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最初で最後のキス
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······この広大な市民公園の中で、心細く孤立している様に見える木製ベンチ。私はそこに静かに腰を下ろした。
そして間髪入れず隣でうなだれている鶴間君の左手を優しく握る。私は視線を正面の噴水に向け、決して鶴間君の顔を見なかった。
「······小田坂さん」
鶴間君は小声でそう言った後に黙り込む。私と鶴間君は互いに黙したまま止めどなく水を出し続ける噴水を見つめていた。
······どれくらいの時間が経過しただろうか。溢れる悲しみの気持ちに耐え切れなくなったのか、最初に沈黙を破ったのは鶴間君だった。
「······小田坂さん。駄目だったよ。ノブは僕をただの友達としか見ていなかった」
私は鶴間君の手を握る右手に力を入れた。そしてさり気なく身体をずらし鶴間君に接近する。
「······鶴間君。ただの友達じゃないわ。北海君の鶴間君への友情は、誰もが簡単に得られる程軽くはない物よ」
鶴間君は私を一瞬見た後、再び悲しそうに俯いた。
「······そうかもしれない。本来はノブには感謝すべきなんだ。でも。僕のこの気持ちは無意味だったんだ。結局ノブに伝える事は出来なかった。いいや。そもそもこんな気持ちになってはいけなかったんだ」
私はこの鶴間君の悔恨の言葉を、勝負を賭ける瞬間だと判断した。私は身を乗り出し鶴間君を抱きしめる。
「······そんな事は無いわ。鶴間君。貴方の人を想う気持ちは無意味なんかじゃない。人は人を想う。それはこれ迄も。そしてこれからも永遠に変わらない。貴方は一人の人間を想い続けた。それは意味のある事よ。同じ境遇にいた私が言うのだから間違いないわ」
鶴間君の想いや行動を肯定し、かつ巧妙に共通点を互いに共有しているかのような錯覚を与える。
詐欺師もここに極まれりだ。私は客観的な視点で自分を蔑んでいた。私は最後の手段に出るのは今だと決断した。
······「三分間の魔法」私が本来の姿に三分間だけ戻れる文字通りの魔法だ。六郎が自信たっぷりに私に教えた割には、これまでたった一度しか使う機会が無かった。
けど、この魔法の使いどころが正に今到来した。この魔法を使用する時、決まった言葉を口にしなくてはならない。
不本意ながら意にそぐわない言葉に設定されだが、この魔法を使うのもこれで最後だろう。
「·······無骨」
私は設定された言葉を小さく。囁くように唱えた。その瞬間、私の姿は本来の身体に変わった筈だった。
私は両腕を鶴間君の首から離し、鶴間君の頬に両手を当てる。
「······鶴間君。悲しまないで。鶴間君には私が居るから。周囲からいじめられ、同じ悲しみと孤独を経験した私が側にいるから。ずっと。ずっと一緒に居るから」
私の言葉に、鶴間君は両の瞳を大きく揺らす。
「······小田坂さん。小田坂さん」
鶴間君の頬を涙が濡らす。互いの唇が触れそうな距離に近付く。
「······好きよ。鶴間君······」
私は両目を静かに閉じ、自分の唇を鶴間君のそれに合わせた······と思った。
我に返った時、私と鶴間君の間に息を切らした六郎が立っていた。ん? あれ? 何。何が起こったの? 私は必死に状況を把握する。
六郎が両腕を伸ばしていた。右手は私の肩を握り、左手は鶴間君の肩にあった。え? 六郎? 六郎が私と鶴間君を引き離した?
「······なんで? 何してんの? 六郎?」
私は呆気に取られ六郎のこの行動の意図を質問する。
「······作戦は中止だ」
六郎の信じ難いこの台詞に、私は頭の中が真っ白になるのを通り越して灰色になった。
「······六郎? あんた自分が何をしているか分かっているの? 最初で最後のチャンスを壊したのよ?たった今! あんたは二度と無い機会をぶち壊したのよ!?」
徐々に状況を理解し始めた私は、強烈な怒りが込み上げて来た。この金髪バンドマン男は、一体何をしてくれたのか。
「さっきも言っただろう! 小田坂ゆりえ! このままじゃアンタは一生残る傷を心に抱えていかなくちゃならなくなる! アンタの心的負担をフォローするのも俺の仕事だ! これは俺の職権範囲の行動だ!!」
六郎は長い金色の髪を振り乱し大声を上げる。私は悔しさの余り両目に涙が溜まる。
「何が職権範囲よ! この融通の効かない生真面目馬鹿男! あと一歩! あと一息って所までようやく来たのに! 何であんたが邪魔するのよ! 何でよ馬鹿ぁっ!!」
私の感情は最早制御不能に陥った。六郎の為に。全ては六郎の為にこの作戦を完遂させようとした。
けど、よりによってその六郎本人に水を差された。私は六郎の考えがまるで分からなかった。
「馬鹿野郎! 初めてのキスは、本当に好きな奴とするまでとっておけよ!!」
······その言葉を口にした瞬間、六郎は我に返り自分の口を手で押さえた。私は時間が止まった様に未動き一つ出来なくなる。
とっておく? 本当に好きな人の為に?
「······灯台下暗しもいいところだった。小田坂ゆりえ。俺は最初から間違っていた。アンタを本来の姿に戻す事を優先させる余り、アンタの気持を少しも考慮してこなかった」
六郎は両目を伏せ、何かを思い出しているかの様な遠い目をする。
「小田坂ゆりえ。アンタは一人の女の子だ。誰かに告白したり、キスしたりするのは本当に好きな奴にしかしちゃ駄目だ。駄目なんだ」
六郎は私の前に立ち、両手を私の肩に乗せる。
「······無理よ。六郎。こんな不細工で小太りな私が、この先誰かに恋なんて。まして告白やキスなんて出来っこ無い。出来ないよ」
今度は私は俯く。作戦の事だけを考え、後先の事など微塵も気にも止めなかった。だが、一時の激情が冷めれば、私はいつもの醜い姿をした女だ。
「······小田坂ゆりえ。アンタは醜くない」
「······醜いよ。誰が見てもそうだよ」
······今日だけは。今日一日だけは泣くまいと我慢を重ねていた私の涙腺が、ついに崩れ落ちた。
······こんな不細工な私が恋なんて出来ない。そして間違っても誰かに想って貰う事も叶わない。
これまでも。こらからもそうだと私は諦めていた。
「······しょうがねーな。こっち向け」
「······え?」
六郎の言葉に一瞬顔を上げた私の頬に、両目を閉じた六郎の顔が迫る。
······私の右頬に、柔らかい何かが触れた。それは一瞬だけ私の頬に熱を残した。それは、六郎の唇だった。
その熱は頬から私の身体全身を急激に熱くしていく。
「······小田坂ゆりえ。アンタにキスしたいって男はこの世に少なくとも一人はいるぜ。今アンタの目の前に立っている奴だ」
洗練とは程遠いその不器用な台詞を口にしながら、六郎は頬を少しだけ紅く染めていた。
······鏡を見たら、私は茹でたタコの様に真っ赤になっているだろう。いや。待て私。タコは茹でなくても元々赤い。そ、そうじゃないでしょう! 私!
······どっち? 今の私の姿はどっちの方?「
三分間の魔法」はまだ効いているわよね? 私は今、本来の姿よね?
そうじゃないと耐えられない。六郎にキスされた私の姿が今、不細工で小太りな姿だったら絶対に耐えられない! 無理よ! 無理無理!!
お願い神様! まだ三分間過ぎて無い事にして下さいぃ!!
「ざーねんでした♡ ゆりえちゃん「三分間の魔法」はとっくに切れているわよ。六郎ちゃんがキスした時の貴方は小太りな姿よ♡」
······甘い薔薇の香りとその声に、聴覚と嗅覚が反応する。私と六郎は同時にベンチを見た。ベンチには、白いフリフリドレスを着た美女が座っていた。
〘白馬の騎士症候群。女性は誰しも、白馬に股がった白面の王子が自分の前に現れる事を願望する。
私は意識して「そんな上手い話がある訳無いでしょう」と身構えていた。だが、ペンネーム電柱柱さんの小説「暗黒騎士は欲張り」に登場する暗黒の騎士デンセンの色気満載の魅力に虜になり、白馬の騎士症候群に陥りかけた。
私は必死に自分に言い聞かせた。私は決して白馬の騎士を待つ女にはならないと。私は暗黒の騎士デンセンでは無く、主人に忠実なデンセンの愛馬エレキが好きなんだと自分に暗示をかけた。
私は物語の随所で活躍する愛馬エレキに魅了される様になった。エレキの様になりたいとすら思った。
決して暗黒の騎士デンセン様に股がって欲しいと言う不埒な考えでは無い。決して〙
ゆりえ 心のポエム
そして間髪入れず隣でうなだれている鶴間君の左手を優しく握る。私は視線を正面の噴水に向け、決して鶴間君の顔を見なかった。
「······小田坂さん」
鶴間君は小声でそう言った後に黙り込む。私と鶴間君は互いに黙したまま止めどなく水を出し続ける噴水を見つめていた。
······どれくらいの時間が経過しただろうか。溢れる悲しみの気持ちに耐え切れなくなったのか、最初に沈黙を破ったのは鶴間君だった。
「······小田坂さん。駄目だったよ。ノブは僕をただの友達としか見ていなかった」
私は鶴間君の手を握る右手に力を入れた。そしてさり気なく身体をずらし鶴間君に接近する。
「······鶴間君。ただの友達じゃないわ。北海君の鶴間君への友情は、誰もが簡単に得られる程軽くはない物よ」
鶴間君は私を一瞬見た後、再び悲しそうに俯いた。
「······そうかもしれない。本来はノブには感謝すべきなんだ。でも。僕のこの気持ちは無意味だったんだ。結局ノブに伝える事は出来なかった。いいや。そもそもこんな気持ちになってはいけなかったんだ」
私はこの鶴間君の悔恨の言葉を、勝負を賭ける瞬間だと判断した。私は身を乗り出し鶴間君を抱きしめる。
「······そんな事は無いわ。鶴間君。貴方の人を想う気持ちは無意味なんかじゃない。人は人を想う。それはこれ迄も。そしてこれからも永遠に変わらない。貴方は一人の人間を想い続けた。それは意味のある事よ。同じ境遇にいた私が言うのだから間違いないわ」
鶴間君の想いや行動を肯定し、かつ巧妙に共通点を互いに共有しているかのような錯覚を与える。
詐欺師もここに極まれりだ。私は客観的な視点で自分を蔑んでいた。私は最後の手段に出るのは今だと決断した。
······「三分間の魔法」私が本来の姿に三分間だけ戻れる文字通りの魔法だ。六郎が自信たっぷりに私に教えた割には、これまでたった一度しか使う機会が無かった。
けど、この魔法の使いどころが正に今到来した。この魔法を使用する時、決まった言葉を口にしなくてはならない。
不本意ながら意にそぐわない言葉に設定されだが、この魔法を使うのもこれで最後だろう。
「·······無骨」
私は設定された言葉を小さく。囁くように唱えた。その瞬間、私の姿は本来の身体に変わった筈だった。
私は両腕を鶴間君の首から離し、鶴間君の頬に両手を当てる。
「······鶴間君。悲しまないで。鶴間君には私が居るから。周囲からいじめられ、同じ悲しみと孤独を経験した私が側にいるから。ずっと。ずっと一緒に居るから」
私の言葉に、鶴間君は両の瞳を大きく揺らす。
「······小田坂さん。小田坂さん」
鶴間君の頬を涙が濡らす。互いの唇が触れそうな距離に近付く。
「······好きよ。鶴間君······」
私は両目を静かに閉じ、自分の唇を鶴間君のそれに合わせた······と思った。
我に返った時、私と鶴間君の間に息を切らした六郎が立っていた。ん? あれ? 何。何が起こったの? 私は必死に状況を把握する。
六郎が両腕を伸ばしていた。右手は私の肩を握り、左手は鶴間君の肩にあった。え? 六郎? 六郎が私と鶴間君を引き離した?
「······なんで? 何してんの? 六郎?」
私は呆気に取られ六郎のこの行動の意図を質問する。
「······作戦は中止だ」
六郎の信じ難いこの台詞に、私は頭の中が真っ白になるのを通り越して灰色になった。
「······六郎? あんた自分が何をしているか分かっているの? 最初で最後のチャンスを壊したのよ?たった今! あんたは二度と無い機会をぶち壊したのよ!?」
徐々に状況を理解し始めた私は、強烈な怒りが込み上げて来た。この金髪バンドマン男は、一体何をしてくれたのか。
「さっきも言っただろう! 小田坂ゆりえ! このままじゃアンタは一生残る傷を心に抱えていかなくちゃならなくなる! アンタの心的負担をフォローするのも俺の仕事だ! これは俺の職権範囲の行動だ!!」
六郎は長い金色の髪を振り乱し大声を上げる。私は悔しさの余り両目に涙が溜まる。
「何が職権範囲よ! この融通の効かない生真面目馬鹿男! あと一歩! あと一息って所までようやく来たのに! 何であんたが邪魔するのよ! 何でよ馬鹿ぁっ!!」
私の感情は最早制御不能に陥った。六郎の為に。全ては六郎の為にこの作戦を完遂させようとした。
けど、よりによってその六郎本人に水を差された。私は六郎の考えがまるで分からなかった。
「馬鹿野郎! 初めてのキスは、本当に好きな奴とするまでとっておけよ!!」
······その言葉を口にした瞬間、六郎は我に返り自分の口を手で押さえた。私は時間が止まった様に未動き一つ出来なくなる。
とっておく? 本当に好きな人の為に?
「······灯台下暗しもいいところだった。小田坂ゆりえ。俺は最初から間違っていた。アンタを本来の姿に戻す事を優先させる余り、アンタの気持を少しも考慮してこなかった」
六郎は両目を伏せ、何かを思い出しているかの様な遠い目をする。
「小田坂ゆりえ。アンタは一人の女の子だ。誰かに告白したり、キスしたりするのは本当に好きな奴にしかしちゃ駄目だ。駄目なんだ」
六郎は私の前に立ち、両手を私の肩に乗せる。
「······無理よ。六郎。こんな不細工で小太りな私が、この先誰かに恋なんて。まして告白やキスなんて出来っこ無い。出来ないよ」
今度は私は俯く。作戦の事だけを考え、後先の事など微塵も気にも止めなかった。だが、一時の激情が冷めれば、私はいつもの醜い姿をした女だ。
「······小田坂ゆりえ。アンタは醜くない」
「······醜いよ。誰が見てもそうだよ」
······今日だけは。今日一日だけは泣くまいと我慢を重ねていた私の涙腺が、ついに崩れ落ちた。
······こんな不細工な私が恋なんて出来ない。そして間違っても誰かに想って貰う事も叶わない。
これまでも。こらからもそうだと私は諦めていた。
「······しょうがねーな。こっち向け」
「······え?」
六郎の言葉に一瞬顔を上げた私の頬に、両目を閉じた六郎の顔が迫る。
······私の右頬に、柔らかい何かが触れた。それは一瞬だけ私の頬に熱を残した。それは、六郎の唇だった。
その熱は頬から私の身体全身を急激に熱くしていく。
「······小田坂ゆりえ。アンタにキスしたいって男はこの世に少なくとも一人はいるぜ。今アンタの目の前に立っている奴だ」
洗練とは程遠いその不器用な台詞を口にしながら、六郎は頬を少しだけ紅く染めていた。
······鏡を見たら、私は茹でたタコの様に真っ赤になっているだろう。いや。待て私。タコは茹でなくても元々赤い。そ、そうじゃないでしょう! 私!
······どっち? 今の私の姿はどっちの方?「
三分間の魔法」はまだ効いているわよね? 私は今、本来の姿よね?
そうじゃないと耐えられない。六郎にキスされた私の姿が今、不細工で小太りな姿だったら絶対に耐えられない! 無理よ! 無理無理!!
お願い神様! まだ三分間過ぎて無い事にして下さいぃ!!
「ざーねんでした♡ ゆりえちゃん「三分間の魔法」はとっくに切れているわよ。六郎ちゃんがキスした時の貴方は小太りな姿よ♡」
······甘い薔薇の香りとその声に、聴覚と嗅覚が反応する。私と六郎は同時にベンチを見た。ベンチには、白いフリフリドレスを着た美女が座っていた。
〘白馬の騎士症候群。女性は誰しも、白馬に股がった白面の王子が自分の前に現れる事を願望する。
私は意識して「そんな上手い話がある訳無いでしょう」と身構えていた。だが、ペンネーム電柱柱さんの小説「暗黒騎士は欲張り」に登場する暗黒の騎士デンセンの色気満載の魅力に虜になり、白馬の騎士症候群に陥りかけた。
私は必死に自分に言い聞かせた。私は決して白馬の騎士を待つ女にはならないと。私は暗黒の騎士デンセンでは無く、主人に忠実なデンセンの愛馬エレキが好きなんだと自分に暗示をかけた。
私は物語の随所で活躍する愛馬エレキに魅了される様になった。エレキの様になりたいとすら思った。
決して暗黒の騎士デンセン様に股がって欲しいと言う不埒な考えでは無い。決して〙
ゆりえ 心のポエム
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