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暦の上では、もう7月に入っていた。今年は比較的暑さはマシだということらしいけど、それでも茹だるような暑さだった。
私は今日も、病院に足を運んでいた。お見舞いということで、彼の好きなお菓子を持ってきた。喜んでくれるだろうか。
「……あ、美幸さん」
彼は病室のベッドで眠っていたようだが、私に気付き体を起こしてくれた。あの日から2週間がたち、少しは体を動かせるようになったみたい。一時は命も危ない状況だったけど、今はその心配はない。
「今日も来てくれたんですね」
「そりゃあ来ますよ。はい、これどうぞ」
私はそう言って、持参していたお菓子たちを渡した。彼はチョコレート菓子が昔から好きだった。数種類のお菓子を見た彼の瞳がキラキラと輝いている。まるでおもちゃを買ってもらった子どもみたい。
「ありがとうございます。しっかり堪能します」
「うん、思いっきり堪能して」
彼はまだ楽しそうにお菓子と戯れている。その様子を見ていると、あの事故のことが嘘のように思えてくる。今でも信じたくない。まさか、彼が交通事故に遭うなんて。
あれは、彼とデートをしている時だった。お昼ごはんを食べに行こうと、そのお店を目指して歩いていた。そして横断歩道を渡ろうとしていたその時、一台の乗用車が私たちを目掛け突っ込んできた。
突然のことに、私は反応することすらできなかった。彼だけは、私を突き飛ばし助けてくれた。でも、そのせいで彼は……。
「……どうしました?」
「え?」
「いや、何だか暗い顔をしていたので」
「あ、うん。大丈夫大丈夫。何でもないから」
彼の記憶のなかに、私はいない。事故の衝撃で、一部の記憶を失ってしまったらしい。自分の名前や、仕事関係のことは覚えているみたい。でも、私との思い出や子どもの頃のことは覚えていない。
……私たちが、夫婦になったことも。
彼が目を覚ましてから、私はその話は一度もしていない。もしかしたら、私たちが夫婦だと言えば、それがキッカケで思い出してくれるかもしれない。でも、それでも思い出してくれなかったら。
そう考えると、怖くて言い出せない。
「大丈夫なら、いいんですけど」
彼は怪訝そうに私を見つめていたけど、またお菓子たちに視線を移した。
今は、こうやって話ができるだけでいい。そのうち、私のことを思い出してくれるだろう。それまで、我慢しよう。
「そういえば」
特に話題があるわけでもないけど、気持ちを切り替えようとそう切り出した。自分から話しかけたものの、何を話そうか迷っていると、彼の方から話しかけてきた。
「あの、今年の夏は、どこか遊びに行くんですか?」
「遊びにか……」
社会人になってから、中々プライベートの時間は確保できないでいた。彼にプロポーズされるまでは、東京でそれなりにバリバリ仕事をこなしていたからだ。
でも、彼からのプロポーズを機に、私は生まれ育ったこの街に帰ってきた。またOLとして働こうかとも思ったけど、両親の好意にあやかり、実家の農業を手伝うことにした。
それからは、ありがたいことに時間に融通が効くようになった。彼との時間も充分に確保できていたの。本当だったら、今年の夏だって一緒に花火大会に行こうと計画していたのに。こうなってしまっては、その計画もパアだ。
「誰かさんがドタキャンしたんで、予定なくなりましたよ」
「え、そうなんですか。それは残念ですね」
夏はまだ始まったばかり。とはいえ、彼がいつ記憶を取り戻すかなんて見当もつかない。もしかしたら、このまま失ったままってことも……。
「あの……」
「ん?」
私のマイナス思考を遮るように、彼が話しかけてきた。
「もし、僕がこの夏に外出れるようになったら、えと……」
彼の体は、事故直後に比べれば、かなり回復してきている。でも、まだ歩けような状態ではない。この夏が終わるまでにそこまで回復できるとは思えない。
「もしよかったらなんですけど……」
……なのに、私はどうしてか、ドキドキしていた。それは、未来への期待。さっきまで不安でいっぱいだったのに。
「お祭りに行きませんか。僕と」
いつから自分のことを僕なんて呼ぶようになったんだこの人は。
「……はい、喜んで」
返事を聞いた彼は、嬉しそうに笑った。その笑顔が、本当に好き。ううん、笑顔も好き。全部好きだよ。
……私が好きって言ったら、ちょっとは思い出すかな?
「……じゃあ、屋台全部まわろうね! 純平のお金で!」
「はい! もちろ………ん?」
もし、彼の記憶が戻らなかったら。その時は、もう一度好きになってもらおう。そしてまた、プロポーズしてもらう。あーでも、今度は私からしようかな。
ふと、窓の外を見ると、雲ひとつない青空が見えた。夏はまだ始まったばかり。セミのうるさい鳴き声も、今は何だか心地よい。
私の気分は、不思議と高揚していた。
夏祭り、どんな浴衣を着ていこうかな。
~fin~
私は今日も、病院に足を運んでいた。お見舞いということで、彼の好きなお菓子を持ってきた。喜んでくれるだろうか。
「……あ、美幸さん」
彼は病室のベッドで眠っていたようだが、私に気付き体を起こしてくれた。あの日から2週間がたち、少しは体を動かせるようになったみたい。一時は命も危ない状況だったけど、今はその心配はない。
「今日も来てくれたんですね」
「そりゃあ来ますよ。はい、これどうぞ」
私はそう言って、持参していたお菓子たちを渡した。彼はチョコレート菓子が昔から好きだった。数種類のお菓子を見た彼の瞳がキラキラと輝いている。まるでおもちゃを買ってもらった子どもみたい。
「ありがとうございます。しっかり堪能します」
「うん、思いっきり堪能して」
彼はまだ楽しそうにお菓子と戯れている。その様子を見ていると、あの事故のことが嘘のように思えてくる。今でも信じたくない。まさか、彼が交通事故に遭うなんて。
あれは、彼とデートをしている時だった。お昼ごはんを食べに行こうと、そのお店を目指して歩いていた。そして横断歩道を渡ろうとしていたその時、一台の乗用車が私たちを目掛け突っ込んできた。
突然のことに、私は反応することすらできなかった。彼だけは、私を突き飛ばし助けてくれた。でも、そのせいで彼は……。
「……どうしました?」
「え?」
「いや、何だか暗い顔をしていたので」
「あ、うん。大丈夫大丈夫。何でもないから」
彼の記憶のなかに、私はいない。事故の衝撃で、一部の記憶を失ってしまったらしい。自分の名前や、仕事関係のことは覚えているみたい。でも、私との思い出や子どもの頃のことは覚えていない。
……私たちが、夫婦になったことも。
彼が目を覚ましてから、私はその話は一度もしていない。もしかしたら、私たちが夫婦だと言えば、それがキッカケで思い出してくれるかもしれない。でも、それでも思い出してくれなかったら。
そう考えると、怖くて言い出せない。
「大丈夫なら、いいんですけど」
彼は怪訝そうに私を見つめていたけど、またお菓子たちに視線を移した。
今は、こうやって話ができるだけでいい。そのうち、私のことを思い出してくれるだろう。それまで、我慢しよう。
「そういえば」
特に話題があるわけでもないけど、気持ちを切り替えようとそう切り出した。自分から話しかけたものの、何を話そうか迷っていると、彼の方から話しかけてきた。
「あの、今年の夏は、どこか遊びに行くんですか?」
「遊びにか……」
社会人になってから、中々プライベートの時間は確保できないでいた。彼にプロポーズされるまでは、東京でそれなりにバリバリ仕事をこなしていたからだ。
でも、彼からのプロポーズを機に、私は生まれ育ったこの街に帰ってきた。またOLとして働こうかとも思ったけど、両親の好意にあやかり、実家の農業を手伝うことにした。
それからは、ありがたいことに時間に融通が効くようになった。彼との時間も充分に確保できていたの。本当だったら、今年の夏だって一緒に花火大会に行こうと計画していたのに。こうなってしまっては、その計画もパアだ。
「誰かさんがドタキャンしたんで、予定なくなりましたよ」
「え、そうなんですか。それは残念ですね」
夏はまだ始まったばかり。とはいえ、彼がいつ記憶を取り戻すかなんて見当もつかない。もしかしたら、このまま失ったままってことも……。
「あの……」
「ん?」
私のマイナス思考を遮るように、彼が話しかけてきた。
「もし、僕がこの夏に外出れるようになったら、えと……」
彼の体は、事故直後に比べれば、かなり回復してきている。でも、まだ歩けような状態ではない。この夏が終わるまでにそこまで回復できるとは思えない。
「もしよかったらなんですけど……」
……なのに、私はどうしてか、ドキドキしていた。それは、未来への期待。さっきまで不安でいっぱいだったのに。
「お祭りに行きませんか。僕と」
いつから自分のことを僕なんて呼ぶようになったんだこの人は。
「……はい、喜んで」
返事を聞いた彼は、嬉しそうに笑った。その笑顔が、本当に好き。ううん、笑顔も好き。全部好きだよ。
……私が好きって言ったら、ちょっとは思い出すかな?
「……じゃあ、屋台全部まわろうね! 純平のお金で!」
「はい! もちろ………ん?」
もし、彼の記憶が戻らなかったら。その時は、もう一度好きになってもらおう。そしてまた、プロポーズしてもらう。あーでも、今度は私からしようかな。
ふと、窓の外を見ると、雲ひとつない青空が見えた。夏はまだ始まったばかり。セミのうるさい鳴き声も、今は何だか心地よい。
私の気分は、不思議と高揚していた。
夏祭り、どんな浴衣を着ていこうかな。
~fin~
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