優等生と劣等生

和希

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4thSEASON

真実の庭へ

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(1)

「冬夜君朝だよ~」

僕は上身を起こすと背伸びをする。

「おはよう~」

隣で寝ていた愛莉が抱きついてくる。
そんな愛莉をじっとみる。

「?」

不思議そうに僕を見る愛莉。
愛莉は日焼けをしない。代わりにやけどを負ったように赤くなる。シャワーを浴びる時辛そうにしてたのは昨日ホテルに行った時気づいていた。
よく動画とかで見るあれ。水着の後だけ真っ白にくっきり残ってるあれ。愛莉の場合だとどうなってるんだろう?

「冬夜君?」

愛莉は最近僕を受け入れてくれるようになった。しかし休み明けの朝から大丈夫か?
そんな心配は杞憂におわった。
愛莉の方から抱き着いてくる。

「心配しないでも私は本物だよ~」

自分から抱き着いてくるくらいだ。少々悪戯しても大丈夫だろう。
そう判断した僕は愛莉を押し倒す

「きゃっ。もう乱暴はダメだってば~」

可愛い悲鳴を上げ抗議する愛莉をよそに愛莉のパジャマのボタンを外していく。ついでにブラも取っておく。
露になった標準的な大きさに成長した愛莉の胸。は真っ白のままだった。その代わり日焼けというかやけどした部分は赤くなっている。
これを一度生で観たかったんだよね。
満足した僕はベッドから出ようとすると愛莉の手が僕の腕を掴む。

「その気にさせるだけさせておいてどういう魂胆があったの?」

いや、焼けた肌と対照的な水着の跡を見たかっただけです。その気はありません。なんて言えたらどんなに格好いいだろう?
格好いいのかな?試しに言ってみるか。

「愛莉の日焼けの跡を見たかっただけだからもう満足した」

愛莉は開けたパジャマを閉じる。そして僕を睨む。こりゃやっちまったかな。

ぽかっ

「冬夜君のえっち!」
「ごめんごめん、本当に見たかっただけなんだ」
「うぅ……冬夜君の望み叶えたんだから私の望みも叶えてよ!」
「わかったよなにすればいい?」
「朝食とか終わったら抱きしめて♪」

本当に可愛い要求してくるな。

「わかったよ」
「わ~い」

愛莉は喜びの声をあげると自分もベッドから出て着替えだす。

「あっ」
「ほえ?」

難しく考える事無かった。

「着替えの時に見ればよかったんだよな」

そう言って僕は笑った。
僕は笑っていた。
しかし愛莉は怒っていた。

ぽかっ

気づくのが遅かったかな。

ジョギングを済ませてシャワーを浴びると朝食を食べる。
その後部屋に戻ってベッドに横になってテレビを見ながら愛莉を待つ。
ベッドに横になっている理由はどうせ愛莉を抱かなきゃいけないから。
その後の展開は大体読めてる。
しかし一つ見落としたことがあった。
愛莉はマグカップを2個もってきてテーブルの前に座る。

「冬夜君飲まないの?」

愛莉が聞いてくる。

「そ、そうだね」

笑って誤魔化してベッドから出るとコーヒーを飲む。
コーヒーを飲み終わると愛莉はキッチンに片づけに行く。
そして戻ってくると僕に抱きついてくる。

「約束したよね」

愛莉をお姫様抱っこすると、ベッドの上に置く。
いまいち状況を呑み込めていない愛莉の服を脱がそうとすると愛莉は抵抗する。

「そこまでする時間無いよ~」

あ、そっか。

「だから抱きしめてくれるだけで我慢するの~」

僕が我慢できるかどうかは考えてくれないのか?



愛莉とスキンシップを堪能すると家を出て学校に行って授業を受ける。
2限を終わると学食に行って弁当を食べる。
すると皆が集まってくる。
今日の議題は多分学校が終わった後にくる訪問者についての事だろう。

「冬夜大丈夫なんだろうな?」

渡辺君が念を押す。

「心配なら一緒に聞きなよ」
「もちろんそのつもりだが……相手年の割にはやり手みたいだぞ」
「ああいう子ほどやりやすいんだよ」
「どういう事だ?」
「年下だと思ってかっとなったりむきになるといい様に揶揄われるだけ。交渉にならない」
「やりづらい相手じゃないのか?」
「だけど逆に褒めてあげて持ち上げると要求してないことまでべらべら喋ってくれる」
「その根拠は?」
「昨日のチャットのやり取りで分かったよ、態々バックドアとやらの事得意気にはなしてくれたじゃないか」
「なるほどな」

やっぱりお前に任せておいた方がよさそうだなと渡辺君は笑う。

「なあ、トーヤ。昨日の件なんだけど」

カンナが何か言おうとしてる。

「誠やっぱり捕まるのか?」
「どうして?」
「どうしてって……」

誠のハッキングの証拠を握られてるんじゃないか?とカンナは心配してる。

「それはないよ」

僕は言い切った。根拠はある。

「何でそう言い切れるんだ?」
「カンナは動揺し過ぎだ。はっきり言える。誠はドジ踏んでいない」
「だからなんでそう断言できるんだよ」

そんなの相手の出方見てたら分かるだろ?

「証拠があるならさっさと突き出してるよ。一番危険な誠を放置してるわけがない。ウィザードも証拠は処分したと言ってた」
「信用していいのかよ」
「自分の命かかってるからね、嘘やはったりは無いと思うよ」
「でもその後の新しいウィザードとやらは誠並のスキル持ってるんだろ」
「誠並のスキル”しか”もってないのさ。それなら誠でも対応できるだろ」
「じゃあ、結局のところなんでウォーロックは接触してきたんだ?」
「その魂胆に興味があったから交渉に乗ってみた」
「はぁ!?」

皆が同じようなリアクションをする。

「ちょっと片桐君!?そんな身勝手な理由で皆を危険に晒すわけ?」
「どうしてみんなが危険なの?」
「私達の個人情報ももってるんでしょ?」
「それがそもそも間違いなんだよ」
「え?」

また皆同じように表情が固まる。

「だって昨日メッセージグルに入ってきたのはそういう事じゃないの?」
「もう少し誠を信用してやっていいんじゃないか?皆のスマホにはセキュリティいれてるんだぞ。誠特製の」
「その誠君のセキュリティを突破してきたんじゃないの?」
「みんな彼のブラフに揺れ過ぎだよ」
「ブラフ?」
「ただのはったりさ。セキュリティを破ったわけじゃない。たまたま穂乃果さんのスマホを使った時に仕掛けておいた罠を使わざるを得なかっただけだよ」
「つまり、向こうは切札をつかってまでして俺達に接触したかった?」
「そう考えると辻褄あうだろ?」
「確証は?」
「誠のセキュリティを破るくらいのスキルの持ち主ならわざわざサーバーを囮に新しいサーバーをこそこそ作るなんて真似しないよ。現にあのサーバーに残ってた情報は今も生きてるんだろ?」

僕が恵美さんを見ると恵美さんはうなずいた。

「それは間違いないわ。足跡はきっちり残ってる。実際に行って確認も取ったわ」
「相手は誠を突破できたんじゃない。出来ないからそうやって自分の身を切り売りして凌いでるんだ。そう考えると行きつくのはやっぱり相手の魂胆だよ」
「片桐君の考えが正しいように見えるわね」
「でもバイト先までバレてるんだぞ?それはどう説明するんだよ!」

カンナが言う。

「みんな忘れてない?自分から自己紹介したこと」
「あ!テレビか!?」
「そういうこと、あとは探偵にでも頼んだんでしょ」
「それじゃ、やっぱり私達危ないんじゃない?」

恵美さんが言う。

「だからSPつけてもらってるんでしょ?」
「でもそれだけじゃ安心とは言えないわね……」
「安心していいよ」
「だからなんでだよ!」

カンナがしびれを切らしたようだ。

「忘れてるの?こっちの持ち札あること?」
「その取引材料に私達を誘拐しようとしてるんじゃないの?」

現にニーズヘッグは動いた。亜依さんはそういう。

「その手は通用しないと向こうは考えてる。その為に派手にやったんだしね」
「あの爆破ミッションの事ね」
「少なくとも高橋グループは身動き取れない。愛莉のお父さんが実行部隊皆取り締まったからね」

現行犯だ、流石にもみ消しは不可能だろう。
そしてもみ消しに躍起になってる時期がチャンスだと思っていた。
だけどその機会は失われた。
高橋憲伸の病気。
そこまでは読み切れなかった。
だからウォーロックの情報に興味がある。

「もう一度確認するけどハッキングされたわけじゃないのね?」

恵美さんが念を押す。

「ああ、多分サイトとテレビが流出源だと思う」

現に高橋蒼良の居場所は突き止められていない。
そこが大きなアドバンテージなわけで。
死人に口なしと言いたいんだろうけど、実際に現れたらそうも言ってられない。

「兎にも角にもまずは今日の交渉次第だな。解決の糸口がつかめるかもしれん」

渡辺君が言う。
ニーズヘッグが壊滅して高橋グループが危機に陥ってようやく、エゴイストが動き出した。
絶好の機会だ。
どう動くか拝見しようじゃないか。
そのくらいの気構えでいい。

「冬夜がこうも自信ありげに言ってるんだ。俺は冬夜を信頼していいと思うが皆どう思う?」

渡辺君がそういうと皆が頷いた。

「じゃ、今日の交渉は冬夜に任せるで決まりだな」

渡辺君が言う。

「冬夜君大丈夫?」

愛莉が不安気に聞いてくる。

「大丈夫だよ。相手も馬鹿じゃないよ。交渉と言ってるうちは何もして来やしないさ」

愛莉の頭を撫でる。

「おっと、そろそろ時間だ。じゃあ、皆今日終わったら青い鳥に集合な」

渡辺君が言うと皆席を立つ。

「僕達も行こうか愛莉」
「うん」

愛莉の手を取って教室に向かう。
一つだけ不安材料があることは愛莉たちには黙っていた。
交渉というからには相手も何か要求してくるのだろう。
その要求が分からないでいた。

(2)

青い鳥。

夕方ごろに黒いう巣でのパーカーを着た男二人と白いパーカーを着た少年がやってきた。

「僕はウォーロック。そう言えば用件は分かってるよね」

酒井君にウォーロックと名乗った少年が言うと僕達の席に案内した。
交渉に応じたのは僕と誠と渡辺君。
愛莉たちは他の席で様子を伺ってる。

「今日は随分と大所帯なんだね」

ウォーロックが言う。
やはり身バレはしてるらしい。

「ここは僕たちのたまり場だからね」

僕が応じた。

「君が片桐冬夜君だね?会うのは二度目かな?」
「そうだね?」
「じゃあさっそく交渉と行こうか?」
「いいよ、でもその前に注文くらいしたら?」
「じゃあ、アイスコーヒーもらおうかな?」

酒井君が厨房に向かったのを見てウォーロックは言い出した。

「じゃあ先にこちから手札を出すよ。高橋憲伸の秘密だったね」
「高橋憲伸は二人いる。そういう事でしょ?」

僕が言うと誠と渡辺君は驚いた。が、ウォーロックは動じない。

「さすがだね、どうして気づいたの?」
「隠者の意味を考えたらすぐにわかるよ」
「なるほど、この手札は意味無いか?」
「分かってて来たんでしょ?」
「そうだね?じゃあ、これはどうかな?」

ウォーロックは茶封筒をだした。

「君たちの個人情報が記載されている。唯一のファイルだ」
「これが全部とは限らないよね?」
「疑り深いんだね?」

ウォーロックは笑っている。

「疑うならそこの彼に僕達のサーバーにハッキングさせればいい」
「ハッキングされて都合の悪い情報をネットワークに置いておく馬鹿はいないと思うけど?」
「君、実は思考が固い?どんなにネットを遮断してもハッキングする手段はいくらでもあるよ?」
「へえ?例えば?」
「君たちもやってみせたじゃない。ニーズヘッグの端末から情報抜き取ったんでしょ?」

誠が反応する。

「どんなに隠蔽してもばれてしまうのが情報だよ」
「逆もまた然りだね。君たちの身元は全てバレてる」
「そうだね」
「立場はフィフティ・フィフティだ。腹を割って話したい。何が目的なの?」
「高橋グループの証拠の削除。代わりに僕達はエゴイストを解散する」

皆がざわつく。だけど僕は首を振った。

「君たちは一度作り直したエゴイストを解散して何の得があるの?そこまでして高橋グループの秘密をまもりたいのはなぜ?」
「君たちはエゴイストの情報は持っていない。そのエゴイストが解散することは願ったりかなったりじゃない?」
「情報が無いから解散した証拠が残らない。また新たに作り直す可能性だってある」

誠がエゴイストに侵入済みなのは伏せておいた。それ、手札を見せろ。

「……君って本当に頭がいいね。それでよく劣等生なんて思えるものだ」
「今は思ってないよ。ただのバスケット選手」

ウォーロックは何かを考え込んでる。まだ何か奥の手があるのか?

「じゃあ、どうしたら交渉に応じてくれるの?」
「今こうやって交渉してるよ?」
「しかし取引には応じてくれない」
「取引したかったら取引材料ちゃんともってこなくちゃ」
「もってきたけど。君は応じてくれなかったじゃないか?」
「取引する価値のない物ばかり並べられてもね?」

今日のウォーロックは余裕がない。
このままいけそうだ。

「そもそも君たちエゴイストは何がしたいの?何が目的?大方見当はついてるけど」

ブラフだった。
が、彼には効いたらしい。

「僕達の目的……?へえ、興味あるね。何だいそれは?」

ウォーロックの言葉に余裕がない。
皆も僕を見ている。

「エゴイストによる高橋グループの台頭とか?」

僕が言うとシーンと静まり返る。
静けさを破ったのはウォーロックの笑い声だった。

「ははは、君やっぱりすごいね!そこまで見てた?」
「当ってた?」
「どうしてわかったの?」
「当たってたんだね?ただの勘だったんだけど」

エゴイストの情報は出さない、高橋グループの情報は流す。少し考えたら誰でも思いつきそうな話だ。

「でも、高橋グループの情報与えちゃっていいの?君たちに何のメリットもないと思うんだけど?」
「……僕達にも事情があってね」

彼の声音が変わった。

「なるほどね……そこまで読まれていたか」

彼は爪を噛み考え込んでいる。
もうひと押し何か欲しい。

「君たちの神を祭り上げていた存在は誰?」

彼がピクリと反応する?

「神に聞いたのかい?」

ただのブラフだった。確信した。やはり神よりもえらい存在がいる。それ多分……。

「隠者の他にいるね?神に近い存在」

それは多分エンペラーではなく……。
彼の表情が明るくなる。

「参ったな。そこまで計算されていたとはね。でも残念そこまでは教えられない」
「否定はしないんだね?」

彼は何も言わない。
この勝負あったみたいだね。
ならばこっちから仕掛けてみよう。

「じゃあ、取引しよう、君たちは一切僕達と関わらない。情報も破棄する。代わりに以降エゴイストの追及はしない。どうだい?」

僕の取引条件にみんな驚いたみたいだ。それ以上にウォーロックの反応が大きかったけど。
はったりに近い。僕達はエゴイストの情報なんて元々ないのだから。

「君から取引を持ち掛けてくるとはね、計算外だったよ……」
「交渉を持ちかけたのは君だよ?」
「時間が欲しい。どのくらい待てる?」
「時間はいくらでも与えるよ?」

その間にエゴイストの追及をすればいい。

「わかった、少し考える。今日はこれで」

そういうと3人は帰っていった。

「君との交渉楽しかったよ。またあるといいね」

去り際にウォーロックはそう言い残して言った。
彼等が去っていくのを見ると皆から追及を受ける。

「何考えてるの!?ここまでエゴイストを追い詰めて諦めろっていうの!?」

亜依さんがそう言う。

「ちょっと片桐君、最後の取引は私たちは納得いかないわよ!?ちゃんと説明して」

恵美さんも言う。

「俺も同じ気分だな。冬夜ちゃんと説明しろ……」

一歩間違えたらフルボッコだな僕。
だけど僕は動じない。
代わりに誠に言う。

「誠、エゴイストのサーバーにアクセスできるか?」
「それはもう済ませてある」
「じゃあ、僕達に関する情報全てを削除してくれ。新しいウィザードとやらも捕らえて削除してくれ」
「それはお安い御用だけど、それって始めから取引する気ないってことか?」
「彼らは時間をくれるらしい。時間が経てば状況は変化する。そうだろ?」
「なるほどな!お前の理屈はわかったぜ!でもなんであんな取引を?」
「僕達の身の潔白は既に証明してみせた。そもそもエゴイストに固執する理由はなかったんだよ」
「でも冬夜君あんなにエゴイストに固執してたじゃない?」
「それはエゴイストが高橋グループの元で活動していたと思っていたから。だけど状況は変わっていた」
「どういう事?」

愛莉が聞く。僕は答えた。

「エゴイストは高橋グループ自体を膿だと持ってる。切り離しを企んでいる。多分権力だけは残したまま」
「エゴイストの独立があいつらの狙いだったわけか」

渡辺君が言う。

「多分エゴイストのトップが高橋グループとつながり合ってその権力を奪い取ろうとしている。だったらエゴイストは自由に泳がせても構わない。そう思った」
「でもそれって結局高橋グループがエゴイストに替わるだけじゃない!?意味無いわ」

恵美さんが言う。

「だから時間のあるうちに高橋グループを叩く。高橋グループを潰してしまえばエゴイストなんて構う必要もないよ。忘れたの?最初の目的」
「エゴイストの悪事を暴露する事じゃなくて?」

恵美さんが言う。

「違うね。ユニティの身の潔白の証明だよ。それさえ証明すれば彼らが何しようが関係ない」
「待ってそれは違うわ。エゴイストの被害者を救うって目的は……あっ!?」

晶さんは気づいたようだ。

「そう、これだけ大々的にユニティの活動内容を報じられて暴露サイトも作ってもうさすがに被害者がいるとは言わせない」

あとは、父さんたちの悲願を達成するだけ。
この馬鹿げた戦いから撤収するときは近い。

「時間を与えた理由は?」

渡辺君が聞く

「こっちに何の不都合もない。その間にエゴイストの情報集めたらいい。待ってる間こっちも取引はしてないんだから」

両方潰せたら得するのはユニティだろ?

「さすが冬夜!そこまで考えていたとはな!お前どんだけ冴えてるんだよ」

誠が言う。

「分かったわ。時間のあるうちにうちの情報を潰しつつ相手の弱みを握ればいいのね?」

恵美さんが言う。

「冬夜のいう事は大体把握した。皆、もう勝利は目前だ!頑張ろう!」

勝負にすらなってないけどね。

「パパさん達の願いはどうするの?」

愛莉が聞いてくる。

「片桐君?こっちの準備は出来てるよ」

憲伸が死なれてからでは遅い。すべて憲伸のせいにして逃げだすだろう。

「誠、どのくらいでエゴイストのウィザードの情報暴露できる」
「1週間もあればできる!罠にはめるだけだしな。罠は準備してあるんだ」
「じゃあ、同時期にフリージアと神の情報を公開しよう」
「ついにその時が来たのね?」

愛莉が聞く

「ああ、敵は手札を使い切ったと見て良い。ここからはスピード勝負。先手必勝だ」
「了解!やっと攻撃に移れるんだな」

誠が言う。
機は熟した。
もう迷う事は無い。勝負所だ

(3)

「うーん、そう来たか……」

私は頭を掻いていた。
良性脳腫瘍、ステージは1。切除すれば治る。ただ手術の部位。高齢者で手術に耐える体力があるか?

「やはり無理でしょうか?」

老人はそう聞いてきた。

「時間と体力の戦いですね。手術するなら早い方が良い。諦めるなら緩和治療に徹しますが?」
「先生は成功させる自信はありますか?」
「私失敗はしないと自負してますから」
「それならば……私の命先生にお預けします」
「……いいんですね?」
「失敗しないと言ったのは先生ですよ。それに……」
「それに?」
「このまま生きていても惨めなだけですから?」
「……看護師さんちょっと席を外してもらえないかしら?」

私は看護師に席を外してもらう。

「あなたハーミットですね?」
「ああ、あなたもユニティの方でしたね。……今更私が隠したところでしょうがない。……私は影武者です」
「影武者?」
「私の本当の名前は高木清吾。戸籍上は死んだことになってます」

私は絶句した。

「では高橋憲伸というのは?」
「私に与えられた役職です。本当の高橋憲伸こそがハーミットです」
「なるほど……」

それで生きていてもしょうがないか……。
合点がいった。
失敗してもいいから手術してくれ。
むしろ死んでくれた方が。本物のハーミットは動きやすい。
そう言う魂胆ね。

「わかりました。近日中に手術しましょう。執刀は私がします」
「わかりました。よろしくお願いします」

老いぼれると生に執着するか名誉に固執するかと聞いていたけど、彼は生に執着した。
そんな患者を放っておくわけには行かない。
これは医師としての使命だ。

「じゃあ、今はゆっくり休んでください」

老人は頭を下げると部屋を出ていった。
私はガムを噛みながらその画像に映った腫瘍を見ていた。

コンコン

誰だろう?

「深雪さん」

啓介のお父さんだった。

「どうしましたか?」
「さっきの患者の件なんだが……君が執刀する気かい」
「他にいるんですか?」
「それが……失敗すると分かっている手術を義理の娘にさせるのは心苦しくてね」
「私。失敗しないので」
「それが、客は失敗を望んでいるんだ」
「……そんなの関係ありません!」
「折角の君の経歴を傷つけるのももったいない。他の先生に任せた方が……」
「今の話聞いて尚更私がしたくなりました。失礼します」
「先生次の患者入れてもいいですか?」

看護師が聞いてきた。

「良いわよ、どうぞ」
「深雪さん!」
「話は以上ですか?私診察があるので」

義父さんは首を振って部屋を出ていった。



その日は夜遅くまでかかった。
家に帰ると啓介が料理をして待っていてくれる。

「心臓の次は脳だって?」
「ええ、手術すれば間違いなく治る。ただ、問題は患者の体力ね」
「大丈夫なのか?」
「患者を生かすのが医者の務めでしょ?わずかな希望でも諦めない」
「深雪は強いな?」
「そうでもないわよ」
「え?」

啓介は食器を洗う手を止めると私の方を振り向く。

「私だってまだまだ女性よ。それなりに旦那に甘えたいときもあるわ」
「深雪?」
「シャワー浴びてくる。今日はゆっくり休みたいわ」

そう言って浴室に入る。
頭からお湯を浴びながら冷静に考える。
人は死んで得する者と生き延びたいものとが常に争っている。
生き延びたいものに救いの手を差し出すのが医師。
それがどんな悪人でも関係ない。
私情を捨てて助けなければ。
私がシャワーを浴びて部屋に戻ると啓介がワインを持ってきていた。

「ゆっくり休むんだろ?」
「ええ」

ワインを口にし、暫しの間仕事の事は忘れる。
そして彼に思いっきり甘える。
そうやって日々を乗り越えてきた。
今度の山は酷く険しい。
でも道が無いわけじゃない。
ならその山に挑んでやろう。
活路というものを見出してやろう。
私にとってハーミットは敵でも味方でもない。ただの救いを求める患者だ。
失敗して喜ぶ奴の事なんか知らない。
私は医師としての道を歩むだけ。

(4)

「いやいや参ったよ」

僕は彼女に電話をしていた。

「しくじったの?」
「そういうわけじゃないさ。なかなか面白い物だったよ」

彼女に説明をする。

「……あなたのミスね」
「そう言われると面目ない」
「……取引はどうするの?」
「それを君と相談したくてね」
「あなたの目的なら受けるべきじゃないの?」
「君の意思を尊重したい」
「まずは相手の戦力を削いでからじゃない?」
「と、いうと?」
「相手が必ず約束を守るとは限らない。ならば手足をもいでから取引する必要ががある」
「ミイラ取りがミイラになるかもしれない」
「交渉は優位的立場にたってからが原則でしょ?」
「確かに」
「そのための新しいウィザードだ」
「善処はするよ」
「当然だ」

電話はそこで終わった。

僕は爪を噛む。

「面白いからいいけどさ……あまりイライラさせないで欲しいよね」

次の電話をする。

「もしもしエンペラー?」
「ウォーロックか?」
「そう、ちょっと頼まれごと良いかな?」

エンペラに作戦の説明をする。

「わかった」

手足をもぐならまずは頭からだ。

「片桐冬夜……」

思い通りに運ばない元凶は彼の存在だ。
ならば彼を排除するしかないのか。
忌々しい片桐家の長男。
調べはついてある、来月はユニバーシアードで地元にはいない。
その間に事を進めるか
やはりこちらから動く時期ではないというのか?
本当にそれでいい?
何か致命的なミスをやっていないか?
そんな不安がよぎる。
状況を整理しよう。

エゴイストを解散するから高橋グループの追跡を止めろという交渉は破綻した。
それは想定の範囲だ。
なぜならば彼らは十分な証拠を握っているのだから。
彼等の目をエゴイストから高橋グループに逸らすことは出来た。
だが、その後の彼等が仕掛けた取引。
エゴイストの追及はしないから彼らに関わるな。
彼等にエゴイストを追いかける理由があるのか?
単純に自分たちの身の安全を確保したいだけじゃないのか?
ならば優位に立っているのは僕達にある。
追い詰められてる様で追い詰めているのは僕達。
もっと追い詰めてやればこっちに優位性のある交渉に出れるかもしれない。
しかしどう追い詰める?
やはり強硬手段に出るしかないのか?
僕はとんでもないものを相手にしてるんじゃないのか?
そんなことはない、ただの大学生だ。
しかし強硬手段が通用しないのは、ニーズヘッグの件で分かってる。
打開策を探さないと。
こんなに苦しい駆け引きは久しぶりだ。
ぞくぞくする。
せいぜいたのしませてくれれよ、片桐冬夜。

(5)

俺はさっそく家に帰って作業を始めていた。
神奈がコーヒーを入れてくれる。

「そんなに根を詰めてやるな」と言ってくれる。

コーヒーを飲みながらのんびりと作業を進める。
冬夜が言っていた作戦を遂行するには時間はあるというが、相手に感づかれたら一瞬で破綻してしまう。
踏み台のPCを経由してウィザードのPCに侵入し踏み台のPCに権限を付与する。
あとは踏み台のPCを利用してエゴイストのサーバーにある俺達に関係するファイルを片っ端から潰していく。
サーバーの場所も特定して恵美さんと冬夜に知らせる。
あとは誠君特製の新型ウィルスを送り付ける。
サーバーにアクセスしたPC全部のハードディスクをフォーマットするという極めてやっかいなファイル。
数年前にネットゲームで発生した「パッチファイルを当てたらハードディスクを破壊された」というあれだ。
その次にウィザードのPC自体に攻撃する。
今頃焦っているだろう?
キーボードを操作しても動かない電源を切ろうにも電源が切れない。
コンセントを引き抜いても恐らく無停電装置をつけてあるはずだ。
片っ端から奴のPCに入ってある違法なファイルをP2Pのネットワークに垂れ流す。
奴自身の個人情報もきっちり添えて。
電話がかかってきた。
きっと恵美さんからだろう。

「ウィザードの住所を突き止めたわ。どうすればいい?」
「警察に通報してやって。多分もうサイバーポリスが動いてると思うけど」
「わかった。今通報してるわ。身柄は押さえなくていいのね」
「ああ、素直に警察に引き渡そう」
「了解。じゃあまた」
「ありがとう」

問題は奴のPCに何が入っていたかだ。
送信される奴のPCのファイルをチェックしていく。
そこにはエゴイストの新体制や資金源等がしっかり記されていた。
俺達の情報もきっちり入ってある。
一つ一つ精査していく。
俺の指が止まった。

「これがポープの正体……?」

妹よりも若い少女が……。

高橋グループの関係者がトップのはず。

冬夜の言った通りだ。
恐れ入った。
冬夜にこの事を連絡する。
これで俺達が完全に優位に立ったはず。
充実感に満たされていた。
俺の仕事はここまでだ。
あとは冬夜に任せた!

(6)

「わかった。ありがとう」

電話を終えると愛莉と一緒に勉強に戻る。

「誠君なんて言ってた?」
「誠は仕事が早いね、早速ウィザードとエゴイストのサーバーを押さえたらしいよ」
「今日言ったのにもう?」
「ああ、誠なりに考えたんだろう。ウォーロックが気づく前にやらないとって」
「なるほどねえ。皆凄いね?」
「愛莉だってすごいじゃないか?」
「え?」
「本を読んだだけで護身術覚えたんだって?」
「えへへ~」

愛莉は照れているようだ。
誠が一気に押さえてくれたおかげでここからは強気にいける。
あとは向こうが交渉に応じるかどうかだけど。

「冬夜君は本当にエゴイストは放置していていいと思ってるの?」

愛莉が聞いてきた。

「だって構う理由もうないでしょ?言ったろ?当初の目的はエゴイストに入ろうとする皆に注意喚起する事だって」
「そうだけど、まだエゴイストに入ってる人いるんでしょ?」
「少なくとも僕達と勘違いして入る人はいないよ。もう」

だってユニティがあるんだから。

「それより、高橋グループをどうにかしないと」
「『フリージア』かあ……」

希望の花、繋いだ絆。

「ちゃんと咲かせないとな」
「うん」

勉強が一段落着くと愛莉がドリンクを持ってくる。

「2人っきりだけど。まだちょっと早いかもしれないけど」

愛莉が言う。

「そうだね」

僕はそう言って愛莉を見て笑う。

「乾杯」

かつん。

「次は冬夜君の番だよ?」
「え?」
「ユニバーシアード。冬夜君頑張ってもらわないと。本当は毎試合応援に行きたいくらいだけど」
「来ればいいじゃないか?」
「え?だってまだ一人で外に出たら危険じゃない?」

愛莉の疑問に答える切札を出す。
昨日渡そうと思っていたけど……。
それは福岡までの切符とチケットと宿泊チケットだった。
スタッフに聞いたら彩(ひかる)達も同じ考えだったらしく快諾してくれた。
アリーナ席だ。

「私冬夜君の側で応援していいの?」
「愛莉が応援してくれるなら失態はおかせないな」

僕がそう言って笑うと愛莉は飛びついてきた。

「わ~い」

本当に嬉しそうに笑う愛莉。
そんな愛莉を抱きしめる。
愛莉さえいればアメリカだって敵じゃない。
そんな気分にさせてくれる夜だった。
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