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4.青空の下 2

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「……とまあそんなわけでね。あたしは『石になった嘘つき少年』を朗読することに決めて、猛特訓したの」

 聖剣からの返事はしばらくなかった。
 軽快な蹄の音が響く中、ようやく戻ってきたのは重苦しい声だ。

【……なあ、ローゼ……】
「何? どうしたの?」
【お前、悪い奴に騙されないよう気をつけろよ】

 唐突に言われた言葉にローゼは首をかしげるが、続くレオンの声は普段通りに戻っていた。

【で、お前は上手いこと朗読ができたのか?】
「それがね。みんなあんまり感想を言ってくれなかったの。でもけなされたわけじゃないし、アーヴィンは褒めてくれたし。なによりすごく練習したから、悪くない出来だったと思うのよね」

 弾む声でローゼは言うが、またしてもレオンからは答えが戻ってこない。

「本当に悪くないんだってば! 信じてくれないの?」
【信じられるはずな……あー、いや】

 咳払いのあと、改めてレオンの声が聞こえる。

【しかしお前は、一体なんのために朗読したんだ?】
「んー、実は良く分からないのよ。でもね、もしかしたら」

 言って、ローゼは小さく笑う。

「アーヴィンはね、朗読とか、本の読み聞かせってものを定着させたかったのかなって思うの。ほら、うちの村は田舎なせいで娯楽がほとんどないでしょ?」

 ローゼ自身、正直に言えば村の生活は退屈で、外に出られるものなら出てみたかった。
 だからといってまさか、剣などほとんど握ったこともない村娘の自分が、よりによって聖剣を持つことになるとは思わなかったが。

「でさ。男の人は酒場で飲んで騒ぐこともあるけど、そうはいかない人たちだっているじゃない?」

 ローゼの父と祖父も酒が大好きだ。そんな彼らに母や祖母はもちろん、ローゼ自身を含む子どもたちもまた呆れた顔を向けていたものだ。

「でもね、あたしが『石になった嘘つき少年』を読んでからは、時々朗読会が開かれるようになったの。参加者は主に女性や子どもなんだけど、みんな楽しそうに練習して、読んだり聞いたりしてるのよ」

【……そうか、なるほど】

 やがて聞こえてきたレオンの声は、心底納得した、と言いたげな様子だった。

【最初が上手いと、後の連中が気後れするもんな】
「え?」
【いや、こっちの話だ】

 含み笑いをするレオンに、変なの、と呟いて、ローゼは聖剣に落としていた視線を正面に戻す。
 まばらに立つ木の間からは、淡い紫の花が、ゆるやかに弧を描く道に沿って、ずっと先まで咲いている様子が見えていた。

 まるで道標みちしるべのようだ、と思いながらローゼはため息をつく。

「ああ、村の話をしたら早く帰りたくなっちゃった」
【やっぱり出たな、その言葉】

 揶揄するようなレオンの声に照れ笑いをしながら、ローゼは空を見上げる。
 青い空にたなびくのは、絵筆で描いたような一筋の白い雲だ。

(青、と、白)

 心の内で呟き、村へ思いを馳せる。
 眼裏まなうらに浮かぶのは、穏やかに「おかえり」と言って抱きとめてくれる人の姿だった。

(……早く帰りたい)

 小さく息を吐いたその時、緊迫した声で名を呼ばれる。

【ローゼ】

 たちまちローゼの心は今この場に戻ってきた。

 馬から降り、近くの木に繋ぐ。動きに合わせ、ローゼの左手首にある銀の飾りが涼やかな音をたてた。

「ごめんね、セラータ。少し待ってて」

 了解、と言いたげな馬の首をひと撫でして、ローゼは周囲を見渡す。 
 少し先にある木の後ろに、小さな黒い影が見えた。

「あそこね」
【相手は小物だが、気を抜くなよ】
「気を抜けるほどの技量なんて、あたしにはまだないわ」

 レオンに答えたローゼは鞘から聖剣を抜き、いつものように魔物へ向かって走り出した。
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