上 下
57 / 262
第3章(前)

余話:コーデリア

しおりを挟む
 コーデリア・セヴァリーは、聖剣の主であるマティアス・ブレインフォードの旅に同行していた。

 一緒にいたのはマティアスの他、彼の息子のラザレス・ブレインフォードだ。
 今回の旅はマティアス、ラザレス、そしてコーデリアの3人だった。

 マティアスは来週、新しく任命される聖剣の主の儀式と夜のお披露目会に出席しなくてはいけない。その分、旅はいつもより短い……つまりコーデリアがラザレスと一緒にいられる時間も少なかった。

 ラザレスと一緒に出掛けた際は、王都が見える辺りで旅の終わりを思い知り、いつもコーデリアは気落ちするのだが今回は違う。
 王都が見えても、わくわくした気持ちのままだった。

 なぜなら次の旅は、ラザレスと2人で北へ出かける約束をしたからだ。

 思い切って一緒に行きたいと言って良かったな、とコーデリアは胸を押さえる。恥ずかしいからではなく、嬉しいという理由から顔が赤くなった。こんなことは初めてかもしれない。 

「僕は儀式には出られないんだけど、お披露目会には行くんだ」

 左側で快活な声がして、コーデリアは顔を向ける。
 馬に乗り、本当は儀式も覗きたかったなー、と残念がっているラザレスに、同じく馬上のコーデリアは帽子の下から問いかけた。

「どうして、お披露目会に行くの?」
「なんかさぁ。新しい聖剣の主は、若い女の人なんだって。17歳だったかな。で、父上たちはその人の随伴をどっちかの家から選んで欲しいみたいなんだよ……ね?」

 ラザレスがコーデリアとは反対側の隣にいるマティアスを見ると、端正な顔立ちをしたブレインフォード家の聖剣の主は、微笑んでうなずいた。

 聖剣の主の一族は、魔物退治に関する知識が豊富だ。

 今回、新しく聖剣の主になった人物は、元は普通の村人だった女性だと聞いた。彼女はきっと、魔物に関する知識をほとんど持っていないだろう。聖剣の二家の誰かが随伴するのは理にかなっている。

 それでもなんとなく釈然としないものを感じながら、コーデリアはラザレスに問いかけた。

「ラザレスの他には、誰がお披露目会に参加するの?」
「えーっとね……」

 ラザレスが挙げたのは他に3人、しかも全員が若い男性ばかりだ。
 さすがにコーデリアは不審に思う。若い女性に随伴としてつけるのならば、女性のほうが良いのではないだろうか?

 ――嫌な予感がする。

 コーデリアのわくわくした気分は、しゅんとしぼんでいた。


   *   *   *


 コーデリアの父であり、もう一人の聖剣の主でもあるスティーブ・セヴァリーは、先に旅から戻ってきていた。
 コーデリアが部屋を訪ねると、娘の姿を見たスティーブは相好を崩す。

 彼は髭を生やした厳めしい顔をしているのだが、笑った目つきは案外可愛い。
 コーデリアは父の笑顔が好きだった。

「おかえり、コーデリア。今帰って来たのか。旅はどうだったね」
「ただいま戻りました、お父様……えっと、特になにもなかった……です」

 息子4人の後に産まれた末っ子の娘を、父は目に入れても痛くないほど可愛がっている。
 そうかそうか、とうなずくスティーブは、たったそれだけの会話だというのに、とても嬉しそうだった。
 その後も何も言わずに立っている娘を、父はただニコニコと見ている。

 ……実はコーデリアはお披露目会のことを聞きたかった。しかし、どう切り出して良いのか分からなくて困っていたのだ。

 しばらくもじもじしていると、さすがにスティーブもコーデリアは何か話があると察したらしい。

 こちらへおいで、と椅子に座って手招きをする父に従い、コーデリアは彼の正面に腰かける。
 その様子を見ながら、スティーブは目じりを下げて問いかけてきた。

「どうした? 父様に何か用でもあるのか?」
「あ、あの。ラザレスに、お披露目会のことを、聞いたの……」

 お披露目会、と聞いてスティーブは目を丸くする。

「お前がそんなことを言い出すとは驚きだな。もしかして行きたいのかね?」

 父の問いかけに娘は、ぶんぶんと音がしそうなほど首を横に振る。

 内気なコーデリアは、未だに王宮の舞踏会へほとんど行ったことがなかった。
 今回も行く気はまったくない。

「違うの。あの、今度のお披露目会で、新しい聖剣の主様に、随伴を、選んでもらうのでしょう?」
「そのつもりだよ」
「えっと、どうして、男の人ばっかりなの?」
「ああ」

 スティーブはコーデリアの話を聞いてうなずく。

「新しい聖剣の主は若い娘だ。うちとブレインフォードと、どちらかへお嫁に来てもらおうと思ってな」
「あの、じゃあ、随伴を選んでもらうって、いうのは……」

「うむ。最初に、誰かを夫に選ぶ気があるかどうかを聞いてみるつもりなのだ。受ければ良し、断るのなら、彼女が選んだ随伴の相手をいずれ結婚相手として考えてもらおう、という……」

 父の話を聞いて、コーデリアは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。顔から血の気が引くのが分かる。

 ラザレスは、随伴の候補の中に入ってると言っていた。
 彼はコーデリアと同じ14歳だ。17歳の聖剣の主からすれば年下だが、年齢的に考えれば別におかしくはない。

 ということは、もし新しい聖剣の主がラザレスを随伴に選んでしまえば、将来的に2人は夫婦になってしまう。

(そんな……そんなの、絶対に嫌……)

 だからといって邪魔をすることなど、自分にできるはずがない。

 どうしよう、と思いながらコーデリアはうつむいた。

 一方、自分の前に座っていた愛娘がみるみる青い顔になって項垂うなだれる様子を目にしたスティーブは、血相を変えて立ち上がる。

「どうした、コーデリア! どこか具合が悪いのか!?」

 少女は首を横に振るが、その動きはひどく緩慢なものだった。

 コーデリアは単に、動くのも億劫おっくうなくらい動揺していただけなのだが、父はそう取らなかったようだ。
 これはいかん、と呟いたスティーブは慌てて部屋を飛び出していった。


   *   *   *


 結局コーデリアは儀式の日まで鬱々として過ごした。
 元気のない娘を見て父は毎日のように大騒ぎをしていたが、娘の気持ちを察していたらしい母に「あなたは黙りなさい!」と怒鳴られ、やっと大人しくなる。

 事実、お披露目会が終わって戻って来たスティーブが不機嫌そうに「ローゼ・ファラーは申し出を完全に断りおった。大体、あの神官が……」と愚痴った後、コーデリアは安堵し、やっと笑えるようにもなった。

 しかしラザレスが断られて嬉しいとは思いつつも、悔しそうな父の姿を見たり、断られた人物たちの気持ちを考えたりすれば、やはり内心穏やかではない。

 おまけに詳しい話を聞いてみれば、新しい聖剣の主は誰とも話をすることなく申し出を断ったようなのだ。それはさすがにひどいのではないか、とむかむかする。

 結果、コーデリアの中でローゼ・ファラーという人物は「失礼で鼻持ちならない人物」として印象付けられた。

 ――それなのに。

 なぜ今、その相手と北方の店の中で向かい合い、2人で菓子を食べていなくてはならないのだろう、とコーデリアは不愉快な気分でいっぱいだった。

 しかしなぜと言っても、それが自分のせいなことにもまた嫌気がさす。

 ラザレスに帽子を取られてしまった後、おろおろしている時にローゼから声をかけられ、思わずついてきてしまったのだ。

 今となっては、やはり帰れば良かったという後悔しかなかったのだが……。

「あの……ローゼは、どうして、お話を断ったの? みんないい人だったでしょう?」

 それでもつい話しかけてしまったのは、彼女を見ているうちに父や親族たちの顔が思い出され、憤りがよみがえってきたからに他ならない。
 どうせちやほやされて舞い上がっている嫌なやつなのだろうと思ったのだが、

「あたし、好きな人がいるの」

 と言った後の彼女の表情が思いのほか純粋だったので、逆にコーデリアは驚く。
 同時にローゼという人物に興味がわいたので、自分の話をした後に話題を振り、そして気が付いた。

 ――どうやら彼女は、悪い人ではないらしい。ただ、あまり素直でないだけで。

 もう少し自分の気持ちに向き合って気持ちを表に出してくれたら、まわりを振り回したりせずにすむのにな、とコーデリアは考えた後に、自分だって人のことを言えないのではないかと思い至る。

「ねえ、ローゼ。僕たちも一緒にイリオスへ行っていい?」

 だからラザレスがそう言った時、コーデリアは落胆すると同時に決意した。

 彼がローゼと行きたいと言うのは、コーデリアのせいでもあるからだ。
 
 出かける前は「ラザレスが見たいところへ行きたい」と言ったくせに、コーデリアはいつもの内気さのせいで上手く行動できず、結局ここへくるまでの間のこともほとんどラザレスがひとりで考えている。

 どうしたいか聞かれても「好きにしていい」と言われるばかりでは、彼だって困るばかりだろう。

 元々コーデリアはラザレスと一緒に旅に出たかっただけで、あちこち見て回りたいわけではなかったのだが、彼はそうではない。
 そんな彼の旅に同行したいと言ったのだから、中途半端にしては駄目だ。

(一緒に行く、って決めたんだもの。誰かに任せっきりにしてちゃいけない。ただついて行くだけなのは、一緒に行くのとは違うもの)

 ラザレスとローゼのやりとりを聞きながら、外に出るときはずっと被っていた帽子を脱ぎ、コーデリアは思い切って口にする。

「わ、私っ!」

 それは今まで自分が出したどの声よりも大きい気がした。

「私っ、ラザレスが見たいところあるなら、が、頑張って、協力する、からっ。だからっ、ふ、2人で、行きたい……の」

 言えた、と思った。
 初めて意見を主張できた。

 ローゼが後押ししてくれたこともあり、ラザレスもうなずいてくれる。

「いままで、ごめんね。私も、一緒に見て回りたい。だから、どこに行くか、考えたいの。2人で」
「……うん!」

 コーデリアが言うと、ラザレスは頬を紅潮させて嬉しそうに笑ってくれた。
 つられて微笑みながらコーデリアは、今までにないくらい気分が高揚している自分を感じていた。

 ――2人で一緒に行く旅は、やっと今から始まる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

処理中です...