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第一章 都市伝説と呼ばれて
11 少年の覚悟とユーリの覚悟
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ユーリは少年が彼らの前に、わざわざ姿を現した理由に気が付いた。
「お前、俺たちに何をさせたいんだ?」
確信したようにそう問い掛けたユーリだったが、周りの仲間達は怪訝な表情を浮かべている。今までの会話の流れからは、問い掛けがあったとはいえ少年のほぼ一方的な語りだ。彼らに何かをさせようという意図は感じられなかったからだ。
だがユーリの言葉を裏付けるように、少年は否定も肯定もせずユーリを見つめている。
「最初は、街で噂になるぐらい派手に動き回って、俺たちがちょっかい出すのを待った。二度目は偶然通りかかった風を装って。多分お前は俺たちの動向を逐一把握してるはずだ」
ユーリは街中での決闘も、今日の再会も全て少年が仕組んだことだと確信していた。
事実、決闘のときはあれほど派手な格好をしていたが、今日は素材こそユーリ達とは違い、高級な素材を身に着けているものの、大人しい色使いで着崩すことなく着こなしている。
もっともあの派手な格好で狩りができるとは思えなかったが、ユーリの考えはそれほど間違ってはいないだろうと感じていた。
「そうまでして俺たちに接触してきたのは何故だ?」
自分達を排除するのが目的かも知れないが、わざわざ手の込んだ手段は必要なく、街で衛兵に引き渡せば済む話だ。
初めからこの話をしたかったのだろうと思ったが、自分たちに話を聞かせて、何をさせたいのかまでは分からない。
「ちょっと喋りすぎたか」
少年はそう言って、悪戯が見つかった子供のような顔を浮かべた。
その態度がユーリの言葉を肯定したこととなり、ユーリの仲間たちも顔を見合わせ『まじか!?』と囁き合っていた。
「どうして分かった?」
悪びれもせずにそう問い掛けた少年に、ユーリは軽く溜息を吐き答える。
「俺が街中で剣を抜いたのに、わざわざ『逃げろ』と言ってみたり、さっきは聞いてもいないのに、国やギルドの関係をペラペラと喋りやがる。どう考えても怪しすぎるだろうが!?」
そう言いながらも、ユーリがこのことに気付いたのはほんの少し前である。それまでは自分のことで精一杯だったのが、自分の考えが整理できたことでようやくそのことに思い至った。
「怪しすぎたか? そうだな・・・・まあなんだ、俺はギルドを潰したいんだ」
少年は世間話をするような気安さで、とんでもないことを口にした。
「先にも言ったが、遅かれ早かれこの国は滅ぶだろう。だがギルドが支配する構図は恐らく変わらない。そして貴様達のような者を、まだまだ生み出し続ける」
少年はゆっくりと全員の顔を見渡しつつ話を続ける。
「ギルドに縛られなければ、もっと人と物の流れを活発にすることができる。それこそサザンの市のような活気を、色々な所に作り出せるだろう」
サザンは、騒乱後のギルド解体令によって、ザオラルによる完全な領主権が確立されていた。
ギルドに寄生し、甘い汁を吸っていた商人ほど厳しい裁定が下され、財産を没収されカモフから放逐された。一方、新たにサザンへと移住する者や商売を興す者には、二年間の租税が免除され広く移住を募った。
最初こそ混乱が見られたものの、ギルドがおこなっていた役所業務も、領主が執り行うようになって三年が経ち、まだまだ試行錯誤を繰り返しているものの、人々の生活に落ち着きが見られるようになっていた。
市井の者にとって一番変化を感じられるのは、年三回開催されている市だろう。
以前の市では商業ギルド主体であったため岩塩の卸売りなどカモフの商品が主で、他国の商人は参入できなかった。また会期も二日と短く活気も比べるべくもない。
「だが、今のままでは人々は自由に行き来することもままならない。人の生活はギルドのある街が中心で、遠くの街に行ったとしても露店すら簡単に開くことすらままならない。
政に過剰に介入し、意にそぐわなければ騎士でさえ意のままに動かし、自分達に都合の良いようにやりたい放題だ。そんなギルドなど糞くらえだ!」
顔を合わせるのは二度目だが、初めて感情の籠もった声を聞いた気がした。目の前の少年も、彼らと同じようにギルドによる被害者なのかも知れないと思えた。
「俺はギルドを潰す」
思わず背筋が凍り付きそうな冷気を含んだ声だった。
少年はまるで自分の使命だというように、静かにそして力強く言い切った。
ユーリ達にはそれが可能なことかどうかは分からない。だが限りなく難しいだろうということだけは理解できた。
「そんなことが本当にできるのか?」
「できる! と言いたい所だが、今はまだ力が足りない」
猛進しそうな雰囲気を纏っていたが、闇雲に突っ走るようなことはないようだ。少年はサバサバした口調で肩を竦め、自嘲するように笑顔を見せた。
「ギルドと衝突するのはまだ先のことだ。それまでにもっと力を付けなければあっという間に潰されるだろう。しかしどれだけ力を付けようと、戦いになれば敵味方関係なく多くの血が流れ、想像できないような困難が待ち受けるはずだ。場合によっては、その半ばで命尽きることもあるかも知れない。だがそれでも、命を掛ける価値はあると俺は思っている」
少年は淀みなくそう言い切った。
話を聞いてきた今、ギルドは彼らが思う以上に巨大な組織だということが分かった。国を牛耳るような組織を潰すためには、とてつもない困難が伴うことは、彼らでも朧気ながら理解できた。
それでも目の前に立っている、幼さの残る少年からは、本当に遣り遂げてしまうのではと思わせる雰囲気があった。
知らず知らずにユーリ達は、少年の言葉に引き込まれていく。興味なさそうに聞いていた仲間も、今では静かにその言葉に耳を傾けていた。
「お前はギルドを潰して何をする気だ?」
ギルドを潰すとなれば、同時にその母体となっているアルテミラ王国と衝突すると言うことだ。三〇〇年続いたアルテミラの支配体制を終わらせることに他ならない。
なくなるなど考えたこともなかったこの国を、少年がどうこうできるとはとても思えない。しかしユーリは目の前の少年が目指す先を、見てみたいと思い始めていた。
「まず、ギルドに牛耳られている登録制度を取り上げる。その上で、変わることが許されないんじゃなく、変わることもできるようにしたい。世代を重ねても坑夫は坑夫でしか生きられないなんておかしいだろう? 本人がなりたいなら商人になってもいいし、畑を耕したっていいじゃないか。もちろん王にだってなりたいなら目指せばいい。
ただし、縛られないからといっても自由に生きられる訳じゃない。商人になったからってそれだけで生活が豊かになるとは限らない。もしかしたら食べる物にすら苦労するかも知れない。坑夫のままの方が楽に生きられることもあるだろう。
変わることを望まない者は変わる必要はないが、志ある者にはそれを目指すことのできるようにしたい。
俺はそんな新しい国を創りたい!」
ギルドに縛られ生きてきた者にとって、少年の語った新しい国の話は、文字通り夢物語のように聞こえた。
もちろん子供の頃はあれこれと将来何になりたいと夢想する話であるが、成長し現実を目の当たりにするにつれ、夢はいつの間にか霧散していく。働くようになってからは、諦念が勝り自ら変えようという気概も無くなり、どちらかといえば救いを求めることが増えていく。
ギルドに搾取される仕組みに取り込まれた数多の人にとっては、生い立ちの不幸を嘆きながら生きていくしかなかったのである。
「夢物語だと言われようが構わない。目指す先が厳しいのは百も承知だ。アルテミラが滅んだ後、誰が立とうが興味はないが、新しい国が今と何ら変わらない国になるなら、俺はそこを目指す!」
少年が語るように夢物語と片付けるのは容易い。しかし理性ではそう感じていても、ユーリ達は聞いていて気分が高揚するのを感じていた。
「どうだ、一緒に来ないか?」
少年はそう言うとユーリに、真っ直ぐ右手を差し出した。
「どれだけ理想を掲げても一人じゃたかが知れてる。夢物語を叶えるためには仲間が必要なんだ」
「・・・・」
一瞬手を伸ばしかけ、躊躇して手を引く。
ユーリは素直に少年の手を取れなかった。
少年と同じ場所に立って同じ景色を見たい。心の底からそう思っていたが、同時に少年の手を取ることに恐怖を感じた。
同じ場所に立つことはできたとして、果たして自分には同じ景色を見ることができるのか? もしかしたら自分だけ同じ場所に立つことができないのではないか。そういう思いに囚われ身体が動かなくなる。
目の前に立つ少年は、ユーリにとって眩しすぎるのだ。
「一緒に来い!」
ユーリのそんな葛藤を知ってか知らずか、少年は有無を言わせない口調でもう一度告げた。
その声に背中を押され、恐る恐るユーリは少年の手を取った。
「貴様は放っておくとふらふらして危険だからな」
少年は悪戯っぽくそう言うと、迷いを見せるユーリに白い歯を見せて笑った。
「お前、俺たちに何をさせたいんだ?」
確信したようにそう問い掛けたユーリだったが、周りの仲間達は怪訝な表情を浮かべている。今までの会話の流れからは、問い掛けがあったとはいえ少年のほぼ一方的な語りだ。彼らに何かをさせようという意図は感じられなかったからだ。
だがユーリの言葉を裏付けるように、少年は否定も肯定もせずユーリを見つめている。
「最初は、街で噂になるぐらい派手に動き回って、俺たちがちょっかい出すのを待った。二度目は偶然通りかかった風を装って。多分お前は俺たちの動向を逐一把握してるはずだ」
ユーリは街中での決闘も、今日の再会も全て少年が仕組んだことだと確信していた。
事実、決闘のときはあれほど派手な格好をしていたが、今日は素材こそユーリ達とは違い、高級な素材を身に着けているものの、大人しい色使いで着崩すことなく着こなしている。
もっともあの派手な格好で狩りができるとは思えなかったが、ユーリの考えはそれほど間違ってはいないだろうと感じていた。
「そうまでして俺たちに接触してきたのは何故だ?」
自分達を排除するのが目的かも知れないが、わざわざ手の込んだ手段は必要なく、街で衛兵に引き渡せば済む話だ。
初めからこの話をしたかったのだろうと思ったが、自分たちに話を聞かせて、何をさせたいのかまでは分からない。
「ちょっと喋りすぎたか」
少年はそう言って、悪戯が見つかった子供のような顔を浮かべた。
その態度がユーリの言葉を肯定したこととなり、ユーリの仲間たちも顔を見合わせ『まじか!?』と囁き合っていた。
「どうして分かった?」
悪びれもせずにそう問い掛けた少年に、ユーリは軽く溜息を吐き答える。
「俺が街中で剣を抜いたのに、わざわざ『逃げろ』と言ってみたり、さっきは聞いてもいないのに、国やギルドの関係をペラペラと喋りやがる。どう考えても怪しすぎるだろうが!?」
そう言いながらも、ユーリがこのことに気付いたのはほんの少し前である。それまでは自分のことで精一杯だったのが、自分の考えが整理できたことでようやくそのことに思い至った。
「怪しすぎたか? そうだな・・・・まあなんだ、俺はギルドを潰したいんだ」
少年は世間話をするような気安さで、とんでもないことを口にした。
「先にも言ったが、遅かれ早かれこの国は滅ぶだろう。だがギルドが支配する構図は恐らく変わらない。そして貴様達のような者を、まだまだ生み出し続ける」
少年はゆっくりと全員の顔を見渡しつつ話を続ける。
「ギルドに縛られなければ、もっと人と物の流れを活発にすることができる。それこそサザンの市のような活気を、色々な所に作り出せるだろう」
サザンは、騒乱後のギルド解体令によって、ザオラルによる完全な領主権が確立されていた。
ギルドに寄生し、甘い汁を吸っていた商人ほど厳しい裁定が下され、財産を没収されカモフから放逐された。一方、新たにサザンへと移住する者や商売を興す者には、二年間の租税が免除され広く移住を募った。
最初こそ混乱が見られたものの、ギルドがおこなっていた役所業務も、領主が執り行うようになって三年が経ち、まだまだ試行錯誤を繰り返しているものの、人々の生活に落ち着きが見られるようになっていた。
市井の者にとって一番変化を感じられるのは、年三回開催されている市だろう。
以前の市では商業ギルド主体であったため岩塩の卸売りなどカモフの商品が主で、他国の商人は参入できなかった。また会期も二日と短く活気も比べるべくもない。
「だが、今のままでは人々は自由に行き来することもままならない。人の生活はギルドのある街が中心で、遠くの街に行ったとしても露店すら簡単に開くことすらままならない。
政に過剰に介入し、意にそぐわなければ騎士でさえ意のままに動かし、自分達に都合の良いようにやりたい放題だ。そんなギルドなど糞くらえだ!」
顔を合わせるのは二度目だが、初めて感情の籠もった声を聞いた気がした。目の前の少年も、彼らと同じようにギルドによる被害者なのかも知れないと思えた。
「俺はギルドを潰す」
思わず背筋が凍り付きそうな冷気を含んだ声だった。
少年はまるで自分の使命だというように、静かにそして力強く言い切った。
ユーリ達にはそれが可能なことかどうかは分からない。だが限りなく難しいだろうということだけは理解できた。
「そんなことが本当にできるのか?」
「できる! と言いたい所だが、今はまだ力が足りない」
猛進しそうな雰囲気を纏っていたが、闇雲に突っ走るようなことはないようだ。少年はサバサバした口調で肩を竦め、自嘲するように笑顔を見せた。
「ギルドと衝突するのはまだ先のことだ。それまでにもっと力を付けなければあっという間に潰されるだろう。しかしどれだけ力を付けようと、戦いになれば敵味方関係なく多くの血が流れ、想像できないような困難が待ち受けるはずだ。場合によっては、その半ばで命尽きることもあるかも知れない。だがそれでも、命を掛ける価値はあると俺は思っている」
少年は淀みなくそう言い切った。
話を聞いてきた今、ギルドは彼らが思う以上に巨大な組織だということが分かった。国を牛耳るような組織を潰すためには、とてつもない困難が伴うことは、彼らでも朧気ながら理解できた。
それでも目の前に立っている、幼さの残る少年からは、本当に遣り遂げてしまうのではと思わせる雰囲気があった。
知らず知らずにユーリ達は、少年の言葉に引き込まれていく。興味なさそうに聞いていた仲間も、今では静かにその言葉に耳を傾けていた。
「お前はギルドを潰して何をする気だ?」
ギルドを潰すとなれば、同時にその母体となっているアルテミラ王国と衝突すると言うことだ。三〇〇年続いたアルテミラの支配体制を終わらせることに他ならない。
なくなるなど考えたこともなかったこの国を、少年がどうこうできるとはとても思えない。しかしユーリは目の前の少年が目指す先を、見てみたいと思い始めていた。
「まず、ギルドに牛耳られている登録制度を取り上げる。その上で、変わることが許されないんじゃなく、変わることもできるようにしたい。世代を重ねても坑夫は坑夫でしか生きられないなんておかしいだろう? 本人がなりたいなら商人になってもいいし、畑を耕したっていいじゃないか。もちろん王にだってなりたいなら目指せばいい。
ただし、縛られないからといっても自由に生きられる訳じゃない。商人になったからってそれだけで生活が豊かになるとは限らない。もしかしたら食べる物にすら苦労するかも知れない。坑夫のままの方が楽に生きられることもあるだろう。
変わることを望まない者は変わる必要はないが、志ある者にはそれを目指すことのできるようにしたい。
俺はそんな新しい国を創りたい!」
ギルドに縛られ生きてきた者にとって、少年の語った新しい国の話は、文字通り夢物語のように聞こえた。
もちろん子供の頃はあれこれと将来何になりたいと夢想する話であるが、成長し現実を目の当たりにするにつれ、夢はいつの間にか霧散していく。働くようになってからは、諦念が勝り自ら変えようという気概も無くなり、どちらかといえば救いを求めることが増えていく。
ギルドに搾取される仕組みに取り込まれた数多の人にとっては、生い立ちの不幸を嘆きながら生きていくしかなかったのである。
「夢物語だと言われようが構わない。目指す先が厳しいのは百も承知だ。アルテミラが滅んだ後、誰が立とうが興味はないが、新しい国が今と何ら変わらない国になるなら、俺はそこを目指す!」
少年が語るように夢物語と片付けるのは容易い。しかし理性ではそう感じていても、ユーリ達は聞いていて気分が高揚するのを感じていた。
「どうだ、一緒に来ないか?」
少年はそう言うとユーリに、真っ直ぐ右手を差し出した。
「どれだけ理想を掲げても一人じゃたかが知れてる。夢物語を叶えるためには仲間が必要なんだ」
「・・・・」
一瞬手を伸ばしかけ、躊躇して手を引く。
ユーリは素直に少年の手を取れなかった。
少年と同じ場所に立って同じ景色を見たい。心の底からそう思っていたが、同時に少年の手を取ることに恐怖を感じた。
同じ場所に立つことはできたとして、果たして自分には同じ景色を見ることができるのか? もしかしたら自分だけ同じ場所に立つことができないのではないか。そういう思いに囚われ身体が動かなくなる。
目の前に立つ少年は、ユーリにとって眩しすぎるのだ。
「一緒に来い!」
ユーリのそんな葛藤を知ってか知らずか、少年は有無を言わせない口調でもう一度告げた。
その声に背中を押され、恐る恐るユーリは少年の手を取った。
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