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第1章

2.青の衣

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 呼び出しと聞いて、ローゼは首をひねる。
 
「また何かやったの?」

 ディアナに尋ねられるが、むしろローゼの方がそれを知りたかった。

「考えてるんだけど、何も思い浮かばないなー……いや待ってよ、またって何、またって」
「だってあんた、アーヴィン様が初めて村にいらした際に、会いたくないってしばらく逃げ回ってたことがあったでしょ?」
「えー……あれはそういうんじゃなくて……」

 他の人は知らない話だが、実はローゼがアーヴィンと初めて会った際、少しばかり問題が起きた。彼は気にしていないようだが、ローゼにとっては思い出したくない話である。
 気まずそうに声が小さくなるローゼを見て、ディアナは鼻で笑った。

「ほら、やっぱり心当たりあるんでしょ? 早く行って叱られてきなさいよ」

 言い返せないのが悔しくて、潔白を証明すべくローゼは村長の妻に用件を尋ねてみるが、どうやら彼女も聞いていないらしい。
 仕方なく本を袋に入れて持つと、ローゼは集会所を出た。
 
 神殿には書庫が併設されており、許可を得れば誰でも借りることができる。ローゼが読んでいた本もそこにあったものだ。
 さすがに娯楽系の本は無いが、神話関係の話や聖剣の主の伝説などは充実しているし、読んでいて意外と面白い。
 精霊はあまり神殿と関係ない気はするが、置いてあるのだから構わないのだろう。ローゼとしては割と興味深い内容なので、先ほどのようにときおり読んでいる。

(まあどっちにせよ、あたしは何もしてないから、叱られるわけじゃないだろうし。用事がなんなのか聞いたら、ついでにまた何か借りよう。そして集会所に戻って読もう)

 と思いながら歩いていると、神殿の前にローゼを呼びだした本人が立っている。てっきり中にいると思ったので、外にいるのは意外だった。

 さらに意外だったのはアーヴィンの着ている服がいつもと違い、遠目でも分かるほど豪華だということだ。

 彼がいつも着ているのは白地に青の縁取りの神官服だが、今着ているものは地の色が鮮やかな青色をしている。そこに金糸をふんだんに使って豪華な刺繍が施されていた。
 なめらかな光沢はきっと絹なのだろう。とても高価なものだということは、高級品と無縁のローゼにも良く分かった。

 美しい衣に惚れ惚れしつつ、呼びかけようとしたところで、アーヴィンの方が先に声をかけてくる。

「急に呼び出して悪かったね、ローゼ」

 その様子を見てローゼは内心首をかしげる。
 いつもと同じ表情と声色のようだが、雰囲気がいつもと違う気がするのだ。
 良く考えてみれば、こんな豪華な衣装を着ているところは今まで見たことがない。
 今回ローゼが呼び出されたことと関係しているんだろうか?

「別にいいんだけど……何かあった?」
「ローゼに会いたいというお客様をお連れしたんだ」
「あたしにお客様? 誰?」

 村の外に知り合いはいないので、自分を訪ねてくる客と言っても心当たりなどない。
 聞かれて、アーヴィンはわずかに言い淀んだ。

「アストラン大神殿の大神官様だよ」
「……は?」
 ローゼの思考が停止する。

   *   *   *

 この大陸には5つの国があるが、どの国も宗教は基本的に同じものを信仰している。
 光の10柱と呼ばれる神々を敬うこの宗教は、主神の名をとってウォルス教と呼ばれていた。

 大神官とは、そんなウォルス教の神官たちを束ねる役目を負っている人物のことだ。
 各国にそれぞれ5人だけしかいない。
 国と神殿は密接に関わっているので、国内というくくりで見ても、かなり身分の高い人物だった。

   *   *   *

「……え、嘘でしょ? そんな偉い人がなんであたしなんかに会いたいの? っていうか、どうしてあたしのことを知ってるわけ?」

 問いかけられたアーヴィンは困ったように笑う。

「悪いけど、すべては大神官様から直接お話を伺って欲しい」
「だって、急に言われても……」

 そもそも大神官などという人物にどんな風にして会えばいいのか分からない。
 このまま内容を伝えてもらえばすむ話なのに、どうしてそれでは駄目なのだろうか。

 しかも、と自分の普段着を見下ろす。
 こんな服で偉い人に会うなんて考えられない。

 顔を上げてアーヴィンを睨みつけながらローゼは言い切った。
「嫌よ、絶対会わない」
 それを受けて彼は穏やかに微笑みながら言う。
「そう言うと思ったよ」

 こうして、グラス村にある神殿の前で押し問答が始まった。というより、ローゼが会いたくない言い訳をひたすら並べ立てているだけだったが。
 しかしローゼがどれだけ言葉を尽くして断っても、アーヴィンは頑として大神官が来た理由を答えず、会ってくれという姿勢も崩さない。
 帰ろうとすれば、なだめすかしてくる。

 態度から察するに、彼は大神官がこの村まで来た理由を知らないわけではない。知っているのに言わない。
 それが分かってローゼはため息をついた。

(これは『何か』あるわ……)

 アーヴィンは優しげな雰囲気の男性だ。本人もそのようにふるまっているし、周囲の人々もそう思っている。
 しかしローゼとしては、どうもそれだけではない気がしていた。実は頑固だし、意外と計算高い面もある。教義には割と真面目だが、権力のようなものは嫌っている節もあった。
 そんな彼だが、村人たちに対して親しみを持っていることは分かっている。もちろん、ローゼに対しても。

 ということは、大神官に会うことがローゼにとって必要なことだと判断したのだろう。
 
(……しょうがない、会うしかないみたいね……)

 ローゼは嫌々ながら首を縦に振った。
 
 聞けば大神官は村を出た先にある草原にいるらしい。それなりに距離のある場所だ。
 何故そんな所にいるのだろうかと尋ねてみれば、これには答えがあった。

「人数が多いし、他に荷物もあるからね」
「そうなの?」

 グラス村の土地は広い。
 道幅は広いし、それなりに舗装もされているから、馬車だって平気だ。
 家と家の間も十分間隔があいている。
 それでも村に入るのは難しいと判断したのだろうか。いったい何人で来たのだろうか。

(10人や20人じゃないってことかしら)

 大神官ほどの人物ともなれば護衛の数もそれなりにいるのかもしれない。と、そこまで考えてローゼは気が付いた。

「そっか。この綺麗な神官服って、大神官様がいらしてるから着てたのね」

 大神官は自分より身分のある人物なのだから、いつもの服では失礼に当たるということなのかもしれない。
 遠目に見ても豪華な衣装は、近くで見れば一層美しかった。

「それもあるかな」
「……なんだか微妙な言い方ね」

 これには答えが無かった。

 持って来た本は、ひとまず神殿の入り口にいた神官補佐に預け、草原へと向かう。

 その道すがらローゼが質問しても、アーヴィンからの答えはほとんどない。仕方がないので今は黙って歩いている。

 意味の分からない呼び出しを受けたかと思ったら、その相手はこの先で待っている偉い人なのだ。正直に言えばいたたまれない。

 早く草原につかないかなと思いつつ歩いていると、村の外へ出るという辺りで、アーヴィンは足を止めた。

「どうしたの?」
「ローゼ」

 真剣な表情で向き直られて、ローゼは少したじろぐ。

「……雰囲気に飲まれないように。慌てず、落ち着いて、良く考えて。そして堂々としているんだよ」

 夕方が近い。少し冷たい風がローゼの赤い髪と、アーヴィンの褐色の髪を揺らす。

「この後どんな選択をしても、私は必ずローゼの味方をするから」

 どういう意味なのかは分からないが、おそらくこれから大神官と会うことに関係するのだろう。
 少し考えて、ローゼはうなずく。
「……うん、分かった」
 それを聞いてアーヴィンは改めて促す。
「じゃあ、行こうか」
 言って彼は微笑むが、どこか心配そうな雰囲気だった。
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