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第一章 都市伝説と呼ばれて
2 ユーリ
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「うぅぅっ、冷てぇ!」
「これ以上入ってたら遭難しちまうぜ!」
「お前ぇ、さっき入ったばっかじゃねぇか! 出るの早すぎだ!」
「勘弁してくれっ! 俺は寒いの苦手なんだ」
「くぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「だ、駄目だっ! 限界っ、もう無理っ!」
少年たちの嬌声が辺りに木霊していた。
しばらく肌寒い日が続いていた中で、この日は初夏を思わせるほどの陽気だった。
街が春の市で大いに賑わっている頃、十数名の少年たちが街へと流れるハスキ川の支流のひとつで魚取りに興じていた。森の中を流れる川幅が十メートルもない小さな名もない川のひとつだ。
石を投げ入れて堰き止めた川面に鈍色の魚がぬめっとした光を反射してキラキラと輝きを放っている。
気温は暖かいが春を迎えたばかりの水温は、まだまだ身を切るような冷たさで獲物の動きも鈍い。そのため手掴みでも面白いように魚が捕れた。
厳しい寒さが続くこの地方の冬は、雪こそ少ないものの防寒具を身に纏っていても容赦なく体温を奪っていく。厳冬期ならば数時間と外に出ていられないくらいの寒気となる。
少年たちは嬌声を上げながら下着姿になり、太股の辺りまで水に浸かって魚取りに興じていた。汗ばむほどの陽気が降り注いでいるが、冬の名残りが色濃く残る水の冷たさに、十分も水に入っていれば身体が凍えてしまう。
少年たちはガチガチと歯を鳴らしながら川から上がると、火を求め足早に河原に焚かれた焚き火に群がった。
「はぁ・・・・生き返るぜ!」
「うぉっ! うめぇ!」
「ちょっと待て! それは俺が目を付けてた奴じゃねぇか!」
「うっせぇよ、細けぇことガタガタ抜かすんじゃねぇ! んなもん腹に入れりゃどれも同じだ!」
「おい、こっちにも塩くれ、塩!」
捕った魚は腸を抜いた後、串を通してそのまま焚き火で丸焼きにしていく。少年たちは暖を取りながら、香ばしい匂いを上げながら焼き上がっていく魚に、砕いた岩塩を振り掛けて頭から齧り付き腹を満たしていった。
魚を巡って小競り合いが起きたりするが、それはいつものことで誰も気にしていない。
魚を腹に収め身体が暖まると、彼らはまた嬌声を上げながらザブザブと川に入り魚取りへと戻っていく。
「ほらそっちに行ったぞ!」
「ようし捕ったぁ!」
「おい、そっちから追い込んでくれ! こいつは大物だ!」
「ははは、お前、下手糞だな!」
水の冷たさに震えながらも、暖を取って腹も満たされた仲間たちの顔には笑顔が溢れていた。
「冷てえ!」
「お前何やってんだよ」
「ここだけ深くなってんだよ! くっそぅ冷てぇ、びっしょりだ!
深みに足を取られた少年が、川に嵌まって全身ずぶ濡れになってしまった。少年は水を滴らせながら、照れ臭そうに河原に上がってくると、照れたように頭を掻く。
そんな彼に仲間が腹を抱えながら口々に冷やかす。ずぶ濡れの少年は、恥ずかしそうに口を尖らせ、口では文句を言いながらも顔には笑顔を浮かべて焚き火に当たる。
そんな彼らの中で、ひとりだけ川に入らずに川縁に立って仲間達に『あっちだ』『こっちだ』と指示をしている少年、いや少年と言うには大柄な男がいた。
二メートルに届こうかという身長とガッシリとした筋肉質の大男で、周りの少年と比べても頭ひとつ分以上は背が高い。
袖を落としたくすんだ藍色の継ぎだらけのチュニックから伸びる腕は丸太のように太く、全身よく日に焼けた褐色の肌と笑顔から覗く白い歯のコントラストが眩しい。
女性が放っておかないような整った顔立ちをしているが、額から生え際に掛けて大きな傷痕が生々しく残り、ボサボサの黒髪と相まって粗野な雰囲気を醸し出していた。
瞳の色は光の加減によって瞳孔付近が金色に近い茶色から、外に向かってライトグリーンへとグラデーションが美しいヘーゼルと呼ばれる淡い褐色だ。彼はその瞳を細めながら、ズボンの裾を膝まで捲り上げ、足首まで川に浸かって、野太い声で他の仲間を楽しそうに囃し立てていた。
「ユーリ、あの噂聞いたか?」
川から上がってきた、ひょろっと背の高い少年が、焚き火で身体を温めながら大柄な男、ユーリに声を掛ける。
「なんだオレク、どの噂だ?」
「春の市に、なんだか面白そうな奴がいるって話だ」
ユーリは興味を惹かれた様子で、ヘーゼルの瞳を輝かせ、オレクの傍で焚き火に手を翳した。
ユーリも背が高いがオレクと呼ばれた少年も痩せぎすだが長身で、並んで立つと二人の背はほとんど変わらない。
伸ばした茶色の長髪を無造作に後頭部で一本に縛り、焼けた魚に手を伸ばすと、サファイアのような青い瞳を揺らしながら美味しそうに魚に齧り付いた。
ユーリと違ってほっそりとしているが、動きに隙がなく猫科の動物を思わせるようなしなやかな動きで、あっという間に魚を骨だけにしてしまう。
「面白そうな奴?」
「俺たちより年下っぽい奴が、街を我が物顔でウロウロしてるらしい。やたらと目立ってるって話だ」
「へぇ知らないな。どんな奴なんだ?」
普段彼らはその街を縄張りとし、街やその周辺で粋がった奴や生意気な奴に喧嘩を吹っ掛けては騒ぎを起こしていた。
市が開催される間は厳しくなる警備を避けて、めったに街に近付かなかったが、その少年の話にユーリは興味をそそられた様子でオレクの話に耳を傾ける。
「金髪でやたら目立ってるそうだ。背はそれほど高くないようだが、多分成人したばかりじゃねぇかな?」
「金髪か。珍しいな」
「だろ? しかもそいつ腰に剣をぶら下げてるらしいぜ」
「へぇ、騎士様かよ!」
戦火が身近にあるが、普段から帯剣を許されているのは騎士と呼ばれる身分の者だけだ。
街の衛兵は厳密には騎士ではないが、彼らは任務中のみ剣や槍を貸与されているのみで、任務時間外に武器を携行することは禁じられている。そのため彼らは、市街で帯剣している金髪の少年が騎士だと断じたのだ。
「なんでも贋作を見破ったり、吹っ掛けようとした商人をやり込めたり、俺たちがいない街で好き放題してるらしいぜ」
「ほう! そりゃ大した奴だな?」
「見た目はチャラい格好をしてるくせに、やけに物知りだってんで、今、街じゃちょっとした話題の主になってるらしい」
「なるほど。それじゃ、そいつにはちょっと挨拶しておかないといけなさそうだな」
そう言うとユーリは不適な笑みを浮かべ、焼けた魚を手に取ると頭から齧り付いた。
「みんな上がれ!」
尻尾まで三口で腹に収めると仲間を川から上がらせて暖を取らせ、焼魚を皆に振る舞って腹ごしらえをさせる。
「面白そうな奴が街にいるらしい。見に行くぞ!」
そう言うとユーリは仲間を引き連れて街へと向かって行った。
「これ以上入ってたら遭難しちまうぜ!」
「お前ぇ、さっき入ったばっかじゃねぇか! 出るの早すぎだ!」
「勘弁してくれっ! 俺は寒いの苦手なんだ」
「くぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「だ、駄目だっ! 限界っ、もう無理っ!」
少年たちの嬌声が辺りに木霊していた。
しばらく肌寒い日が続いていた中で、この日は初夏を思わせるほどの陽気だった。
街が春の市で大いに賑わっている頃、十数名の少年たちが街へと流れるハスキ川の支流のひとつで魚取りに興じていた。森の中を流れる川幅が十メートルもない小さな名もない川のひとつだ。
石を投げ入れて堰き止めた川面に鈍色の魚がぬめっとした光を反射してキラキラと輝きを放っている。
気温は暖かいが春を迎えたばかりの水温は、まだまだ身を切るような冷たさで獲物の動きも鈍い。そのため手掴みでも面白いように魚が捕れた。
厳しい寒さが続くこの地方の冬は、雪こそ少ないものの防寒具を身に纏っていても容赦なく体温を奪っていく。厳冬期ならば数時間と外に出ていられないくらいの寒気となる。
少年たちは嬌声を上げながら下着姿になり、太股の辺りまで水に浸かって魚取りに興じていた。汗ばむほどの陽気が降り注いでいるが、冬の名残りが色濃く残る水の冷たさに、十分も水に入っていれば身体が凍えてしまう。
少年たちはガチガチと歯を鳴らしながら川から上がると、火を求め足早に河原に焚かれた焚き火に群がった。
「はぁ・・・・生き返るぜ!」
「うぉっ! うめぇ!」
「ちょっと待て! それは俺が目を付けてた奴じゃねぇか!」
「うっせぇよ、細けぇことガタガタ抜かすんじゃねぇ! んなもん腹に入れりゃどれも同じだ!」
「おい、こっちにも塩くれ、塩!」
捕った魚は腸を抜いた後、串を通してそのまま焚き火で丸焼きにしていく。少年たちは暖を取りながら、香ばしい匂いを上げながら焼き上がっていく魚に、砕いた岩塩を振り掛けて頭から齧り付き腹を満たしていった。
魚を巡って小競り合いが起きたりするが、それはいつものことで誰も気にしていない。
魚を腹に収め身体が暖まると、彼らはまた嬌声を上げながらザブザブと川に入り魚取りへと戻っていく。
「ほらそっちに行ったぞ!」
「ようし捕ったぁ!」
「おい、そっちから追い込んでくれ! こいつは大物だ!」
「ははは、お前、下手糞だな!」
水の冷たさに震えながらも、暖を取って腹も満たされた仲間たちの顔には笑顔が溢れていた。
「冷てえ!」
「お前何やってんだよ」
「ここだけ深くなってんだよ! くっそぅ冷てぇ、びっしょりだ!
深みに足を取られた少年が、川に嵌まって全身ずぶ濡れになってしまった。少年は水を滴らせながら、照れ臭そうに河原に上がってくると、照れたように頭を掻く。
そんな彼に仲間が腹を抱えながら口々に冷やかす。ずぶ濡れの少年は、恥ずかしそうに口を尖らせ、口では文句を言いながらも顔には笑顔を浮かべて焚き火に当たる。
そんな彼らの中で、ひとりだけ川に入らずに川縁に立って仲間達に『あっちだ』『こっちだ』と指示をしている少年、いや少年と言うには大柄な男がいた。
二メートルに届こうかという身長とガッシリとした筋肉質の大男で、周りの少年と比べても頭ひとつ分以上は背が高い。
袖を落としたくすんだ藍色の継ぎだらけのチュニックから伸びる腕は丸太のように太く、全身よく日に焼けた褐色の肌と笑顔から覗く白い歯のコントラストが眩しい。
女性が放っておかないような整った顔立ちをしているが、額から生え際に掛けて大きな傷痕が生々しく残り、ボサボサの黒髪と相まって粗野な雰囲気を醸し出していた。
瞳の色は光の加減によって瞳孔付近が金色に近い茶色から、外に向かってライトグリーンへとグラデーションが美しいヘーゼルと呼ばれる淡い褐色だ。彼はその瞳を細めながら、ズボンの裾を膝まで捲り上げ、足首まで川に浸かって、野太い声で他の仲間を楽しそうに囃し立てていた。
「ユーリ、あの噂聞いたか?」
川から上がってきた、ひょろっと背の高い少年が、焚き火で身体を温めながら大柄な男、ユーリに声を掛ける。
「なんだオレク、どの噂だ?」
「春の市に、なんだか面白そうな奴がいるって話だ」
ユーリは興味を惹かれた様子で、ヘーゼルの瞳を輝かせ、オレクの傍で焚き火に手を翳した。
ユーリも背が高いがオレクと呼ばれた少年も痩せぎすだが長身で、並んで立つと二人の背はほとんど変わらない。
伸ばした茶色の長髪を無造作に後頭部で一本に縛り、焼けた魚に手を伸ばすと、サファイアのような青い瞳を揺らしながら美味しそうに魚に齧り付いた。
ユーリと違ってほっそりとしているが、動きに隙がなく猫科の動物を思わせるようなしなやかな動きで、あっという間に魚を骨だけにしてしまう。
「面白そうな奴?」
「俺たちより年下っぽい奴が、街を我が物顔でウロウロしてるらしい。やたらと目立ってるって話だ」
「へぇ知らないな。どんな奴なんだ?」
普段彼らはその街を縄張りとし、街やその周辺で粋がった奴や生意気な奴に喧嘩を吹っ掛けては騒ぎを起こしていた。
市が開催される間は厳しくなる警備を避けて、めったに街に近付かなかったが、その少年の話にユーリは興味をそそられた様子でオレクの話に耳を傾ける。
「金髪でやたら目立ってるそうだ。背はそれほど高くないようだが、多分成人したばかりじゃねぇかな?」
「金髪か。珍しいな」
「だろ? しかもそいつ腰に剣をぶら下げてるらしいぜ」
「へぇ、騎士様かよ!」
戦火が身近にあるが、普段から帯剣を許されているのは騎士と呼ばれる身分の者だけだ。
街の衛兵は厳密には騎士ではないが、彼らは任務中のみ剣や槍を貸与されているのみで、任務時間外に武器を携行することは禁じられている。そのため彼らは、市街で帯剣している金髪の少年が騎士だと断じたのだ。
「なんでも贋作を見破ったり、吹っ掛けようとした商人をやり込めたり、俺たちがいない街で好き放題してるらしいぜ」
「ほう! そりゃ大した奴だな?」
「見た目はチャラい格好をしてるくせに、やけに物知りだってんで、今、街じゃちょっとした話題の主になってるらしい」
「なるほど。それじゃ、そいつにはちょっと挨拶しておかないといけなさそうだな」
そう言うとユーリは不適な笑みを浮かべ、焼けた魚を手に取ると頭から齧り付いた。
「みんな上がれ!」
尻尾まで三口で腹に収めると仲間を川から上がらせて暖を取らせ、焼魚を皆に振る舞って腹ごしらえをさせる。
「面白そうな奴が街にいるらしい。見に行くぞ!」
そう言うとユーリは仲間を引き連れて街へと向かって行った。
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