12 / 203
第一章 都市伝説と呼ばれて
12 真夜中の出陣
しおりを挟む
ピュウリリリイイイィィィィィィィィ・・・・
夜も更け、ほとんどの人が眠りに就いていた頃である。
信号弾が火薬の尾を引きながら空に撃ち出され、けたたましい音が街中に響き渡る。同時に出陣を告げる鐘の音が中央広場に鳴り響いた。
眠りに落ちていた街は強制的に覚醒され、広場や大通りに用意された篝火に火が灯される。固く閉ざされていた城門が開かれ、街の外からも男たちが着の身着のまま駆け付けてくる。
広場に集まってきた男たちは、兵装を整えた士官の指示に従って、槍や鎖帷子を支給され、装備を調えた者から整然と整列していく。
ユーリが少年の手を取ってからひと月が経っていた。
サザンの街では、数日前から敵対するドーグラス・ストールの軍勢が、境界にあるエン砦に兵を進めていたのだ。
守備を固める砦の兵三〇〇名に対し、ストール軍は一〇〇〇名と圧倒的な兵力を有し盛んに挑発を繰り返していた。
エン砦に近いカモフ第二の街ネアンを治めるオイヴァは、ひとまず援兵として二〇〇名を送っていたが、更なる対応策を検討していた矢先、攻勢に出たストール軍に砦は持ち堪えられずに陥落したのだった。
砦を落としたストール軍は領内へと侵入する様子を見せながら、オイヴァ隊と睨み合っていた。
斥候の報告によれば、跡地に新たな砦の構築をおこなっているという。本格的な侵攻に備えて橋頭堡確保が狙いのようだった。
「おおぉい! 頑張ってこいよ!」
「ドーグラス公の軍勢なんざ蹴散らしちまえ!」
「しっかり戦ってこいよ!」
「今回領主様が一緒だから負ける訳ねぇや!」
叩き起こされた筈の住民達だが、怒ることなく眠い目を擦りながらも、多くの人が広場に駆け付け、集合していく兵達に声援を送っていた。
暗い中での行軍は辛かろうと、路地に松明を持った子供が集合していく兵の足下を照らしている。広場の入口付近で眠気覚ましに炊き出しのスープを振る舞う女たち。今回が初陣になるのか、緊張で硬い表情を貼り付けた、若者の背中を叩いて元気づけている老人たち。そんな住民の声援を受け、集合していく兵の士気は高まっていく。
「出発だ! 第一陣進め!」
やがて装備を整えた軍勢の隊列が整うと、西門へと続く港通りに向けて吐き出されていく。
第一陣となる鉄砲と弓兵の混成部隊三〇〇名、第二陣のパイク兵部隊五〇〇名が三列縦隊となり一糸乱れず行軍していく。
沿道の声援は続く騎馬部隊が行軍して来ると一際大きくなった。
部隊の先頭を行くのは、黒い馬鎧を着けた馬に跨がる黒ずくめの騎士だ。
騎士は黒いサーコートと鎖帷子の上に、目の覚めるような銀色のマントを羽織り、五メートルほどの、黒い柄のハルバートを手にしていた。
現在のカモフ領主であるザオラル・トルスターその人である。
威風堂々という言葉が、これほどしっくりとくる騎士はそうはいまい。既に五十路を超えているが、三十代と言っても通用するほどの若々しさを保ち、額から頭頂を覆うように付けられた銀色に輝く額当てと、そこから覗く黒髪を肩に靡かせていた。彫りの深い目鼻立ちと、良く日焼けした褐色の肌、篝火を受け青紫に輝く瞳が、より一層精悍さを際だたせている。
彼の左右後方には、カモフ領主を示す白地に朱色の船と交差する櫂の図案の紋章が刺繍された軍旗を掲げた従者が、誇らしげな表情で続きザオラルの存在を誇示していた。
彼は今でこそ住民から絶大な支持を得ているが、元々騎士ではなくサザンで衛兵を務めていたに過ぎなかった。だが若き日に賊の討伐で功を上げ、当時の領主であるタイト・トルスターに見出されて騎士に叙任された。
その後も目覚ましい活躍を見せ、やがて王都アルテで騎士の最高位であるミラーの称号を得るまでになった人物である。
彼はミラーの騎士として七年間在籍した後、サザンに帰還を果たした。
その際にタイトの娘テオドーラの婿となり、トルスター家へと入ったのだ。
前領主のタイトは凡庸な人物と評価され、ギルドの犬とまで言われた人物だったが、当時大半を占めていた反対意見に耳を貸すことなくザオラルを後継としたことだけは評価に値する。
軍事面ではタイト時代は、寡兵且つ弱兵として侮られていたカモフ兵を鍛え直し、周囲に一目置かれる軍勢へと変貌させた。財政面でも時間は掛かったものの、ギルドを廃すことに成功し、カモフの財政を立て直したことでも評価は高い。
トルスター家の直系でないことに猜疑の目を向けていた住民も、目に見える結果を残したことで絶大なる信頼を寄せるに至ったのだった。
彼の後ろには、同じように黒い軍装で統一された八〇〇騎の騎馬の隊列が粛々と続く。
領主自ら鍛えた騎馬隊は、戦場では機動力を活かした一撃離脱戦法を駆使し、相手を翻弄し打撃を与えていくカモフ軍の主力を担う部隊だ。
異変は丁度カモフ軍主力の騎馬部隊が過ぎた後だった。
『おおおっ!?』
軍勢を見送っていた住民にざわめきが走った。
これまでは騎馬部隊の後は歩兵が続くのが常だった。だが、続いてきたのは彼らが見たことのない部隊だった。見慣れない部隊の登場に住民の目は釘付けとなっていた。
それはわずか二〇〇騎と数こそ少ないものの、ザオラルの騎馬隊と同様に全員が騎乗している。さらに黒い騎馬部隊と対を成すかのように全騎緋色のマントに身を包んでいたのだ。
目を引くのは色だけではない。この辺りでは珍しく全騎が鉄砲を携えた竜騎兵の部隊だったのだ。
さらにその部隊を見慣れない若い騎士が率いている。
騎馬共に深紅の軍装に身を包み、ザオラルと同様に銀色のマントを纏っている。
その騎士の後方には、ひと周り小さな紋章を掲げた従者が、誇らしげな表情で続いていることから、トルスター家の者であることは間違いない。
頭には頭巾を被り、ザオラルと同じ銀色の額当てを目深に付けているため、表情を窺うことができない。その身体付きからまだ年若い少年のように見えるが、それを感じさせないほど堂々とした行進だった。
マントとサーコートの隙間から見える鎖帷子も緋色に染められ、マントの背中部分に刺繍が施された赤い紋章は、篝火を反射してマントから浮き上がるようだった。
「あれは誰だ?」
沿道を見守る住民に動揺が広がる。
「さぁ・・・・」
「見たことない騎士様だなぁ・・・・」
「オイヴァ様? ではないよな?」
ざわざわと囁き合う住民たち。
その騎士がトルスター家の紋章を身に着けていることから、トルスター家の者であることだけははっきりしている。だが肝心のトルスター家に、該当するような若い騎士が見当たらないのだ。
住民達は行軍していく軍勢そっちのけで、口々にその騎士の正体について推理を披露していた。
「テオドーラ様? いやエステル姫様、じゃないよな?」
「姫様はまだ十歳になられたばかりだ。それにあれはどう見ても男だろ?」
「じゃあ誰なんだよ? 誰かトルスター家に養子に入ったのか?」
「いや、それは聞いてないぞ」
「まさか!?」
そんな中、住民のひとりが急に大声を上げる。
「なんだお前! 急にでっかい声出すんじゃねぇ! 吃驚するじゃぁねぇか!」
「なんだ? 何か分かったのか?」
「成人したてでトルスター家の男子っていやぁ、一人だけいるじゃねぇか」
「そんな方いたか?」
「まさか、あの、トゥーレ様なのか!?」
「トゥーレ様だって!? ありゃ都市伝説じゃねぇのか!」
「まさか、トゥーレ様は本当に実在したのか!?」
「そうだぞ、誰も見たことないって話じゃないか!」
「でもよ、トゥーレ様ならあの騎士様と年齢も合うじゃねぇか」
見知らぬ騎士の正体について詮索する者の中に、トゥーレではないかと言う者が現れ、住人たちは一層騒然となる。
トゥーレとは、ザオラルとテオドーラの間に生まれた長子だと噂されている人物だ。
今まで一度として公の場に登場したことがなく、実在するかどうかすら不明なため、都市伝説の如くサザンのみならずカモフ中で噂されている謎の人物だ。
『人目を避けて塩坑の奥で人知れず育てられている』、『領主様の隠し子である』、『昼間は人目を避け、皆が寝静まった夜に街を徘徊している』といった生存説や『幼い頃に毒を飲まされた』、『ギルドに暗殺された』など死亡説など枚挙にいとまがない。中には『フォレスで姫様を救った』などという、嘘か誠かすら怪しい噂すら流れていた。
なぜそういう噂が広まったのかというと、ザオラルとギルドとの間で十五年もの間続いた確執が原因だ。
領主への就任当時、ギルドへの規制を強化しようとするザオラルは、ギルドにとっては邪魔な存在でしかなかった。
そのためテオドーラ諸共、常に暗殺の危険に晒され、実際に襲われたことも一度や二度ではないといわれている。その状態が十五年間もの間続き、三年前ようやく決着が付いたばかりだ。
それ以降は命を脅かすような危機は去っていたが、酷いときにはザオラルですら死亡説がまことしやかに流れたほどだったのだ。
そのためテオドーラの懐妊や出産の情報については、徹底的に情報を遮断していた。そして先のような情報だけが一人歩きすることになったのだった。
「とぉれさまぁ!」
隊列を見送っていた住民の中から、祖父に肩車された幼い男の子が、その騎士に声援を送った。
するとそれに応えるように額当てを上げ、男の子に向かって笑顔を見せて手を振り返したのだ。
額当てを上げても頭はフードに覆われ、表情がはっきりと見えた訳ではないが、フードから僅かに覗く金髪と、男の子に向けた笑顔からは、若く見えるものの噂どおり十五歳前後であると感じさせた。
『トゥーレ様!!』
その騎士が笑顔で応えたことで住民はトゥーレだと確信し、口々に彼の名を呼び始めた。トゥーレと呼ばれた若い騎士も、声援に応えるように右腕を突き上げた。
今まで正式に発表されたこともなく、胡散臭い都市伝説として噂話が一人歩きしていた人物だったが、ザオラルの性格からすれば今後あらためて正式に発表される可能性は低く、これがトゥーレのお披露目代わりになる可能性が高かった。
港通りに詰めかけた人々は、この若い騎士の勇姿を目に焼き付けようといつまでも声援を送り続けるのだった。
時にアルテミラ王国歴三三〇年。
この年トゥーレ・トルスター十五歳。
後に大陸中にその名を轟かすことになる騎士の初陣であった。
夜も更け、ほとんどの人が眠りに就いていた頃である。
信号弾が火薬の尾を引きながら空に撃ち出され、けたたましい音が街中に響き渡る。同時に出陣を告げる鐘の音が中央広場に鳴り響いた。
眠りに落ちていた街は強制的に覚醒され、広場や大通りに用意された篝火に火が灯される。固く閉ざされていた城門が開かれ、街の外からも男たちが着の身着のまま駆け付けてくる。
広場に集まってきた男たちは、兵装を整えた士官の指示に従って、槍や鎖帷子を支給され、装備を調えた者から整然と整列していく。
ユーリが少年の手を取ってからひと月が経っていた。
サザンの街では、数日前から敵対するドーグラス・ストールの軍勢が、境界にあるエン砦に兵を進めていたのだ。
守備を固める砦の兵三〇〇名に対し、ストール軍は一〇〇〇名と圧倒的な兵力を有し盛んに挑発を繰り返していた。
エン砦に近いカモフ第二の街ネアンを治めるオイヴァは、ひとまず援兵として二〇〇名を送っていたが、更なる対応策を検討していた矢先、攻勢に出たストール軍に砦は持ち堪えられずに陥落したのだった。
砦を落としたストール軍は領内へと侵入する様子を見せながら、オイヴァ隊と睨み合っていた。
斥候の報告によれば、跡地に新たな砦の構築をおこなっているという。本格的な侵攻に備えて橋頭堡確保が狙いのようだった。
「おおぉい! 頑張ってこいよ!」
「ドーグラス公の軍勢なんざ蹴散らしちまえ!」
「しっかり戦ってこいよ!」
「今回領主様が一緒だから負ける訳ねぇや!」
叩き起こされた筈の住民達だが、怒ることなく眠い目を擦りながらも、多くの人が広場に駆け付け、集合していく兵達に声援を送っていた。
暗い中での行軍は辛かろうと、路地に松明を持った子供が集合していく兵の足下を照らしている。広場の入口付近で眠気覚ましに炊き出しのスープを振る舞う女たち。今回が初陣になるのか、緊張で硬い表情を貼り付けた、若者の背中を叩いて元気づけている老人たち。そんな住民の声援を受け、集合していく兵の士気は高まっていく。
「出発だ! 第一陣進め!」
やがて装備を整えた軍勢の隊列が整うと、西門へと続く港通りに向けて吐き出されていく。
第一陣となる鉄砲と弓兵の混成部隊三〇〇名、第二陣のパイク兵部隊五〇〇名が三列縦隊となり一糸乱れず行軍していく。
沿道の声援は続く騎馬部隊が行軍して来ると一際大きくなった。
部隊の先頭を行くのは、黒い馬鎧を着けた馬に跨がる黒ずくめの騎士だ。
騎士は黒いサーコートと鎖帷子の上に、目の覚めるような銀色のマントを羽織り、五メートルほどの、黒い柄のハルバートを手にしていた。
現在のカモフ領主であるザオラル・トルスターその人である。
威風堂々という言葉が、これほどしっくりとくる騎士はそうはいまい。既に五十路を超えているが、三十代と言っても通用するほどの若々しさを保ち、額から頭頂を覆うように付けられた銀色に輝く額当てと、そこから覗く黒髪を肩に靡かせていた。彫りの深い目鼻立ちと、良く日焼けした褐色の肌、篝火を受け青紫に輝く瞳が、より一層精悍さを際だたせている。
彼の左右後方には、カモフ領主を示す白地に朱色の船と交差する櫂の図案の紋章が刺繍された軍旗を掲げた従者が、誇らしげな表情で続きザオラルの存在を誇示していた。
彼は今でこそ住民から絶大な支持を得ているが、元々騎士ではなくサザンで衛兵を務めていたに過ぎなかった。だが若き日に賊の討伐で功を上げ、当時の領主であるタイト・トルスターに見出されて騎士に叙任された。
その後も目覚ましい活躍を見せ、やがて王都アルテで騎士の最高位であるミラーの称号を得るまでになった人物である。
彼はミラーの騎士として七年間在籍した後、サザンに帰還を果たした。
その際にタイトの娘テオドーラの婿となり、トルスター家へと入ったのだ。
前領主のタイトは凡庸な人物と評価され、ギルドの犬とまで言われた人物だったが、当時大半を占めていた反対意見に耳を貸すことなくザオラルを後継としたことだけは評価に値する。
軍事面ではタイト時代は、寡兵且つ弱兵として侮られていたカモフ兵を鍛え直し、周囲に一目置かれる軍勢へと変貌させた。財政面でも時間は掛かったものの、ギルドを廃すことに成功し、カモフの財政を立て直したことでも評価は高い。
トルスター家の直系でないことに猜疑の目を向けていた住民も、目に見える結果を残したことで絶大なる信頼を寄せるに至ったのだった。
彼の後ろには、同じように黒い軍装で統一された八〇〇騎の騎馬の隊列が粛々と続く。
領主自ら鍛えた騎馬隊は、戦場では機動力を活かした一撃離脱戦法を駆使し、相手を翻弄し打撃を与えていくカモフ軍の主力を担う部隊だ。
異変は丁度カモフ軍主力の騎馬部隊が過ぎた後だった。
『おおおっ!?』
軍勢を見送っていた住民にざわめきが走った。
これまでは騎馬部隊の後は歩兵が続くのが常だった。だが、続いてきたのは彼らが見たことのない部隊だった。見慣れない部隊の登場に住民の目は釘付けとなっていた。
それはわずか二〇〇騎と数こそ少ないものの、ザオラルの騎馬隊と同様に全員が騎乗している。さらに黒い騎馬部隊と対を成すかのように全騎緋色のマントに身を包んでいたのだ。
目を引くのは色だけではない。この辺りでは珍しく全騎が鉄砲を携えた竜騎兵の部隊だったのだ。
さらにその部隊を見慣れない若い騎士が率いている。
騎馬共に深紅の軍装に身を包み、ザオラルと同様に銀色のマントを纏っている。
その騎士の後方には、ひと周り小さな紋章を掲げた従者が、誇らしげな表情で続いていることから、トルスター家の者であることは間違いない。
頭には頭巾を被り、ザオラルと同じ銀色の額当てを目深に付けているため、表情を窺うことができない。その身体付きからまだ年若い少年のように見えるが、それを感じさせないほど堂々とした行進だった。
マントとサーコートの隙間から見える鎖帷子も緋色に染められ、マントの背中部分に刺繍が施された赤い紋章は、篝火を反射してマントから浮き上がるようだった。
「あれは誰だ?」
沿道を見守る住民に動揺が広がる。
「さぁ・・・・」
「見たことない騎士様だなぁ・・・・」
「オイヴァ様? ではないよな?」
ざわざわと囁き合う住民たち。
その騎士がトルスター家の紋章を身に着けていることから、トルスター家の者であることだけははっきりしている。だが肝心のトルスター家に、該当するような若い騎士が見当たらないのだ。
住民達は行軍していく軍勢そっちのけで、口々にその騎士の正体について推理を披露していた。
「テオドーラ様? いやエステル姫様、じゃないよな?」
「姫様はまだ十歳になられたばかりだ。それにあれはどう見ても男だろ?」
「じゃあ誰なんだよ? 誰かトルスター家に養子に入ったのか?」
「いや、それは聞いてないぞ」
「まさか!?」
そんな中、住民のひとりが急に大声を上げる。
「なんだお前! 急にでっかい声出すんじゃねぇ! 吃驚するじゃぁねぇか!」
「なんだ? 何か分かったのか?」
「成人したてでトルスター家の男子っていやぁ、一人だけいるじゃねぇか」
「そんな方いたか?」
「まさか、あの、トゥーレ様なのか!?」
「トゥーレ様だって!? ありゃ都市伝説じゃねぇのか!」
「まさか、トゥーレ様は本当に実在したのか!?」
「そうだぞ、誰も見たことないって話じゃないか!」
「でもよ、トゥーレ様ならあの騎士様と年齢も合うじゃねぇか」
見知らぬ騎士の正体について詮索する者の中に、トゥーレではないかと言う者が現れ、住人たちは一層騒然となる。
トゥーレとは、ザオラルとテオドーラの間に生まれた長子だと噂されている人物だ。
今まで一度として公の場に登場したことがなく、実在するかどうかすら不明なため、都市伝説の如くサザンのみならずカモフ中で噂されている謎の人物だ。
『人目を避けて塩坑の奥で人知れず育てられている』、『領主様の隠し子である』、『昼間は人目を避け、皆が寝静まった夜に街を徘徊している』といった生存説や『幼い頃に毒を飲まされた』、『ギルドに暗殺された』など死亡説など枚挙にいとまがない。中には『フォレスで姫様を救った』などという、嘘か誠かすら怪しい噂すら流れていた。
なぜそういう噂が広まったのかというと、ザオラルとギルドとの間で十五年もの間続いた確執が原因だ。
領主への就任当時、ギルドへの規制を強化しようとするザオラルは、ギルドにとっては邪魔な存在でしかなかった。
そのためテオドーラ諸共、常に暗殺の危険に晒され、実際に襲われたことも一度や二度ではないといわれている。その状態が十五年間もの間続き、三年前ようやく決着が付いたばかりだ。
それ以降は命を脅かすような危機は去っていたが、酷いときにはザオラルですら死亡説がまことしやかに流れたほどだったのだ。
そのためテオドーラの懐妊や出産の情報については、徹底的に情報を遮断していた。そして先のような情報だけが一人歩きすることになったのだった。
「とぉれさまぁ!」
隊列を見送っていた住民の中から、祖父に肩車された幼い男の子が、その騎士に声援を送った。
するとそれに応えるように額当てを上げ、男の子に向かって笑顔を見せて手を振り返したのだ。
額当てを上げても頭はフードに覆われ、表情がはっきりと見えた訳ではないが、フードから僅かに覗く金髪と、男の子に向けた笑顔からは、若く見えるものの噂どおり十五歳前後であると感じさせた。
『トゥーレ様!!』
その騎士が笑顔で応えたことで住民はトゥーレだと確信し、口々に彼の名を呼び始めた。トゥーレと呼ばれた若い騎士も、声援に応えるように右腕を突き上げた。
今まで正式に発表されたこともなく、胡散臭い都市伝説として噂話が一人歩きしていた人物だったが、ザオラルの性格からすれば今後あらためて正式に発表される可能性は低く、これがトゥーレのお披露目代わりになる可能性が高かった。
港通りに詰めかけた人々は、この若い騎士の勇姿を目に焼き付けようといつまでも声援を送り続けるのだった。
時にアルテミラ王国歴三三〇年。
この年トゥーレ・トルスター十五歳。
後に大陸中にその名を轟かすことになる騎士の初陣であった。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
復讐の刃ーー独りになった少年が、世界を血の海に変えるまでーー
ノリオ
ファンタジー
時は戦国時代。
三大国と呼ばれる3つの国が世界を統治し、共に戦争を繰り返していた時代ーー。
男は、その争いが最も苛烈だった頃に生まれた。
まだ三大国という体制にまでなっていなかった頃、男は日本という国の小さな部族の嫡男として生まれ、毎日楽しい日々を過ごしていた。
彼には両親がいて、
幼馴染がいて、
親戚がいて……
皆が家族だった。
幸せだった。
しかし、 ある時を境に、彼の幸せは地獄の日々へと急転落下することになる。
大国の1つ『ミッドカオス』によって日本は容赦なく叩き潰され、彼の部族はそのミッドカオスによって皆殺しにされたのだ。
彼は復讐を誓った。
1人も許さない。
誰も逃がしはしない。
ーーこれは、そんな彼が、世界に向けた復讐戦を描く物語。
国が世界が立ちはだかる中で、彼はどこまで復讐を成し遂げることが出来るのかーー。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる