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第6話 楚夢雨雲-3
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「……さん。高坂さん」
「……ん?」
あれ、声が聞こえる。この声は……神田?
「高坂さん、ごはんできましたよ。食欲はありますか?」
「え? あ、ああ。…………ごはん?」
「すみません、勝手にキッチンお借りしました。熱もあったみたいなので、お粥作ってみました。高坂さんのお口に合うかは分かりませんが」
神田はそう言うと、キッチンの方に歩いて行った。そうか、俺気分悪くなって意識失ってたんだな。それで、神田がベットまで運んでくれたってことか。成人男性を玄関からベットまで運ぶとは、やるな神田。
テレビの音にひかれ画面に目をやると、午後1時22分。どれくらい眠っていたんだろう。頭痛はまだあるが、先ほどよりは幾分かマシに思える。
「高坂さん、お待たせしました」
お粥の入ったお椀とスプーンを持って、神田が戻ってきた。よく見れば、見慣れた服を着ている。あれ、こいつこんな服着てたっけ? それに、ずぶ濡れでめっちゃ汚れたような。
「……? どうかしました?」
「あ、いや。その服って……」
「ああ、これですか。すみません、勝手にタンスから拝借しました」
「おう?」
「お言葉に甘えて、お風呂貸していただいたので。着替えも貸してくださるとおっしゃってたので、私の好みに合うものを選びましたよ」
神田の着ている服は、俺のお気に入りの服たち。黒の無地パーカーに、ネコのイラストが描かれた白のシャツ。それから、めっちゃ高かった有名ブランドのジーンズ。てか全部高いやつやんけ。
俺の服なので、全体的にブカブカだ。しかし不思議と違和感はない。
「お前……欲張りか」
「え? お粥多かったですか?」
「いや、そういうことじゃ……。まあいいや。ありがと、いただくよ」
神田からお粥とスプーンを受けとる。卵粥だ。どうもお腹が空いていたようで、食欲がムムムッとわいてきた。
ていうか俺、お風呂貸すなんて言ったっけ? 気を失う前の記憶が曖昧で、覚えていない。まあ別に構わないけどな。介抱してもらっているわけだし、そのお礼としてそのくらいは安いもんだ。
「美味い……」
それが、素直な感想だった。久々に女子に手料理を振る舞ってもらうというシチュエーションが、より一層美味しく感じさせるのだろうか。
何にせよ、これが美味いというのは事実だ。箸が止まらないとはこのことか(いま使ってるのはスプーンだけど)。お椀によそってくれていた分のお粥をすぐに平らげてしまった。
「高坂さん……すごい勢いですね。そんなにお腹空いてたんですか?」
「ああ、美味かったしな。悪いんだけど、おかわりもらえるか?」
「あ、はい。すぐにお持ちします」
あれ、神田ってこんな奴だったっけ? いつもは、ちゃらんぽらんのおっちょこちょいぽんぽこ野郎なのに。今日はやたらと出来る奴じゃないか。接客は大したもんだと思っていたけど、料理もできるんだな。
「なあ神田」
「はい? なんですか?」
おかわりをよそってくれている神田に声をかける。
「お前、普段料理するのか?」
「えっと、まあ人並みには」
「そっか。神田って、いま一人暮らしだっけ?」
「おやおや、どうしたんですか高坂さん。私のことがそんなに気になるんですか? んー?」
「調子乗んな」
「ですよね。あはは、冗談ですよ」
神田はそう言いながら、お粥の入ったお椀を持ってきてくれた。それを受け取り、一口食べる。うん、やっぱり美味い。
「私いま、寝たきりの母と二人で暮らしてるんです」
予想外の答えに、俺は動揺を隠せなかった。
「私が幼い頃、両親は離婚しました。それから、母は私を女手ひとつで育てくれたんです。でもある日突然、心を病んでしまって。それが原因で、身体も自由に動かせなくなって……。というか、動く気力を失ってしまったんです」
神田の言葉は、俺の心を抉った。
こいつは、俺と同じだ。
「私のために頑張りすぎたんです、母は。だから、今度は私が母のために頑張る番。そう思って、数年前から母の身の回りの世話をしながら生活してます」
「そう……だったのか。大変だな」
「いえ、自分が望んでやってることですから」
「それでも、しんどいことはしんどいだろ。辛いことは辛いって言ってもいいんじゃないか?」
「……はい。優しいですね、高坂さんは」
「そんなんじゃねえよ」
神田の気持ちは痛いほどわかる。俺も、自分のせいで母さんに辛い思いをさせてしまったと感じているから。感じている……じゃなくて、その通りなんだけどな。
しかも俺の場合は、それが原因で母さんは死んだんだ。その点、神田はまだ恵まれているのかもしれない。
「すみません、こんな話するつもりはなかったんですけど。なんか、高坂さんには話せちゃいました」
「聞いたのは俺なんだから、謝ることなんてないだろ。ていうか、神田が毎回遅刻してるのって、もしかしてそれが関係してんのか?」
それは、ふと頭に浮かんだ疑問だった。こいつはいつも仕事の時に10分15分遅刻してくる。ただの寝坊ずぼら野郎だと思っていたけど、お母さんのことを看ているなら、色々と大変だろうしな。
「いえ、そういうわけではないです」
「え? そうなのか? まあ色々と大変だとは思うけどさ、出来る限り遅刻はするなよ。お前も、一応社会人なん……」
「…………」
神田は泣いていた。声はなく、静かに涙が頬を伝っていた。え、これ俺が悪いやつ? 俺悪者?
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「……さん。高坂さん」
「……ん?」
あれ、声が聞こえる。この声は……神田?
「高坂さん、ごはんできましたよ。食欲はありますか?」
「え? あ、ああ。…………ごはん?」
「すみません、勝手にキッチンお借りしました。熱もあったみたいなので、お粥作ってみました。高坂さんのお口に合うかは分かりませんが」
神田はそう言うと、キッチンの方に歩いて行った。そうか、俺気分悪くなって意識失ってたんだな。それで、神田がベットまで運んでくれたってことか。成人男性を玄関からベットまで運ぶとは、やるな神田。
テレビの音にひかれ画面に目をやると、午後1時22分。どれくらい眠っていたんだろう。頭痛はまだあるが、先ほどよりは幾分かマシに思える。
「高坂さん、お待たせしました」
お粥の入ったお椀とスプーンを持って、神田が戻ってきた。よく見れば、見慣れた服を着ている。あれ、こいつこんな服着てたっけ? それに、ずぶ濡れでめっちゃ汚れたような。
「……? どうかしました?」
「あ、いや。その服って……」
「ああ、これですか。すみません、勝手にタンスから拝借しました」
「おう?」
「お言葉に甘えて、お風呂貸していただいたので。着替えも貸してくださるとおっしゃってたので、私の好みに合うものを選びましたよ」
神田の着ている服は、俺のお気に入りの服たち。黒の無地パーカーに、ネコのイラストが描かれた白のシャツ。それから、めっちゃ高かった有名ブランドのジーンズ。てか全部高いやつやんけ。
俺の服なので、全体的にブカブカだ。しかし不思議と違和感はない。
「お前……欲張りか」
「え? お粥多かったですか?」
「いや、そういうことじゃ……。まあいいや。ありがと、いただくよ」
神田からお粥とスプーンを受けとる。卵粥だ。どうもお腹が空いていたようで、食欲がムムムッとわいてきた。
ていうか俺、お風呂貸すなんて言ったっけ? 気を失う前の記憶が曖昧で、覚えていない。まあ別に構わないけどな。介抱してもらっているわけだし、そのお礼としてそのくらいは安いもんだ。
「美味い……」
それが、素直な感想だった。久々に女子に手料理を振る舞ってもらうというシチュエーションが、より一層美味しく感じさせるのだろうか。
何にせよ、これが美味いというのは事実だ。箸が止まらないとはこのことか(いま使ってるのはスプーンだけど)。お椀によそってくれていた分のお粥をすぐに平らげてしまった。
「高坂さん……すごい勢いですね。そんなにお腹空いてたんですか?」
「ああ、美味かったしな。悪いんだけど、おかわりもらえるか?」
「あ、はい。すぐにお持ちします」
あれ、神田ってこんな奴だったっけ? いつもは、ちゃらんぽらんのおっちょこちょいぽんぽこ野郎なのに。今日はやたらと出来る奴じゃないか。接客は大したもんだと思っていたけど、料理もできるんだな。
「なあ神田」
「はい? なんですか?」
おかわりをよそってくれている神田に声をかける。
「お前、普段料理するのか?」
「えっと、まあ人並みには」
「そっか。神田って、いま一人暮らしだっけ?」
「おやおや、どうしたんですか高坂さん。私のことがそんなに気になるんですか? んー?」
「調子乗んな」
「ですよね。あはは、冗談ですよ」
神田はそう言いながら、お粥の入ったお椀を持ってきてくれた。それを受け取り、一口食べる。うん、やっぱり美味い。
「私いま、寝たきりの母と二人で暮らしてるんです」
予想外の答えに、俺は動揺を隠せなかった。
「私が幼い頃、両親は離婚しました。それから、母は私を女手ひとつで育てくれたんです。でもある日突然、心を病んでしまって。それが原因で、身体も自由に動かせなくなって……。というか、動く気力を失ってしまったんです」
神田の言葉は、俺の心を抉った。
こいつは、俺と同じだ。
「私のために頑張りすぎたんです、母は。だから、今度は私が母のために頑張る番。そう思って、数年前から母の身の回りの世話をしながら生活してます」
「そう……だったのか。大変だな」
「いえ、自分が望んでやってることですから」
「それでも、しんどいことはしんどいだろ。辛いことは辛いって言ってもいいんじゃないか?」
「……はい。優しいですね、高坂さんは」
「そんなんじゃねえよ」
神田の気持ちは痛いほどわかる。俺も、自分のせいで母さんに辛い思いをさせてしまったと感じているから。感じている……じゃなくて、その通りなんだけどな。
しかも俺の場合は、それが原因で母さんは死んだんだ。その点、神田はまだ恵まれているのかもしれない。
「すみません、こんな話するつもりはなかったんですけど。なんか、高坂さんには話せちゃいました」
「聞いたのは俺なんだから、謝ることなんてないだろ。ていうか、神田が毎回遅刻してるのって、もしかしてそれが関係してんのか?」
それは、ふと頭に浮かんだ疑問だった。こいつはいつも仕事の時に10分15分遅刻してくる。ただの寝坊ずぼら野郎だと思っていたけど、お母さんのことを看ているなら、色々と大変だろうしな。
「いえ、そういうわけではないです」
「え? そうなのか? まあ色々と大変だとは思うけどさ、出来る限り遅刻はするなよ。お前も、一応社会人なん……」
「…………」
神田は泣いていた。声はなく、静かに涙が頬を伝っていた。え、これ俺が悪いやつ? 俺悪者?
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