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第3章(後)
35.北の領主
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「私がこちらへ参りました理由は……」
言いながら、どこから話し出そうかとローゼは悩む。その時ふと、公爵と目が合った。彼の薄い青の瞳が「前置きはいらない。さっさと用件を話せ」と言っているように思えたので、ローゼは本題を切り出すことにする。
「……古の大精霊がいなくなった後の木を、枯らさずにすむ方法が分かったからです」
長机の4人の男性からは「ばかな」「そんなはずが」などといった怒声が飛ぶ。
さすがに公爵はうろたえたりはしなかったが、片手をあげて場を鎮めるとローゼに問いかけた。
「木の話をどこで聞いたか詮索するのはやめておこう。しかし、我々も数十年かけて方法は探ってきた」
「そうですか。でも私は間違いなく、木を残す方法を知っているのです」
「その方法を聞こう」
「レオン」
ローゼが腰に佩いた聖剣の柄を叩くと、代わってレオンが話し始める。
【簡単な話だ。大精霊はいなくなったが、木は残っている。ならば木を他の精霊に支配させればいい】
初めてレオンの声を聞いた公爵はわずかばかり目を見開いたように見えた。
「……人語を理解する精霊か……」
【そうだ。お前は大精霊以外、人の言葉を話す精霊に会ったことがないだろう】
レオンの言葉を聞いて、ローゼは思わず吹き出しそうになるが、腹に力を込めてぐっと我慢する。
ここでいつものように「精霊の言葉なんて、まだほとんど分からないくせに」などと言ってしまうわけにはいかない。
「お前が代わりに木に宿るというのか」
公爵は聖剣へ視線を移す。
周囲の人物はフロラン以外、精霊の言葉が分からないはずだ。しかし公爵のみの内容だけでも十分に衝撃的なのだろう。黙って座っているように見えて、ときおり小刻みに震えている。
【残念ながら俺にそこまでの力はない。木に力を与えるのは別の精霊だ】
「……この地には木を支配できるほどの力を持つ精霊はいない。それとも公爵領以外に、それだけの力を持つ精霊がいるのか?」
【いいや、公爵領の精霊だ。……お前なら、剣に巻かれているものが見えるだろう?】
しかし、公爵は目をすがめただけで何も言わない。
公爵の様子を見たローゼは、聖剣を鞘ごと腰から外して机の上に置いた。何をやっているのかと、4人の男たちは訝しげな表情を浮かべる。
一方、そのわずかに近づいた距離で公爵は剣に巻かれた銀狼の毛が見えたようだ。驚いたように半ば腰を浮かせた。
「それは」
「公爵閣下?」
この様な公爵の様子はめったに見ないのだろう。長机に座る男性たちは、一様に戸惑いの表情を浮かべている。しかし公爵の方はといえば、それどころでないらしい。
「もしかして、銀狼か。……まだいたのか」
うめくような呟きに、今度は4人だけでなく、壁際に控えていた護衛や執事までも息をのむ気配がした。
もちろんリュシーやフロランたちの護衛がそうだったように、彼らに銀狼の毛は見えていない。それでもやはり、全員の視線は聖剣に注がれているのだろう。
【……そうだ。銀の森の銀狼が、大精霊に代わって北の守護を引き受けてくれる】
どことなく不快そうな様子でレオンが言う。答えようとした公爵は自分の姿勢に気が付いたのだろう。深く椅子に座りなおし、腹のあたりで両手を組んだ。
「銀狼がまだいたのは意外だ。しかし銀狼はせいぜい1000年程度の精霊。この地を守護するに足る力を持っているとは思えん」
【侮るなよ、人間。今の銀狼は2000年くらいの力を持っているぞ】
公爵はしばらく黙って聖剣を見つめていた。
「……銀狼がなぜわざわざこの地を守護する」
【もちろん、この俺が頼んだからに決まっているだろうが】
「ではお前はなぜ、銀狼に守護を頼んだ」
【俺の娘が望んだからだ。この地を守る精霊を探して欲しい、とな】
公爵は薄い青の瞳を聖剣からローゼに向ける。その視線にはひやりとするものがあった。
「北方に縁を持たぬ者が、見返りもなく木の存続を望むとは思えん。言え、何が望みだ」
「……エリオットに与えた役目を解いてください」
ローゼの言葉を聞いて公爵はわずかに口角を上げる。
「……そうか、あれが馬を渡した相手は……。なるほど、あれを公爵にした上で、娶ってもらおうという魂胆か」
【娘を侮辱することは許さない】
公爵が嘲るように笑い、レオンが険のある声を上げる中、ローゼは首を横に振った。
「違います。望みは、エリオットの役目を解いてもらうことだけです」
その言葉を聞いて、公爵は少しばかり眉を寄せる。
「役目を解き、あれをそのまま公爵として統治させたいのだろう」
「違いますって」
ため息をつきながらローゼはもう一度言う。
――ナターシャといい、公爵といい、どうしてこう。
「私の望みは、エリオットの役目を解いてもらうことだけ。その後に公爵位をどうするかは私にとってもどうでもいいことです。そちらで決めてください」
「あれの役目を解いて、お前になんの得がある?」
ローゼは笑った。
「あの人が生きられるようになります」
公爵が黙って向ける目線を受け止めながら、ローゼは言葉をついだ。
「フロラン様にはもう伝えてありますけど、ご存じでしたか? 木は何もしなければ1年しかもたないんです」
瞬間、場がざわめき、公爵はわずかに顔をゆがめた。どうやらフロランはまだ彼らに伝えていなかったらしい。
【本当だ。俺の見立てだからな。間違いない】
自慢げなレオンの言葉は、もちろん大半の人物に聞こえていない。「そんなはずがない」といった声があがるのを、確かに自分は北方神殿で剣の精霊から聞いたと言って、フロランがなだめていた。
「たった1年しか木はもたない。木がなくなった後にエリオットがどうなるか、私は考えたくもありません。皆様だって、1年しか猶予がないなんて思っていなかったでしょう? さっさとエリオットに位を譲る公爵閣下はともかく、分家の方々は困るのではありませんか?」
場にいる4人が青い顔をしていたので、ローゼは自分の見立てが間違っていないことを確信している。
さっさとこの地を去る予定の本家の人物とは違い、分家の人間はエリオットを補佐してもう少しだけ甘い汁を吸うつもりでいたはずだ。立ち去る準備もまだほとんどできていないだろう。
冷徹な瞳が怖くないと言えば嘘になる。しかし、怖がっていては話を続けることができない。ローゼは公爵の目を見ながら話を続ける。
「私の申し出を受けていただければ、木は存続できます。このまま公爵家は北方で歴史を刻み続けることができるでしょう」
ローゼは天井を見上げる。最初に城に来た際、見上げた外観を思い出した。
確かこの城は、シャルトス家がまだ国王だった時代に作られたものだとリュシーから聞いた。だとすれば、気が遠くなるほど古い建物だろう。
「この城も、たくさんの美術品も、美しい庭園も。今までと同じように、後世へと引き継ぐことができます」
実を言えば全く同じではない。
銀狼はレオンの頼みで守護についてくれるだけだ。古の大精霊のようにシャルトスの血筋を愛しているわけではないのだから、すべてを無条件に受け入れてくれるわけではない。状況次第では、たちまち守護を放棄してしまうだろう。
しかしローゼはその部分に関しては黙っておいた。
静かに話を聞いていた公爵は、やがて「なるほど」と呟く。
「だが、銀狼は銀の森で主となっているはずだ。北方神殿へは来られない」
「私が呼びます」
「呼ぶだと?」
「はい」
ローゼはにっこりと微笑む。公爵はひじ掛けに右ひじをつく。
「娘。お前はもしや、神殿の関係者か」
「……私は聖剣の主、ローゼ・ファラーと申します」
さすがに北方とはいえ、聖剣の主という名は知られているようだ。4人の男が一斉に険悪な瞳を向ける。
公爵だけは変わらぬ物言いでローゼに問いかけた。
「聖剣の主はブレインフォードとセヴァリーのはずだ」
30年ほど前まで王宮に来ていたという公爵は、聖剣の二家のことも知っているのだろう。
「その通りです。でも私は神々より、特別な11振目の聖剣を与えられました。二つの家とは何の関係もありません。でも間違いなく、聖剣の主です」
「なるほど」
公爵は口をゆがめて笑う。
「……つまり木のことは神殿に知られてしまったというわけだな」
「いいえ」
ローゼは首を横に振る。
「神殿は何も知りません」
「どういうことだ」
「単に、私の個人的な行動だということです」
ローゼはもう一度笑って、聖剣を手にした。
「私も、聖剣も、神殿の意思など受けていません」
「では何故」
「先ほどから申し上げてますよ」
ローゼは公爵の瞳を見据えた。
「私はエリオットの役目を解いていただきたいのです」
公爵が何も言わなかったので、ローゼは続けた。
「そのためには木を存続させなければならない。そうしたら聖剣に憑いている精霊が、たまたま銀狼の友でした」
【その通りだ。会いに行った銀狼は瘴気に染まっていたが、俺が助けてやった。ついでに秘密の方法で本来よりずっと力も強くしてやった。その礼として銀狼は、古の大精霊に代わって北の地を守護しても良いと言ってくれたんだ】
「銀の森から離れられない銀狼は私がウォルス教の秘術でイリオスまで呼び寄せます。そうすれば木は枯れず、元のままです。……でもこれらはすべて私と聖剣の個人的な行動ですから、神殿は一切知りません。今後も絶対に関わることがないとお約束します」
4人の男たちはウォルス教の人物がここまで内情を知っていることを嫌悪し、何か起きないかと危惧しているように見える。しかしそれ以上に、木を現状のままで維持できるということに興味を引かれているようだった。
相変わらず公爵は何も言わない。
ローゼは何か言おうかと悩み、彼が考えるに任せることにして結局黙った。
レオンも同じ気持ちでいるのか、やはり何も話さない。
静まり返る部屋の中で、全員が公爵の言葉を待っている。
しかし公爵は膝の上で両手を組み合わせ、ローゼを見たままだ。
いや、本当は見ているようで何も見ていないのかもしれない。
どれほどこの状態が続いただろうか。
沈黙を破り、ひっそりと声を発したものがいる。
「……公爵閣下」
公爵家の末の孫が祖父を呼んだ。
ラディエイルはローゼから視線を外し、フロランへと向ける。
「公爵閣下、私は大精霊がいらした木を失いたくありません。そして、この地を離れたくもないのです。お願いします、どうかあの娘の提案を受けていただけませんか」
部屋の明かりを受け、フロランの瞳はうっすらと光って見える気がした。
「閣下も昔は、大精霊と話をなさいましたよね。今までのことで何も思うところはありませんか。あなただってシャルトス家の人間のはずでしょう……お祖父様」
しばらく孫の顔を見つめていた公爵は、やがてローゼへと視線を戻す。
「……大精霊の消滅は今までにない出来事だ。今後どうなるか、すべてが分からない」
言って長机の男性と、壁際の護衛に目をやった。
「ならば、現状が維持できるかもしれぬ方を選ぶのも悪くはあるまい」
小さく息を吐いた公爵は、フロランを見て、もう一度ローゼへ瞳をむけた。
「無事に銀狼を木に据えることができ、木が枯れずに済むのなら、エリオットは役目から解放しよう。――銀狼を呼ぶ日取りはこちらで調整する」
室内に安堵の空気が流れた。
思わず頭を下げたローゼの上に、公爵の声が降ってくる。
「……それにしても、聖剣の主か。……確か、伯爵相当の身分を持つと聞いたが」
頭を下げたまま、ローゼは苦笑する。
どうやら公爵は『国王から賜った一代限りの伯爵』という嘘は見抜いた上で話を聞いていたようだった。
言いながら、どこから話し出そうかとローゼは悩む。その時ふと、公爵と目が合った。彼の薄い青の瞳が「前置きはいらない。さっさと用件を話せ」と言っているように思えたので、ローゼは本題を切り出すことにする。
「……古の大精霊がいなくなった後の木を、枯らさずにすむ方法が分かったからです」
長机の4人の男性からは「ばかな」「そんなはずが」などといった怒声が飛ぶ。
さすがに公爵はうろたえたりはしなかったが、片手をあげて場を鎮めるとローゼに問いかけた。
「木の話をどこで聞いたか詮索するのはやめておこう。しかし、我々も数十年かけて方法は探ってきた」
「そうですか。でも私は間違いなく、木を残す方法を知っているのです」
「その方法を聞こう」
「レオン」
ローゼが腰に佩いた聖剣の柄を叩くと、代わってレオンが話し始める。
【簡単な話だ。大精霊はいなくなったが、木は残っている。ならば木を他の精霊に支配させればいい】
初めてレオンの声を聞いた公爵はわずかばかり目を見開いたように見えた。
「……人語を理解する精霊か……」
【そうだ。お前は大精霊以外、人の言葉を話す精霊に会ったことがないだろう】
レオンの言葉を聞いて、ローゼは思わず吹き出しそうになるが、腹に力を込めてぐっと我慢する。
ここでいつものように「精霊の言葉なんて、まだほとんど分からないくせに」などと言ってしまうわけにはいかない。
「お前が代わりに木に宿るというのか」
公爵は聖剣へ視線を移す。
周囲の人物はフロラン以外、精霊の言葉が分からないはずだ。しかし公爵のみの内容だけでも十分に衝撃的なのだろう。黙って座っているように見えて、ときおり小刻みに震えている。
【残念ながら俺にそこまでの力はない。木に力を与えるのは別の精霊だ】
「……この地には木を支配できるほどの力を持つ精霊はいない。それとも公爵領以外に、それだけの力を持つ精霊がいるのか?」
【いいや、公爵領の精霊だ。……お前なら、剣に巻かれているものが見えるだろう?】
しかし、公爵は目をすがめただけで何も言わない。
公爵の様子を見たローゼは、聖剣を鞘ごと腰から外して机の上に置いた。何をやっているのかと、4人の男たちは訝しげな表情を浮かべる。
一方、そのわずかに近づいた距離で公爵は剣に巻かれた銀狼の毛が見えたようだ。驚いたように半ば腰を浮かせた。
「それは」
「公爵閣下?」
この様な公爵の様子はめったに見ないのだろう。長机に座る男性たちは、一様に戸惑いの表情を浮かべている。しかし公爵の方はといえば、それどころでないらしい。
「もしかして、銀狼か。……まだいたのか」
うめくような呟きに、今度は4人だけでなく、壁際に控えていた護衛や執事までも息をのむ気配がした。
もちろんリュシーやフロランたちの護衛がそうだったように、彼らに銀狼の毛は見えていない。それでもやはり、全員の視線は聖剣に注がれているのだろう。
【……そうだ。銀の森の銀狼が、大精霊に代わって北の守護を引き受けてくれる】
どことなく不快そうな様子でレオンが言う。答えようとした公爵は自分の姿勢に気が付いたのだろう。深く椅子に座りなおし、腹のあたりで両手を組んだ。
「銀狼がまだいたのは意外だ。しかし銀狼はせいぜい1000年程度の精霊。この地を守護するに足る力を持っているとは思えん」
【侮るなよ、人間。今の銀狼は2000年くらいの力を持っているぞ】
公爵はしばらく黙って聖剣を見つめていた。
「……銀狼がなぜわざわざこの地を守護する」
【もちろん、この俺が頼んだからに決まっているだろうが】
「ではお前はなぜ、銀狼に守護を頼んだ」
【俺の娘が望んだからだ。この地を守る精霊を探して欲しい、とな】
公爵は薄い青の瞳を聖剣からローゼに向ける。その視線にはひやりとするものがあった。
「北方に縁を持たぬ者が、見返りもなく木の存続を望むとは思えん。言え、何が望みだ」
「……エリオットに与えた役目を解いてください」
ローゼの言葉を聞いて公爵はわずかに口角を上げる。
「……そうか、あれが馬を渡した相手は……。なるほど、あれを公爵にした上で、娶ってもらおうという魂胆か」
【娘を侮辱することは許さない】
公爵が嘲るように笑い、レオンが険のある声を上げる中、ローゼは首を横に振った。
「違います。望みは、エリオットの役目を解いてもらうことだけです」
その言葉を聞いて、公爵は少しばかり眉を寄せる。
「役目を解き、あれをそのまま公爵として統治させたいのだろう」
「違いますって」
ため息をつきながらローゼはもう一度言う。
――ナターシャといい、公爵といい、どうしてこう。
「私の望みは、エリオットの役目を解いてもらうことだけ。その後に公爵位をどうするかは私にとってもどうでもいいことです。そちらで決めてください」
「あれの役目を解いて、お前になんの得がある?」
ローゼは笑った。
「あの人が生きられるようになります」
公爵が黙って向ける目線を受け止めながら、ローゼは言葉をついだ。
「フロラン様にはもう伝えてありますけど、ご存じでしたか? 木は何もしなければ1年しかもたないんです」
瞬間、場がざわめき、公爵はわずかに顔をゆがめた。どうやらフロランはまだ彼らに伝えていなかったらしい。
【本当だ。俺の見立てだからな。間違いない】
自慢げなレオンの言葉は、もちろん大半の人物に聞こえていない。「そんなはずがない」といった声があがるのを、確かに自分は北方神殿で剣の精霊から聞いたと言って、フロランがなだめていた。
「たった1年しか木はもたない。木がなくなった後にエリオットがどうなるか、私は考えたくもありません。皆様だって、1年しか猶予がないなんて思っていなかったでしょう? さっさとエリオットに位を譲る公爵閣下はともかく、分家の方々は困るのではありませんか?」
場にいる4人が青い顔をしていたので、ローゼは自分の見立てが間違っていないことを確信している。
さっさとこの地を去る予定の本家の人物とは違い、分家の人間はエリオットを補佐してもう少しだけ甘い汁を吸うつもりでいたはずだ。立ち去る準備もまだほとんどできていないだろう。
冷徹な瞳が怖くないと言えば嘘になる。しかし、怖がっていては話を続けることができない。ローゼは公爵の目を見ながら話を続ける。
「私の申し出を受けていただければ、木は存続できます。このまま公爵家は北方で歴史を刻み続けることができるでしょう」
ローゼは天井を見上げる。最初に城に来た際、見上げた外観を思い出した。
確かこの城は、シャルトス家がまだ国王だった時代に作られたものだとリュシーから聞いた。だとすれば、気が遠くなるほど古い建物だろう。
「この城も、たくさんの美術品も、美しい庭園も。今までと同じように、後世へと引き継ぐことができます」
実を言えば全く同じではない。
銀狼はレオンの頼みで守護についてくれるだけだ。古の大精霊のようにシャルトスの血筋を愛しているわけではないのだから、すべてを無条件に受け入れてくれるわけではない。状況次第では、たちまち守護を放棄してしまうだろう。
しかしローゼはその部分に関しては黙っておいた。
静かに話を聞いていた公爵は、やがて「なるほど」と呟く。
「だが、銀狼は銀の森で主となっているはずだ。北方神殿へは来られない」
「私が呼びます」
「呼ぶだと?」
「はい」
ローゼはにっこりと微笑む。公爵はひじ掛けに右ひじをつく。
「娘。お前はもしや、神殿の関係者か」
「……私は聖剣の主、ローゼ・ファラーと申します」
さすがに北方とはいえ、聖剣の主という名は知られているようだ。4人の男が一斉に険悪な瞳を向ける。
公爵だけは変わらぬ物言いでローゼに問いかけた。
「聖剣の主はブレインフォードとセヴァリーのはずだ」
30年ほど前まで王宮に来ていたという公爵は、聖剣の二家のことも知っているのだろう。
「その通りです。でも私は神々より、特別な11振目の聖剣を与えられました。二つの家とは何の関係もありません。でも間違いなく、聖剣の主です」
「なるほど」
公爵は口をゆがめて笑う。
「……つまり木のことは神殿に知られてしまったというわけだな」
「いいえ」
ローゼは首を横に振る。
「神殿は何も知りません」
「どういうことだ」
「単に、私の個人的な行動だということです」
ローゼはもう一度笑って、聖剣を手にした。
「私も、聖剣も、神殿の意思など受けていません」
「では何故」
「先ほどから申し上げてますよ」
ローゼは公爵の瞳を見据えた。
「私はエリオットの役目を解いていただきたいのです」
公爵が何も言わなかったので、ローゼは続けた。
「そのためには木を存続させなければならない。そうしたら聖剣に憑いている精霊が、たまたま銀狼の友でした」
【その通りだ。会いに行った銀狼は瘴気に染まっていたが、俺が助けてやった。ついでに秘密の方法で本来よりずっと力も強くしてやった。その礼として銀狼は、古の大精霊に代わって北の地を守護しても良いと言ってくれたんだ】
「銀の森から離れられない銀狼は私がウォルス教の秘術でイリオスまで呼び寄せます。そうすれば木は枯れず、元のままです。……でもこれらはすべて私と聖剣の個人的な行動ですから、神殿は一切知りません。今後も絶対に関わることがないとお約束します」
4人の男たちはウォルス教の人物がここまで内情を知っていることを嫌悪し、何か起きないかと危惧しているように見える。しかしそれ以上に、木を現状のままで維持できるということに興味を引かれているようだった。
相変わらず公爵は何も言わない。
ローゼは何か言おうかと悩み、彼が考えるに任せることにして結局黙った。
レオンも同じ気持ちでいるのか、やはり何も話さない。
静まり返る部屋の中で、全員が公爵の言葉を待っている。
しかし公爵は膝の上で両手を組み合わせ、ローゼを見たままだ。
いや、本当は見ているようで何も見ていないのかもしれない。
どれほどこの状態が続いただろうか。
沈黙を破り、ひっそりと声を発したものがいる。
「……公爵閣下」
公爵家の末の孫が祖父を呼んだ。
ラディエイルはローゼから視線を外し、フロランへと向ける。
「公爵閣下、私は大精霊がいらした木を失いたくありません。そして、この地を離れたくもないのです。お願いします、どうかあの娘の提案を受けていただけませんか」
部屋の明かりを受け、フロランの瞳はうっすらと光って見える気がした。
「閣下も昔は、大精霊と話をなさいましたよね。今までのことで何も思うところはありませんか。あなただってシャルトス家の人間のはずでしょう……お祖父様」
しばらく孫の顔を見つめていた公爵は、やがてローゼへと視線を戻す。
「……大精霊の消滅は今までにない出来事だ。今後どうなるか、すべてが分からない」
言って長机の男性と、壁際の護衛に目をやった。
「ならば、現状が維持できるかもしれぬ方を選ぶのも悪くはあるまい」
小さく息を吐いた公爵は、フロランを見て、もう一度ローゼへ瞳をむけた。
「無事に銀狼を木に据えることができ、木が枯れずに済むのなら、エリオットは役目から解放しよう。――銀狼を呼ぶ日取りはこちらで調整する」
室内に安堵の空気が流れた。
思わず頭を下げたローゼの上に、公爵の声が降ってくる。
「……それにしても、聖剣の主か。……確か、伯爵相当の身分を持つと聞いたが」
頭を下げたまま、ローゼは苦笑する。
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