優等生と劣等生

和希

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5thSEASON

左手には花束、右手には約束

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(1)

「冬夜さん起きて、朝だよ」

愛莉に起こされ目を覚ます。
顔を洗って寝癖を直すと着替える。
今日は朝から宗谷岬に行く。
日本最北の果て。
そこに立った時どんな気持ちなんだろう?
海に向かって最北端の地の碑の前に立つと前方三方が海、正面にサハリンの島影が浮かび上がりここが最北端であることを実感できる。
この地を目指した者はどんな心境だったんだろう?
この地に立った時どんな思いだったんだろう?
そんな事を考えながら一人物思いにふけっていた。
他にもいろいろな記念碑がある。
それらを見ながら時間を潰せばバスの時間になる。

「冬夜さん、そろそろ行こう?」

愛莉には少々退屈だったかな?

「またせてごめんね」
「いいの、冬夜さんとの思い出はしっかり胸に刻んでるから」

愛莉はそう言う。
バスで稚内空港近くまで行くと徒歩で30分近く歩く。
ちょっと遅めの昼食を取って羽田空港行きの飛行機に乗る。
羽田空港から地元空港までの空の旅。
愛莉は疲れていたらしい。
割と強行軍だったからな。
愛莉は僕にもたれかかって眠っている。
僕も愛莉にもたれかかって眠ることにした。

(2)

「神奈、そろそろ時間だぞ」

誠に起こしてもらう。
やばい!疲れているとはいえ寝過ごした。
慌てて起きて朝食の準備を……出来てる?

「神奈疲れてるだろうからゆっくり寝させておいてやろうかなと思ってな」

焦げたパンとベーコンエッグ。そしてコーヒー。

「ありがとう」

誠に礼を言って朝食をとる。
その後に支度をする。

「今日早いんだろ?」
「ああ、夕方には帰ってくる」
「なら、どこか外食しないか?最近行ってないだろ」
「いいけど」
「じゃ、気をつけてな」

そう言って誠は玄関まで見送ってくれた。
バイトも今月でお終い。
来月からは仕事に就く。
誠も来月からは地元チームと合流する。
いきなり試合に出れるかは分からないけど。

「ホームで試合に出れるときは教えるから皆で応援頼むな!」

誠はそう言ってた。
バイトの仕事内容は変わってくる、替わりに入ってくる新人に仕事の引継ぎをする。
割と真面目で物覚えも良く要領も良い奴なので助かってる。
バイトを終えるとまっすぐ家に帰る。
誠は先に家に帰っていた。

「準備しろよ。俺は済ませてるから。ゆっくりでいいぞ」
「ああ」

仕度をすると誠に終わったと伝える。
電車で街まで出るとレストランに入り席に着く。

「で、今日はなにがあったんだ?」

誠に聞いてみた。

「ああ、最近ずっとバイトだろ?旅行の休みとるために」
「まあな」
「これから俺はプロだし、神奈も仕事で忙しくなる、こんなのんびりできる時間も少なくなる」

そうだろうな。

「今のうちに出来る事。今しかやれない事をやっておこうって思ってな」
「なるほどな」
「もう俺達結婚して2年になるんだよな。早いよな」
「色々忙しかったからな」
「神奈にもいろいろ心配かけたし迷惑もかけた。だからそのお礼も兼ねてな」
「気にするな、お前の気持ちは分かってるよ」

こうしてくれるのもお前の優しさなんだろ?

「これからもっと神奈に迷惑かけるかもしれない。負担をかけるかもしれない。家に帰れない日だってある」
「そんなの誠がプロになるって決めた時から覚悟してたことだ。気にするな」
「ありがとう、神奈」

改めて礼を言われるとこそばゆい。

「なあ?今でも後悔してるか?」
「何をだ?」
「冬夜より俺を選んだこと」
「そうだな……トーヤならもっと幸せになれたかもしれない」
「そうだよな……」
「……て、言えばお前は満足なのか?」
「え?」
「私は自分の選択に間違いなんてない。悔いのない人生を送ってる。そう思ってる。お前の考えることは無意味だ。人生にたらればなんていらない」

何度でも繰り返す幾度となく擬える。それが運命の歯車。

「お前は後悔してるかもしれないけどな。小言の多い嫁だって」
「でも神奈だから許してくれた。俺だって馬鹿じゃない。そんなことくらい分かってるよ」
「その割にはトーヤに色々不満をぶつけていたが?」

ちょっと意地悪を言ってみた。

「そ、それはあいつだってこれからいろいろあるだろうから……それに飲んでたし」
「それでいいんだ。ただ……不満があるなら私に言ってくれ。お前の不満くらい受け止めてやりたい」

私は誠のたった一人の嫁なんだから。

「これからお前もプロ入りして色々不満や愚痴が増えるだろ?そのくらい受け止めてやるよ」
「わかった。神奈がいるから家を空けられるんだって自覚するよ」
「そうしてくれると助かる」

料理を食べて店を出ると2件ほどバーをはしごする。

そして電車で家に帰るとシャワーを浴びる。
そして部屋に戻ると酔いつぶれて床に転がって寝ている誠がいる。
やれやれと誠を起こす。

「そんなところで寝てると風邪ひくぞ。せめてベッドで寝てくれ」
「ああ、悪い」

そう言ってベッドでに入る誠。
私もベッドに入って眠りにつく。
たとえ遠く離れても二人の心は一緒だ。
いつもいつも見守っている。
薬指にはめた指輪が今でも大切なお守り。
ずっとずっと誓えるから。
あなたを愛してる……。
月明かりが照らすこの部屋で思い出の曲を聴きながら誠の言葉を思い出す
ずっと愛してるから。
離れ離れになっても
優しさの意味は忘れない。
今すぐにでもその温かい温もりを伝えたい。
今は誠の温もりを感じていた。

(3)

今日も女性5人組がカウンターで話をしている。
主に自分の相手の不満。
まあ、日曜まで相手してもらえなかったら不満も出るだろうね。
人の事言えないけど。

カランカラン。

中島君がやって来たみたいだ。
間の悪いときにやってきたね。
今日の標的は君だよきっと。

「中島君はどうなの?あれからちゃんと約束守ってるの?」

早速晶ちゃんが質問する。

「聞いた話だと先輩山に観客にいってるそうですね?どういうつもりなんですか?」
「自分で走ってるわけじゃないからいいだろ!?」

言い訳をする中島君。
そんな言い訳は穂乃果さんを怒らせるだけだよ?

「まだ分かってないじゃないですか?自分に車が突っ込んでくるとか考えたことないんですか!?」

ほら怒らせた。
中島君、僕に助けを訴えても無駄だよ。僕この人たちに太刀打ちできない。

カランカラン。

間の悪いときに檜山夫妻や如月君朝倉さんがやってきた。

「あなた達も夜山に観客に行ったりしてないでしょうね?」

容赦なく晶ちゃんが襲い掛かる。

「い、いってねーよ。もうそう言うことしてる暇本当に無いんだって!」
「僕も行って無いよ、約束はちゃんと守ってるよ」
「しょ、翔ちゃんはそう言うことしてない、毎晩一緒だし保証します」

3人が弁解する。……ってえ?

「伊織?今なんて?」
「毎晩一緒にいるんです」

恥ずかしそうに朝倉さんが言った。

「それってつまり……」

恵美さんが何かを言おうとする。

「ああ、同棲してるよ。結婚する前に同棲した方が良いって親に言われたから」

如月君がケロリと言った。

「同棲って生活費はどうしてるの?」

花菜さんが聞いてた。

「伊織が働いてる。後うちの仕送り」

如月君、それはまずいと思うよ……。

「彼女にだけ働かせて何とも思わないんですか!?」
「自分も独立しようって気にはならないの!?」

穂乃果さんと花菜さんが如月君を責める。

「伊織に働かなくてもお金なら十分あるからって言っても勝手に働くからしょうがないだろ?」
「将来の事考えてるんですか?いつまでも親のすね齧って生きていくつもり!?」
「将来はどうせ親の事業継ぐから問題ないよ。それくらい考えてる」
「100歩譲って仕送りしてるのは認めるわ。その分あなた家事を手伝ったりしてるんでしょうね?」
「そうね……まさか彼女に働かせて家事までさせるってことはないわよね?」

恵美さんと晶ちゃんが言う。
ここで余計な燃料を投下するのが如月君だった。

「働いてるのは伊織の勝手。家事をするのは女性の仕事だろ?」
「信じられない……」

穂乃果さんと、花菜さんが絶句する。

「どうやら教育する必要があるようね……」

恵美さんが電話している。

「あなた家事をするのは女性の仕事と言ったわね。じゃああなたも男性の仕事をするべきじゃないの?」
「その必要がないのに、どうして働かなくちゃいけないわけ?」

女性陣が責めたてるが暖簾に腕押しの如月君。
恵美さんが電話を終えると言う。

「如月君、明日履歴書を持ってきなさい!うちで雇ってあげる。徹底的に鍛えなおしてあげる」

恵美さんが言う。

「だから僕は働く必要がないんだって!」
「共同生活ってものを叩きこむ必要があるわ!あなたのやってる事はヒモよ!情けないと思わないの?」
「それなら伊織を働かせる必要がないだけの話だろ?」
「家事をするか働くかどっちかこの場で今すぐ決めなさい!」

恵美さんと如月君の攻防は続く。

「まあ、働いて自活しろとはいわないけど、将来を考えると如月君には社会経験を積ませる必要はあるわね」

晶ちゃんも言う。

「家事もしない、バイトもしない。じゃあ何をやってるんですか?」
「家でゲームしてる」

如月君は悪い意味で正直者だった。
女性の罵声はとどまることを知らない。

「男性陣も何か言ったらどうなの!?」
「そうです!何か一言あってもいいんじゃないですか!?」

花菜さんと穂乃果さんが言う。
何か言わないと収まりそうにない。

「如月君や、ここは恵美さんに従った方がいい。君はただ朝倉さんに甘えてるだけだ。働きたくないなら家事を覚えるべきだ。それすらしないんじゃ同棲じゃない。ただの寄生だよ」

僕はやんわりと指摘する。
男なら働くべきとは言わない、ただ生活の作業の分担はするべきだ。如月君のやってる事はただの居候だ。

「わかったよ……履歴書もってくればいいんだね」

如月君は働く気になったようだ。

「しょ、翔ちゃん大丈夫?バイトなんてしたことないでしょ?学校の生活だってあるんだよ」

朝倉さんが心配してる。

「大丈夫よ。空いてる時間にすればいいだけの在宅ワークだから。それくらい出来るでしょ」

恵美さんが言う。

「どんな事するの?」
「データ入力よ。PCくらい扱えるでしょ」
「まあ、それくらいなら」
「言っとくけど『わかんないから伊織やって』は通用しないからね」
「わ、わかってるよ!」

こうして、如月君は恵美さんの会社の仕事を下請けすることが決まった。

「問題が解決したところで次は中島君ね」

矛先は中島君に向かう。

「べ、別に俺が走ってるわけじゃないんだからいいじゃないですか!」
「危険な事には変わりないでしょ?」

まあ「ブレーキいかれちまったか!」なんて悠長な事言ってる場合じゃないだろうね。

「男の人ってどうしてそうやって彼女や奥さんの心配事を増やす真似しかしないんですか!?」

花菜さんが言う。
僕はしてないよ、こうやってほぼ24時間監視されてるからね。
僕が言うしかないんだろうね。他の男性は皆自分の彼女を宥めるのに一苦労だから。

「中島君や、いい機会だからこの際車は卒業したほうがいい。君も入籍した身。君一人の問題じゃないはずだよ」

大切な人を安心させることも大事なんじゃないのかい?

「善幸の言う通りだな。……もう山には行かない。ゼロヨンも見に行かない。これでいいかな?穂乃果」
「誓えますか?」
「誓うよ。信じて欲しい」
「……わかりました。私も好きでこんな事言ってるんじゃない。隆司君が心配で仕方なく言ってるだけなの」
「わかった、ごめん」
「まだよ、やけに素直ね……。あなたまだ隠してる事あるでしょ?」

こういう時の女性の勘って怖い。恵美さんが言う。

「隆司さん正直に言って!」

穂乃果さんが言う。

「大したことじゃないよ!」
「大したことじゃない?何を隠してるの?大したことかどうかは私達が判断するわ」
「……友達と調和の国に行ってるだけです」

はい?

「そういえばマスコットキャラのぬいぐるみがやけに車に積まれてますね」

穂乃果さんが言う。
中島君の話に寄ると今ブームなんだそうだ。週1で行ってるほどはまってるらしい。
もちろん反感を買う。
そういうところなら穂乃果さんを連れて行ってやれと。
あんなところに好き好んで行きたがる男性がいることに驚きだよ。

「相変わらず賑やかなところだな」

檜山先輩が言う。
檜山先輩も黙ってないで少しは事態の収拾に協力してくださいよ。

(4)

地元空港について、高速バスで地元駅まで帰ってきて夕食を食べてバスで家に帰る。
家に帰るとリビングのソファに腰掛けて一息つく。
家に帰って来た安心感に浸る。

「冬夜さん、荷物片づけて、洗濯物は洗濯機に入れて」
「あ、ごめん、今するよ」

荷物の整理を始める。

「冬夜さん疲れたでしょ?先にお風呂入っていいよ」
「ああ、そうするよ」

風呂に入ると、寝室にもどってテレビをつけてPCを起動する。
大したニュースはやってない。
PCをシャットダウンすると。テーブルの前に座りスマホを弄る。
テレビも大した番組をやってない。
暫くすると愛莉が風呂からもどってくる。

「どうぞ」

愛莉は酎ハイを一本くれた。

「ありがとう」

それを受け取ると飲む。

「楽しかったね」
「愛莉疲れさせただけじゃなかった?」
「そんなことないよ。楽しかった」

僕と一緒だからどんな所でも楽しいのだという。
愛莉はスマホを見て笑ってる。

「中島君まだやってたんだね」
「そうみたいだね」

スピードの悪魔に憑りつかれたらそう簡単に離せない。
何かを秤にかけて取り除いていくしかないんだろうな。
少しでも執着心があるとあっという間に支配されてしまう。
それにしても調和の国に憑りつかれるとは思わなかったな。
穂乃果さんには悪いけど、笑ってしまった。

「冬夜さんも何かに憑りつかれてるの?」
「そうだね」
「何に憑りつかれてるの?」
「愛莉」
「うぅ……またそんな意地悪言うんだから」
「悪い気はしないよ。いつも一緒にいてくれる。ここが僕の帰るべき場所なんだって思う」
「本当ですか?」
「ああ、愛莉には感謝してるよ」

左手には感謝と言う心の花束を、右手には誓いの言葉を。
死がふたりを分かつまで共にいよう。
二人で誓った言葉。
愛莉の右手が僕の左手を包む。

「冬夜さんの花束、確かにうけとりました」

穏やかな笑顔で愛莉は言った。

「でも、誓いの言葉は右手じゃ駄目です」

愛莉はそう言って目を閉じる。
愛莉の要求をのんでやる。
誓いの口づけを交わす。

「今日はもう疲れた死ねようか?」
「うん」

それは艶やかな女の溜息、それは甘い男の囁き
夜空を見上げる恋人達、ありふれた風景、繰り返される恋模様、ほんの些細な事。
そんな気紛れな一時を永遠だと信じたり。
そんな不確かなものを運命だと信じたり。
泣いたり笑ったり愛したリ憎んだりして。
それは束の間、遥か過去の光に思いを馳せたりして。
光年という名の途方もない尺度の前では、人の一生など刹那の幻に過ぎないのかもしれない。
左手には花束、右手には約束を。
走り出した衝動はもう止まらない……。

そこにロマンはあるのだろうか。

僕達の物語はまだ終わらない。まだ知らない未来に向かって紡がれていく運命。
誰も知らない楽園に向かって僕達は死が訪れるまで走り続ける。
それは遠い未来に消失された歴史の一ページになるだろう。
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