上 下
26 / 40
第二章 ブラッド・レーベル

第25話 街の掃除屋⑦

しおりを挟む
「う、うわあああああ!!」

 彼女が大声を出しながら死猿に向かって突進していった。おいおい嘘だろ!? 銃を持っている相手に丸腰で向かっていくなんて自殺行為だ。極限の緊張状態の中で、正気を保てなくなったのか? それとも、奴らに捕まったら、自分は殺されるという恐怖心が心を支配してしまったのかもしれない。

 案の定、彼女は軽く足払いをされ地面に倒れこんだ。死猿は彼女の背中に足を乗せ、銃口を背中に向けている。そして、その引き金に手をかけた。

「思っていたより、愚かだな」

「っ!」

 俺の体は、考えるより先に動いていた。死猿に向かって一気に距離を詰める。もう少しで届く、というところで死猿はくるりとこちらを向いた。

「やはり、そう来たか」

 そう言うと同時に、死猿が構えていた銃から、けたたましい銃声と共に銃弾が放たれた。それは、予想通り俺の右足を襲った。俺は一切歩みを止めることなく、死猿との距離をさらに詰めた。射程圏内だ。

「なっ……?!」

 渾身の力で、銃を持っていた死猿の右手に右ストレートをお見舞いした。咄嗟のことに反応できず、死猿の手から銃が離れた。銃は地面を転がり、遠くまで飛んでいく。死猿は彼女から足を離し、俺と距離を取った。

「君は……」

 死猿は恐らく困惑しているのだろう。それはそうだ。普通の人間は足を撃たれてこんなに動くことはできない。でも、俺はこんな状態でも全く痛みを感じていない。いつも通り動くことができる。

 あいつらは俺から話を聞き出そうとしていた。つまり、すぐに殺すつもりはないということ。だから、撃ってくるなら動きを止めるために足を撃ってくると思った。その予想は合っていたというわけだ。


 さて、こうなってしまった以上、何とかしてここから脱出するしかない。死猿に踏み倒されていた彼女は、素早い動きで立ち上がり、銃が落ちている場所を目指して走り始めた。

 よし、いいぞ。死猿の様子からして、所持しているのはさっきの銃だけみたいだし、あれさえ奪えば状況を逆転できる。死猿はすぐに彼女を追おうとしていたが、俺は咄嗟に彼女と死猿と間に立ち塞がった。

「行かせない」

「……」

 少しでも足止めできればそれでいい。そう思って対峙したけど、その考えは甘かった。死猿は人間とは思えない素早い動きで俺の背後に回り、首に打撃を与えてきた。俺は足元がふらついてしまい、地面に倒れこんでしまう。その隙に死猿は彼女との距離をかなり詰めていた。

「ま、待て……!」

 すぐに立ち上がろうとしたけど、できなかった。足が言うことを聞かない。自分の足に目を向けると、撃たれたところからかなり出血している。無茶をしすぎたか?

「は、離して!」

「まだ演技を続けるのか?」

 ダメだ。彼女が追いつかれてしまった。銃も取り上げられてしまったうえに、彼女は死猿に拘束され、頭に銃口を突き付けられている。

 彼女は、殺されてしまうのか? 敵か味方かもわからないまま、こんなあっけなく……。また、人が死ぬ?


「あっ……ぐっ!」

 突然、死猿が彼女から手を放し、その場に蹲った。頭を抱え、何かに苦しんでいる。何だ? どうしたんだ?

 それを見ていた彼女は、死猿の手から銃を奪い取り、その銃口を死猿に向けた。死猿は、それでも頭を抱え蹲ったままだ。

「成瀬! 行くぞ!」

 後方から、八崎の声がした。そうだ、他の連中はどうなった。死猿のことに夢中で、他に意識がいっていなかった。確か、もう一人銃を持った奴がいたはずだけど。

 そう思い、間宮が来た方向を見ると、聞こえ猿や青鬼たちが地面に伏しているのが見えた。八崎が、倒してくれたのか? 相手は武装してた上に複数人いたっていうのに、やっぱりコイツ化けもん並みに強いな……。


「お前、足を撃たれたのか?」

「ああ。でも大丈夫だ」

「大丈夫なわけねえだろ! ほら、肩貸してやるから、行くぞ!」

 八崎はそう言うと、俺が立ち上がるのを手伝ってくれた。八崎の肩を借り、出口のあるほうへ歩き出す。彼女にも声をかけ、出口まで先行してもらう。


「……! 後ろ!」

「あ?」

 前を歩いていた彼女が、こちらを振り返りながら叫んだ。それに釣られて俺と八崎も背後に目をやった。いつの間にか、すぐ後ろに言え猿が迫っていた。

「ちっ!」

「あーーー!!」

 言え猿は鋭く研がれたナイフを振りかざしてきた。八崎は咄嗟に俺から手を放し、それに対抗する。俺も何とか踏ん張り、八崎に加勢した。

「「邪魔だ!!」」

 偶然、八崎と俺の攻撃が同時に言え猿の腹を直撃し、言え猿は宙を舞った。そのまま地面に背中から着地するかと思ったが、空中でくるりと身を翻し、態勢を立て直す。

 そして立て続けに、言え猿は自身のコートの内側から新たなナイフを取り出し投擲してきた。それはとんでもない速さで、俺の頬を掠めた。危なかった、そう思うと同時に、俺は足元がグラつき、膝から崩れ落ちてしまった。

 なんだ、体の自由が利かない。血を流しすぎたか? いや、これは……。

「成瀬!」

 俺の体は痙攣を始め、完全に自由が利かなくなった。痛みは感じない。でも、全身が痙攣し、上手く呼吸ができない。


「どいて」

 と、彼女の声が聞こえた。それは、先ほどまでの怯えたものではなく、凄然としたよく通る声だった。その直後に放たれた銃声を聞きながら、俺の意識はそこで途絶えてしまった。


「…瀬! …………しろ!」

「…………」

意識が闇に落ちていく中で、必死に俺の体を揺さぶりながら話しかけてくる八崎の声が聞こえた。ああ、俺はここで死ぬのか……。


叔母さんの仇も取れないまま、ここで。でもこれで、姉さんたちに会える。ずっと会いたかった。これで、2人に会えるのだろうか。

ごめん。叔母さんを襲ったやつ、捕まえられそうにないや。いやでも、八崎たちならきっと俺の代わりにあいつを捕まえてくれるはずだ。後は頼んだよ、八崎……。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

おしっこ我慢が趣味の彼女と、女子の尿意が見えるようになった僕。

赤髪命
青春
~ある日目が覚めると、なぜか周りの女子に黄色い尻尾のようなものが見えるようになっていた~ 高校一年生の小林雄太は、ある日突然女子の尿意が見えるようになった。 (特にその尿意に干渉できるわけでもないし、そんなに意味を感じないな……) そう考えていた雄太だったが、クラスのアイドル的存在の鈴木彩音が実はおしっこを我慢することが趣味だと知り……?

坊主女子:髪フェチ男子短編集【短編集】

S.H.L
青春
髪フェチの男性に影響された女の子のストーリーの短編集

処理中です...