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第1章

7.一番東側にある小屋

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 さすがに小屋の内部の様子は記憶と違っていたので、ローゼはほっとする。
 同じでないという安心感からか、中に入っても思ったより平気だった。

 明り取りから入るうっすらとした光を頼りに周囲を見渡して、ローゼは適当な箱に腰かける。

「あれから大変だった?」

 ローゼが声をかけると、ぼんやりしていたらしいアーヴィンは、はっとしたようにローゼを見て、同じように箱へ座った。

「え? ああ、ごめん。私の方は大丈夫だよ」

(そんなことはないよね、きっと。大神官から八つ当たりとかされたに違いないわ)

「それよりローゼの方が大変だっただろう? あの場ではよく頑張ったね」
「確かにびっくりしたけど、その……最初に言ってもらってたし」

 素直に礼を言うのは照れ臭いので少しそっぽを向いたが、彼は気を悪くした様子もない。

「そうか。さすがに申し訳なく思っていたんだよ。少しでも役に立てたなら良かった」
「うん。でもね、さすがに情報がなさすぎて困ってるのよ。だから……」

 昨日のアーヴィンは、何を尋ねてもほぼ答えをくれなかった。同じ状態になったらどうしようと思いつつ、ローゼは問いかける。

「……今日は、聞いたら答えてくれるのよね?」

 ローゼを見たアーヴィンは、いつもの笑顔でうなずいた。

「私が知っていることなら」

 彼の答えを聞いて、ローゼは胸をなでおろした。

「良かった。じゃあ、さっそく聞きたいんだけど……昨日大神官が言ってたことって、どこまで本当なの?」
「ローゼが聖剣の主として選ばれたのが本当かどうかということなら、間違いなく本当のことだよ」

 アーヴィンの言葉を聞き、ローゼは思わず手を握り合わせる。

「2か月ほど前に、大神殿にいる巫子全員が託宣を受けたんだ。ローゼが11振目の聖剣の主に選ばれたと。その聖剣は最初に託宣を受けた人物が10年ほど主を務めただけで、以降400年ほど誰も主になっていない」
「大神官の言った通りなのね」

 ローゼの言うことを聞いたアーヴィンは少し考えて付け加えた。

「……正確に言うなら10年ではなく、8年と少しなんだ」

 期間は10年よりも短くなった。
 首をひねりながらローゼは尋ねる。

「なんでその聖剣は、400年も主がいないの?」
「分からない」
「なんで今になってもう一度人に下されるの?」
「分からない」
「どういう理由であたしが主に選ばれたの?」
「分からない」
「あたしが断ったらこの後の主はどうなるの?」
「分からない」
「最初の主はどんな人だったの?」
「分からない」
「――分かんないことばっかりじゃない!」

 むっとしたローゼが叫んでも、アーヴィンは穏やかな態度を崩さない。

「この聖剣に関しては大神殿でもほとんど分からないんだ。当時の記録もどうやら意図的に消されているみたいなんだよ」
「なんで意図的に……あ、この質問は無し」
「いい判断だね。一応言っておくと、意図的に削除された理由は分からない」

 ローゼは天を仰ぐ。――これはなんだ。
 どうやら11振目の聖剣に関することは、質問しても無駄のようだった。

「じゃあ、質問の内容を変えるわ。もしあたしが聖剣の主になると決めたら、この後どうなるの?」
「古の聖窟と言う場所まで大神殿の一団が送り届ける。グラス村からだと7日くらいかかるかな。そこで神から聖剣を渡されるそうだよ」
「古の聖窟……」

 その言葉に覚えがあった。
 ふと考えこみそうになったが、首を振って質問をつづける。

「……ねえ、大神官はあたしに聖剣の主になって欲しくないってことでいいのよね?」
「そう思ってるようだね」

『俺みたいな貴族でも騎士でもない奴が、聖剣の主だなんて』

 どこからか少年の声が聞こえた気がする。

「それはあたしが、ただの村人だから? 貴族とか、そういう偉い人じゃないから?」

 アーヴィンは黙ってうなずく。そっか、とローゼは呟いた。
 最初に見た大神官の顔を思い出す、あれは確か、蔑みの表情だ。

「……あたしが断ったら、大神官はどうするんだろう」

 口に出したのは質問というより独り言だったのだが、アーヴィンからは答えがあった。

「巫子を通じて神へお伺いをたてるつもりだろうね。主が断ったので別の人にしてくださいとでも言うんじゃないかな」
「そんなことができるの?」
「できなくはないよ。ただ、神がどのように答えを出すかは分からないけどね」

 どんな方法で神へ質問するのか知りたい気もしたが、今は関係ない。首を振ってローゼは質問を続ける。

「そんな大神官が、ちゃんとあたしを古の聖窟に連れて行ってくれると思う? その……殺したりしない?」
「……送ることはすると思う。今回来ている全員がアレン大神官の配下というわけではないんだ。それにあの男は悪知恵を巡らせる程度の度胸しかない小物だから、心配はいらないよ」

 さらっと酷いことを言うなと思いつつ、気になる言葉があってローゼは聞き返した。

「送ることは、する?」
「する。ただし、そこで終わりかもしれないね」
「古の聖窟に置きっぱなしかー」
「本来なら全員がその場にとどまって聖剣の主を王都まで送るのがならわしだけどね……待っていてくれれば良いとは思っているよ」

 ローゼが聖剣の受け渡しを終えて戻ると誰もいない可能性がある、というわけだ。

(行くならそれも見越して準備をする必要があるってことね)

「古の聖窟の近くに町とか村はある?」
「……古の聖窟は、山の中腹にあるんだ。起伏の大きい山ではないし道は楽だけど、それでも町まで行くなら馬で半日くらいはかかるかもしれない」

 うーん、とローゼはうなる。
 
 その時、左手で握りしめていた布に思い至った。フェリシアが最後に渡してくれたものだ。開いて札を取り出す。

「そうだ。これ、大事なものなんでしょ?」
「持って来てくれたんだね。ありがとう」
「……これが無かったら来なかったのに」

 恨めしげに札を見ながら低い声でローゼが呟く。

「じゃあ、渡して良かったな」

 すました顔で笑みを浮かべるアーヴィンを見て、ローゼは目を見張る。
 やはり彼は、わざとこの場所を選んだのだ。

(この、意地悪!)

 睨みつけてしまいそうになるが、思い返して一応理由を聞いてみた。

「なんでここを指定したの?」
「……私はこの森が好きなんだよ」
「そうなの?」

 思わず問い返すと、微笑みながらアーヴィンはうなずいた。

「暇ができると寄ってしまうくらいにはね。だからこの場所も嫌いなままではいて欲しくなかった」

 彼はとても優しい瞳でローゼを見るのだが、その視線を受ける相手はローゼではなく、本当は森であるような気がした。

「初めてグラス村に来たときは本当に驚いたよ。まさかこんな森があるなんて思わなかったから」

 初めて来た時とは初めて会った時だと気づいて、恥ずかしい記憶を思い出しそうになる。
 別のことを考えて無理やり頭から追い払うと、何事もない風を装って言った。

「そう? 普通の森だと思うんだけど。村の南の森だって感じでしょ」

 ローゼの言葉に、アーヴィンは首を横に振った。

「違うんだよ」

 本当に好きなんだな、とローゼは思う。だから彼の口調に寂しげなものが混じって聞こえたのは気のせいかもしれない。
 そんなローゼの視線に気が付いたのか、アーヴィンは少しだけ悪戯っぽく笑った。

「北の森へ来ると時間を忘れてしまうから、気を付けないといけないんだ。なにせ昔、うっかり約束の時間に遅れてしまったことがあってね」

 言葉に詰まるローゼを見たアーヴィンは何か言いかけ、そしてふと虚空に視線をさ迷わせた。
 ローゼもつられてそちらを見るが、特に何も見えない。

「何かあった?」
「ごめん、ここまでみたいだ。誰かがこの近くまで探しに来たらしい」

 ローゼは耳を澄ませてみるが、外からは特に何も聞こえない。
 
(誰かの気配でもするのかしら? あたしには分からないけど)

「残念だけど、そろそろ行くよ」

 うなずいたローゼは、ふと思いついて尋ねる。

「見張りがいたって聞いたけど、どうやって出てきたの?」
「これを落としたから探しに行く、と言ってきたんだ。途中でけて良かったよ」

 そう言ってアーヴィンが見せるのは、先ほどローゼが渡した木の札だ。

「……なるほど、かなり強引ね」
「そうだろう?」

 シュッと衣擦れの音をさせながらアーヴィンは立ち上がる。

「来てくれてありがとう、ローゼ。分からないことばかりで申し訳なかったね」

 ううん、と言ってローゼは首を振る。

「あたしだけじゃ何も分からなかったもの。だから、来てくれてありがとう」

 ローゼの言葉を聞いたアーヴィンは、笑みを浮かべた後、表情を引き締めて扉を開いた。

「ここへは誰も来ないと思うけど、念のため、私が出た後は少し時間を置いて出るんだよ」

 そう言って、アーヴィンは後ろ手に扉を閉めた。


   *   *   *

 
 言われた通り、ローゼはしばらく小屋の中で時間を潰してから外に出た。
 なるべく人のいない道を選んでこっそりと家に戻る。

 幸いにも家の中にまだ弟たちはいなかったので、着替えた後に脱いだ服を抱えて近くの川へ向かった。今ならまだ洗濯をしても乾くかもしれない。

 冷たい水に顔をしかめながら洗っていると、近くに住む女性がローゼに声をかけてきた。

「あら、ローゼ。洗濯?」
「ええ、まあ」
 
 ちょっと汚しちゃって、まあ大変ね、などと適当な話をしていると、彼女は「ところで」と言って距離を詰めてくる。
 どうやらこちらが本題のようだ。

「テオ君の話、もう聞いた?」
「テオの? いいえ。何かありましたか?」
「それがね」

 女性はさらにローゼへ近づき、声をひそめる。

「女の子を泣かせてたんですって」

 話を聞いたローゼの背中にじわりと嫌な汗が流れる。もしかすると、北の森へ行く途中の出来事をみられていたのかもしれない。

「見慣れない女の子だったらしいけど、どっかの親戚の子が遊びに来てたのかもねぇ。泣きながら誰かにぶつかって、そのまま慰めてもらってたらしいのよ。テオ君も隅に置けないわね」
「……わあ、知りませんでした。それは本当にテオなんですか?」

 ローゼは棒読みで答えるが、意味深な笑顔を浮かべている彼女は気づかない。

「服がテオ君のものだったらしいし、背格好もそっくりだったらしいわよ。だからきっと、テオ君なんじゃないかって」
「そ、そうですか……」

 言いながらローゼは、洗い終えた服をそっと籠に隠した。
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