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妓楼の男達
しおりを挟む「おわっ!?なんだよ急に」
「いえ、別に。ただ、顔は最高なのに、性格は残念すぎると思いまして」
皮肉たっぷりにそう言えば、彼は私を鋭く睨みつけた。
「はぁ!?なんでお前にそんな事言われなきゃなんねぇんだよ! つぅか、本当に何でここにいるんだよ、お前」
「それは」
「俺がこの嬢ちゃんに天屋の用心棒を頼んだからだ」
背後からやってきたおやじさんが私より先に返答した。
そういえば、おやじさんの事をすっかり忘れてた。
「中々追ってこねぇから何してるんだと思ったら、お前の所為か胡蝶」
「俺の所為じゃねぇよ。元はといえばこいつが余所見して俺にぶつかってきたからだ」
言い方に腹が立つが、全くもってその通りなので何も言い返せない。仕方なく、彼に向かって軽く頭を下げた。
「どうも、すいませんでした」
「全く感情が篭ってねぇ!」
まるで小さい子供のようにぎゃあぎゃあ喚く男娼。
確か胡蝶って言ってたっけ?
いちいちうるさいな、この人。
本当にさっきまでのドキドキを返して欲しい。切実に。
「大体、なんでこいつが用心棒なんだよ。他に腕の立つ奴が居るだろ」
「俺の直感だ。この嬢ちゃんは必ず天屋に幸運を呼んできてくれるっうな」
「またおやじの感かよ。その根拠のない自信はどっから出てくるんだか……」
やれやれというように胡蝶が嘆息を漏らした。
「だが、俺の感が外れた事はないだろ?」
「まぁ、そりゃそうなんだが。今回はどうも外れっぽいぞ」
どういう意味だ。と突っ込みたかったけど、実際の所自分でもなんの役にも立たない事は自覚している。
「まぁいいや。お前、名前は」
「…那月です。よろしくお願いします」
私が自己紹介をすると彼はふーんと言って黙り込む。
え、こっちが名乗ったんだから、そっちも名乗るのが礼儀ってもんじゃないの!?
「こいつは胡蝶。うちの数少ない花魁の一人だ」
「花魁……」
確か花魁って遊女の中でも位の高い人の事を呼んだ言葉だったと思う。それの男バージョンって事は、私よりも断然上の立場の人って事だ。
「そういうこった。俺は花魁で、お前は用心棒。俺らの為に命張って守れよ」
「これが上司……これが、私の命を掛けて守る相手……」
嫌味ったらしく高笑いをする胡蝶を眼前に、私は酷く絶望していた。
あのムカつく男娼と別れて案内されたのは六畳程の広さに布団と行灯だけが置かれた簡素な部屋。
おやじさん曰く、他の用心棒は男しかいない為、同室にする訳にもいかず、余った部屋がここぐらいしか無いとの事だった。
「ここを好きに使うといい」
「ありがとうございます」
今日からここが私の部屋……。
宿なしの私には屋根と床があるだけでも有難いというのに、布団まであるなんて。
「それから、こいつを渡しておく」
おやじさんから手渡された物を見て目を丸くした。
「……刀?」
「あぁ。以前この妓楼で用心棒をしていて、暇をやった奴の残していった刀だ。名刀らしいが俺は刀には詳しくねぇからな」
おやじさんから刀を受け取とると、ずっしりと重たい。
これ、私使えるのかな。
いや、そもそもあんまり使いたくない。これを使うという事は、つまり人を……。
「それからこいつもだな」
おやじさんは着物の中を探って私の前に差し出した。
差し出されたそれはやはり刀だったが、今度のはさっきよりも小さい。短刀というらしい。
「あっ、これなら」
受け取ったそれを鞘から抜かずに軽く振ってみる。
さっきよりも軽い。これならまだ使えそうだ。
「嬢ちゃんには花魁道中の守護と、妓楼で面倒事が起きた時の対応だ。それがねぇ時は妓楼の中でも外でも自由にしてもらっていい」
「花魁道中…?」
「呼出しを受けた花魁が客を迎えに揚屋まで練り歩くことだよ」
「うわっ!?」
気が付いたら自分の隣に誰か立っていて、思わず飛び退いてしまう。
「あ、ごめんね。驚かせたかな」
「なんだ、松風。来てたのか」
「はい。おやじさんが新しい用心棒に女の子を連れて来たっていうから気になっちゃって」
松風と呼ばれたその男性がふわりと笑ってみせた途端、彼の周りだけ花が咲いたような幻覚が見える。
「は、はじめまして。那月と言います」
慌てて頭を下げれば、彼は私を一見したあと微笑みながら頷いた。
うわっ、眩しい。
今まで生まれてこのかたイケメンに微笑まれた事など一度もない私にはどうにも免疫がなく、それだけで顔が赤くなってしまう。
「那月ちゃんね。僕は松風。よろしくね」
「は、はい!よろしくお願いします」
良かった。
この人はあのひねくれ男娼とは違って優しそうだ。
少しだけこの妓楼での生活に希望が持てた瞬間だった。
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