14 / 22
オレンジ【全2篇】
甘くなれオレンジ
しおりを挟む
「酸っぱい!」
持ってきたミカンの皮をむき、一房口にした私は思わず叫んだ。確かに皮はまだ青かったけれど、この酸っぱさは予想以上だ。
「ごめん、こんなに酸っぱいと思わなかった。残していいよ竜二」
隣で竜二も少し顔をしかめている。
「ちょうどいいよ」
それなのに嘯くようにそう言って、今度は二房まとめて口に放った。
夕焼けが差し込む合唱部の部室に、竜二と私の二人だけ。向かい合って座る机の上には、彼が合唱用に編曲してくれた楽譜が広がっていた。私が昔、大好きだったアニメのエンディングソングだ。
これ以上は食べられなかった私は、ミカンをそっと鞄に仕舞う。少し気まずい雰囲気をどうにかしたくて、私はふと思いついた話を振ってみた。
「私ね、最後の『すきだよ』ってところお気に入りなの。好きって言葉は真っすぐで飾らないぶん、心がこもってる気がする」
すると竜二は楽譜をめくって、その部分を出しながら「ちょっとしたことなんだけど」と話をし始めた。
「この曲、『すきだよ』のフレーズはほとんどが、メロディーの音程と日本語としてのイントネーションが一致してない。でも1番の最後だけ、あえてメロディーを変えて、普段話すときと一致させてるんだ。そこがエモい」
「気づかなかった」
言われれば確かにそうだ。でも私には気付けなかった。編曲を教えてもらうという口実で放課後に部室で過ごすようになってから、竜二に音楽的な知識を沢山教えてもらったけれど、それでも彼にはちっとも及ばない。それはいつまでたっても、私が彼に追いつけない事の証拠みたいで、悔しいと同時に切なくなる。
彼が見ている世界は、私には見えない。
彼の見ている世界に、私はいないのかもしれない。
「でもラストでそのメロディーを出した後、最後にもう一回、一致してない方のメロディーで歌ってしめるんだ」
それはまるで、想いを伝えられない私のように。
「もうこんな時間だね。そろそろ帰ろっか」
楽譜を揃えながら私は立ち上がった。
「俺はもう少し残るよ」
「そっか。じゃあ私は先に行くね」
呼び止めてほしいけれど、そんなこと言えない。その代わりに、私は振り返らずに後ろの竜二に向かって呼びかけた。
「ねえ竜二、今度髪を切ろうと思うんだけど、どうかな?」
ほんの一瞬の間。
「いいんじゃねえか。大河ならどんな髪型でも似合うだろ」
そっか。止めてくれないんだ。
「ふうん」
落胆を滲ませないように平坦な声を必死に装う。今度こそ私は部室を後にする。竜二が編曲してくれた楽譜を胸の前に抱える、その手に無意識に力がこもった。
階段を下りながら左手に着けていたシュシュを外すと、私は髪をまとめた。しばりなれたポニーテール。学校にいる間はいつもそうだから、髪にもすっかり跡がついてしまった。
いつだか、竜二がロングヘアーが好きだと知ってから、彼の前でだけ髪留めを外すようになった。気づいてくれたらいいなって、心のどこかで期待しながら。そしていつも何も言わない竜二に少し傷つきながら。
「似合うだろ、か」
褒めてほしかったわけじゃない。お前はそのままの髪型にしとけよって、ちょっとぶっきらぼうに言ってくれるのを期待していたのに。
「あ、大河。お疲れさま」
階段を上ってきたのはアルトパートリーダーの香苗だった。
「香苗、お疲れ様」
「なに、また竜二君と2人で部室にいたの?」
「うん、まあね」
「そろそろ大河から告白しちゃえばいいのに」
「無理だよ、私には」
だって竜二はきっと、私になんか興味ないんだもの。
「言ってみたら意外と上手く付き合えたりすると思うけどな」
「いいのよ、別に」
私はじゃあ、と手を振って階段を下りていく。すると後ろから、そういえば!と香苗が呼び止めた。
「部室で編曲しているときにね、ぼそっと竜二君言ってたの。『大河にはdimコードがよく似合う』って。その意味わかる?」
dimコード。それを教えてくれたときに、竜二が言っていた言葉が不意によみがえってくる。部室のピアノを弾きながら編曲のコツを教えてくれた、あれは一番初めの時。
『dimコードは音が詰まった切ない響きがするんだ。だからここぞってときによく使う。』
『見せ場のコードなのね』
『いや見せ場というよりは、その一歩手前かな。俺の中では、誰かのことを考えて少し胸が苦しくなるような感じが一番近いと思ってる』
竜二、あなたがdimコードで思い出すのは、もしかして私なの?
「……大河?」
「ううん、ごめん。わかんないや」
「そっか」
私は少しだけ高揚する気持ちを抑えながら香苗と別れる。
まだ酸っぱいオレンジ。いつか甘くなるときがくるって、信じてみたくなった。
持ってきたミカンの皮をむき、一房口にした私は思わず叫んだ。確かに皮はまだ青かったけれど、この酸っぱさは予想以上だ。
「ごめん、こんなに酸っぱいと思わなかった。残していいよ竜二」
隣で竜二も少し顔をしかめている。
「ちょうどいいよ」
それなのに嘯くようにそう言って、今度は二房まとめて口に放った。
夕焼けが差し込む合唱部の部室に、竜二と私の二人だけ。向かい合って座る机の上には、彼が合唱用に編曲してくれた楽譜が広がっていた。私が昔、大好きだったアニメのエンディングソングだ。
これ以上は食べられなかった私は、ミカンをそっと鞄に仕舞う。少し気まずい雰囲気をどうにかしたくて、私はふと思いついた話を振ってみた。
「私ね、最後の『すきだよ』ってところお気に入りなの。好きって言葉は真っすぐで飾らないぶん、心がこもってる気がする」
すると竜二は楽譜をめくって、その部分を出しながら「ちょっとしたことなんだけど」と話をし始めた。
「この曲、『すきだよ』のフレーズはほとんどが、メロディーの音程と日本語としてのイントネーションが一致してない。でも1番の最後だけ、あえてメロディーを変えて、普段話すときと一致させてるんだ。そこがエモい」
「気づかなかった」
言われれば確かにそうだ。でも私には気付けなかった。編曲を教えてもらうという口実で放課後に部室で過ごすようになってから、竜二に音楽的な知識を沢山教えてもらったけれど、それでも彼にはちっとも及ばない。それはいつまでたっても、私が彼に追いつけない事の証拠みたいで、悔しいと同時に切なくなる。
彼が見ている世界は、私には見えない。
彼の見ている世界に、私はいないのかもしれない。
「でもラストでそのメロディーを出した後、最後にもう一回、一致してない方のメロディーで歌ってしめるんだ」
それはまるで、想いを伝えられない私のように。
「もうこんな時間だね。そろそろ帰ろっか」
楽譜を揃えながら私は立ち上がった。
「俺はもう少し残るよ」
「そっか。じゃあ私は先に行くね」
呼び止めてほしいけれど、そんなこと言えない。その代わりに、私は振り返らずに後ろの竜二に向かって呼びかけた。
「ねえ竜二、今度髪を切ろうと思うんだけど、どうかな?」
ほんの一瞬の間。
「いいんじゃねえか。大河ならどんな髪型でも似合うだろ」
そっか。止めてくれないんだ。
「ふうん」
落胆を滲ませないように平坦な声を必死に装う。今度こそ私は部室を後にする。竜二が編曲してくれた楽譜を胸の前に抱える、その手に無意識に力がこもった。
階段を下りながら左手に着けていたシュシュを外すと、私は髪をまとめた。しばりなれたポニーテール。学校にいる間はいつもそうだから、髪にもすっかり跡がついてしまった。
いつだか、竜二がロングヘアーが好きだと知ってから、彼の前でだけ髪留めを外すようになった。気づいてくれたらいいなって、心のどこかで期待しながら。そしていつも何も言わない竜二に少し傷つきながら。
「似合うだろ、か」
褒めてほしかったわけじゃない。お前はそのままの髪型にしとけよって、ちょっとぶっきらぼうに言ってくれるのを期待していたのに。
「あ、大河。お疲れさま」
階段を上ってきたのはアルトパートリーダーの香苗だった。
「香苗、お疲れ様」
「なに、また竜二君と2人で部室にいたの?」
「うん、まあね」
「そろそろ大河から告白しちゃえばいいのに」
「無理だよ、私には」
だって竜二はきっと、私になんか興味ないんだもの。
「言ってみたら意外と上手く付き合えたりすると思うけどな」
「いいのよ、別に」
私はじゃあ、と手を振って階段を下りていく。すると後ろから、そういえば!と香苗が呼び止めた。
「部室で編曲しているときにね、ぼそっと竜二君言ってたの。『大河にはdimコードがよく似合う』って。その意味わかる?」
dimコード。それを教えてくれたときに、竜二が言っていた言葉が不意によみがえってくる。部室のピアノを弾きながら編曲のコツを教えてくれた、あれは一番初めの時。
『dimコードは音が詰まった切ない響きがするんだ。だからここぞってときによく使う。』
『見せ場のコードなのね』
『いや見せ場というよりは、その一歩手前かな。俺の中では、誰かのことを考えて少し胸が苦しくなるような感じが一番近いと思ってる』
竜二、あなたがdimコードで思い出すのは、もしかして私なの?
「……大河?」
「ううん、ごめん。わかんないや」
「そっか」
私は少しだけ高揚する気持ちを抑えながら香苗と別れる。
まだ酸っぱいオレンジ。いつか甘くなるときがくるって、信じてみたくなった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪
R-18♡BL短編集♡
ぽんちょ♂
BL
頭をカラにして読む短編BL集(R18)です。
♡喘ぎや特殊性癖などなどバンバン出てきます。苦手な方はお気をつけくださいね。感想待ってます😊
リクエストも待ってます!
“5分”で読めるお仕置きストーリー
ロアケーキ
大衆娯楽
休憩時間に、家事の合間に、そんな“スキマ時間”で読めるお話をイメージしました🌟
基本的に、それぞれが“1話完結”です。
甘いものから厳し目のものまで投稿する予定なので、時間潰しによろしければ🎂
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった
ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。
その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。
欲情が刺激された主人公は…
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる