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地下アイドル♂は女装をする

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「俺の顔そんなに好きなの?太郎さん」

 ニヤニヤとした表情で俺をおちょくる冬街で我に帰る。一定の距離感であったはずの冬街との間隔はいつの間にか縮まっていて、綺麗な顔が目の前にあったことに驚いた。
 何度も何度も体験した雰囲気。人目もあるし、恥ずかしいと俺が冬街から遠ざかろうとした瞬間、冬街は人目もはばからず無理矢理俺の両頬を掴み、そのままぶちゅっとキスを交わしてきたのだ。冬街の奇想天外な行動に俺は一瞬で顔が真っ赤になった。

「ふぉまえっ……!!」
「あはは!太郎さんの顔真っ赤っか!!」

 暇なのか顔が真っ赤なおっさん達の野次馬が俺達を興味深々に見つめてくる一方、冬街の魔性にあてられたのか、若い男性店員は冬街を見て惚けていた。
 羞恥心と色々な感情に押し潰されそうになりながら俺は冬街を睨む。そんな俺に冬街は舌舐めずりをして見せる。

「揶揄うのもいい加減にしろ!!」
「顔真っ赤にしちゃって、かわいいなぁ」
「冬街!!」
「ごめん、ごめんって太郎さん」

 全く反省の色が見えない冬街に苛立ちながら俺はコップに入った水をごくごくと飲み干し、そっぽ向いて冬街を視界から消した。
 そんな俺に冬街はなぜか笑みを零しながら、水の入ったグラスの縁を人差し指で触れ、くるくると器用に動かしながら呟いた。

「俺、太郎さんに出会ってから人生バラ色なんだ」
「馬鹿げている」
「本当だよ。俺、太郎さんと出会うために生まれてきたんだって心の底からそう思ってるんだ」

 冬街はくるりと人差し指でグラスを一周させると、綺麗に透明に透き通った氷をカロンコロンと鳴らした。その表情は真剣そのもので、声色と共にこの空間には俺と冬街だけしかいないかのようだった。

「太郎さんと会えるとね、心が凄く温かくて幸せな気持ちになるんだ。雪溶けで地面から出てきて、春を迎える草木の芽みたいにさ」
「お前は一生冬眠してろ」
「酷い!俺は太郎さんと一緒にずっと一緒にいたいんだよ?この先もずっとずぅっとね」
「……酔いすぎだぞ、冬街」

 友達でも恋人でも同僚でも仕事仲間でもない俺たちの関係。セフレと呼ぶのが一番しっくりくるのかもしれないが、それにしては情や「なにか」が絡みすぎている。
 その「なにか」に冬街は既に名前をつけているよう。何度も俺に向かって伝えてくれる。何度も囁いてくれている。

「俺は太郎さんが好き」

 冬街は俺に好意を寄せてくれている。こんな俺のことを心の底から愛してくれる人はそうそういないだろう。
 何度も俺を好きだと言ってくれるが俺が冬街の思いに答えてあげたことは一度もない。そればかりか、俺達の仲は他の人より少しだけ近いだけという曖昧な関係のまま今も続いているのだ。

「紀元前ソフィーじゃなくて、冬街零として、太郎さんに出会えてよかった。大好きだよ」

 俺の頭を優しく撫でながら冬街は慈しむような顔でそう告げた。まるで愛しい人に愛を告げるような顔に俺は冬街を直視出来なくなる。ドクンと心臓が脈打ち、俺は下唇を噛み締めて視線を逸らした。
 この瞬間、活気ある居酒屋の一部が甘い雰囲気に包まれ、他の客の話し声や店員の声が少しだけ遠ざかった気がした。
 久々に会えたのだ。このまま冬街に甘えても良いのではないか、と雰囲気と酒にのまれた思考をしていた俺は冬街の名前を呼ぼうとした。

「と……」
「太郎さん絶対照れてるー!耳まですっごく真っ赤っか!」

 今までの雰囲気は何処へ行ったのか、冬街は満面の笑みで携帯を取り出してパシャりと写真を撮りだしたのだ。甘い雰囲気に流されそうになったすんでのところで俺は意識を清明にさせる。俺は恥ずかしくて仕方がなかったので慌てて冬街の手を掴んでそれを阻止した。

「俺、太郎さんの照れ顔好きだよー!これから待ち受けにしようかなぁ」
「消せ!」
「いやでーす!」

 俺が冬街から携帯を奪おうと必死に手を伸ばすが、身長の差もありそれはなかなか叶わない。そんな俺たちのやりとりに周りにいた客たちはケラケラと楽しそうに笑った。
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