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第1章

20.外には

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 目が覚めるとローゼは泣いていた。
 傍らを見ると、聖剣が静かに横たわっている。

(馬鹿だなぁ、レオン)

 道の分岐点はきっといくつもあった。
 だが、黒く染まってしまった思考が彼の視野を狭めてしまったせいで、見えなくなってしまったのだ。

 エルゼと同期だったという神官、彼女はきっと力になってくれたはずだ。
 同じように他の神官だって力を貸してくれただろう。

 ほとんどの貴族がレオンを蔑んでも、そうではない貴族だっていたかもしれない。
 故郷の神官やエルゼだって、きっとレオンを裏切ったわけではないはずだ。

 見ようとしてみれば、見えたものはたくさんあったはずなのに。

 だが、レオンは1人で努力した。
 頑張ってきた8年は、決して無駄ではないはずだ。

「おはよう、レオン。つらいことを思い出させてごめんね。でも、ありがとう」
【いい】

 今日は返事があった。
 ほっとしながらローゼは簡易寝床をくるくると丸めてしまう。

「レオンが外を見るのはきっと久しぶりだよね。今は暖かくなってきてるの。って言ってもまだ朝や夜は寒いけどね。上着は手放せないかな」
【そう】
「昼でも馬に乗ってたら結構寒いんだよね。そういえばレオンは歩いて旅してたの?」
【あるいた】
「そっか。あたしはね、馬がいるんだ。この旅に出るときにもらったの。栗毛の可愛い子でね、セラータっていうんだけど……」

 言いかけてローゼは、セラータの綱をゆるくしか結んでこなかったことを思い出す。
 何か危険があったり、もしくは気まぐれにでもほどければ、彼女はもうあの場にいないかもしれない。

「あー、でももういないかな。どうかな。……ま、いっか。いなかったらレオンと同じく歩いて旅しよう」
【する】
「よし、外へ行こうか。朝食は外に出てからにしようっと」

 そう言ってローゼは聖剣を剣帯に差した。


   *   *   *


 来るときに通った短い道を歩き、両開きの扉を押す。
 思った通り、外の日差しは朝のものだ。
 そしてかねてから皆が言っていたとおり、表には誰もいなかった。

 いや、誰もいないというわけではない。
 入口近くの木にはセラータが繋がれている。そして少し離れた場所では。

「あら、早かったですわね。おかえりなさいませ、ローゼ」

 言いながら、焚火の横に座った少女が顔を上げた。

「ちょうどお湯が沸いたところですのよ。お茶を淹れますわね。……そうそう、朝食はお済みですかしら。もしもまだでしたら――」
「フェリシア?」

 ローゼが呆然としながら名を呼ぶと、フェリシアは美しい顔にふわりと笑みを浮かべる。

「はい、わたくしです」
「……どうして」
「もちろん、ローゼを待っていたに決まってますわ。セラータも良い子で待ってましたのよ。ね?」

 名を呼ばれたセラータが、入り口に立つローゼへ綺麗な瞳を向けてくる。
 セラータの首筋を撫でながら、ローゼは口を開いた。

「……フェリシアは残ってても平気なの? 後で他の人たちから何か言われたりしない?」
「嫌ですわ、ローゼったら。忘れましたの? わたくしは今回の一団には含まれませんもの。どこへ行って何をしようと自由ですのよ」

 そう言ってフェリシアはふんわりと微笑む。

「ですからわたくしは、ここに残りましたの」
「……そっか」
 
 こちらへどうぞ、と声をかけられたローゼが横へ座ると、フェリシアは沸いたお湯をカップに注ぐ。彼女の微笑みのような甘い花の香りが、ふんわりとたちのぼった。
 次いでフェリシアは唇に人差し指を当て、片目をつぶる。
 
「昨日こっそり食材を失敬しておきましたの。内緒ですわよ」

 そう言って彼女は紙に包まれた塩漬けの肉を手早く切り、野菜と共にパンに挟むと、淹れたばかりのお茶と一緒にローゼへ渡してくれた。
 
「フェリシア」
「はぁい?」
「……ありがとね」

 ――残ってくれて。ひとりにせずいてくれて。本当にありがとう。

 渡された温かいお茶のカップを手に、うつむいて礼を言うローゼの心を知ってか知らずか。フェリシアは何も言わず、ただ微笑んだ。


   *   *   *


 他愛もない話をしながら朝食を済ませ、ローゼは腰から聖剣を抜いて膝の上に乗せる。

「紹介するね、フェリシア。えーと、こちら聖剣です」
「まぁ、素敵な剣ですわね! わたくし、フェリシア・エクランドと申しますの。どうぞよろしくお願い申し上げます」

 立ち上がったフェリシアは、マントを持ち、胸元に手を当て、膝を折って一礼をする。
 その優美な振る舞いに見惚れながら、さすが王女様だな、とローゼはちょっと感心した。
 よく考えればフェリシアだって、村に居れば一生会うこともなかった雲の上の人物なのだ。

【よろしく】

 そんなフェリシアに戸惑っているようなレオンの返事がおかしかった。

(あれ、でも、レオンの言葉って他の人にも聞こえるのかな)

「フェリシア、今の声聞こえた?」
「今の声?」 

 改めて座りなおしたフェリシアはローゼの質問に首をかしげる。

「ローゼの声以外は聞こえてませんわ」
「そっか……」
「他に誰かいましたの?」
「うーんと……」

 ローゼは膝に目を落としてどう答えようか悩む。
 その様子を見ていたフェリシアは、分かった、と言いたげに手を叩いた。

「もしかして、聖剣がお話しましたの?」
「そうなの。フェリシアに、よろしくって」
「まああ! お話ができる剣なんて、とても素敵ですわ!」

 そう言ってローゼの膝にある聖剣に体を寄せ、耳に手を当てる。
 なんだか膝枕しているような体制になってローゼが慌てても、フェリシアは全く意に介さない。

「わたくしともお話していただきたいですわ! ねえローゼ、聖剣にお名前はございますの?」
「ええと、レオン」
「レオン様! おはようございます、何か言って下さいませ!」

 はたから見るとふざけているようだが、フェリシアはいたって真剣だ。

【たすける】

 困ったようにレオンが呟くのがなんだかおかしい。

「フェリシア。レオンが、こんな可愛い女の子にくっつかれてどうしたらいいか分からないって言ってるよ」
【れおん いわない】
「まあ! 嬉しいですけれど、わたくしにはやっぱり聞こえませんわ」

 身を起こしたフェリシアが、白金の髪を撫でつけながら残念そうに言う。

「やっぱり主と聖剣は特殊なんですのね。わたくしもお話してみたかったですわ」
「フェリシアの言うことは伝わってるみたいだから、返事があったらあたしが伝えるよ」

 ローゼが言うと、フェリシアの顔がぱっと輝く。

「それは素敵ですわ! ぜひそうしてくださいませね!」

【れおん いわない うそ よくない】
 
 どうやらレオンは「自分が言ってないことを言ったかのように伝えるな」と抗議しているらしい。

(あら、昨日よりうまく話せるようになってる? いい傾向じゃない。たくさんお話しましょ)

 前世のやり直しをさせたいわけではないけれど、今回レオンが孤独じゃないといいな、とローゼは思うのだった。
 

「それでフェリシアは、この後どうするの?」
 
 何気なくかけたローゼの言葉に、フェリシアは心底驚いたような表情を見せる。

「どうするって……ローゼはどうしますの?」
「あたし? あたしは……そうね。一度村へ戻ろうかと思ったけど、まずはその辺りを適当に巡ってみようかなって」
 
 聖剣の主は特に目標があるわけではなく、国を巡りながら魔物の退治をする。
 そして旅の間にどこかで大きな魔物が出たという話があれば、そこへ向かって魔物を倒す、というのが慣例らしい。

 らしいのだが、それはあくまで本で読んだ話だ。現在も行われているのかは分からないし、大陸の5か国全部の聖剣の主がそのような行動をとっているかは分からない。
 ひとまずアストラン国の聖剣の主に聞いてみるのが良いのだろうが、どうやって聞けば良いのか分からない以上、最初のうちは本で読んだ通りにやってみようと思っていた。
 しかしフェリシアはその考えを一蹴する。

「あら、それはいけませんわ。まず大神殿に行かなくては」
「どうして?」
「だってローゼはまだ、正式に告知が出ていませんもの」
 
 フェリシア曰く、聖剣の主関連の話はまず大神殿から各村や町の神殿に通達が行く。
 その後、各地の神殿が各々の民に向けて告知を出すことになるらしい。

「きちんと大神殿が認めれば、身分証ももらえますし、支給金も出ますわよ」
「支給金……」

 なんだか生々しい話になったが、確かに暮らすためにはお金が必要だ。

(レオンは神殿を嫌って、支給金をもらわずに森の恵みを採ったりして暮らしてたんだっけ。あたしには無理だなぁ。ぜひとも、もらえるものはもらいたい)

「聖剣を持ってるっていうのは証明にならない?」
「それだけでは無理ですわ。知っている方なら良いですけれど、普通の人々は聖剣がどんなものか分かりませんもの。例え分かったとしても、聖剣は偽物かもしれませんのよ」
「そうか……」
「しかもローゼが持つのは、400年ぶりの聖剣ですもの。信用の度合いで言えばとても低いのですわ」

 フェリシアに厳しいところをつかれてローゼはうなる。

「うーん、確かに」
「大事な立場であるからこそ、大神殿が認めた証を持つ必要がありますのよ」
「なるほど」

 世の中なかなか難しい、とローゼは聖剣を見つめながら思う。

「ですからまず向かうべきは王都なのですわ。……本来ならここで一団が待っていて、きちんと送り届けてくれますのに……」
「そういえばどう言ってここから引き揚げたの?」
「近くで魔物が出て救援要請が来たので、と言ってましたわ。おそらくその場所へ行ったら、誤報だった、別の場所だった、というのを繰り返して、最終的に王都へ戻ると思いますわよ」
【しんでん おなじ しんよう できない】

 憮然としたようにレオンが言う。
 でも今じゃレオンは神殿関連の筆頭だよ、聖剣なんだから。という言葉をローゼは言わないでおくことにした。

「でもそれって問題にならないのかな」

 ローゼが言うと、フェリシアも首をかしげる。

「なるような気はするのですけれど、良く分かりませんわ。色々と根回しがすんでいるのかもしれませんわね」
「嫌がらせの?」

 娘ふたりは顔を見合わせてくすくすと笑う。

「あるいは本当に何かあるのかもしれませんわね。……もういないのですから、考えても仕方ありませんわ」
「そうだね。じゃあ仕度が済んだら、王都へ行こうかな」
「ええ、楽しみですわね」

 ニコニコと言うフェリシアの言葉にローゼは本来の質問を思い出し、もう一度問いかけてみた。

「で、フェリシアはこの後どうする?」
「え?」

 きょとんとした顔でフェリシアはローゼを見る。

「王都へ行きますわ」

 大神殿は王都にある。
 神殿騎士見習いのフェリシアは、この後に大神殿へ帰るだろう。良く考えなくても当たり前の話だった。
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