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「やっぱりここにいたんか」

見透かしたように笑う佳紀。けれどその笑顔は何故か、ここ最近の何かを隠したような貼り付けた笑顔ではなく、あたしが大好きないつもの優しい笑顔に見えた。

「でも、なんで?待ち合わせは部室のはずじゃ……」

「さっきの顔見たら、大人しく部室になんか向かわんのすぐ分かるわ。別に今年は、振り返りへの参加は強制ちゃうしな」

「バレバレだったのね」

「どうせ心配してたんやろ、あの新入生女子のこと。まあしゃあないか」

佳紀は手を伸ばすと、あたしの頭をそっと撫でた。

「一年前の自分と重なって見えたんやろ、エリー」

その一言で、あたしは居てもたっても居られなくなった。ぼろぼろと両目から涙が溢れる。その顔を隠すように、思い切り佳紀に抱きついた。

「だってだって!去年の今とか佳紀のこと好きすぎて、どうやって自分のこと振り向いてもらおうって思って。でも一年経って、今度は彼女って立場になったら、佳紀を取られちゃったらどうしようとか、そんなことばっかり考えちゃって。新入生たくさんくるサークルだし、あたしより可愛い女の子とかいくらでもいるし、あと佳紀は基本的に女の子に優しいし!勘違いする女子だって絶対いるもん」

自分でも脈絡がないことをまくし立てているだけだと分かっているのに、佳紀は優しくあたしの頭を撫でてくれていた。その温かさが心にしみてきた。

「最近ちょっと冷たくしてたから、そういうこと気にしてるんやろうとは分かってたよ。ごめんな、心配かけて」

「そうだよ。どうして……」

勢い込んで質問しようとするあたしに、佳紀は手のひらを見せた。まるで待てのジェスチャーだ。

「あたしは犬じゃないもん」

しかしその抗議の意見は華麗にスルーされた。

「その話の前に、まずはペンダント返せよな」

「え?ペンダント?」

あたしはきょとんとする。

「先週末に僕が泊まりに行ったとき、朝バイトだーって慌てて出かけたやろ。あの時着けていったん、自分のペンダントじゃなくて僕のやで」

「そんな!うそうそ!」

慌てて胸元からペンダントを引っ張り出す。そこには青いガラスが嵌っていた。

「ほんとだ!これ佳紀のじゃない!」

「一週間も気づいてなかったんかい。ちなみにエリーのペンダントは、化粧箱の引き出しにちゃんとしまっといたしな」

「そんなとこに。引き出しの方はほとんど使ってないから気づかなかったって」

「そこまでは責任もてんぞ」

それでだ、と佳紀はあたしの肩を掴んで、しがみついていたあたしをそっと離す。それから斜めにかけたバッグの中から何かを取り出しながら言った。

「ここ最近バイト増やしてたのは、これを渡そうと思って」

出てきたのは指輪のケースのような、手のひらに乗る大きさの上品な箱だった。

「指輪ちゃうで」

先回りして佳紀が釘を差した。

「去年、これ欲しいって言ってたからな。いつかあげようと思ってた」

佳紀は恭しくその箱を開けてみせる。中に入っていたのは花をあしらった可愛らしいイヤリングだった。

「これって五条坂のお店の!」

「正解。去年の新歓のときは買ってあげられへんかったからな」

おねだりしたら?と言っていた、さや姉のことを思い出す。

「1年記念日にはサプライズで渡そうとずっと狙ってた。それとこれな」

左手に箱を持ったまま、後ろ手に隠していた右手の封筒をあたしに渡してきた。戸惑いながら中身をみると、中に入っていたのはあたしが大好きなテーマパークのチケットだった。

「付き合って1年たつし、そろそろ泊まりで旅行とかもええかなって」

「え、そんな。でも、だけど、へ?」

およそ言葉にならないうめきのような声ばかりが出てくる。

「でもでも、これをこっそり準備してくれてたのは分かったけど、じゃあどうして最近家に行かせてくれなかったの?」

「ああ、それは」

簡単なことだと言わんばかりに佳紀が答える。

「エリーに部屋の片付けされると、隠してたこれが見つかるかもしれへんかったから」

そんなこと。思いつめていた自分が馬鹿みたいじゃない。

 いや、丸め込まれてはいけない。それなら今日三条での待ち合わせを渋る理由はない。佳紀はまだあたしに言っていないことがあるはずだ。

「さっきどうして三条で会うの嫌がったの?」

あたしが聞くと、それまで余裕さえ見せていた佳紀が初めて言葉に詰まった。やっぱり、まだ隠し事があるのね。

「それ、言わなあかん?」

「ダメ」

間髪入れずあたしはピシャリと言った。すると照れたように佳紀は頭をかいた。

「珍しく、こんなときばっか鋭いなあ」

「言い訳は良いから早く」

「大したことではないねんけど」

ふうと佳紀が息をついた。

「僕の家に連れてく口実がなくなると思って」

「口実って。佳紀の家くらい普通に行くけど」

「それはそうなんやけど。その、せっかくの1年記念日だから、イチャイチャしたいな、とか……」

あたしを盗み見るように途切れながら答える佳紀。そこであたしはようやく気が付いた。三条で待ち合せたらあたしが電車で帰れてしまうから、わざと駅から離れた部室に誘導しようとしたってことか。

 思わずあたしは吹き出してしまう。そんなことを気にして、でもあくまでスマートにというか、あけっぴろげに言わずに、雰囲気を大事にしようとするのは本当に佳紀らしいと思った。それは、あたしが好きになった、そして今日まで信じてきた佳紀と1mmの違いもなかった。

「そゆとこも大好き!」

あたしはもう一度佳紀に抱きつくと、背伸びして思い切り彼にキスした。


 彼女は橋の陰から僕のところに駆け寄ってきた。

「居なくなったかと思って心配したよ、エリー……じゃなくて智恵里ちゃん」

しかし彼女は僕が呼び直したことに眉根を寄せて、むっと頬を膨らめてみせた。

「智恵里ちゃん、なんてやめてくださいよ。エリーのままでいいです」

「そやけど」

僕は彼女の勢いに押され、少し困って頭をかきながら言った。

「それは、僕が前に『明 智恵里』を『明智 恵里』って読み間違えたせいで出来たあだ名やし」

「でもエリーがいいんです。そう呼ぶの、佳紀さんだけだから。地味にお気に入りなんですよ」

鴨川の遊歩道には灯りもないから、僕らを照らすのは上で並走している車道の街灯くらいだった。それなのに仄暗い夜闇の中でも、僕に笑いかける彼女の笑顔は小悪魔的なほどコケティッシュだった。

「それで、どうしたんですか。いきなり呼び出したりして」

「ああ、それは」

かっこいいセリフやドラマのようなシチュエーションが頭にいくつも浮かんでくる。でも僕はそんなに上手く出来る気がしない。そういうのはもっと彼女のことを分かって、たくさん準備をしたときにとっておこう。

「好きだよ、エリー。付き合ってほしい」

直球勝負。それが今の僕の一番良い選択肢だと思った。

「はい、喜んで」

その答えを聞いた瞬間、体中が熱くなって、幸せな気持ちが駆け巡るのを感じた。

「待ってましたよ、佳紀さんが言ってくれるの」

「分かってたんや、僕の気持ち」

「そうだといいなって思ってました。だからどうしたら告白してくれるかなって、結構色々考えてましたよ」

自分と比べて余裕があるらしいエリーの様子に、僕は少しだけ悔しくなった。これじゃあ2つも年下の女の子に手の上で転がされたようなものだ。

「少しはエリーのことを翻弄したかったんやけど」

「じゃあこれからたくさん私のこと翻弄して下さいね」

「まったく、思ったよりもしたたかやな」

僕は苦笑しながらエリーの手をそっと掴んで自分の方へ引き寄せる。橋のたもとの暗がりから抜けて、街灯に照らされたエリーの表情がさっきよりもはっきり見えた。

「あたし、欲しいものは絶対にあきらめない主義なので」

やれやれ、これはとんでもない女の子に手を出してしまったかもしれないぞ。そんなこと考えた瞬間、僕の目には、耳まで真っ赤にして必死に"ツン"を演じて見せている、等身大の女の子が映っていた。

(了)
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