ターゲットは旦那様

ガイア

文字の大きさ
上 下
1 / 19

お母さんお元気ですか?

しおりを挟む
お母さん。
 お元気ですか?
 岐阜の田舎から会社員になるって息巻いて東京に出て行った私やけど、気づいたら。

「ターゲット、射殺成功しました」

 殺し屋になっていたよ。

「よくやったナイン」
「すぐ戻ります」

 佐々木千草(ささきちぐさ)は、殺気を纏った鬼のような形相から、氷像のような無表情で死体に背を向けた。

 錆びた鉄の匂い、生暖かい血の匂い。全て慣れてしまった。私はもう、人間に戻れない。千草は、レインコートにぶつかる雨音を聞きながら指定の場所へと向かった。
 いつも通り報告をして、次の仕事の報告を受ける。

「次は出張だ」
「出張、ですか」

 出張、すなわち遠くで殺しをするということだ。
 そういうことはよくあることなのだが、知らない土地での殺しというのはどうにもやりずらいので身構える。
「岐阜までいってもらう」
「ぎ、岐阜、ですか」
「あぁ、確か実家があるんだったか」
 千草は、思わず眉をひそめた。東京に上京してから仕事上一度も岐阜には行っていない。仕事が忙しい、仕事が忙しい、と言い続け、たった一人で自分を育ててくれた母さんに顔も見せなかったのだ。
「あ・・・はい」
「顔を見せてもいいが、くれぐれも仕事のことは言うなよ」
「え・・・!?」
 上司の飯塚は、無表情でそう言った。
「ちゃんとOLで通せ、ほれ」
 飯塚は、千草に本屋の袋を渡した。
「なんですかこれ」
 茶袋の中には、OLの悩み、OLの恋愛事情、OLになりたい人の本、などOLに関する本が入っていた。こんなの絶対に読みたくないと思ったが、常に仏頂面の上司がこれを買ってくれたのだと思うとほっこりする。
「ありがとうございます」
 ただ、そのほっこりは表情に出ることなく、千草は無表情のまま本を抱きしめた。
「期限は約半年。ターゲットはコイツだ」
 写真をぺらりと見せられる。
「渡辺直春(わたなべすぐはる)、32歳、無職、岐阜での目撃情報があってな」
 飯塚が指さしたところには、三つ編みに眼鏡をかけた白いシャツに黒いパンツの、お神輿の下で興味なさそうにあくびをしている女性が新聞に載っていた。
「女性・・・ですか」

「いや・・・男性だ。そういう趣味なのか、女装して飛騨高山の祭りの写真に写りこんでいたらしい」

「わかりました」

 ターゲットがどういう人間なのか、そういうことは聞くことも気にすることもない。どうせ死ぬのだ。

ただ、今までのターゲットというのは大体金持ちのお偉いさんとか、どこかの社長とかが多い中、何故この女装した無職の男を殺さなくてはならないのかがわからなかった。更に期間がかなり長い。

何故この男に半年もかけるのだろう?相当な手練れなのだろうか。
だが、千草が目を凝らしてみても、とてもそうは見えなかった。この仕事が千草に回ってきたのは、出身地が岐阜だからということなのだろうか。

「私にこの仕事が回ってきたのは、出身地が岐阜だからということでしょうか」

「いや、年も近いし、調べでは結婚もしていないらしい。というわけで女性がいいという話になった」

 確かに、この組織女性が全くいない。というか、千草しかいない

「この私にハニトラを仕掛けろと?」

 千草は、30歳にして今まで男と付き合ったことがなかった。女性の殺し屋というのは、ハニトラを仕掛け、女性ということを武器にすることが多いが、千草はそういうことはしない。「氷の死神」と呼ばれ恐れられている程、冷徹に、冷静に、そして的確に人を殺す殺し屋だったのだ。

「俺はそうはいっていない」

 飯塚にそう言われて、千草は眉をひそめた。女だからという理由でナメでもらっては困る。

「じゃあ、明日からよろしく頼む」

 明日から、岐阜県で出張か。出身地に帰る理由がこれか。
 千草は、無表情のままため息を吐くように心の中で呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

処理中です...