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人生は、臆病なくらいが丁度いい

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 ある小さな街に、三十代半ばの男が居付いていた。職業は魔法使い。名はタクボ。彼には冒険者と言う肩書が付いている。タクボは危険な事が大嫌いだった。

 彼に言わせると、冒険者などと言うヤクザな生業をしていると命が幾つあっても足りないらしい。
 
 自己を鍛錬し、まだ見ぬ未開の地を仲間達と踏破し、人間に災厄をもたらす魔王を打倒する。タクボはそんな事には一切興味が無かった。なぜなら、そんな危険な事をしていたら命を失うからだ。
 
 そんな臆病者のタクボが冒険者を仕事としているのは仕方無くだった。彼は戦災孤児だった。故郷の村が破壊された。魔物にではない。人間に破壊されたのだ。
 
 魔王とその配下達に対抗する為に、人間達は一致団結などしなかった。魔物の脅威に晒されながら、人間同士が戦争を行っているのだ。正気の沙汰とは思えない。タクボはそう思っていた。
 
 タクボが所属している国には、戦災孤児を受け入れる施設があった。しかし、孤児達はのんびりと授業など受けさせては貰えなかった。

 施設の教官はその子供にどんな適性があるかをテストし、個々に向いた職業の基礎を叩き込む。その後はさっさと施設から追い出す。
 
 タクボには魔法使いの適性があった。本当は農民を望んでいたが、こればかりは自由に選択出来なかった。
 
 国の軍隊に入れば施設での学費は免除されるが、そうでない場合は学費を返還しなければならない。
 
 施設を出た時、タクボは金貨三百枚の借金を背負っていた。せめてもの情けか、借金に利息は付かなかった。

 この世界は表面上は魔王とそれに挑む英雄達との戦いの歴史だった。歴代の勇者達の英雄譚と、残忍な魔王達の血の蛮行で人間の歴史の年表は埋め尽くされている。

 ただそれは人間側の都合のいい歴史解釈であり、魔族側にとっては魔族の言い分や歴史があった。人間と魔族は古来から争っていた。

 だがそれと同時に人間同士でも国家間で争い、魔族同士でも戦争を起こしていた。
 
 タクボが生きる現在も魔王が存在する。先代の魔王が倒されてからまだ四年しか経っていなかった。
 
 人間より人口数が劣る魔族は、その差を埋める為に魔物を自国の領土に配置する。だが魔物は勝手に移動する為にタクボが拠点としている街の周囲にも徘徊している。
 
 国王は街の住民の安全確保と、街と街を結ぶ行路の治安維持の為に冒険者を雇っている。
 
 タクボの住む街にも規模は小さいが[冒険者職業安定所]が設置せれており、そこに行けば様々な仕事を斡旋してもらえる。冒険者からは通称[冒職安]と呼ばれている。
 
 だがタクボは可能な限りこの[冒職安]を利用しない。ここを利用する時、登録証明書が必要だからだ。

 その登録証明書は定期的に更新しなければならない。更新の度に自分の現在のレベルを申告しなければならない。タクボは自分のレベルをなるべく秘密にしたかった。
 
 この[冒職安]はレベルに応じた仕事を紹介してくれる。またレベルが高くなれば、国から直接雇用の誘いもある。

 国に召し抱えてもらえば安定した収入が約束される。何も日銭を稼ぐ為に魔物と命のやり取りをする必要も無くなる。
 
 その為、国から召し抱えられるよう人助け的な仕事を選ぶ冒険者も少なくない。だがタクボは、今日も日銭を稼ぐ為に魔物と命のやり取りをしている。
 
 街の門を出ると周囲はなだらかな丘陵地帯だった。隣の街にはひと山超えなければ行けない。タクボは行路を少し外れた草原をウロウロする。絶対に街から遠く離れない距離を保つながら。
 
 魔物達が目の前に現れるまで、そう時間はかからなかった。
 
 遭遇した魔物三体。肉食猪と二羽の大型蝶々だ。

 肉食猪がタクボに突進してくる。四肢は短いが、かなりの早さでタクボとの距離を詰めてくる。この猪は牙が異常に伸びており、人間など簡単に串刺しにしてしまう。
 
 そして成人男性の上半身くらいのサイズがある大型蝶々は、毒の鱗粉をかけてくる。その毒を吸い込んてしまうと体が痺れ暫く未動きが出来なくなる。
 
 タクボ愛用の杖をかざし、火炎の呪文を唱える。杖から三つの火球が飛び出す。
 
 最初に突進して来た肉食猪に火球が命中する。猪は文字通り火だるまになり、進行方向とは逆側に転げる。
 
 大型蝶々にも火球は当たり、羽が焼けただれ蝶々は地面に落ちた。
 
 魔物達が絶命すると、その姿は炭に変わって行く。亡骸が姿を変えた炭は風に吹かれどこかに消えて行った。
 
 三体の亡骸があった場所に、銅貨がそれぞれ置かれている。合わせて銅貨二十枚。これが、今しがた命の危険を侵して得た対価だった。
 
 魔物達はその強さによって三つに分けられる。銅貨級。銀貨級。金貨級。
 
 魔物達は貨幣を触媒にして生み出されているのだった。魔族達は一体その金をどこから調達しいるのか。タクボには大きな謎だった。
 
 先程のような戦闘を三度繰り返し、タクボは街に帰った。今日の収入は銅貨六十三枚。街はもう夕暮れ時だった。小さい街なので宿は一つしかない。
 
 [黄昏の一服]と書かれた古びた看板の下にある扉を開ける。
   
 正面にカウンターがあり、タクボは泊まる為の手続きをする。白い髭を蓄えた六十代半ばの店の主人は、帳面を見ながら部屋の種類を聞いてくる。

「庶民の部屋が銅貨二十五枚。貴族の部屋が銅貨六十枚。どっちにするかね?」
 
 客に対して挑発的な部屋の名付けをする主人はタクボに質問する。
 
 タクボは庶民の部屋と即答する。この部屋は食事も部屋の調度品も部屋の名前その通りだった。  
 
 対して貴族の部屋はかなりランクアップされる。何より男性向けサービスが用意されている。
 
 今日一日の稼ぎを散財する気にはなれず、タクボは今日も庶民の部屋で寝る。人間、分相応が一番。それが彼の考えだった。
 
 タクボはベッドと小さいテーブルがある質素な部屋に入り、まず荷物を降ろす。
 
 両肩で背負える麻袋には薬草と毒消し草が入っていた。肩、胸、肘、膝をカバーした革の鎧を外していく。タクボは魔法使いが普通着用するローブを身に着けなかった。昔は着ていたが走るのに適さず、魔物から逃げる際に邪魔と感じていた。
 
 タクボは戦災孤児施設を出た時に、記念品として貰った魔法の杖をずっと使用している。大して魔力を増幅させないが手に馴染んだ物が彼にとっては一番だった。
 
 部屋に運ばれたライ麦パンと野菜スープで夕食を済ませ、共同浴場で汗を流す。酒場などにも行かずさっさと床につく。タクボは明日[冒職安]に定期更新に行かなくてはならかった。
 

「あなた、レベル二十なの!?」

 タクボは冒険者職業安定所にいた。定期更新受付窓口で若い女性受付が驚いたように大きな声を出す。
 
 個人情報を大きな声で周りに聞かせないで欲しいとタクボはそう心の中で呟いた。
 
 受付女性は口早に国への就職や、タクボのレベル相応の仕事を紹介してくる。
 
「これだから、ここに来るのは嫌なんだ」

 そうタクボはため息をつく。戦災孤児施設を出る時、冒険者職業安定所の登録が義務付けられていた。それ以来、半年に一度の更新でどうしてもここに来なくてはならなかった。
   
   更新時、冒険者には現在どのレベルなのか検定義務がある。それぞれの職業によって検定方法は違う。魔法使いのタクボの場合は魔力を測る事によってレベルを決められる。
 
 さっきも子馬程の大きさのドラゴンの石像が置かれている部屋にタクボは通された。ドラゴンの開かれた口に特殊な魔術で精製された水晶がある。

 その水晶に手をかざし魔力を込める。すると水晶の色が変化し、その色でレベルが決定される。

 受付女性の斡旋を断り、更新を済ませたタクボはさっさと帰宅しようとした。
 
 だが、今度は冒険者達から仲間にならないかと勧誘される。先程の受付女性の声を聞いたのだろう。
 
 タクボが拠点としているこの街は、周囲に出現する魔物のレベルが低い。ほぼ銅貨級の魔物しか出ない。当然、街に居る冒険者のレベルも高くて五から六だ。
 
 それ以上のレベルの冒険者は、次の街を目指して行く。その中でタクボのレベルが珍しかったのだろう。是非仲間にと熱烈勧誘を受けるが、タクボはいつものように謝絶して逃げる。
 
 冒険者達の目的は様々だ。それがタクボにとって厄介だった。集団に属したら自由が無くなる。

 そう考えるタクボは、この小さい街から離れるつもりは無かった。
 
 戦災孤児施設を出て、初めて故郷以外の街に来た。それが今の街だ。それ以来、タクボは今のレベルに至るまでずっとここの魔物を相手にしてきた。来る日も。また来る日も。
 
 まだレベルが低い時は何度も危ない目にあったが、運良く生き残ることが出来た。レベルが十ぐらいになると、銅貨級魔物に対してほぼ命の危険は無くなって来た。
 
 レベルの低い魔物は当然経験値も低い。タクボは気の遠くなるような時間を費やし、今のレベルに到達した。
 
 その間、戦災孤児施設の借金も返済出来た。銀行に貯金も出来るようになった。レベルはタクボにとって生き残る確率を上げる数値でしかなかった。人に自慢するでもなく、誇るものでも無かった。
 
 ただ平穏に暮らし、なるべく安全に日々を過ごしたい。その為に生活は質素に抑え、せっせと銀行に貯金をしている。目標額を貯めさっさと引退する。それがタクボの願いだった。
  
 [冒職安]の建物を出ると、一人の若い女性がタクボの道を塞いだ。
 
「いい仕事の話があるの。乗ってみない? 魔法使いさん」
 
 若い女は肩まで伸びた黒髪を紐で縛っていた。白地のシャツに膝までのスカート。一見町娘に見えるが目が堅気では無かった。
 
 目鼻だちが整っており、美人と言って差し使えない器量だったが目が鋭すぎた。
 
 女が馴れ馴れしくタクボの左腕に自分の両手を回してくる。豊かな胸をわざとタクボの腕に当てて来る。
 
「分かっているわ。魔法使いさんは金には頓着しないのよね」

「なぜ知ってるんだ?」

 タクボは愛想を欠いた口調で女に問いかける。  

「アナタはこの街の同業者達にはちょっとした有名人よ。何を目的に冒険者をしているかって」

「平穏で慎ましい生活」

 タクボの真剣な声色で答えると、女が両目を見開き魔法使いを凝視する。

「そ、そう。お金が不要なら、女はどうかしら? 男にとっては絶対必要でしょう?」
 
「仕事の対価が女という事か?」
 
 女は片目を閉じ微笑した。
 
「分かった。話だけは聞こう。受けるかどうかはそれからだ」
 
「ありがとう。今夜アナタの泊まってる部屋にお邪魔するわね。私はマルタナ。アナタのお名前は?」
 
「タクボだ」
 
 その日のタクボは更新手続きもあり、魔物達の相手は早めに切上げた。いつもの庶民の部屋に入り、タクボは今日出会った女マルタナについて考える。
 
 マルタナは自分が同業者達に有名だと言っていた。もしそれが本当ならその同業者達に口止めが必要だった。

 高いレベルの冒険者の存在は厄介事を色々招く。国からの勧誘。危険な仕事の依頼。冒険者達からの同行勧誘。
 
 タクボは目立たないよう生きてきたつもりだったが、終始平穏とは難しい物だった。
 
 タクボはマルタナからは自分を知る同業者達の名を聞き出すつもりだった。
 
 樫の木のドアがノックされる。入室を促すとマルタナが部屋に入って来た。
 
 先程と服装は変わらなかったが、シャツのボタンが外されており胸元が大きく開いていた。
 
「報酬の女とは君の事か? マルタナ」
 
 タクボの質問にマルタナは妖艶な笑みを浮かべる。
 
「私じゃ不足かしら? 何なら今すぐ試してもらっても構わないわ」

 マルタナの挑発めいた言葉に、タクボは小さくため息をつく。
 
「先ずは仕事の話を聞こうか。それから私にも君に聞きたい事がある」
 
 マルタナはゆっくりと頷き、粗末な椅子に腰掛ける。彼女は仕事の内容を語り始めた。
  
「つまり、武器輸送の護衛をやれという事か?」
 
 彼女の説明は手短く分かりやすかった。

「秘密裏の輸送警護ね」
 
 タクボの言葉を訂正する彼女の目からは妖艶さが消えていた。
 
 表の仕事か裏の仕事か判断がつかなかったが、タクボは元々断るつもりだった。早いほうがいいとタクボは判断した。

「ところで私が聞きたい事なんだが」
 
 タクボが言い終える前に、マルタナは細く綺麗な指で魔法使いの口を塞ぐ。彼女のつけている香水のほのかな香りがした。

「タクボ。アナタ最初から断るつもりだったんでしょ?」
 
 口が塞がれたタクボは言葉を発せられない。
 
「私の目的はこの仕事内容をアナタに聞かせる事だったの。アナタの答えを聞く事じゃないわ」
 
 マルタナはタクボの口を塞いでいた指を自分の口に当てる。
 
「この話を聞いた以上、アナタはもう後戻り出来ないの」
 
「後戻り出来ない?」

 マルタナの台詞にタクボは怪訝な表情をする。
 
「国家機密を知った以上、拒否したら反逆罪に問われるのよ」
 
 彼女が何を言っているのか、タクボには分からなかった。唯一彼に分かるのは、望む平穏が揺らぎ始めたという事だった。
 
  
 

 

 
 

 
 
 
 
 
 
 

 
 

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