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長篠城

第15話

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菅沼正貞「奥平が城主?」
高坂昌信「はい。ただ入っているのは貞能では無く、息子の貞昌であります。」
菅沼正貞「私が居た長篠を!か!?」
高坂昌信「申し訳御座いません。」
菅沼正貞「いえ。守る事が出来なかったのは私の不手際が全ての原因。武田様に責任はありません。」
高坂昌信「いえ、それは違います。こちらの連絡体制に不備があり、菅沼様に伝えるべき事案であります『援軍到着』の報を届ける事が出来なかったからであります。」
菅沼正貞「誰も信じていただく事は出来なかったがな。しかしこれでわかった。」
高坂昌信「どのような事でありましょうか?」
菅沼正貞「誰が情報を遮断したか。である。」
高坂昌信「と言われますと?」
菅沼正貞「私が居た三河衆を束ねていたのは山県様でありました。しかし山県様は遠江、駿河方面も担当していますので三河に常駐しているわけではありません。故に山県様が不在時、代理を務める人物が居ました。それが奥平貞能。話を聞く所によると、武田信豊様が三河に入っていたとか?」
高坂昌信「はい。間違いありません。」
菅沼正貞「再三再四伝令を出していたとも聞いていますが?」
高坂昌信「はい。そのように聞いています。しかし菅沼様の所には?」
菅沼正貞「届いてはおらぬ。」
高坂昌信「もし……。」
菅沼正貞「武田が来れば居なくなるのが家康であります。」
高坂昌信「愚問でありましたね。ところで。」
菅沼正貞「誰が情報を遮断したのか?でありますね。」
高坂昌信「奥平でありますか?」
菅沼正貞「その後の彼の動きを聞けば自ずと答えは導き出されるのでは無いか?と。」
高坂昌信「『奥平と揉めていた。』と聞いていましたが?」
菅沼正貞「牛久保の件でありますか?」
高坂昌信「はい。配分についてひと悶着あったと。それに対するこちらの裁決に不満を抱いていた。と承っています。」
菅沼正貞「私を疑っていますか?」
高坂昌信「いえ。そうではありません。」
菅沼正貞「あれは田峯(菅沼定忠)と作手(奥平貞能)の諍いであって、うちは関係ない。」
高坂昌信「そうでありましたか。意外でありました。」
菅沼正貞「牛久保の問題に援軍到着直前での開城。そしてうちの前の主君が家康であった。以上の3点により私は疑われ、ここ(小諸)に幽閉される事に相成った。」
高坂昌信「申し訳御座いません。」
菅沼正貞「1つ言っても良いかな?」
高坂昌信「構いません。」
菅沼正貞「私は城を明け渡す際、家康と会っている。」
高坂昌信「聞いています。」
菅沼正貞「もし私が家康と通じているとするならば、家康は私をどうしていたと考えます?」
高坂昌信「菅沼殿の本拠地である長篠城は家康方。その城主である菅沼殿と家康が通じている。加えて菅沼殿は家康が奪還を目論む奥三河の山家三方衆の一員。……となりますと菅沼殿には引き続き長篠城を託しながら、作手田峯の調略及び先兵としての役割を任せる事になる?」
菅沼正貞「しかし家康は私を武田に帰しました。」
高坂昌信「帰されても困るよな?」
菅沼正貞「所領を家康に取られてしまいましたので。」
高坂昌信「しかも無傷で。」
菅沼正貞「私は皆様を疑心暗鬼にさせるのに十分な状況で送り返させる事になりました。」
高坂昌信「実際、菅沼殿は小諸に幽閉。ここに奥平親子の寝返りが加わった事もあり、山県は三河衆を一切信用出来ない状況に追い込まれています。」
菅沼正貞「これが家康の狙いでは無かったかと。」
高坂昌信「と言いますと?」
菅沼正貞「家康は奥三河を支配していた時期があります。彼は鷹狩と称し、領内をくまなく調べています。当然、奥三河の事も知っています。そこに奥平が加わりました。彼の本拠地は作手。家康が攻略を目指す地であります。
 一方の武田様はどうでありましょう?奥三河に入って4年近い月日が流れてはいますが、その間。亡き御館様による上洛戦とその途上での撤退。勝頼様への家督継承の混乱に美濃、遠江でのいくさ。……我らの地に詳しい方は居ないでは無いかと。」
高坂昌信「管理しているのは山県であるので実際の所はわからぬが、実際その場に居た者の意見がそれであるのであれば否定する事は出来ぬ。」
菅沼正貞「この状況で家康が奥三河へ兵を動かした場合、土地勘の無い武田様の兵は無事家康を撃退する事が出来るのか否か?」
高坂昌信「山県が信用していない事は三河衆も知っている。山県が彼らの意見を聞く事無く行動するのはほぼ間違いない。地の利はあるが土地勘では家康に劣る。ここに武田から疎外された三河衆が不穏な動きを見せるとなると、さしもの山県と言えども苦戦から逃れる事は難しい。」
菅沼正貞「しかし情報を聞く限り、その心配はありませんな。」
高坂昌信「家康は我らを恐れていますので。」
菅沼正貞「加えて牛久保の件により、田峯と奥平の仲が悪い。」
高坂昌信「田峯については引き続き管理をお願いしています。」
菅沼正貞「仮に家康が奥三河に兵を容れたとしても、田峯が山県様の足を引っ張る事はありません。」
高坂昌信「しかしそれが成立するのは、うちが徳川に対し有利な状況にある間だけである事を。」
菅沼正貞「はい。忘れてはなりません。ところで。」
高坂昌信「如何なされましたか?」
菅沼正貞「奥平親子の処遇について教えていただきたい。」
高坂昌信「わかる範囲でしかありませんが。」
菅沼正貞「構いません。」
高坂昌信「わかりました。徳川家康は元三河先方衆筆頭奥平貞能に対し3つ条件を提示し、内応を打診しました。
 1つ目は加増。2つ目が奥平の娘と徳川重臣本多広孝次男との婚姻。そして最後が奥平貞昌と徳川家康の娘との婚姻であります。今、奥平と徳川は親戚関係にあります。」
菅沼正貞「つまり武田の攻撃によって奥平親子が窮地に立たされた場合、家康は責任を以て対応する事を宣言した事になる?」
高坂昌信「はい。そして先程述べました条件を奥平に提示するよう命じたのは織田信長であります。」
菅沼正貞「そうだよな……。家康は頼みにする事は出来ない事は貞能もわかっているからな……。」
高坂昌信「今、我らが仇敵。奥平貞能の息子貞昌が長篠城の城主を務めています。」
菅沼正貞「長篠攻める事は裏切り者を征伐するいくさではもはや無い。」
高坂昌信「織田信長は我らを長篠に誘き寄せ、討ち果たそうと考えていると見て間違いありません。」
菅沼正貞「貞能はどうしている?」
高坂昌信「浜松に居ます。」
菅沼正貞「少し話を戻すが宜しいか?」
高坂昌信「構いません。」
菅沼正貞「貞能が家康の打診に応じた時期は御存知か?」
高坂昌信「うちに内応している徳川家臣大岡弥四郎からの情報によりますと元亀4年の6月であります。」
菅沼正貞「ん!?私が包囲される……。」
高坂昌信「はい。長篠城が攻められる1ヶ月前の事。その際貞能は、御館様が亡くなった情報を家康に伝えたとの情報が入っています。」
菅沼正貞「奴はそのいくさには……。」
高坂昌信「勿論参加しています。」
菅沼正貞「援軍の情報が齎されなかった理由が……。」
高坂昌信「如何なされましたか?」
菅沼正貞「長篠近辺の地勢に明るく、地場の者であるため疑われる事も無い。伝令役には持って来いであるが故、信豊様も……。」
高坂昌信「奥平を使って長篠城に使いを送りました。」
菅沼正貞「しかし私の所には一度として使いは来なかった。」
高坂昌信「しかし武田信豊には、菅沼殿からの伝言を携えた使者が戻って来ています。」
菅沼正貞「……なるほど。」
高坂昌信「如何なされましたか?」
菅沼正貞「うまくやりやがったな。あいつ……。」
高坂昌信「何か御気分を悪くするような事を申し上げていましたらお詫びします。」
菅沼正貞「いや。そうでは御座らぬ。変だったんだよ。家康が何の条件も付けずに私を許した事が。その理由が全てわかった。面白い。貞能。お前の思惑を全て打ち砕いてやろうではないか。」
菅沼正貞「……とは言え私は罪人の身。所領も無ければ、兵力も無い。あったとしても束ねる事が出来るのは長篠に居た者のみ。頼むべき大樹も無い。家康と信長から支援された奥平を破る事など到底出来ぬ。」
高坂昌信「そのような事はありません。」
菅沼正貞「いえいえ事実を述べたまでであります。罪人の戯言であります。忘れて下さい。」
高坂昌信「菅沼殿のお気持ち。高坂。しかと受け止めました。」
菅沼正貞「と申されますと?」
高坂昌信「殿に相談しました。
『このままいくさになってしまいましたら、多くの者を危険な目に遭わせる恐れがあります。長篠城主でありました菅沼殿とお話をする機会をいただきたい。』
と。」
菅沼正貞「しかし私は幽閉の身。それに山県様は私の事を信用してはおりません。」
高坂昌信「だから良いのであります。」
菅沼正貞「と申されますと?」
高坂昌信「皆が菅沼殿を疑っているのは徳川との通交であります。ここ小諸に菅沼殿が留まって居さえすれば、問題ありません。」
菅沼正貞「しかしそれではいくさに対応する事は出来ないのでは無いのか?」
高坂昌信「その通りであります。しかし今、菅沼殿が発言されても誰も聞いてはもらえない事でありましょう。これは我が家中の問題であります。申し訳御座いません。」
菅沼正貞「確かに。」
高坂昌信「加えて先程、菅沼殿が仰ったように菅沼殿の手勢だけでは長篠城を破る事は出来ません。」
菅沼正貞「口惜しいがな。」
高坂昌信「ここからが本題であります。菅沼殿。」
菅沼正貞「ん!?」
高坂昌信「菅沼殿の持つ全ての事を私。高坂に教えていただきたく、ここに参上した次第であります。手柄は全て菅沼殿のもの。失態は全て高坂が被る所存であります。お願い申し上げます。」
菅沼正貞「私が家康に通じている可能性があったとしてもか?」
高坂昌信「構いません。」
菅沼正貞「高坂様に嘘を伝える可能性があるとしてもか?」
高坂昌信「構いません。」
菅沼正貞「教える事は出来ぬ。ただ……。」
高坂昌信「ただ?」
菅沼正貞「私は今から独り言をします。何か聞きたい事があったら言って下さい。それに対し、ただ私は戯言を述べるだけであります。真偽の程は定かではありません。後はそちらで勝手に解釈して下さい。手柄など要りません。私は牢の中で叫んでいるだけに過ぎません。」
高坂昌信「いえ。そのような事は。」
菅沼正貞「罪人に同情など要りませぬ。必要な事を話して下さい。こちらも勝手に呟きます。」
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