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第6章

余話:夢の中の少女と少年

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 いつもより早起きをして、ローゼは恋人と共に外へ出た。
 10歳になったばかりの少年は当て所なく城を歩くうち、背中を向けて立つ同じ年ごろの少女を見つけた。
 少女の髪は夕の日を映し取ったかのような赤色。身に着けているものは緑の足首丈ワンピースと、飾り気のない革製の靴。ドレスではなく、華奢な女性用靴でもない。

 どう見ても余所者で、間違いなく平民だった。

 この少女がなぜ城の中に入れたのかは分からない。だがこのままだと、誰かに見つかって酷い目にあうだろう。
 早く逃がさなくては、と思いながら声をかけようとしたとき、少年は振り向いた少女と目が合った。

 少女は髪だけでなく、瞳も鮮烈な赤色をしている。今まで知るどんな宝石よりも美しい輝きに、少年は釘付けとなった。
 一方で、自身に見惚れる少年へ向けて少女は笑みをこぼす。その笑みは、ずっと探していたものをようやく見つけたと言いたげな、本当に幸せそうなものだった。

 少女は弾むような足取りで少年に近づき、左手を差し出す。腕に輝く銀の鎖が立てる涼やかな音と共に溌剌はつらつとした声が辺りに響いた。

「行こう!」

 おずおずと差し出された彼の右手を握り、彼女は駆けだす。思わず転びそうになった彼は何とか姿勢を立て直し、彼女の後について走り始めた。

 勢いに巻き込まれるようにして進み始めた彼だったが、走るうちに心の中にあった戸惑いが少しずつ消え始めたことを知る。やがて自分の意思で足を動かし、彼女の背ではなく横顔を見られるようになった時、彼は自分の周囲にあるのが城ではなく、広い草原だということに気が付いた。

 広い広い草原。
 この場所を、彼女とふたりで走って行くことができる。
 そう思った時、今まで感じたことのない喜びが、解放感が、心の奥底から湧き上がってきた。今なら空に手が届くのではないかという思いすら抱くが、彼が真実欲しいものはたったひとつで、それはもう、彼の手の中にあった。

「楽しいね!」

 繋いだ右手の先にいる、彼が望む唯一の存在――赤い髪をなびかせて走る娘が声を上げる。

「ああ、楽しい!」

 彼が返すと、彼女は遠くを見ていた瞳を横へ向けた。

「一緒に来てくれてありがとう、アーヴィン!」

 手に力を籠めるローゼに合わせ、アーヴィンも手を強く握る。

「私を見出してくれてありがとう、ローゼ!」

 その時、調子のはずれた陽気な歌が聞こえてきた。聖剣からだ。

 顔を見合わせて笑い声を上げた後、今度は3人で調子はずれの歌を歌いながら、アーヴィンはローゼと手を繋いだまま、青い空の下に広がる草原をどこまでも走り続けた。


   *   *   *


 身支度を整えながら、アーヴィンは先ほどまで見ていた夢のことを思い返していた。
 あの小さなローゼが着ていた緑の服には覚えがある。17歳の誕生日に、祝いとして両親から贈られたという服だ。

「よそ行き用にって買ってもらったんだけど……に、似合うかな」

 祝いの聖詩を聞くため、真新しい服に身を包んで神殿へ来た彼女は、頬を赤らめてそう尋ねてきた。似合うと答えると、弾んだ声で「ありがとう!」と言って、無邪気な笑顔を見せてくれた。

 夢の中のローゼは10歳ほどだったのだから、17歳の時に贈られた服を着ているはずはない。そもそも7つ違いの彼女が、自分と同じ年齢で横に並ぶこともない。

(まあ、夢だしな)

 いかにもと思いながら、アーヴィンは寝起きしている離れの建物から出て北の方へ顔を向ける。

「ローゼ。私は今日、とても幸せな夢を見たよ。ローゼはどんな夢を見た?」

 どんなものか分からず、一生見いだすこともできないと思っていた幸せという言葉を、すんなりと口に出せるのがこんなにも嬉しい。
 グラス村からはイリオスの山並みもフィデルの高峰も見えないのだから、その距離のその分だけローゼとは場所が離れていることになる。しかし必ず戻ってくるとの約束をもらっている今、アーヴィンは寂しさを感じていなかった。

「次に帰って来た時に良いものを見せてあげるよ。ローゼもレオンも、きっと驚くと思う」

 フロランの結婚式が終わって村に帰ってきた後から、アーヴィンは神殿の保管庫がどうしても気になって仕方がなかった。
 昨日ようやく時間を見つけて中の品々を整理した際にこれを見つけ、大いに驚くと同時に、なぜ気になっていたのかを理解したのだった。

「――待っているよ。だから、無事に帰っておいで」

 手のひらで胸元を押さえたアーヴィンは北から目を離し、何よりも大事な彼女の無事を祈るため礼拝堂へ向けて歩き出した。
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