上 下
34 / 61
第2章~ジロー、人里へ出る~

精霊の願い。

しおりを挟む
 歪んでる?
 おれが?

 「それ、どういう意味ですか?」
 【言葉の通りよ。あなた人間よね?でも人間らしくない…】

 そう呟くと、テラはそれきり黙ってまたおれを観察してるようだった。

 そんなにおれ、おかしいだろうか。そもそも歪んでるって何だ?昔、ユキにアシナと同じ匂いがするって言われたことがあるけど。あの時は、アシナの魔力を浴びたからだって言ってたけど。

 とにかくだ。

 「とにかくおれはどこの国の者でもありません。そしてあなた達のことを誰かに言おうとかも少しも考えてません。」

 すると一人の兵士が前に進み出た。おそらく先ほどアイリスが進み出るのを止めていた兵士だろう。近くで見ると周りの兵士よりも大分年上のようだ。老練の兵士と言ったところだろうか。

 「我々も貴殿を全面的に疑っているわけではないのだ。特に森の王のそばにいるような貴殿のような人物をな。
 しかし、貴殿は知らぬかもしれぬが世界には子供を暗殺者などに育てるような国も確かにある。貴殿ぐらいの年齢の間諜もいるのだ。子供の姿というのは総じて油断しやすいものだからな。」

 やっぱりこの世界には、おれぐらいの年齢からスパイとして育てられる人もいるんだ。
 そう思うと転生してすぐアシナに出会えたおれは幸運なのかもしれない。

 「ではお前達は、この者をどうするというのだ。他の者と同じようにお前達の法で裁くというのか。」
 「私達としましては一度、オースウェルまで来ていただいてそこでお話しをさせていただきたいと思います。その結果何もなければそれで解放いたしますし、逆に密偵であることがわかってしまえばその場と裁くことになります。」

 お話しなんてきれいな言葉を使っているけど、おそらくは尋問やら悪くしたら拷問するってことなんだろうな。

 「それはこの者に何か手を下すということか?」
 
 すっとアシナがおれの前に進み出た。

 「いえ、そのようなことは。ただ話を聞きたいだけ…」
 「先ほど、私はお前達に力は貸さぬと言った。そして人間のどこの国の味方にも敵にもならぬとな。
 しかし、この者にお前達が何かしらしようと言うのであれば話は別だ。その瞬間から私は、お前達の敵となろう。」
 
 その言葉に話を続けようとしたアイリスは押し黙ってしまった。

 【あなた、変わったわね。昔のあなたならそんな人間の子供、見向きもしなかったのに。そもそも昔のあなたなら最初から話なんて聞かずに追い返していたでしょうに】

 テラはちらりとおれの方を見ると

 【そんなあなたが随分と優しくなって。その少年に変えられてしまったのかしら】
 
 アシナはちらりとおれを一瞥すると、

 「魂は近くの魂に引かれ、近づこうとするものだ。そういうお前も今の姿は、昔からは想像できぬがな。」
 【私も同じようなものかしら。この子との出会いは偶然だったけど、今はその出会いに感謝しているわ】

 会話の途切れるのを待ってか、アイリスがアシナに話しかける。

 「森の王よ。この少年のことに関してはあなたの言葉を信じ、これ以上追及しないことにいたします。また、彼のことはここにいる者のみが知りものとし、国へは報告しないことといたします。神官の中にはこの森に人がいることすら敏感に捉えてしまう者もおりますから。」
 「ふむ。」
 「姫巫女様!それでは…」
 
 また若い兵士が何か言おうとするがアイリスがそれを制す。

 「しかし、代わりにとは言いにくいのですが、今日はもう国へ帰りますがまたこうしてあなた様にお会いしにきてもよろしいでしょうか。」

 アシナは先ほどと変わらぬ調子で、

 「また、来ても何も変わらぬがな。」
 「それでも良いのです。関係を続けていく中で変わるものもありましょう。我々はそれを信じるのみです。」

 そう言うとアイリス達一団は、踵を返して元来た道を帰り始めた。振り返る際に例の若い兵士は睨むようにしておれの方を見ていたけど。次回来た時にはあの兵士は連れてこないでほしいな。
 
 一団が帰って行くなかテラだけはまだそこにいた。それに気付いたアイリスが「テラ?」と、話しかけるが【すぐに追いかけるわ】と言っただけだった。
 
 一団が見えなくなってからもテラはこちらを見つめるだけ。
 アシナは話しかける気も無さそうなのでおれが話しかけることにした。

 「まだ何か?」
 【さっき私はあなたのことを歪んでると言ったわ。それはあなたから人のそれとは違い、何かそこの狼に近いものを感じたから】

 それはやはり昔アシナの魔力を浴びたからだろうか。

 【それでもあなたを見てみると人間らしさも残している気がするわ。でもそれだけでもない。言葉にするなら混ざってるとでも言うのかしら】

 おれとアシナの魔力が混ざってる…。アシナの魔力は最初に浴びただけだったと思っていたけど、その後もおれに影響を与え続けているのだろうか。

 【そしてあなた、それだけじゃないわね。隠れている子を呼びなさい】
 「っ!それはどういう意味ですか?」
 【そのままの意味よ。アイリスは気付かなかったようだからこの近くにはいないのね。でもあなたから精霊の気配がプンプンするわ】

 この精霊は、ユキのことにも気付いていたんだ。同じ精霊同士、これ以上は隠していても無駄だろうか。このタイミングでこのことを突っ込んでくるってことは何か考えがあるのだろうか。
 「ユキ」と虚空に語りかけるとすぐに肩に重みを感じる。【呼ンダ?】と、小首をかしげているので頭を撫でてやる。

 「気付いていたのなら、なんでさっきみんながいるところで言わなかったのですか?そうしたらあの人達も僕のこと放っておかなかったかもしれないのに。」
 【別に私はオースウェルの味方って訳じゃないもの。ただアイリスが好きだから一緒にいるだけ。
 アイリスもね、精霊が見える、使役しているというだけで姫巫女という存在に担ぎ上げられて、勝手に神聖視されてね。あの子自身困っている人達を見捨てられない性格で責任感も強いからいいけど、普通の人だったらとっくに投げ出しているかもしれないわね。】

 テラは近付いてきてユキの頭を撫でる。ユキも目を細めている。

 【あの場であなたのことを伝えて少しでもアイリスの負担を軽減させられないかとも思ったわ。でもそんなことアイリスが望まないことわかってるから】

 このテラって精霊がどんな性格なのかとかはまだわかんないけど、アイリスのことを本当に大事思ってるのだけは伝わってくる。

 【だからあなたにお願いがあるの。そう、お願い。精霊が人に願うなんて中々無いんだから感謝なさい】

 下手に出ているのか、高圧的なのか難しいな。こういうのもツンデレというのかな。

 【アイリスは精霊使いとして孤独に生きてきたわ。アイリスにあなたという精霊使いの仲間がいることを伝えたらきっと喜ぶと思うの。
 だから……アイリスにだけはあなたのことを伝えさせてほしいの。そして、今度あの子と会うときには彼女と友達になってあげてほしいの】
 「友達に?」
 【あの子は小さい頃、姫巫女として担ぎ上げられてから普通の人として生活した時間の方が少ないの。だから友達と呼べる存在なんてほとんどいないのよ】

 精霊を信仰している人達にとって、アイリスのような存在は神にも等しいのかもしれない。そんな扱いを小さい頃から受けているとしたら彼女は確かに孤独なのかもしれない。

 「いいよ。もちろんあのアイリスって人が友達になりたいって言ってくれればだけど。」
 【本当に!?ありがとう。きっとアイリスも喜ぶわ】

 テラは見た目よりも子供っぽい笑顔を見せておれの手を握ってきた。

 【さっそく彼女に伝えるわ。
 ああ、そういえばあなたの名前を聞いていなかったわね。あなた、名前は何て言うの?】
 「ジローです。ジロー・オオガミです。あとあなたが今まで狼って呼んでいた存在、今はアシナって名前なんですよ。ちなみにこの子はユキ。」

 するとテラは目を丸くしてしまった。しかし、すぐに笑顔になると、

 【そう、あなたもいい出会いに恵まれたのね】
 
 テラはそう呟くと少し離れ、

 【じゃあまたね。ジロー、ユキ、それとアシナも。次はオースウェルでかしらね。それともこの森かしら。ふふ…】

 そう言いながらテラは、一団が帰って行った道を歩き出すと、歩きながら霧のように姿を消していった。

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...