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駆けろ! 小太りな私!!
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「え? あ、あの。いや。その」
店員さんに突然話しかけられ、言葉に詰まりまくる私を余所に、店員さんは丁寧にパンを一つずつ袋に入れて行く。
「さっきもパンを買っていたから。ここのパンを気に入ってくれたのかと思って」
私は店員さんの言葉をようやく理解出来た。一時間程前、私と北海君はこのパン屋さんに居た。
店員さんは私の事を覚えていてくれたんだ。ど、どうしよう。これって。店員さんと知り合いになるチャンスじゃない?
な、なんて返せばいいの? そ、そうだ。おい! 六郎! ちょっとは協力しなさいよ!
『······俺は仕事以外の事に関知しねーよ』
頭の中に聞こえてくる六郎の冷たい返答に私は窮する。な、何よケチ! あああ! 店員さんがパンの袋詰めを終えてしまう! 万事休すか!?
「はい。とってもここのパンが好きなんです。さっき一緒に居た彼なんか私よりもっとここのパンを気に入っているんですよ」
······あれ? 何を口走ってるの私? 勝手に口が動くんだけど?
「ああ。あの背の高い彼ね。もしかしてあなたの彼氏?」
店員さんは北海君の事も覚えていた! と、言う事は! えーと。何て言えば正解なの?
「いえ。彼は友達です。ここのパンが余りにも美味しいからって連れて来て貰ったんです」
ま、また私の口が勝手に!? な、何で?
「とっても嬉しいです。またいらして下さいね。あ。私は大山と言います」
店員さんが自己紹介してくれたので、私も名を名乗り、ついでに北海君の名も大山さんに伝えた。そしてその後も私達は幾つか話を重ねた。
店を出た私の胸は、激しく上下運動を繰り返していた。こ、これは思いも寄らない大戦果よ!!
私はパンの入った袋を握りしめながら駆け出す。後ろから六郎の叫び声が聞こえた。
「おい! 小田坂ゆりえ。どこに行くつもりだ!?」
「決まってるでしょう! この事を北海君に伝える為よ!」
「別に明日でもいいだろう?」
「駄目よ! 北海君はかなり落ち込んでいた。早くこの朗報を伝えてあげないと!」
私は北海君の住むマンションに辿り着いた。あ! でも北海君の部屋って何号室なの? 私はマンションの集合ポストを端から目で追った。
私は運が良かった。北海宅は表札をポストに記していたのだ。よし! 私はその表札が出ている部屋番号をオートロックの玄関口に設置されいるインターホンで押した。
「はい」
またまた運良くインターホンに出たのは北海君だった。私は急いで玄関口に来るよう伝えた。
「小田坂? どうしたんだ」
黒い学ランから白いトレーナーに着替えていた北海君は、何事かと言った表情でマンションの玄関口にやって来た。
私はさっき起きた事をなるべく分かりやすい様に北海君に説明した。
「ほ、本当か? 俺の事を覚えていたのか?」
北海君は長身を硬直させたように驚いていた。私は何度も頷く。
「うん! 最近よく店に来てくれている常連さんだって大山さん言ってた! しかも。しかもね! 今度新作のパンを出すから私と北海君に試食してくれないかって! 今度店の定休日の日曜日! 行こうよ北海君!!」
私は息を切らせてまくし立てる。あれ? 北海君。そんなに嬉しそうじゃない? なんで黙って私を見ているの?
「······小田坂。ありがとな。そこまでしてくれて」
······ありがとう。そんな感謝の言葉を同級生から言われた事の無い私は、心が締め付けられるような感覚に陥った。
「あら。信長。こんな玄関口でどうしたの? この方は?」
その時、黒いスーツに身を包んだ四十代の女性が現れ北海君に声をかけた。
「お袋。こいつは小田坂。同じクラスの友達だよ」
······え? 今、北海君なんて言ったの? と、友達って言った? 友達? 誰が? 誰が北海の友達? ま、まさか私? 私の事?
それからの私は記憶が曖昧だった。北海君が自転車の後ろに私を乗せて自宅まで送ってくれ、私は部屋で呆然と座り込んでいた。
······友達。この世に生を受け十六年間。ずっと縁の無かったその言葉で私の頭の中は一杯だった。
大山さんと話してパン屋さんを出た直後から今の今まで。私は不思議な高揚感に包まれていた。
頭がぽかぽかする様な。胸がチクチクしてなんか痒いような。それでいて鼓動は高鳴る。
······これは、人と関わったからだ。大山さんや北海君とプライベートな事で関わり合いを持ったからだ。
しかも、私は北海君の恋に微力ながら協力した。その北海君は私の事を友達と言ってくれた。これって。これって······
この日の夕方からだ。私は普通の学生と同じだった。普通に友達とお買い物や、恋の話で盛り上がる普通の学生。
······私の膝に大粒の涙が落ちる。私は溢れる涙を止められなかった。これは何の涙だろうか?
友達のいた事のない私が、初めて誰かと何かを共有した喜びの涙か。それとも、北海君に好きな人がいたと言う寂しさからの涙か。
······分からない。私にはこれがどんな意味を持つ涙なのか分からなかった。でも。一つだけ分かる事があった。
この涙は、流す価値のある涙だ。それだけは分かる。そう言えば私、以前も教室で泣いちゃった時があったな。
······そうだ。あの時は六郎が。
その時、私の視界の底に何かが映った。顔を上げると目の前に六郎がいた。六郎が白いハンカチで私の涙を拭ってくれていた。
「······大丈夫か? 小田坂ゆりえ」
茶色いサングラスの中の六郎の瞳は、とても優しい色をしていた。
「······六郎の仕業だよね。私が大山さんの前で普通に話せた理由。六郎がしてくれたんでしょ?」
あの時、大山さんの前で混乱していた私の口が勝手に動いた。それは六郎が仕組んだ事だと何故か今分かった。
「······あんな仕事外の出血サービスは一度だけだぞ」
六郎が不満そうに私を睨む。どうしてあんな事をしたのかと私は「理の外の存在」の非正規雇用社員に問う。
「さあね」
六郎はそう言うと立ち上がり、私に背を向けた。そして小さい小声で呟く。
「······アンタが他人の為にあんまりにも一所懸命だったから······かな」
六郎はそう言い残すと、手を振り姿を消した。部屋に一人残された私の涙は、いつの間にか止まっていた。
〘······貴方は時折私の前に突然現れ、私に甘い誘惑の言葉を囁く。それに抗おうとする私を嘲笑うかの様に、陽気な笑顔と甘美な香りで私を惑わせる。
「キュートな美人さん! ちょっと見てって。寄ってて! 私貴方に奢る! お金貴方が払う! オッケー?」
神出鬼没のケバブ移動販売車から、南米系の陽気なおっさんが身を乗り出し執拗に私を勧誘する。
「キュートな美人さん」と言う言葉に反応した訳では決して無いが、小腹が空いていたのとケバブの食欲を刺激する匂いに屈し、五百円を支払いケバブサンドを購入した。
······そのケバブサンドは、キャベツとソースばかりが目立ち、肝心要の鶏肉は微々たる量だった。
私は南米系のおっさんを恨めしそうに見る。おっさんは口笛を吹きながら、別の通行人に陽気に軽口を叩いていた〙
ゆりえ 心のポエム
店員さんに突然話しかけられ、言葉に詰まりまくる私を余所に、店員さんは丁寧にパンを一つずつ袋に入れて行く。
「さっきもパンを買っていたから。ここのパンを気に入ってくれたのかと思って」
私は店員さんの言葉をようやく理解出来た。一時間程前、私と北海君はこのパン屋さんに居た。
店員さんは私の事を覚えていてくれたんだ。ど、どうしよう。これって。店員さんと知り合いになるチャンスじゃない?
な、なんて返せばいいの? そ、そうだ。おい! 六郎! ちょっとは協力しなさいよ!
『······俺は仕事以外の事に関知しねーよ』
頭の中に聞こえてくる六郎の冷たい返答に私は窮する。な、何よケチ! あああ! 店員さんがパンの袋詰めを終えてしまう! 万事休すか!?
「はい。とってもここのパンが好きなんです。さっき一緒に居た彼なんか私よりもっとここのパンを気に入っているんですよ」
······あれ? 何を口走ってるの私? 勝手に口が動くんだけど?
「ああ。あの背の高い彼ね。もしかしてあなたの彼氏?」
店員さんは北海君の事も覚えていた! と、言う事は! えーと。何て言えば正解なの?
「いえ。彼は友達です。ここのパンが余りにも美味しいからって連れて来て貰ったんです」
ま、また私の口が勝手に!? な、何で?
「とっても嬉しいです。またいらして下さいね。あ。私は大山と言います」
店員さんが自己紹介してくれたので、私も名を名乗り、ついでに北海君の名も大山さんに伝えた。そしてその後も私達は幾つか話を重ねた。
店を出た私の胸は、激しく上下運動を繰り返していた。こ、これは思いも寄らない大戦果よ!!
私はパンの入った袋を握りしめながら駆け出す。後ろから六郎の叫び声が聞こえた。
「おい! 小田坂ゆりえ。どこに行くつもりだ!?」
「決まってるでしょう! この事を北海君に伝える為よ!」
「別に明日でもいいだろう?」
「駄目よ! 北海君はかなり落ち込んでいた。早くこの朗報を伝えてあげないと!」
私は北海君の住むマンションに辿り着いた。あ! でも北海君の部屋って何号室なの? 私はマンションの集合ポストを端から目で追った。
私は運が良かった。北海宅は表札をポストに記していたのだ。よし! 私はその表札が出ている部屋番号をオートロックの玄関口に設置されいるインターホンで押した。
「はい」
またまた運良くインターホンに出たのは北海君だった。私は急いで玄関口に来るよう伝えた。
「小田坂? どうしたんだ」
黒い学ランから白いトレーナーに着替えていた北海君は、何事かと言った表情でマンションの玄関口にやって来た。
私はさっき起きた事をなるべく分かりやすい様に北海君に説明した。
「ほ、本当か? 俺の事を覚えていたのか?」
北海君は長身を硬直させたように驚いていた。私は何度も頷く。
「うん! 最近よく店に来てくれている常連さんだって大山さん言ってた! しかも。しかもね! 今度新作のパンを出すから私と北海君に試食してくれないかって! 今度店の定休日の日曜日! 行こうよ北海君!!」
私は息を切らせてまくし立てる。あれ? 北海君。そんなに嬉しそうじゃない? なんで黙って私を見ているの?
「······小田坂。ありがとな。そこまでしてくれて」
······ありがとう。そんな感謝の言葉を同級生から言われた事の無い私は、心が締め付けられるような感覚に陥った。
「あら。信長。こんな玄関口でどうしたの? この方は?」
その時、黒いスーツに身を包んだ四十代の女性が現れ北海君に声をかけた。
「お袋。こいつは小田坂。同じクラスの友達だよ」
······え? 今、北海君なんて言ったの? と、友達って言った? 友達? 誰が? 誰が北海の友達? ま、まさか私? 私の事?
それからの私は記憶が曖昧だった。北海君が自転車の後ろに私を乗せて自宅まで送ってくれ、私は部屋で呆然と座り込んでいた。
······友達。この世に生を受け十六年間。ずっと縁の無かったその言葉で私の頭の中は一杯だった。
大山さんと話してパン屋さんを出た直後から今の今まで。私は不思議な高揚感に包まれていた。
頭がぽかぽかする様な。胸がチクチクしてなんか痒いような。それでいて鼓動は高鳴る。
······これは、人と関わったからだ。大山さんや北海君とプライベートな事で関わり合いを持ったからだ。
しかも、私は北海君の恋に微力ながら協力した。その北海君は私の事を友達と言ってくれた。これって。これって······
この日の夕方からだ。私は普通の学生と同じだった。普通に友達とお買い物や、恋の話で盛り上がる普通の学生。
······私の膝に大粒の涙が落ちる。私は溢れる涙を止められなかった。これは何の涙だろうか?
友達のいた事のない私が、初めて誰かと何かを共有した喜びの涙か。それとも、北海君に好きな人がいたと言う寂しさからの涙か。
······分からない。私にはこれがどんな意味を持つ涙なのか分からなかった。でも。一つだけ分かる事があった。
この涙は、流す価値のある涙だ。それだけは分かる。そう言えば私、以前も教室で泣いちゃった時があったな。
······そうだ。あの時は六郎が。
その時、私の視界の底に何かが映った。顔を上げると目の前に六郎がいた。六郎が白いハンカチで私の涙を拭ってくれていた。
「······大丈夫か? 小田坂ゆりえ」
茶色いサングラスの中の六郎の瞳は、とても優しい色をしていた。
「······六郎の仕業だよね。私が大山さんの前で普通に話せた理由。六郎がしてくれたんでしょ?」
あの時、大山さんの前で混乱していた私の口が勝手に動いた。それは六郎が仕組んだ事だと何故か今分かった。
「······あんな仕事外の出血サービスは一度だけだぞ」
六郎が不満そうに私を睨む。どうしてあんな事をしたのかと私は「理の外の存在」の非正規雇用社員に問う。
「さあね」
六郎はそう言うと立ち上がり、私に背を向けた。そして小さい小声で呟く。
「······アンタが他人の為にあんまりにも一所懸命だったから······かな」
六郎はそう言い残すと、手を振り姿を消した。部屋に一人残された私の涙は、いつの間にか止まっていた。
〘······貴方は時折私の前に突然現れ、私に甘い誘惑の言葉を囁く。それに抗おうとする私を嘲笑うかの様に、陽気な笑顔と甘美な香りで私を惑わせる。
「キュートな美人さん! ちょっと見てって。寄ってて! 私貴方に奢る! お金貴方が払う! オッケー?」
神出鬼没のケバブ移動販売車から、南米系の陽気なおっさんが身を乗り出し執拗に私を勧誘する。
「キュートな美人さん」と言う言葉に反応した訳では決して無いが、小腹が空いていたのとケバブの食欲を刺激する匂いに屈し、五百円を支払いケバブサンドを購入した。
······そのケバブサンドは、キャベツとソースばかりが目立ち、肝心要の鶏肉は微々たる量だった。
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