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第1章

24.ゆめかうつつか

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 目が覚めたローゼは、見知らぬ部屋で寝かされていることに気が付いた。
 ここはどこだろうと思い、しかしすぐにどうでも良くなる。
 考えがうまくまとまらないが、なんだかとても良い気分だった。

 左側は壁だったので右側に視線をやると、枕元に聖剣が立てかけられている。
 奥の窓から見える外は暗いので、まだ夜なのかもしれない。

 そして窓の手前、寝台との間にある机では、アーヴィンが本を読んでいた。

「あれ、アーヴィンだー。なんでいるのー?」

 彼の横顔に向って思っただけのつもりが、なぜか声に出していた。
 間の抜けた声が我ながら面白い、とローゼはくすくす笑う。

 ローゼの声を聞いたアーヴィンは本から顔を上げて立ち上がり、寝台の横に来てローゼの額に手を当てた。彼の手が少し冷たくて心地良い。

「気分は?」
「なんかね、すごーくいい気分。ふわふわしてる」
「酩酊状態なんだね。その程度で済んで良かった」

 ほっとしたようなアーヴィンの声を聞いてローゼは不思議に思う。こんなに気分が良いのに、自分は何か心配されるような状態だったのだろうか。

「あたし、どうなったの?」
「また後で教えるよ。とにかく今はお休み」

 額から手を離そうとしたアーヴィンの袖をローゼはつかむ。

「やだー。眠くないー。お話しするー」
「いま話をしても、次に起きたときローゼは全てを忘れているよ」
「頑張って覚えてるもん! ねえ、いいでしょ?」

 苦笑したアーヴィンがうなずいたので、ローゼも笑って袖を放す。彼は近くにあった椅子を引き寄せると腰かけた。

「じゃあ少しだけだよ。……でも眠くなったら、いつでも眠って良いからね」
「うん! ……あのね、あのね。昔のこの村のこと夢に見たの。レオンと、エルゼと、当時の神官様と」

 先ほどまで見ていた夢を思い出して、ローゼのふわふわした気分は少し沈む。

「みんなお互いのことを思ってるのに、すれ違っちゃって、結局悪い方向に進んじゃったの。悲しい過去だった」

 話しながらどんどん気持ちが沈み、ローゼの目からは涙があふれてくる。

「でもね、一番ダメなのはね、レオンなの。だけどレオンもそのことは分かってるはずだからね、言わないでおいてあげるの。……ねえ、あたし、偉い?」
「うん、偉いよ」

 褒められてローゼは嬉しくなる。沈んだはずの気分が上がってきたので、目に涙をためたまま、えへへ、と笑った。

「それでね、あたし、思ったの。みんなにはちゃんと、気持ちを伝えた方がいいなーって」

 ローゼは天井に視線をさ迷わせながら、今まで見た夢も合わせて思い出す。
 レオンも、エルゼも、もう少し素直になれていたら、未来は違う形になっていたのかもしれない。

「あ、でも、もちろん喧嘩とかしちゃうのは良くないから、悪い気持ちはあんまり言わない方がいいと思うのね。でも、ありがとうとか、好きとか、嬉しいとか、そういう良いことは、もうちょっと言おうかなーって思うのー」
「それは良いね」

 意見を肯定されて、ローゼの気分はさらに高揚する。

「でしょ! んーと、そしたらみんなに、もっといろいろ言わなくちゃ。うちの家族でしょ、ディアナでしょ、乙女の会のみんなでしょ、もちろんフェリシアも! それから……」

 天井から傍らへと目をやる。

「アーヴィンにも!」

 そこでふと、ローゼはずっと気になっていたことを思い出した。

「そうだ。あたしね、ずっと言わなくちゃって思ってたことがあるの。あのね、あたし、いっつも態度悪いでしょ。それに最初に会ったときとか、こないだ旅に出るときとか、神官服汚したよね。……だから、えっと、ごめんなさい」
「大丈夫だよ、ローゼに悪気がないのは分かってるし、汚れるのにも慣れてるから」

 確かに神官は汚れることがある。怪我をした人が血を流しながら神殿へ来ることもあるし、畑で倒れた人を抱えたりもする。他にも、老人の落とし物を拾うために泥にまみれているアーヴィンを見かけたことだってあった。

 しかし彼の表情を見る限り、もっと違う話が含まれているように思えるのだが、それは態度のことなのか、汚れの話なのか、あるいはどちらともなのか、うまく頭が働かない今のローゼには分からなかった。

「……違うでしょ?」

 もどかしさで泣きそうな気持ちになりながらローゼが言うと、アーヴィンは首をかしげた。

「違う?」
「……うん。分かんないけど、なんか違う気がする。……だって、だって」

 ぼんやりとした頭ではうまく言葉が見つけられず、悔しくなってローゼは唇を噛む。

「……だったらなんでそんな顔するの」
「そんな顔?」
「……うん。……どうして、そんなに……」

 回らない頭で言葉を探すうち、はたと気が付いた。

「もしかして、いじめられてるの? 誰かが酷いことをするのに、アーヴィンはやめてって言えなくて我慢してるのね? 誰がするの? この村の人? ねえ、教えて。アーヴィンがやめて欲しいって言えないなら、あたしが代わりに言ってあげるから!」

 そうだ、とローゼはひとりで納得する。
 もしアーヴィンがいじめられているのだとすれば、態度が悪い人がいるのも分かる話だ。もしかしたら彼のことをわざと汚す人だっているのかもしれない。

 衝撃を受けているらしいアーヴィンの灰青の瞳を見ながら、ローゼは言い切る。

「あのね、あたし、アーヴィンのこと好きなの。だから、アーヴィンをいじめる人がいるなら、絶対許さない」

 強い口調の宣言を聞いたアーヴィンはしばらくローゼを見つめる。やがて小さく息を吐くと、ゆっくり首を振った。

「そうか……。大丈夫だよ、ありがとう、ローゼ」

 そのままアーヴィンは考え込むように目線を下げ、黙り込んだ。

 彼の様子を見ながら、ローゼは不安になってきた。もしかして自分は悪いことを言ってしまったのだろうか。
 困って一緒に黙ったままでいると、アーヴィンが顔を上げてローゼを見る。彼の表情に暗いところはなかったので、ローゼは安堵して力を抜いた。

「ところで今、ローゼが私のことを好きだと言ってくれたように思うけど、もしかして聞き違いかな?」

 尋ねる彼の声は笑みを含んでいた。改めて問われると少し恥ずかしい気がしたので、ローゼはごまかしの言葉を言おうと口を開く。

 しかしその時、頭の奥で誰かの声が響いた。

『もっと早く、素直に言っておけば良かった』

 声に促されて思い返したローゼは、にっこりと笑う。

「聞き違いじゃないよ! あたしね、頑固で意地悪だけど、でも本当は優しくて、あたしのことちゃんと見ててくれるアーヴィンのこと、大好き!」

 言われたアーヴィンはローゼに笑みを向ける。
 それは今まで見たことのない、極上の笑みだった。

「ありがとう。私もローゼのことが大好きだよ」

 彼の声は本当に幸せそうだったので、素直に言えて良かったとローゼが嬉しく思った直後、アーヴィンは笑みを消す。瞳を閉じて深く息を吐くと、何かを堪えるかのようにうつむいた。

 今の彼の表情には見覚えがある。村を出る前日、セラータを紹介してくれたときに見せたかげりのある表情と同じだ。

 不安になったローゼは今度こそ何があったのか問おうとしたのだが、しかし次の瞬間、すとんと眠りに落ちてしまった。


   *   *   *


 目が覚めたローゼは、見慣れないはずの天井に見覚えがあって、なんだこれはと首をかしげる。

(あれ? 既視感? こんな天井は知らないはずなんだけど、でもどっかで見たような)

 どっかというか、先ほどの夢の中で見たような気がしてきた。

(あたし、誰かと喋ってたような気がするけど……わかんないな)

 頭に靄がかかっている感じがして思い出せない。
 ただなんとなく、とても嬉しいことがあったような気がする。
 とても嬉しくて、さらに胸のつかえが取れたような思いもしているのだが、何があったのかまったく覚えていない。

(……まあ、夢なんてそんなものよね)

 とりあえず起きよう、ともぞもぞしていると、部屋にフェリシアが入ってきた。

「ローゼ! おはようございます。目が覚めまして?」
「おはようフェリシア。えーっと、ここはどこ?」

 起き上がったローゼが右を向いて寝台に腰かけると、フェリシアも寝台の近くにあった椅子に腰かけ、向かい合わせになる。
 この椅子に座った誰かと話をしたような気になったが、それだってただの気のせいかもしれない。

「グラス村の神殿ですわ。あの後、ローゼは気を失ってしまいましたのよ」
「そっか……あたし昨日、どうなったの?」
「ええと、ローゼが祭壇に行きましたわよね。そうしましたら神官補佐の方が大騒ぎしましたの」

 不敬だ、とか、神官様以外の者が祭壇を使用してはいけない、などと叫んでいたらしい。
 それを聞きつけた他の神官補佐もやってきて、ローゼを祭壇から降ろそうとしたそうだ。
 しかしフェリシアには、ローゼがどうやら神下ろしをしているらしいことが分かっていたので、自分が神殿騎士見習いであることを明かして立ちはだかり、近づかないよう必死に説得を試みたらしい。

「神下ろしをしている最中は、下手に手を出してはいけませんの。意識が戻らなくなることがありますのよ」

 神下ろしってなんだろうと思うが、とりあえず先を促す。

 とりあえずフェリシアの身分を明かしたお陰で話は聞いてもらえたものの、信用してもらえたかどうかは別問題だったようだ。
 小娘2人でからかっていると思われたらしく、いい加減追い出されそうになったとき、外出中だったアーヴィンが戻ってきてその場を収めてくれたのだという。

「そっか。迷惑かけちゃったんだね。ありがとうフェリシア」
「いいえ……。でもわたくし、悔しかったですわ」

 ん? と首をかしげると、フェリシアは椅子に座ったまま床を蹴っている。

「だって皆、わたくしの言うことを信用してくれませんのよ……」
「そ、そこはまぁ、しょうがないんじゃないかなー。フェリシアはこの村の人じゃないし」
「いいえ! これはすべて、わたくしの鍛錬不足によるものです! わたくし、王都に戻ったらもっと頑張って鍛錬に励むことにしますわ!」

 そう言ってフェリシアはこぶしを握り締めた。

 一体どんな鍛錬をするつもりだろうかとは思うが、こういう前向きさはフェリシアの良いところだという気がする。

「……ところでさ、あたし寝間着なんだけど、これ着替えさせたのって……」
「わたくしですわ」
「それならば良し!」
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