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『運命のお姫様』と『運命の王子様』

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 神殿の扉に鍵がかかってなかったのは幸いだった。あたしは少しだけ扉を開き、滑り込んで鍵をかける。神殿の中は日差しの明るい表と違って少し暗かったので、目が慣れない今は良く見えない。

「何者!? この中には誰も近づけないよう命令したはずよ!」

 代わりにまず、声が聞こえた。表の騎士以上に偉そうな、高い女性の声。きっと王都から来たご令嬢ね。

「ローゼ?」

 続いて耳に届いたのは、あたしがずっと聞きたかった声。
 彼の表情は見えないけど、声の調子からは迷惑だとか、排除したいとか、そういう様子は感じられなかったのであたしは安堵した。

 やがて目が慣れてくると、神殿の奥には3人いるのが分かった。
 ひとりは王都から来たご令嬢と思しき20代前半の女性、次に彼女の護衛をしている20歳くらいの騎士。最後のひとりは、もちろん。

 あたしは騎士が叩く扉を後にして歩き出す。

 あのね、あたし、ずっと探してたんだよ。あたしだけを深く愛してくれて、あたしもその人だけを愛することができる、『運命の王子様』。
 その人とはね、心に残る素敵な出会いをするの。そして出会った後はきっと毎日胸がときめくような甘い日々を送るのよ。ずっとそう思ってた。
 
 アーヴィンとの出会いは記憶に残したくない最悪の形だった。
 会ってる時間は楽しくて嬉しくてあったかいんだけど、別にときめくわけじゃないし、甘い日々ってわけでもない。

 だから村にいた時のあたしは、アーヴィンがどれだけ素敵な人で、あたしがどれだけアーヴィンのことを大好きだったのかってことを全然分かってなかった。

 出会いなんてどうでもいい。胸がときめく甘い日々だって必要ない。大事なのは一緒にいてどんな時間を過ごせるかってことだったのよ。

 だからちゃんと言う。もう決めたの!

 でも勢い込んで歩くあたしは、3人の顔が見えるほどに近くまで寄った時、ふわんと漂う甘い香りを嗅いではっとした。

 ご令嬢が着ているのは上等なドレス。こんなすごいドレス、この村にいた頃はもちろんのこと、旅に出てる間だって見たこともないわ。
 おまけに彼女は金色の髪を結い上げて綺麗にお化粧もしてる。この甘い香りはきっとご令嬢がつけてる香水に違いない。

 あたしは思わず立ち止まって自分の姿を見下ろした。

 服はさっきの土埃で茶色く煤けてる。
 髪だってぼさぼさ。
 しかも村に着くまで走ってきたせいで、今のあたしはすごく汗臭い。

 現実が見えたあたしは、急に自分のことが恥ずかしくなった。こんな格好で何を言おうとしてたの?

「あっ……え、ええと……」

 3人の視線を受けて狼狽えたあたしは、思わず踵を返した。

「失礼しました! 邪魔してごめんね!」

 慌てて扉へ向かおうとしたのに動きが止められた。後ろを見るとアーヴィンがあたしの左手首をつかんでる。そのまま彼はあたしを回転させたから、あたしはアーヴィンと向かい合う形になった。
 彼の穏やかな笑みがすごく嬉しくて、でも自分の様子が居たたまれなくて、あたしは言葉が出てこない。

 どうしようって思ってたら、先にすごく嫌そうな声が聞こえてきた。もちろん、あたしでもアーヴィンでもない人のもの。

「アーヴィン様。そのような娘を触ってはお手が汚れますわ」

 ご令嬢の言葉に、あたしはさっきまで考えてたことを思い出す。

「……その人の言う通りよ。あたし今、すっごく汚いし、すっごく臭いの。だから近寄らないで」

 でもアーヴィンはご令嬢の言葉も、そしてあたしの言葉も気にする様子もない。穏やかな笑顔のままもう一歩近寄ると、手を伸ばしてあたしの髪を撫でつけてくれた。

「私は村の神官だからね。土や汗は私にとって、もう馴染み深いものになっているよ」
「おやめ下さい!」

 叫んだのはご令嬢。彼女はカツカツと靴を鳴らして近寄ると、あたしを見て顔をしかめた。

「アーヴィン様は私の運命のお相手、王都へ戻られる身だというのに、そのようなことをなさってはいけません!」

 運命の相手、とあたしは心の中で呟く。
 やっぱりご令嬢は運命の相手を探してここまで来たんだ。

 そして、王都へ戻るってことは、やっぱりご令嬢はアーヴィンの『運命のお姫様』だったんだ……。
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