーからもらった旅館の資料や助手が集めてきた情報が、この覆面男の行動1つですべて失われる。覆面男は、入口でライターをつけ、ぽいっと部屋に投げた。凄まじい熱気が事務所全体を包み、不二三の体にもその熱気は襲い掛かった。
「頭部さえ、今更見つからなければ……」
轟轟と燃え盛る炎の中、不二三は覆面野郎が事務所から去るとき微かに聞いた。
飛騨高山の白骨死体の頭部。8年前の柊さんが行方不明になった件は大きく関係しているはずだ。不二三は、せめて1階のゆかりさんにはこの火事のことを知らせないと、と必死に起き上がろうとしたが、腹部の傷が痛すぎて体が動かなかった。
「く……」
涙で視界が歪んだ。僕はなんて無力なんだ。近くにあった本棚がぐらりと揺れて、不二三の方へと倒れてきた。不二三に逃げる力はもう残っていなかった。
ずどんという音と共に、不二三の体に大きな衝撃が乗っかった。本棚に潰され、本に潰され、不二三は涙を流した。
「死ぬなら本棚に押しつぶされて死にたい」
「それなら今からでも死ねるじゃないか」
「そうじゃなくて、僕は本に囲まれて死にたいって意味だよ」
最近助手とした話を思い出した。こんな形で夢が叶ってしまうとは思わなかったが、正直火をつけられるのだけは嫌だった。本棚は、まるで不二三は燃えるのを守るように、不二三の上に乗っかっていた。あたたかい、熱かった部屋が本に囲まれると温かいと感じた。不二三の体は本棚の重圧で骨が折れて全身に激痛が走っていたが、この状況は割と理想ではあった。だが、状況が状況でなければ、だが。
ゆかりさんは大丈夫だろうか、せめてこれからくる助手は、火事を見た瞬間にゆかりさんを真っ先に助けてくれ。そして、1階のスナックは無事という状態で、消防の人が火を消してくれると嬉しい。視界は暗く、本たちに遮られていた。最後に見るのが本の山とは、助手に火葬する時は大量の本に僕を埋めてくれといっていたが、これほど大きな棺桶はないだろう。
「雪知君の言う通り、火災保険に入っていてよかった」
愛した本と本棚に押しつぶされながら、不死身は目を閉じた。
不二三は焦った。
今までの事件の資料に加え、今まで集めてきた小説や、高かった本棚に至るまで、そんなことをしたら全部燃えてしまうじゃないか!!
不二三は、初めて憧れの作家さんにサインしてもらったサイン本の小説を思い出した。どうしよう、本は俺の命なんかより大事なんだ。
不二三は泣きそうになった。
走馬灯のようにあの時、緊張で何度も吐きながら助手と新幹線に乗り、渋谷で推理作家さんのサイン本をゲットしにいった記憶が浮かんだ。あの本が燃えるなんてことは絶対にあってはならない。
しかも下にはこの2階を貸してくれたスナックのママ、ゆかりさんが住んでいるんだ。彼女を巻き込むわけにはいかない。
「やめろ!殺すなら僕を殺せ!」
だが、犯人は不二三を無視した。不二三を殺したら調査書の場所がわからないまま終わるからだ。
「もうすぐ助手がくる、逃げた方がいいぞ」
だが、覆面男ははったりだと思ったのか取り合ってくれなかった。不二三を無視したまま、ガソリンを持って机の中の紙をどんどん机に出し、燃やそうとしている。
どうしよう、不二三は本が燃やされるかもしれないと思うと思考が上手くまとまらなかった。不二三の弱点は命をとるという脅しより本を燃やすといわれる方が重いのだ。
覆面男は事務所にガソリンをまいた。部屋いっぱいにガソリンの嫌なにおいが広がったが、不二三の鼻は機能が麻痺しつつあるのか、匂いが微かにしかしなかった。少ししびれがとれてきた不二三はふらふらと立ち上がった。
まだガソリンをまいている、立ち上がった不二三に気付いている様子はない。不二三はそうっと立ち上がり犯人に飛び掛かった。
「おりゃあああああああああ!!」
「!」
「ふ、覆面野郎め、この野郎」
後ろから飛び掛かり覆面をはがしてやろうとしたが、もみ合いになる前に腹部に鋭い痛みが走った。
「は……は?」
ゆっくりと機能している左目で腹部を見ると、振り返った覆面男の持っていたナイフが深々と自分の腹に突き刺さっている。コートの中にまだ凶器を隠し持っていたのだ。
「いっ」
だがまだ痛みを我慢すれば動ける。不二三は覆面男に再び襲い掛かろうとした。だが、覆面男はナイフをぬくと、今度はそのナイフで不二三の心臓を狙って思いきり突き刺した。
「あ……」
胸に、思わず叫びだして暴れたくなるような鋭い痛みが走り、不二三はふらふらとよろけながら後ろに下がると、どさりと倒れた。
覆面男は、その不二三の姿を見て安心したようにガソリンをまき散らす作業に戻った。
最初から、覆面男は不二三を殺すつもりだったのだ。調査書を受け取ったら殺すつもりだったのだ。そんなこと不二三にだってわかっていた。
だが、どうせ殺すなら事務所を焼いて殺すのではなく、普通に刺殺とか絞殺とかにして自分1人だけ死ぬようにしてほしかった。
助手と積み上げてきた事務所の功績の証が、わくわくしながら買ってきた本が、今まで集めてきた調査の資料が、依頼されたオーナーからもらった旅館の資料や助手が集めてきた情報が、この覆面男の行動1つですべて失われる。覆面男は、入口でライターをつけ、ぽいっと部屋に投げた。凄まじい熱気が事務所全体を包み、不二三の体にもその熱気は襲い掛かった。
「頭部さえ、今更見つからなければ……」
轟轟と燃え盛る炎の中、不二三は覆面野郎が事務所から去るとき微かに聞いた。
飛騨高山の白骨死体の頭部。8年前の柊さんが行方不明になった件は大きく関係しているはずだ。不二三は、せめて1階のゆかりさんにはこの火事のことを知らせないと、と必死に起き上がろうとしたが、腹部の傷が痛すぎて体が動かなかった。
「く……」
涙で視界が歪んだ。僕はなんて無力なんだ。近くにあった本棚がぐらりと揺れて、不二三の方へと倒れてきた。不二三に逃げる力はもう残っていなかった。
ずどんという音と共に、不二三の体に大きな衝撃が乗っかった。本棚に潰され、本に潰され、不二三は涙を流した。
「死ぬなら本棚に押しつぶされて死にたい」
「それなら今からでも死ねるじゃないか」
「そうじゃなくて、僕は本に囲まれて死にたいって意味だよ」
最近助手とした話を思い出した。こんな形で夢が叶ってしまうとは思わなかったが、正直火をつけられるのだけは嫌だった。本棚は、まるで不二三は燃えるのを守るように、不二三の上に乗っかっていた。あたたかい、熱かった部屋が本に囲まれると温かいと感じた。不二三の体は本棚の重圧で骨が折れて全身に激痛が走っていたが、この状況は割と理想ではあった。だが、状況が状況でなければ、だが。
ゆかりさんは大丈夫だろうか、せめてこれからくる助手は、火事を見た瞬間にゆかりさんを真っ先に助けてくれ。そして、1階のスナックは無事という状態で、消防の人が火を消してくれると嬉しい。視界は暗く、本たちに遮られていた。最後に見るのが本の山とは、助手に火葬する時は大量の本に僕を埋めてくれといっていたが、これほど大きな棺桶はないだろう。
「雪知君の言う通り、火災保険に入っていてよかった」
愛した本と本棚に押しつぶされながら、不死身は目を閉じた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
密室島の輪舞曲
葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。
洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。
声の響く洋館
葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。
彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
双極の鏡
葉羽
ミステリー
神藤葉羽は、高校2年生にして天才的な頭脳を持つ少年。彼は推理小説を読み漁る日々を送っていたが、ある日、幼馴染の望月彩由美からの突然の依頼を受ける。彼女の友人が密室で発見された死体となり、周囲は不可解な状況に包まれていた。葉羽は、彼女の優しさに惹かれつつも、事件の真相を解明することに心血を注ぐ。
事件の背後には、視覚的な錯覚を利用した巧妙なトリックが隠されており、密室の真実を解き明かすために葉羽は思考を巡らせる。彼と彩由美の絆が深まる中、恐怖と謎が交錯する不気味な空間で、彼は人間の心の闇にも触れることになる。果たして、葉羽は真実を見抜くことができるのか。
桜子さんと書生探偵
里見りんか
ミステリー
【続編(全6話)、一旦完結。お気に入り登録、エールありがとうございました】
「こんな夜更けにイイトコのお嬢さんが何をやっているのでしょう?」
時は明治。湖城財閥の令嬢、桜子(さくらこ)は、ある晩、五島新伍(ごしま しんご)と名乗る書生の青年と出会った。新伍の言動に反発する桜子だったが、飄々とした雰囲気を身にまとう新伍に、いとも簡単に論破されてしまう。
翌日、桜子のもとに縁談が持ち上がる。縁談相手は、3人の候補者。
頭を悩ます桜子のもとに、差出人不明の手紙が届く。
恋文とも脅迫状とも受け取れる手紙の解決のために湖城家に呼ばれた男こそ、あの晩、桜子が出会った謎の書生、新伍だった。
候補者たちと交流を重ねる二人だったが、ついに、候補者の一人が命を落とし………
桜子に届いた怪文の差出人は誰なのか、婚約候補者を殺した犯人は誰か、そして桜子の婚約はどうなるのかーーー?
書生探偵が、事件に挑む。
★続編も一旦完結なので、ステータスを「完結」にしました。今後、続きを書く際には、再び「連載中」にしますので、よろしくお願いします★
※R15です。あまり直接的な表現はありませんが、一般的な推理小説の範囲の描写はあります。
※時代考証甘めにて、ご容赦ください。参考文献は、完結後に掲載します。
※小説家になろうにも掲載しています。
★第6回ホラーミステリー大賞、大賞受賞ありがとうございました★
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる