都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
上 下
165 / 203
第三章 カモフ攻防戦

68 一騎打ち(3)

しおりを挟む
――はぁはぁはぁ

 ユーリはあごが上がり、肩で大きく息をしていた。
 頬を伝う大粒の汗が顎の先から滴り落ち、大地に小さな染みを作る。
 ここまでイグナーツの攻撃は全てかわしていたが、そのために何度も大地を転がり全身土にまみれていた。
 対するイグナーツは多少息遣いが激しくなっている程度で、涼しい顔で馬上からユーリを見下ろしていた。
 これまでの攻撃ではどれも有効打にはなっていなかったが、そもそも騎兵と歩兵が一対一で戦えば圧倒的に騎兵が有利な状況だ。
 高い機動力とパワーは歩兵にとってはそれだけで大きな脅威となる。
 ユーリもまずはイグナーツの乗馬を無力化しようとしていたが、流石に対騎兵の常套手段はイグナーツも分かっている。愛馬をを巧みに操ってユーリをその間合いには近づけさせないようにしていた。
 その分彼の攻撃も甘くなってはいたが、イグナーツは相手が疲弊ひへいして動きが鈍くなるのを待てば良かった。

――ガシィィィン

 イグナーツのフェイントに惑わされたユーリは回避に移るのが一瞬遅れた。それでも何とか盾を騎槍スピアと身体の間にねじ込んで事なきを得る。
 しかし盾は衝撃により真っ二つに割れて弾け飛び、ユーリは身体を守る唯一の防具を失ってしまった。

「どうした? そろそろ限界じゃないのか?」

 馬首を巡らせてユーリに正対させたイグナーツはそう言って挑発をする。
 ユーリは盾を吹き飛ばされた際、それを繋いでいた吊革が千切れて頬を切っていたが、急いで息を整えて手の甲で血を拭うとニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

「邪魔だなと思ってたので外す手間が省けて助かりました」

「まだ強がりを言うか!」

「強がりかどうかは試してみれば分かりますよ」

「下郎が!」

 イグナーツは吐き捨てるように叫ぶと愛馬に拍車を当てた。
 風のように迫り来るイグナーツに、ユーリも両手剣ワカゲノイタリの剣先を下げ右足を引いて半身になって待ち構えた。
 見る見るうちに二人の距離が縮まっていく。
 イグナーツがフェイントを交えて突きを繰り出すが、今度はユーリがそれをギリギリまで引きつけて躱した。
 槍先がサーコートの胸元を引き裂くが、ユーリはそれに構わず地面すれすれから剣を切り上げる。

「浅いか!?」

「ちっ! 小癪こしゃくな!」

 馬を狙ったすれ違いざまの一撃は、馬鎧バーディングに阻まれ馬体へのダメージは通らなかった。しかし馬鎧は損壊し逞しい馬体の一部が露わになった。
 お互いに不満そうな表情を浮かべて再び対峙する。

「ルーベルト様、射撃の許可を!」

「駄目だ! 一騎打ち中は手出し無用だ」

 対決を見守るヨハニが先程から射撃の許可を求めていたが、ルーベルトは却下し続けていた。
 一騎打ちが成立中は決着が着くまで手出し無用というのが暗黙のルールだ。もしルールを破れば長く不義理のそしりを受けることになる。それに加えて今回はそれに怒り狂ったイグナーツ隊の蹂躙じゅうりんにも遭うことだろう。
 元々不利を承知しながらもこちらが応じた一騎打ちだ。ユーリの危機だからと言って手を出すことは許されない。

「気持ちは分かるがユーリを信じろ!」

 ヨハニからすれば納得できない理不尽な騎士のルールだが、破った結果どうなるかくらいは分かるつもりだ。
 それにそう言って彼をいさめているルーベルト自身の鉄砲を掴む手が、真っ白になる程強く握り込まれていた。それを見れば流石に自分の判断で勝手をする訳にはいかなかった。

「・・・・わかった」

 ヨハニは苦い表情で頷くと、激しい一騎打ちが繰り広げられている前方を睨んだ。
 ユーリとイグナーツの二人は、十メートルの距離で動きを止めていた。
 ユーリは大きく肩で息をしながらも次の攻撃に備えて必死で息を整えていた。
 一方のイグナーツもここまでのユーリの健闘に内心舌を巻いていた。
 一回とは言わずとも数度の攻撃で勝負が着くと考えていたイグナーツだったが、攻撃はもう既に十回を数えていた。それどころかダメージはないとはいえ相手に攻撃を通された。
 戦いが長引けば、いくら駿馬とはいえ動きが落ちてくる。馬鎧を通して愛馬からムワッとした熱気が上がってきていた。このままでは恐らくあと数回の攻撃で愛馬は限界を迎えるだろう。

「坑夫上がりでなければよい騎士になれたものを」

 これだけの健闘を見せつけても尚、イグナーツはユーリを騎士とは認めていなかった。
 イグナーツにとって騎士とは血統であり、世襲によって代々継いでいくものであった。
 普段から強烈な選民的思想の持ち主で、彼にとっては騎士とは純血なものだった。
 そのため元平民であったり、デモルバのように一度騎士位を剥奪された者に対しては、どれだけ優秀であろうとそれはもう騎士ではなかったのだ。

「貴様ももう限界ではないのか? そろそろ楽にしてやろう!」

「それはイグナーツ様が騎乗する馬も同じでしょう。あと数回が限度ではないですか?」

 ユーリはそう言いながら頭部を守る額当てをフードごと外した。
 途端に汗に濡れた頭髪と額の傷跡が露わとなり、頭から湯気が立ち上る。

「貴様、何をしておる!?」

 その行動を不審に感じたイグナーツが思わず問い掛けるが、ユーリは黙ったまま今度は屈んで脛当てグリーブを外し始めた。左右の脛当てを外すと、立ち上がって次は籠手ガントレットを外していく。

「イグナーツ様が仰られるように俺は育ちが悪いものでね。装備があると動きづらいんですよ」

 呆気に取られるイグナーツを尻目にユーリはあっけらかんと笑う。
 籠手を外すと腰の刀帯ソードベルト片手半剣バスタードソードごと外し、最後に胸元が大きく裂けたサーコートを脱ぎ捨てた。
 鎖帷子チェーンメイル姿となったユーリが具合を確かめるように軽くジャンプする。
 シャラシャラと鎖のこすれ合う音が戦場に響く。

「さて、お待たせしました」

 ユーリはそう言うと先ほどと同じように半身になって両手剣を構えた。

「おのれ巫山戯ふざけた奴め!」

 ユーリはあくまでも動きやすくするために身軽になっただけだが、イグナーツには騎士の流儀を冒涜ぼうとくする態度に映った。
 顔を真っ赤にして怒りを露わにすると、ユーリに向けて真っ直ぐ馬を走らせた。

――おぉぉぉぉ

 するとこれまでは待ち構えて戦っていたユーリだったが、腹の底から唸り声を上げてイグナーツに向けて駆け出した。
 イグナーツが指摘した通り、ユーリの体力は既に底を突いていた。このままでは負けると感じたユーリは、装備を外して一か八かの勝負に出たのだった。

「何っ!?」

 ユーリのこの行動は流石のイグナーツですら意表を突かれ、一瞬だったが迷いを生じさせた。その一瞬がユーリに肉薄を許すこととなり、騎槍の照準を僅かに上ぶれした。
 ユーリは繰り出された騎槍を身体を沈み込ませてかわそうとしたが、躱しきれずに騎槍が左の肩口をかすめていく。
 鎖帷子が裂け、けるような痛みに一瞬顔をしかめながら、それでもユーリはそれに構わずさらに一歩踏み込んでいく。

「どらぁぁぁぁっ!」

 騎槍と馬体の間へと何とか身体を滑らせると、そこから飛び上がりながら両手剣を跳ね上げるように振るった。
 ユーリ渾身のその一撃はプレートメイルに覆われていないイグナーツの右脇に入り、彼の右腕を根元から切り上げた。

「ぐぁっ!」

 短い苦悶の声とともにイグナーツの右腕が空中に舞う。
 驚愕に目を見開いたイグナーツが右肩を押さえながら崩れ落ちるように落馬した。腕を失ったことでバランスが取れなくなったのだ。
 一方ユーリの方も剣を振った後の無防備の体勢の所に、走り抜ける馬体が激突し勢いよく弾き飛ばされ、大地を二度三度と転がっていった。
 受け身を取れずに頭から落ちたイグナーツはピクリとも動かない。
 吹き飛ばされたユーリもゼーゼーと大きく息を繰り返し、大の字で倒れて起き上がる事ができなかった。

「イ、イグナーツ様が!?」

 名もなき騎士にイグナーツが敗れるという衝撃を目の当たりにしたストール軍の兵たちは、目の前の信じられない光景に言葉を失って立ち尽くしていた。
 勝負の決した一騎打ちの場には勝者のユーリも倒れ伏し、ただ主人のいない馬だけが所在なげに闊歩かっぽしているだけだった。

「よっし!」

 空を見上げたまま小さく言葉を零したユーリは、してやったりという表情を浮かべて拳を突き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜

白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。 光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。 目を開いてみればそこは異世界だった! 魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。 あれ?武器作りって楽しいんじゃない? 武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。 なろうでも掲載中です。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

復讐の刃ーー独りになった少年が、世界を血の海に変えるまでーー

ノリオ
ファンタジー
時は戦国時代。 三大国と呼ばれる3つの国が世界を統治し、共に戦争を繰り返していた時代ーー。 男は、その争いが最も苛烈だった頃に生まれた。 まだ三大国という体制にまでなっていなかった頃、男は日本という国の小さな部族の嫡男として生まれ、毎日楽しい日々を過ごしていた。 彼には両親がいて、 幼馴染がいて、 親戚がいて…… 皆が家族だった。 幸せだった。 しかし、 ある時を境に、彼の幸せは地獄の日々へと急転落下することになる。 大国の1つ『ミッドカオス』によって日本は容赦なく叩き潰され、彼の部族はそのミッドカオスによって皆殺しにされたのだ。 彼は復讐を誓った。 1人も許さない。 誰も逃がしはしない。 ーーこれは、そんな彼が、世界に向けた復讐戦を描く物語。 国が世界が立ちはだかる中で、彼はどこまで復讐を成し遂げることが出来るのかーー。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香
ファンタジー
***11話まで改稿した影響で、その後の番号がずれています。 小さな村に住むリィカは、大量の魔物に村が襲われた時、恐怖から魔力を暴走させた。だが、その瞬間に前世の記憶が戻り、奇跡的に暴走を制御することに成功する。 魔力をしっかり扱えるように、と国立アルカライズ学園に入学して、なぜか王子やら貴族の子息やらと遭遇しながらも、無事に一年が経過。だがその修了式の日に、魔王が誕生した。 召喚された勇者が前世の夫と息子である事に驚愕しながらも、魔王討伐への旅に同行することを決意したリィカ。 「魔国をその目で見て欲しい。魔王様が誕生する意味を知って欲しい」。そう遺言を遺す魔族の意図は何なのか。 様々な戦いを経験し、謎を抱えながら、リィカたちは魔国へ向けて進んでいく。 他サイト様にも投稿しています。

処理中です...