都市伝説と呼ばれて

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第一章 都市伝説と呼ばれて

33 エステルとユーリ(2)

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「あそこです。ありました」

「あっ、姫様!?」

 目的の露店を見付けたのか、言うが早いかユーリたちが止める間もなく駆け出していく。ユーリとフォリンが同時に声を上げ、手を出すが間に合わないほどだ。

「ええい! 姫様はトゥーレ様より厄介だ!」

 エステルの護衛が、今日は彼を含めても二人しかいないのだ。もし彼女に何かあれば物理的に彼らの首が飛ぶ。悪態を吐きながらも、エステルを慌てて追いかけていく。
 トゥーレとよく似ていると思っていたユーリだったが、大胆に見えて周りをよく見て慎重に行動するトゥーレと違い、気分のまま突拍子もない行動を取るエステルは全然タイプが違った。よく言えば無邪気といえるが、興味の向く方向へと突然駆け出して行くのは、護衛からすれば目を離すことができず非常に厄介だった。

「どうされました?」

 何とか追いついたユーリが、様子のおかしいエステルに声を掛ける。
 装飾品を扱う露店で目を輝かせて商品を眺めていたエステルだったが、みるみる表情に影が差していき、力なく首を振るとがっくりと肩を落としたのだ。

「・・・・ありません」

 何か目的の品があったのだろう。その品物がなく残念そうに呟く。よほど欲しい品物だったのか、俯いた目には涙が浮かんでいるほどだ。

「エ、エステル姫様! な、何か失礼を致しましたでしょうか?」

 その様子に慌てたのは商人だ。領主の娘に対して何か失礼をしでかしたのではと慌てた様子だ。ユーリは店主を宥めて落ち着かせると改めてエステルに向き直る。

「姫様? 大丈夫ですか?」

「・・・・申し訳ありません。取り乱しました。もう大丈夫です。今日は戻りましょう」

 エステルは消え入りそうな声でそう呟くと、踵を返して歩き始める。
 その様子に溜息を吐いたユーリは、殊更明るい調子でエステルに声を掛けた。

「姫様、私はお腹がすきました。少しお待ちいただいてよろしいですか」

 そう言うとエステルをフォリンに任せ、傍の露店に入って肉をじっくりと煮込んだスープを三つ購入し、広場の端にあるベンチへと連れて行って座らせる。
 ひとつに口を付けて毒見をして見せると、湯気の立つ木の器を匙をエステルとフォリンに配る。

「冷めない内にどうぞ。熱いので火傷にはお気を付けください」

 トゥーレと違って露店で買い食いなどしたことがなかったのだろう。二人は顔を見合わせると恐る恐るスープに口を付ける。

「!! 美味しい!」

「でしょう? 館の食事も美味しいですが、肌寒い日に飲むこのスープは格別なんです。お二人とも、トゥーレ様が初めて口にされた時と同じ顔をしておられますよ」

 二人が目を丸くするのを見ながら、そう言って笑う。

「本当に美味しいです。あの・・・・その、ありがとう存じます」

 エステルと侍女が顔を見合わせてはにかんだ笑顔を見せると、ようやく落ち着いたエステルは取り乱したことを素直に謝った。
 ホッとした様子を見せたユーリは、エステルの前に跪くと優しく声を掛ける。

「ではエステル様、何をされようとしていたかお聞かせいただいてよろしいですか?」

 きょとんとした表情で首を傾げるエステルに言葉を続ける。

「どうしても話したくないのであればそれでも構いませんが、今のままでは我々はどう動けばよいのか分かりません。命じていただければ我々は姫様に代わって動きます」

 もっと周りを頼ってください。ユーリは静かにそう訴えた。

「そうです姫様。わたくしはそのために姫様のお側にお仕えさせていただいております。どうかお命じくださいませ」

「トゥーレ様を見習いましょう。あの方も仕事を抱え込むところがありますが、できないことはできる者に丸投げいたします。まぁ少々人使いが荒いですがね」

 フォリンも思うところがあったのだろう。
 考えるより先に動いてしまうエステルに跪いて、懇願するように言葉を重ねた。ユーリは兄であるトゥーレを引き合いに出して見習うところがあると言い、最後は冗談めかして笑う。
 俯いて言葉を聞いていたエステルは、ゆっくりと顔を上げると消え入りそうな声でぼそりと呟いた。

「・・・・お誕生日の贈り物が欲しかったのです」

「贈り物ですが?」

「ええ、もうすぐお兄様のお誕生日なのです。その・・・・、内緒でプレゼントを贈りかったのですけれど・・・・売れてしまったようです」

 エステルはサプライズでトゥーレへの誕生日プレゼントを計画していた。
 二人が詳しく聞くと、春の市の際に目星を付けていたアクセサリーがあったようだ。
 常設で店を出していた露店だったため、市が終わっても売っていると安心していたらしい。しかし春の市が終わると商品の入れ替わりなどもあり、目星を付けていたアクセサリーがなくなっていたということのようだった。

「えっと・・・・」

 可愛らしいというか微笑ましいというか、ユーリとフォリンの二人は思わず目を合わせた。お互いに戸惑った表情を浮かべている。
 彼女は今まで街を散策しても、大抵は母と一緒で一人ではほとんど出たことがなかった。母と一緒のときにアクセサリーを購入したことはあるが、それは彼女が物欲しそうに眺めていたからだ。
 領主一家になれば何かを購入する場合は、商人を呼び寄せて注文することがほとんどだ。母のテオドーラも普段はお抱えの商人がいるため、その商人に注文をおこなっている。その場にエステルもいたことがあるが、いつも母が注文しているため購入している感覚が希薄なのだ。
 もっとも彼女にとって目の色を変えて注文する母の姿は、あまり見たいと思わなかったため、記憶に残っていないのかも知れない。

「姫様、トゥーレ様の誕生日までには、まだ時間がございます」

「そうですね、今からでも充分間に合います。折角ですから勉強いたしましょう」

 そう言うと、ユーリはスープを飲み干した。




 季節が巡り、夏の市がサザンで開かれていた。
 祭りのような喧騒が開け放たれた窓から領主邸にも流れてくるため、誰もが落ち着かない様子でときおり窓の外を眺めていた。

「お兄様!」

 浮ついた空気が蔓延する中、足取り重く執務室へと向かうトゥーレを呼び止めるエステルの姿があった。

「何だエステルか」

 いつもの様に素っ気ない態度を取るトゥーレだが、振り向いて見るエステルの雰囲気はいつもの彼女ではなかった。
 夏らしい空色のスカートに薄手のブラウスはいつも通りだったが、普段はツインテールにしている頭髪は今日は後ろでひとつに纏められ、赤いリボンで留められている。頬にも薄く化粧が塗られ唇にも薄く紅が引かれていた。
 怪訝に思うトゥーレへと近付いたエステルは、怖ず怖ずと両手を差し出した。

「お兄様・・・・これを・・・・」

 顔を真っ赤にしながら消え入りそうな声で差し出した両手には、綺麗に包装されリボンが結ばれた小さな包みが乗っていた。

「何だ?」

 差し出された包みに、トゥーレは小首を傾げる。
 いつもと様子の違うエステルに、彼の顔には若干の戸惑いが浮かんでいた。

「その・・・・、お誕生日のお祝いです」

「まさか、俺にか!?」

 思ってもいなかった妹のプレゼントに驚きを隠せない。トゥーレから彼女に贈ることはあっても、エステルから贈られた記憶は彼にはなかった。
 戸惑いながらもプレゼントの包みを受け取る。
 トゥーレの片手に乗るほどの大きさだが、丁寧な刺繍を施された袋の口にレース状のリボンが結わえられていた。

「中を見ても?」

「どうぞご覧くださいませ」

 緊張した面持ちでエステルが頷くと、トゥーレはリボンを解いていく。中を覗くと中には小さな木箱が入っていた。この木箱も手の込んだ造りで蓋の中央にはトルスター家の紋章が彫られている。
 箱を取り出すと、袋とリボンをユーリに手渡し、右手でゆっくりと蓋を開いていく。

「ほぉ!」

 思いがけずトゥーレが感嘆の声を上げた。
 箱の中にはトルスター家の紋章である船を象ったシルバーのペンダントが入っていた。二本の交差した櫂は複雑に捻れながら絡み合い、交差している部分には赤い宝石がふたつ嵌め込まれている。トゥーレの目の色に合わせたのだろう、よく見ると左右で色合いが違う。右側は明るめの赤だが左側は深い赤になっていた。

「これは火石? いやルビーか?」

「ルビーとガーネットを嵌めています。お兄様の目に合わせてみました。その・・・・、お兄様は戦場に立たれるでしょう? それで、お兄様を戦火からお守りくださいますよう祈りを込めました」

 最初にエステルが見繕っていたアクセサリーは安い物ではなかったが、露店で売られているだけに、もっとシンプルでベースの素材も木が使われた物だった。トルスター家の意匠に近い船をモチーフにして、同じように赤い宝石が埋め込まれていたようだ。
 一点物で彼女が気に入っていたとはいえ、領主の娘が贈るには物足りない品だった。
 エステルから相談を受けたユーリとフォリンは領主邸に戻るとすぐに商人を呼び出すと、エステルがイメージを身振り手振りで伝え、何度か試作を繰り返しながら作っていった。そのお陰でエステルも非常に満足のいくペンダントに仕上がったのだった。

「・・・・どうでしょうか?」

 トゥーレの反応が心配なのだろう。硬い表情でエステルが感想を聞いてくる。

「エステルが作らせたのか! ありがとう、嬉しいよ」

 そう言うと嬉しそうにエステルの頭を撫でる。
 思いがけずストレートに感謝されると思わなかったエステルは、照れて耳まで真っ赤になっていた。

「珍しいことをしたから、明日は槍が降ってくるかもしれないな」

 そこで終われば微笑ましい話だったが、どうもエステルに対しては一言言わなければ気がすまないトゥーレであった。

「お兄様の意地悪! 鬼! 悪魔! おたんこなす!」

 慣れないことをした気恥ずかしさから精一杯の悪口を言い残し、いつものようにエステルはパタパタと走り去っていくのだった。



 その後、エステルの誕生日にはトゥーレから同じような紋章を象ったブローチがお返しとして届けられた。エステルが贈った物より小振りだが、ルビーを中央に包み込むように金色の透かし彫りで美しいブローチだった。
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