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せ、積極的なのね

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 魔族の城での私の生活は、その大半を調理場で過ごす事となっていた。早朝から夜遅く迄、二回の休憩を除いて文字通り私は働き詰めだった。

「リリーカ! 野菜が足りねえ! 皮むきを頼めるか!?」

「はい! 直ぐやります!」

 私は洗い物と盛り付け以外に、皮むきも任されるようになっていた。決して包丁の扱いが上手い訳では無かったが、桁違いの量の野菜を扱っていく内に自然と慣れた手つきで皮むきが出来るようになった。

「副料理長! ついでに昼食の分も皮むきしちゃっていいですか?」

 釜戸で鉄鍋を振るう副料理長に、私は手を動かしながら叫ぶ。

「お前に任せるリリーカ! 洗い場と盛り付けの合間に頼む!」

 ······任せる! なんて嬉しくなる言葉なの。取り柄の無い私でも、頼りにされると労働意欲が増していくわ。

「リリーカ! 中に入って来い!」

 厨房内にある個室調理場から、カーゼル料理長の大声が聞こえた。厨房内は一瞬沈黙に包まれた。

 カーゼル料理長が自分の個室調理場に誰かを入れる事は今迄に無かったらしい。私は迷う暇も無く個室調理場に入った。

 カーゼル料理長は私に背を向け、四本の腕を目も止まらぬ速さで動かしていた。右手二本で野菜や肉を切り、左手二本で五つの鉄鍋を交互に振っていた。す、すごい迫力!

「リリーカ。お前の目の前にある棚から調味料を取り出し混ぜてくれ」

 え? そ、そんな大役を私に!? で、でも少しでも間違えたら、せっかくのカーゼルさんの料理が台無しになっちゃう。

「心配するな。量は俺が指示する。出来るか?」

 逡巡する時間はこの厨房には無かった。私は了解の返事を返し、全神経を聴覚に傾けた。

 ······昼の仕込みまでの休憩時間、私は厨房内のテーブルに座り込んでいた。幸いカーゼルさんの料理を駄目にする事は回避出来た。

 で、でも精神的にこれは疲れる。カーゼルさんが料理を誰かに手伝わせるなど初めての事らしい。

 他の料理人達は、口々に私の事をすごいなと言っていた。そ、そうなの? とにかく部屋で一休みしよう。自室に戻る途中、私はザンカルとシースンに発見されてしまった。

「おいリリーカ! 講義はどうなった? 早く押し倒す方法を教えろ!」

「ちょっとリリーカ! 講義はともかく、また一杯私に付き合いなさいよ」

 二人に左右の腕を掴まれ、私はぐったりとしていた。お願い。貴重な休憩時間なの。銅貨三枚あげるから休ませて。

「ザンカル殿。シースン殿。リリーカ様はお疲れです。今日はその辺で」

 リケイも現れ、ザンカルとシースンに私の立場を説明してくれた。あ、ありがとうリケイさん! 今日ばかりは貴方に感謝します。

 発情魔族なんて言ってごめんなさい。部屋に戻った私はベットに倒れ込んだ。部屋のノックが鳴ったのはそれと同時だった。

「失礼します。リリーカ殿」

 リケイが勝手に部屋に入って来た。そして右手には小さいガラス瓶を持っている。な、何の御用ですかリケイさん?

「リリーカ殿。厨房ではお疲れ様です。この妙薬は疲労によく効く物です。是非飲んでみて下さい」

 ガラス瓶には緑色の液体が入っていた。き、気味悪いんですけど? その薬。

「リリーカ殿。安心して下さい。これは決して、媚薬などではございません。これをあなたに飲ませて交わろうなどと、そんな邪心は持っておりません」

 いや、言ってるだろうお前。邪心全開の企みを包み隠さず全て。そして何故シャツのボタンを外して行く?

 百歩譲っても、せめてそれは私にその媚薬を飲ませてからじゃない? 順序的に。とにかく眼鏡に怪しい光を漂わせた発情魔族に、朝っぱらから私は追い詰められていた。

 その時、再び私の部屋を誰かがノックした。

「リリーカ様。タイラント様から伝言です。入りますよー。なんか講義はどうするのかと仰ってましたよー」

 メイドのエマーリが部屋に入って来た時、リケイは既に半裸になっていた。私はその千載一遇の好機を逃すまいと、大急ぎでエマーリの背中に隠れる。た、助かった!

 リケイは無言でそそくさと部屋を出て行った。え? あの上半身裸の格好で行くの? あの発情魔族?

 私が呆れていると、誰かが私の胸ぐらを掴んだ。その華奢な両手は、エマーリの手だった。

「テメーこの雌豚! 私のリケイ様に手を出すなんざぁ百年早いんだよ!!」

 エマーリの豹変と毒舌に私は言葉を失った。え、ええ? エ、エマーリ。あなたあの発情魔族の事が?

「お、落ち着いてエマーリ! あの人普通じゃないのよ! 探究心だとか言ってすぐに服を脱ぎ出すのよ!」

「ああ!? 裸でリケイ様に迫った事なんざ何度もあるんだよ! でも一度も私を抱かないんだよ! リケイ様は!」

 い、いやいや。そんな事は聞いてないけど。そ、そうなのエマーリ? せ、積極的なのね。

「なんでリケイ様はこんな胸もケツも出てない人間の女を······」

 エマーリは眉間にしわを寄せ私を睨む。く、悔しいけど胸もお尻もあるエマーリには何も言えない。

「おいリリーカ! テメーとはその内にケリをつけるからな!」

 豹変したエマーリはそう吐き捨て、乱暴にドアを閉め去って行った。

 ······世界の何処かにいらっしゃる勇者様。最近お祈りを怠っていましたが、緊急にこちらの城にお立ち寄り下さい。

 私は心の中で、必死にそう願っていた。


 
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