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paradox
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(1)
「ほら、純。ここにもあったよ!」
俺の彼女の栗林蘭香はやけにはしゃいでいた。
まあ、修学旅行だから当たり前なんだろう。
と、思ったんだけど同じ班の松原冬華はつまらなさそうにしていた。
恋人がいないからとかそういう理由じゃないのは聞いている。
単純にさっきの出来事からだろう。
俺達の担任の桜子は片桐家の血筋の子供の行動をすでに予測していた。
だからチャンポンや皿うどんを食べに行こうと近くにある路面電車の駅に行こうとする冬華を捕まえた。
「絶対やると思った」
「ちょっと隣の駅まで行くだけだって!」
「私は冬華のお母さんも見て来たの!行先くらいバレバレだよ!」
そう言って桜子から説教を受けていて、自由行動の間も桜子の監視があった。
当然冬華は不機嫌だ。
まあ、原爆資料館なんてしょうもないもの見た挙句にいちゃついてるカップルがうじゃうじゃいるこんな場所が楽しいわけがない。
「あなたも彼氏作ればいいでしょ?」
冬華の母親の冬莉にいて美人だから彼氏くらいいくらでも候補がいるんじゃない?
だけど冬華の母親の冬莉にそっくりだった。
「別に結婚するまであと10年はかかるのに急いで彼氏作る必要あるの?」
と、言った具合に全く無関心だった。
それだけじゃない。
月に一回は必ず風呂に入る。
そんな約束を母さんとしていた。
それを小学校に入学してからずっと続けている。
蘭香はすごく綺麗好きらしくてお洒落にも気を配る。
俺の双子の姉の香澄も同じだ。
ただし片桐家の親族だから当たり前の様によく食べる。
俺達が6年生になってすぐの事だった。
「やばっ」
「どうしたの?冬華」
「いやさ……」
その日は身体測定の日だった。
だから着替えるのだけど冬華は風呂に入ってない上に下着すら着替えていない。
だから悩んでいた。
しかし冬華は自ら結論をだした。
「どうせ男子が見るわけでもないしいいか」
その日桜子は恵美さんに連絡していた。
「女の子なんだからせめてお風呂に入るとか着替えるとかさせてやってくれませんか?」
その問題はすぐに愛莉にも伝わる。
そして愛莉は冬莉に伝える。
「あなたといい茜といいどうしてそうなのですか!」
「多分恋でもしたら変わるんじゃない?」
「あなたが志希と付き合いを始めて変わった点は一つもありませんでした!」
「そう言う事を志希の前で言わないで!」
冬莉でも旦那にそんな黒歴史を知られたくないらしい。
なのに冬華に注意しないのが不思議だった。
その理由はすぐにわかった。
「私だって志希とデートする前とかはちゃんと入ってた!」
クラス一緒だったと聞いていたけどそれでいいのだろうか?
ちなみにライブツアー中はマネージャーがしっかり監視しているそうだ。
説得が難しくて恵美さんに相談しているそうだけど。
「どうせステージの上に立っていたら少々臭くても大丈夫でしょ?」
志希と一緒にいるという問題は結婚した時から忘れたらしい。
「ありのままの私を愛してくれるんでしょ?」
志希は反論を許されなかった。
恵美は同じ悩みを持つ晶と3人で相談しているらしい。
父親から一言注意して欲しい。
そんな意見は最初からなかった。
「だったらパパと一緒に入る」
誠や瑛大じゃないから年頃の娘にそんな事を言われても狼狽えるだけの父親。
そんな事を考えながら自由行動を終えて、食事をして風呂に入っていた。
風呂から出るとジュースくらい買っておくかと歩いていると蘭香が友達なのだろうか?数人の女子と話をしていた。
雰囲気からして友達ではなさそうだ。
なんとなく近づきにくかったので遠くで話を聞いていた。
どうやら俺の事らしい。
「蘭香もよかったね。純と付き合えるようになって」
「うん」
「これで将来安泰じゃない」
「え?」
蘭香を囲んでいる女子が言い出した。
俺の父さんは南署の署長だ。
言い方を変えるとただの署長。
だけでどそれ以上の権力を持っている。
次期本部長の椅子は確実に父さんの物だろう。
父さんが望めば警察庁長官にもなれるだろう。
それほどまでに強いSHの支援を受けている。
その理由は父さんも俺も片桐家の家系に名を連ねる人間だから。
地元の知事も渡辺班のブレインの片桐冬夜の意のままになる。
片桐家に逆らえば悲惨な結末しか待っていない。
そんな片桐家の俺を彼氏に出来たのだから将来安泰だろうと言っていた。
だけど蘭香がそんな打算で仕掛けて来たとは思えなかった。
修学旅行が始まる前に突然教室に呼び出されて告白を受けた時の蘭香を見ればそんなの俺でも分かる。
「そ、そんなつもりで告白したわけじゃない」
蘭香が反論していた。
「他に理由があるとでも言いたいの?」
「純を馬鹿にしないで!」
蘭香が大声を出していた。
珍しいな。
蘭香は目に涙を浮かべながら理由を話した。
どんなことも俺は率先してやっていた。
誰もやりたがらない事をやっていた。
ゴミ箱をゴミ捨て場に持っていくことすら面倒だと誰も行かなかったら俺が「そうやって帰る時間が遅れただけで死ぬ奴だっているんだぞ?」と言って俺が運んでいた。
飼育係の時にウサギを見る目の優しいまなざし。
消しゴムが残りわずかなのを忘れていた時に俺が自分の消しゴムを真っ二つにして蘭香に渡してた。
給食で嫌いなものが出て困っていた時に「いらないなら俺にくれよ。どうも足りないんだよな」と言って食べてくれた。
「大丈夫なの?」
「俺の家では食べ物を粗末にするやつは死ねって言われてるんだ」
「ごめん……」
「俺の家での話だ。他の家にはもっと違う意見があるんだろ?」
その証拠に大地は生きてる。
俺の良い所なんていくらでもある。
そんな俺の事を知らずに俺の事を悪く言うのは止めて。
片桐家の人間の影響力が大きいのは単にじいじの力だけじゃない。
空も結も皆自分から進んで最前線に立つ勇気を持っている。
そんな片桐家の人間性に惹かれた周りの人間を引っ張っているだけ。
「ほら、やっぱり結局は片桐家の力目当てじゃない」
「それが何かいけない事なのか?」
俺は無意識に話に割って入っていた。
「え?遠坂君?」
「純!?」
蘭香も驚いたみたいだ。
「話は聞いてた。仮に蘭香がお前らの言う通りだったとしても俺は蘭香を選ぶよ」
父さん達も言ってた。
尊重してやるべきなのは相手の気持ち。
例え自分に他に好きな女子がいたとしてもちゃんと誠実に答えてやれ。
小学生で彼女なんていてもしょうがないと思うかもしれないけど先行買いという言葉がある。
俺がまだ子供だと思っていた子が突然大人に変わるんだ。
「父さんも梨々香を見て驚いた。女子の成長の過程はすごいぞ!」
「そうか、純也には分かるか。その楽しみが」
「お前が加わるとろくなことにならないからこっちにこい!」
瑛大が亜依にそう言て耳を引っ張られて連れられていた。
母さんも同じような事を言っていた。
「女の子はね、恋をするとドンドン綺麗になっていくんだよ」
父さんは母さんの片桐家を凌駕する食欲に驚いたと言っていたな。
「だからどんな理由であれ蘭香が俺が好きになったというのは間違いないと思ってる。今はその気持ちを尊重する」
だからお前らも俺が大人しくしてる間にさっさと部屋に戻った方がいいぞ。
その意図を理解してくれなかった。
「じゃあ、私も純が好きだから付き合ってよ」
「私でもいいんでしょ!?」
自分で散々ろくでもない事を言って自爆しているのに気づかないのだろうか?
「散々他人の事をとやかく言っていたお前らと蘭香を比べろというのか?」
そんなのするだけ無駄だろ?
「まだわからないんなら、私達が聞いてやってもいいわよ?」
「私達だって片桐家の家系なんだから」
香澄と冬華が現れた。
「あんた達に彼氏ができない理由を教えてあげる」
香澄がそう言った。
こいつらに彼氏ができない理由。
それは、そうやって片桐家という名前に釣られるちょろい女だから。
ブランド物のバッグに群がるおばさん達並みにみっともない。
自分の目でしっかり確かめて選ぶという事をまず覚えた方がいい。
「と、言うわけだから。蘭香がなかなか戻ってこないからさ、急がないと桜子絶対私達の部屋に踏み込んでくるから」
何か文句があるなら俺が聞いてくれるからそうしろと香澄が言うと、3人は部屋に戻って行った。
「……らしいけど何か言いたい事あるなら聞くよ?」
ただしさっき言った通りお前らの醜態は見てしまったから告白なんてされてもお断りだ。
そう言うと女子達も戻って行った。
俺も部屋に戻ると同室の友達に「遅かったな。何してた?」と聞かれた。
事情を話すと「やっぱ俺達で恋人を得るって難しいんだな」と言っていた。
「お前らも多分他人事じゃないぞ」
「なんでだよ」
不思議そうにしている友達に答えた。
どんな形であれ舞台に上がってしまった。
何らかの形で巻き込まれるだろう。
そのうちいい相手が見つかるだろう。
(2)
「えーと……君がアサキ君?」
ライブを終えていつも通り帰ろうとすると少し大人っぽい女子が待っていた。
多分化粧をしているせいだろう?
ところどころ破けたジーンズのパンツに黒いTシャツ。
シルバーのアクセサリなんかも身に着けていた。
……結構美人だな。
「亜咲、知り合い?」
樹理が聞いてきた。
「いや、初めて見る。お前誰?」
「そうだね……アサキ君のファン1号って事にしておくね」
そう言って女子はくすっと笑った。
「まじめに答えて!あなた誰!?」
樹理が少し機嫌が悪いらしい。
また俺が適当な女子に手を出したと思っているんだろう。
明日母さんいないから朝飯抜きかもしれないな。
すると女子は樹理を見ていった。
「ファンってのは真面目に言ったつもり。ボーカルのジュリさんでしょ?初めまして、向山里紗といいます」
そう言って軽く礼をする。
「で、向山さんが何の用?」
「少しだけアサキ君を借りてもいいかな?」
「理由は聞かせてくれるの?」
「ファンだから話がしたいじゃだめだよね?……この先は同じ女子なら察して欲しいんだけど」
「言っておくけど亜咲は高校生だよ?」
「知ってる。さっき恵美さんから聞いた。私も高校生だから心配しないで」
向山さんがそう言うと樹理は俺の顔を見て少し考えている。
「……分かってるだろうけど面倒事は避けてね」
「わ、分かってるって」
SHのグルチャで問題にされたら俺の命がいくつあっても足りない。
そう言うと樹理達は帰って行った。
「じゃ、行こうか?」
そう言って向山さんが俺の腕を掴む。
同い年の割には意外と柔らかいな。
「どこに行くんだよ?」
「こんなところで告白されたいの?」
「あ、ああ。そう言う話か」
「冗談だけど」
「……そもそも用件って何だよ?」
少しむっとしていた。
それでも向山さんは気にも止めてなかった。
「ちょっと聞きたいことあってさ。いい店知ってるから」
まさか俺を風俗に誘うなんて馬鹿な事はしないだろう。
だけどいきなり俺を同伴に仕立てて誘い込む気も。
「私の知り合いがマスターやっていてね。いい感じのバーなんだ」
「バーってお前……」
「まさか飲めないとかいう真面目な性格だった?」
それは無い。
SHでは最近中学生だろうと容赦なく飲むらしい。
それで母親は頭を抱えている……方はまだいい。
問題は「もう子供と酒を飲める日が来るとはな」と喜んでいる母親や父親の存在だった。
その母親たちの親が注意しても隠れて飲む。
だから一番頭を抱えているのは祖父母だと言っていた。
「小学生が殺人しても許されるのに中学生が飲酒くらいいいだろ!」
「そもそも小学生が人を殺すことがダメだって天音は分からないのですか!?」
「だったらまず結を止めろよ!」
「……うぅ」
そんな天音と愛莉さんのやりとりを見ていた結が言った。
「俺は大丈夫」
「え?」
「だって俺に殺された人間なんて存在しないんだから」
結は自分が始末した人間を完全に消し去るらしい。
しかも人間だけじゃなくその被害者を知っている人間の脳内から記憶を完全に削除する。
だから結がやってる事を嗅ぎつける奴もいないし、絶対に痕跡を残していない。
そもそもその人間の事を知ってる奴がいないんだから問題ないと結は言う。
「お前やっぱすごいな……」
茉莉が驚いていた。
さすがに天音も何も言えなかった。
悩むのは愛莉さんと瞳子だけ。
どうせまともな方法で入国してきたやつらじゃないから戸籍を消すなんて面倒な事もしないでいい。
大変なのは愛莉さんと瞳子だけ。
「お前の孫は大変だな」
神奈さんが言うと愛莉さんが返した。
「他人事みたいに言ってるけど将来茉菜の夫になる子だよ?」
「あ、そうだったな……。まあ、性犯罪は起こしそうにないからいいよ」
この世界では性犯罪の方が殺人より重いらしい。
こいつは死んでもいいやつだから。
そう言ってSHの敵を片っ端から始末している結。
結の作業を止められるのは空でも不可能らしい。
「やりすぎるなよ」
結の祖父の冬夜さんでさえそう言っただけだそうだ。
そんなわけで向山さんの知っている店に行った。
向山さんが飲み物を注文すると俺も頼んだ。
それを一口飲むと向山さんが聞いてきた。
「どうしてベースを選んだの?」
「かっこいいじゃん」
「普通はギターの方がカッコいいと思わない?」
「そんなのただのミーハーだろ?」
始めたところでコードを抑える事が出来ずに挫折するだけだ。
実際にギターの方が覚えるコードが多いし目立つのはギター。
だけどリズムやコードにメロディを理解していないと演奏自体が空中分解してしまう。
ベースがしっかりしていれば本来リードするはずのドラムが逆にベースに合せるようになる。
目立たないけどカッコいいって渋くていいじゃん。
「へえ、案外考えていたんだね。でも思考回路はギター向きだね」
向山さんはそう言って笑っていた。
「そういや、ユウトだっけ?あの子のギターもカッコいいよね。あの子も中学から始めた口?」
「ああ、楽器選んでるのを樹理が見つけたんだ」
「あの子きっとすごい真面目でしょ?」
「まあな。なんでバンドなんて始めたのか不思議なくらいだ」
「やっぱりみてて思ったんだよね」
悠翔の演奏は基礎がしっかりできている上に父さんや志希がテクニックをレクチャーしたから腕はいい。
なんだ。やっぱり悠翔の方が気に入ってるのか?
そうではなかった。
「ユウト君に足りないものがあるとすれば……遊び心かな」
ただ演奏しているだけで楽しんでる雰囲気が全くない。
それは演奏にも出ている。
しっかり基礎を抑えているけど弾けてないから面白みに欠ける。
多分それでもバンドが成り立っているのはそう言う部分を俺が補っているから。
ギターのソロパートの時に客を煽ったりしているのは俺。
樹理も悠翔にアドバイスしていたけど性格上難しいらしい。
だからその分俺が盛り上げてる。
わずかな時間しかないベースのソロの時間で数少ないテクニックを使って客を引き付けている。
だからテクの優劣はともかくバンドの中では俺の方が優れている。
聞いていると俺の事をべた褒めしていた。
「そんなに俺達のライブに来てたのか?」
「多分滅多にないと思うよ」
初めて聞いたライブでここまで自己主張してくるベースなんて初めてだったから惹かれたらしい。
そんな風にべた褒めされて気分を良くした俺達は少し飲みすぎた。
時間も遅くなった。
スマホを見ると樹理からメッセージが何件も届いている。
やばいな……。
「この時間だとバスもないよね」
「とりあえず向山さんを送るよ。家どこ?」
「私は大丈夫。家この近くだから」
通っている高校の側に住んでいるそうだ。
って何処の高校通っているんだろ?
「向山さんどこの学校に通ってるの?」
「藤明。言っとくけどただの普通科だからね」
金さえ払えば誰でも受かるコースだと言っていた。
それでも何も知らない人が聞いたら「凄いなぁ」と必ずいう地元の名門校。
「親金持ちなの?」
「とりあえずさ、その状態で帰ったらあのジュリって子に怒られるんじゃないの?」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ、うち泊まりなよ。一人暮らしだし」
「は?」
さすがにまずいと思ったけど、どっちを選択しても樹理は怒るだろう。
こういう軽い子なら別にあとくされ残すことは無いだろう。
「じゃあ、そうする」
「んじゃ連絡しときなよ。バスが無いからカラオケで過ごすって」
言われた通りに樹理にメッセージを送って向山さんの家に行った。
「先にシャワー浴びるね」
そう言って向山さんがシャワーを浴びてる間部屋を見ていた。
服とかは綺麗に整頓していたけどCDやら楽譜がたくさん散らばっていた。
当たり前の様にシングルベッド。
ギターとベース両方揃っていた。
どっちの方が好きなんだろう?
「おまたせ~」
そう言って向山さんが部屋に戻ってくる。
当たり前だがTシャツとジャージを着ていた。
「とりあえずアサキ君もシャワー浴びなよ」
「ありがとう」
そう言って今夜何事もなく過ごせるかどうか考えながらシャワーを浴びて部屋に戻ると、向山さんはベッドで寝ていた。
さすがに俺だって学習する。
ここで手を出せばやばいことくらいわかる。
適当に床に転がって寝ていた。
(3)
朝になって目を覚ますとヘッドフォンで音楽を聴きながらタブ譜に何か書き込んでいた。
「何してんの?」
肩を叩いて声をかけるとこっちを振り向いてヘッドフォンを外していた。
「あ、おはよう。何か食べる」
「帰りになんか食って帰るからいいよ」
「あら?私こう見えても料理得意なんだけど」
「一晩止めてもらった上にそこまでしてもらうほど図々しくないよ」
「意外に真面目なんだね。本当に遊び人だったの?」
「今度やらかしたら文字通り殺されるんだ」
「ふーん。あ、それでさ……昨日演奏してたこの曲なんだけど……」
そう言って向山さんは俺にタブ譜を見せた。
誰にもらったのか知らないけど、いつものタブ譜に向山さんが何か書き足したようだ。
「こんな感じでツインギターにするともう少しバンドのバランスがとれると思うんだけど」
向山さんがそう言うけど俺には分からなかった。
だってタブ譜なんて意味わからないから毎回適当にやってる。
そう説明すると向山さんは呆れていた。
「大した天才ね」
「で、どんな風になるの?」
「そうだなぁ……じゃあ、これ流すから聞いてて」
そういって向山さんは部屋にあったギターを手に取る。
「向山さんギター弾けるの?」
「リサでいいよ。タメだし。まあ、ちょっとかじった程度だけどね。……行くよ」
そう言ってリサが引き始めると驚いた。
どこがかじった程度なんだ。
悠翔とそんなに変わらないレベルだぞ。
確かに悠翔にかけてる部分を上手く補っていた。
悠翔は低音の音域を好むがそれならベースだけでもいい。
だからその分欠けてる高音の域をリサの演奏が補っていた。
演奏が終わるとリサがにこりと笑って「どう?」と聞いていた。
「ぜんぜんすげーじゃねーか」
「ありがとう」
確かにリサの演奏が加わった方が全体的にバランスがとれる。
すると突然リサが妙な事を言いだした。
「私合格かな?」
「……それはさすがに俺一人の判断では」
「それは分かってる。でもまずアサキ君に聞きたかったから」
「そのアサキ”君”ってのをやめてくれるなら合格にしてやるよ」
「サンキュー。よろしくね」
「よろしくねって。俺一人で判断できないって……」
そう言う俺を無視してリサはスマホで誰かに連絡をしている。
それが終わるとリサは俺に向かって謝っていた。
「ごめんね。これが社長との条件だったんだ」
「は?」
意味が分からないところでいるところに専務の天音から電話が来た。
「よお、リサとはいい夜過ごせたか」
はい、なんて言ったら俺の命を奪うつもりだろ。
「命かけてもいい!リサには手出ししてません!」
「はあ?一晩時間をくれてやったのにお前は玉無しか!」
どっちにしても俺は怒られる運命だったようだ。
そして天音が種明かしを始めた。
俺達のライブを見て感じた事はリサが話した通り。
リサの腕前も大地と天音がしっかり確認していた。
しかしただ入れるんじゃ面白くないと天音が言いだしたそうだ。
で、考えたのはまず新メンバーを入れる事に一番難癖付けそうな俺を説得出来たら許す。
ただし体を売るとかふざけた真似したらこの話は無し。
で、リサはあの晩俺達の前に現れた。
……って待てよ。
「って事は……」
「ああ、麻里達も知ってるから気にするな」
朝一で寝るのもいいんじゃないのか?
危うく罠にはまる所だった。
「で、亜咲の目から見てどうだったんだ?」
悠翔がグルチャで聞いてきた。
「悠翔、うかうかしてると役目奪われるぞ?」
「そんなにすごいのか?」
「今度聞いてみたらいい。お前に足りない部分を持ってる」
「ま、亜咲がそう言うなら私は別に反論しないけど」
早く一緒に演ってみたいね。
樹理がそう言っていた。
「……じゃ、俺帰るわ」
思いっきり罠にはめられた失望感で重い体で立ち上がるとリサが止めた。
「まだ用が済んでない」
「悪いけど今の気分でリサを抱けないよ」
「意外とまじめだね」
「で、何の用だ」
「私、SHに入れるかな?」
別に条件は特に聞いてないけど。
しかしリサはそうは考えてなかった。
「アサキの彼女にしてもらえたら入れると思ったんだけど?」
「まじで言ってんの?」
「昨夜のシチュエーションだったら絶対襲ってくると思ってたんだよね」
天音達から聞いていたらしい。
だけど俺は手を出さなかった。
それでも俺は怒られたけど。
「最初に言ったよね?クイーン・アイズの中で一番かっこよかったのはアサキだって」
「でもリサは告白は冗談だと言ってただろ?」
「意外と子供なんだね」
女の子はいくつもの顔を使い分ける。
翻弄されないように気をつけないと主導権を奪われっぱなしだよ。
SHの男子は大体そんな感じだけどな。
「分かったよ……んじゃ、連絡先くらい交換しとくか?」
「そうだね」
そう言ってリサと連絡先を好感してSHに招待する。
その時にリサがさっとキスをしていた。
「覚悟しててね」
そう言ってリサはにこりと笑う。
どういう意味だ?
「これ渡しておくから」
そう言って俺に合い鍵を渡す。
「週末くらい構ってよ」
「分かったよ」
そう言って家に帰ると樹理が根掘り葉掘り聞いてきた。
「だから何もしてねーって!」
「だから不思議なんだよ。どうして里紗に限って手を出さなかったの?」
「次何かやらかしたら殺すって言ったの天音だぞ」
「じゃ、許可が出たから手を出すんだな?」
将弥はそう言って笑っていた。
主導権本当に握られっぱなしだな。
しかしこんな結末で済むはずがない。
この話にはもう少し理由があった。
「ほら、純。ここにもあったよ!」
俺の彼女の栗林蘭香はやけにはしゃいでいた。
まあ、修学旅行だから当たり前なんだろう。
と、思ったんだけど同じ班の松原冬華はつまらなさそうにしていた。
恋人がいないからとかそういう理由じゃないのは聞いている。
単純にさっきの出来事からだろう。
俺達の担任の桜子は片桐家の血筋の子供の行動をすでに予測していた。
だからチャンポンや皿うどんを食べに行こうと近くにある路面電車の駅に行こうとする冬華を捕まえた。
「絶対やると思った」
「ちょっと隣の駅まで行くだけだって!」
「私は冬華のお母さんも見て来たの!行先くらいバレバレだよ!」
そう言って桜子から説教を受けていて、自由行動の間も桜子の監視があった。
当然冬華は不機嫌だ。
まあ、原爆資料館なんてしょうもないもの見た挙句にいちゃついてるカップルがうじゃうじゃいるこんな場所が楽しいわけがない。
「あなたも彼氏作ればいいでしょ?」
冬華の母親の冬莉にいて美人だから彼氏くらいいくらでも候補がいるんじゃない?
だけど冬華の母親の冬莉にそっくりだった。
「別に結婚するまであと10年はかかるのに急いで彼氏作る必要あるの?」
と、言った具合に全く無関心だった。
それだけじゃない。
月に一回は必ず風呂に入る。
そんな約束を母さんとしていた。
それを小学校に入学してからずっと続けている。
蘭香はすごく綺麗好きらしくてお洒落にも気を配る。
俺の双子の姉の香澄も同じだ。
ただし片桐家の親族だから当たり前の様によく食べる。
俺達が6年生になってすぐの事だった。
「やばっ」
「どうしたの?冬華」
「いやさ……」
その日は身体測定の日だった。
だから着替えるのだけど冬華は風呂に入ってない上に下着すら着替えていない。
だから悩んでいた。
しかし冬華は自ら結論をだした。
「どうせ男子が見るわけでもないしいいか」
その日桜子は恵美さんに連絡していた。
「女の子なんだからせめてお風呂に入るとか着替えるとかさせてやってくれませんか?」
その問題はすぐに愛莉にも伝わる。
そして愛莉は冬莉に伝える。
「あなたといい茜といいどうしてそうなのですか!」
「多分恋でもしたら変わるんじゃない?」
「あなたが志希と付き合いを始めて変わった点は一つもありませんでした!」
「そう言う事を志希の前で言わないで!」
冬莉でも旦那にそんな黒歴史を知られたくないらしい。
なのに冬華に注意しないのが不思議だった。
その理由はすぐにわかった。
「私だって志希とデートする前とかはちゃんと入ってた!」
クラス一緒だったと聞いていたけどそれでいいのだろうか?
ちなみにライブツアー中はマネージャーがしっかり監視しているそうだ。
説得が難しくて恵美さんに相談しているそうだけど。
「どうせステージの上に立っていたら少々臭くても大丈夫でしょ?」
志希と一緒にいるという問題は結婚した時から忘れたらしい。
「ありのままの私を愛してくれるんでしょ?」
志希は反論を許されなかった。
恵美は同じ悩みを持つ晶と3人で相談しているらしい。
父親から一言注意して欲しい。
そんな意見は最初からなかった。
「だったらパパと一緒に入る」
誠や瑛大じゃないから年頃の娘にそんな事を言われても狼狽えるだけの父親。
そんな事を考えながら自由行動を終えて、食事をして風呂に入っていた。
風呂から出るとジュースくらい買っておくかと歩いていると蘭香が友達なのだろうか?数人の女子と話をしていた。
雰囲気からして友達ではなさそうだ。
なんとなく近づきにくかったので遠くで話を聞いていた。
どうやら俺の事らしい。
「蘭香もよかったね。純と付き合えるようになって」
「うん」
「これで将来安泰じゃない」
「え?」
蘭香を囲んでいる女子が言い出した。
俺の父さんは南署の署長だ。
言い方を変えるとただの署長。
だけでどそれ以上の権力を持っている。
次期本部長の椅子は確実に父さんの物だろう。
父さんが望めば警察庁長官にもなれるだろう。
それほどまでに強いSHの支援を受けている。
その理由は父さんも俺も片桐家の家系に名を連ねる人間だから。
地元の知事も渡辺班のブレインの片桐冬夜の意のままになる。
片桐家に逆らえば悲惨な結末しか待っていない。
そんな片桐家の俺を彼氏に出来たのだから将来安泰だろうと言っていた。
だけど蘭香がそんな打算で仕掛けて来たとは思えなかった。
修学旅行が始まる前に突然教室に呼び出されて告白を受けた時の蘭香を見ればそんなの俺でも分かる。
「そ、そんなつもりで告白したわけじゃない」
蘭香が反論していた。
「他に理由があるとでも言いたいの?」
「純を馬鹿にしないで!」
蘭香が大声を出していた。
珍しいな。
蘭香は目に涙を浮かべながら理由を話した。
どんなことも俺は率先してやっていた。
誰もやりたがらない事をやっていた。
ゴミ箱をゴミ捨て場に持っていくことすら面倒だと誰も行かなかったら俺が「そうやって帰る時間が遅れただけで死ぬ奴だっているんだぞ?」と言って俺が運んでいた。
飼育係の時にウサギを見る目の優しいまなざし。
消しゴムが残りわずかなのを忘れていた時に俺が自分の消しゴムを真っ二つにして蘭香に渡してた。
給食で嫌いなものが出て困っていた時に「いらないなら俺にくれよ。どうも足りないんだよな」と言って食べてくれた。
「大丈夫なの?」
「俺の家では食べ物を粗末にするやつは死ねって言われてるんだ」
「ごめん……」
「俺の家での話だ。他の家にはもっと違う意見があるんだろ?」
その証拠に大地は生きてる。
俺の良い所なんていくらでもある。
そんな俺の事を知らずに俺の事を悪く言うのは止めて。
片桐家の人間の影響力が大きいのは単にじいじの力だけじゃない。
空も結も皆自分から進んで最前線に立つ勇気を持っている。
そんな片桐家の人間性に惹かれた周りの人間を引っ張っているだけ。
「ほら、やっぱり結局は片桐家の力目当てじゃない」
「それが何かいけない事なのか?」
俺は無意識に話に割って入っていた。
「え?遠坂君?」
「純!?」
蘭香も驚いたみたいだ。
「話は聞いてた。仮に蘭香がお前らの言う通りだったとしても俺は蘭香を選ぶよ」
父さん達も言ってた。
尊重してやるべきなのは相手の気持ち。
例え自分に他に好きな女子がいたとしてもちゃんと誠実に答えてやれ。
小学生で彼女なんていてもしょうがないと思うかもしれないけど先行買いという言葉がある。
俺がまだ子供だと思っていた子が突然大人に変わるんだ。
「父さんも梨々香を見て驚いた。女子の成長の過程はすごいぞ!」
「そうか、純也には分かるか。その楽しみが」
「お前が加わるとろくなことにならないからこっちにこい!」
瑛大が亜依にそう言て耳を引っ張られて連れられていた。
母さんも同じような事を言っていた。
「女の子はね、恋をするとドンドン綺麗になっていくんだよ」
父さんは母さんの片桐家を凌駕する食欲に驚いたと言っていたな。
「だからどんな理由であれ蘭香が俺が好きになったというのは間違いないと思ってる。今はその気持ちを尊重する」
だからお前らも俺が大人しくしてる間にさっさと部屋に戻った方がいいぞ。
その意図を理解してくれなかった。
「じゃあ、私も純が好きだから付き合ってよ」
「私でもいいんでしょ!?」
自分で散々ろくでもない事を言って自爆しているのに気づかないのだろうか?
「散々他人の事をとやかく言っていたお前らと蘭香を比べろというのか?」
そんなのするだけ無駄だろ?
「まだわからないんなら、私達が聞いてやってもいいわよ?」
「私達だって片桐家の家系なんだから」
香澄と冬華が現れた。
「あんた達に彼氏ができない理由を教えてあげる」
香澄がそう言った。
こいつらに彼氏ができない理由。
それは、そうやって片桐家という名前に釣られるちょろい女だから。
ブランド物のバッグに群がるおばさん達並みにみっともない。
自分の目でしっかり確かめて選ぶという事をまず覚えた方がいい。
「と、言うわけだから。蘭香がなかなか戻ってこないからさ、急がないと桜子絶対私達の部屋に踏み込んでくるから」
何か文句があるなら俺が聞いてくれるからそうしろと香澄が言うと、3人は部屋に戻って行った。
「……らしいけど何か言いたい事あるなら聞くよ?」
ただしさっき言った通りお前らの醜態は見てしまったから告白なんてされてもお断りだ。
そう言うと女子達も戻って行った。
俺も部屋に戻ると同室の友達に「遅かったな。何してた?」と聞かれた。
事情を話すと「やっぱ俺達で恋人を得るって難しいんだな」と言っていた。
「お前らも多分他人事じゃないぞ」
「なんでだよ」
不思議そうにしている友達に答えた。
どんな形であれ舞台に上がってしまった。
何らかの形で巻き込まれるだろう。
そのうちいい相手が見つかるだろう。
(2)
「えーと……君がアサキ君?」
ライブを終えていつも通り帰ろうとすると少し大人っぽい女子が待っていた。
多分化粧をしているせいだろう?
ところどころ破けたジーンズのパンツに黒いTシャツ。
シルバーのアクセサリなんかも身に着けていた。
……結構美人だな。
「亜咲、知り合い?」
樹理が聞いてきた。
「いや、初めて見る。お前誰?」
「そうだね……アサキ君のファン1号って事にしておくね」
そう言って女子はくすっと笑った。
「まじめに答えて!あなた誰!?」
樹理が少し機嫌が悪いらしい。
また俺が適当な女子に手を出したと思っているんだろう。
明日母さんいないから朝飯抜きかもしれないな。
すると女子は樹理を見ていった。
「ファンってのは真面目に言ったつもり。ボーカルのジュリさんでしょ?初めまして、向山里紗といいます」
そう言って軽く礼をする。
「で、向山さんが何の用?」
「少しだけアサキ君を借りてもいいかな?」
「理由は聞かせてくれるの?」
「ファンだから話がしたいじゃだめだよね?……この先は同じ女子なら察して欲しいんだけど」
「言っておくけど亜咲は高校生だよ?」
「知ってる。さっき恵美さんから聞いた。私も高校生だから心配しないで」
向山さんがそう言うと樹理は俺の顔を見て少し考えている。
「……分かってるだろうけど面倒事は避けてね」
「わ、分かってるって」
SHのグルチャで問題にされたら俺の命がいくつあっても足りない。
そう言うと樹理達は帰って行った。
「じゃ、行こうか?」
そう言って向山さんが俺の腕を掴む。
同い年の割には意外と柔らかいな。
「どこに行くんだよ?」
「こんなところで告白されたいの?」
「あ、ああ。そう言う話か」
「冗談だけど」
「……そもそも用件って何だよ?」
少しむっとしていた。
それでも向山さんは気にも止めてなかった。
「ちょっと聞きたいことあってさ。いい店知ってるから」
まさか俺を風俗に誘うなんて馬鹿な事はしないだろう。
だけどいきなり俺を同伴に仕立てて誘い込む気も。
「私の知り合いがマスターやっていてね。いい感じのバーなんだ」
「バーってお前……」
「まさか飲めないとかいう真面目な性格だった?」
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SHでは最近中学生だろうと容赦なく飲むらしい。
それで母親は頭を抱えている……方はまだいい。
問題は「もう子供と酒を飲める日が来るとはな」と喜んでいる母親や父親の存在だった。
その母親たちの親が注意しても隠れて飲む。
だから一番頭を抱えているのは祖父母だと言っていた。
「小学生が殺人しても許されるのに中学生が飲酒くらいいいだろ!」
「そもそも小学生が人を殺すことがダメだって天音は分からないのですか!?」
「だったらまず結を止めろよ!」
「……うぅ」
そんな天音と愛莉さんのやりとりを見ていた結が言った。
「俺は大丈夫」
「え?」
「だって俺に殺された人間なんて存在しないんだから」
結は自分が始末した人間を完全に消し去るらしい。
しかも人間だけじゃなくその被害者を知っている人間の脳内から記憶を完全に削除する。
だから結がやってる事を嗅ぎつける奴もいないし、絶対に痕跡を残していない。
そもそもその人間の事を知ってる奴がいないんだから問題ないと結は言う。
「お前やっぱすごいな……」
茉莉が驚いていた。
さすがに天音も何も言えなかった。
悩むのは愛莉さんと瞳子だけ。
どうせまともな方法で入国してきたやつらじゃないから戸籍を消すなんて面倒な事もしないでいい。
大変なのは愛莉さんと瞳子だけ。
「お前の孫は大変だな」
神奈さんが言うと愛莉さんが返した。
「他人事みたいに言ってるけど将来茉菜の夫になる子だよ?」
「あ、そうだったな……。まあ、性犯罪は起こしそうにないからいいよ」
この世界では性犯罪の方が殺人より重いらしい。
こいつは死んでもいいやつだから。
そう言ってSHの敵を片っ端から始末している結。
結の作業を止められるのは空でも不可能らしい。
「やりすぎるなよ」
結の祖父の冬夜さんでさえそう言っただけだそうだ。
そんなわけで向山さんの知っている店に行った。
向山さんが飲み物を注文すると俺も頼んだ。
それを一口飲むと向山さんが聞いてきた。
「どうしてベースを選んだの?」
「かっこいいじゃん」
「普通はギターの方がカッコいいと思わない?」
「そんなのただのミーハーだろ?」
始めたところでコードを抑える事が出来ずに挫折するだけだ。
実際にギターの方が覚えるコードが多いし目立つのはギター。
だけどリズムやコードにメロディを理解していないと演奏自体が空中分解してしまう。
ベースがしっかりしていれば本来リードするはずのドラムが逆にベースに合せるようになる。
目立たないけどカッコいいって渋くていいじゃん。
「へえ、案外考えていたんだね。でも思考回路はギター向きだね」
向山さんはそう言って笑っていた。
「そういや、ユウトだっけ?あの子のギターもカッコいいよね。あの子も中学から始めた口?」
「ああ、楽器選んでるのを樹理が見つけたんだ」
「あの子きっとすごい真面目でしょ?」
「まあな。なんでバンドなんて始めたのか不思議なくらいだ」
「やっぱりみてて思ったんだよね」
悠翔の演奏は基礎がしっかりできている上に父さんや志希がテクニックをレクチャーしたから腕はいい。
なんだ。やっぱり悠翔の方が気に入ってるのか?
そうではなかった。
「ユウト君に足りないものがあるとすれば……遊び心かな」
ただ演奏しているだけで楽しんでる雰囲気が全くない。
それは演奏にも出ている。
しっかり基礎を抑えているけど弾けてないから面白みに欠ける。
多分それでもバンドが成り立っているのはそう言う部分を俺が補っているから。
ギターのソロパートの時に客を煽ったりしているのは俺。
樹理も悠翔にアドバイスしていたけど性格上難しいらしい。
だからその分俺が盛り上げてる。
わずかな時間しかないベースのソロの時間で数少ないテクニックを使って客を引き付けている。
だからテクの優劣はともかくバンドの中では俺の方が優れている。
聞いていると俺の事をべた褒めしていた。
「そんなに俺達のライブに来てたのか?」
「多分滅多にないと思うよ」
初めて聞いたライブでここまで自己主張してくるベースなんて初めてだったから惹かれたらしい。
そんな風にべた褒めされて気分を良くした俺達は少し飲みすぎた。
時間も遅くなった。
スマホを見ると樹理からメッセージが何件も届いている。
やばいな……。
「この時間だとバスもないよね」
「とりあえず向山さんを送るよ。家どこ?」
「私は大丈夫。家この近くだから」
通っている高校の側に住んでいるそうだ。
って何処の高校通っているんだろ?
「向山さんどこの学校に通ってるの?」
「藤明。言っとくけどただの普通科だからね」
金さえ払えば誰でも受かるコースだと言っていた。
それでも何も知らない人が聞いたら「凄いなぁ」と必ずいう地元の名門校。
「親金持ちなの?」
「とりあえずさ、その状態で帰ったらあのジュリって子に怒られるんじゃないの?」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ、うち泊まりなよ。一人暮らしだし」
「は?」
さすがにまずいと思ったけど、どっちを選択しても樹理は怒るだろう。
こういう軽い子なら別にあとくされ残すことは無いだろう。
「じゃあ、そうする」
「んじゃ連絡しときなよ。バスが無いからカラオケで過ごすって」
言われた通りに樹理にメッセージを送って向山さんの家に行った。
「先にシャワー浴びるね」
そう言って向山さんがシャワーを浴びてる間部屋を見ていた。
服とかは綺麗に整頓していたけどCDやら楽譜がたくさん散らばっていた。
当たり前の様にシングルベッド。
ギターとベース両方揃っていた。
どっちの方が好きなんだろう?
「おまたせ~」
そう言って向山さんが部屋に戻ってくる。
当たり前だがTシャツとジャージを着ていた。
「とりあえずアサキ君もシャワー浴びなよ」
「ありがとう」
そう言って今夜何事もなく過ごせるかどうか考えながらシャワーを浴びて部屋に戻ると、向山さんはベッドで寝ていた。
さすがに俺だって学習する。
ここで手を出せばやばいことくらいわかる。
適当に床に転がって寝ていた。
(3)
朝になって目を覚ますとヘッドフォンで音楽を聴きながらタブ譜に何か書き込んでいた。
「何してんの?」
肩を叩いて声をかけるとこっちを振り向いてヘッドフォンを外していた。
「あ、おはよう。何か食べる」
「帰りになんか食って帰るからいいよ」
「あら?私こう見えても料理得意なんだけど」
「一晩止めてもらった上にそこまでしてもらうほど図々しくないよ」
「意外に真面目なんだね。本当に遊び人だったの?」
「今度やらかしたら文字通り殺されるんだ」
「ふーん。あ、それでさ……昨日演奏してたこの曲なんだけど……」
そう言って向山さんは俺にタブ譜を見せた。
誰にもらったのか知らないけど、いつものタブ譜に向山さんが何か書き足したようだ。
「こんな感じでツインギターにするともう少しバンドのバランスがとれると思うんだけど」
向山さんがそう言うけど俺には分からなかった。
だってタブ譜なんて意味わからないから毎回適当にやってる。
そう説明すると向山さんは呆れていた。
「大した天才ね」
「で、どんな風になるの?」
「そうだなぁ……じゃあ、これ流すから聞いてて」
そういって向山さんは部屋にあったギターを手に取る。
「向山さんギター弾けるの?」
「リサでいいよ。タメだし。まあ、ちょっとかじった程度だけどね。……行くよ」
そう言ってリサが引き始めると驚いた。
どこがかじった程度なんだ。
悠翔とそんなに変わらないレベルだぞ。
確かに悠翔にかけてる部分を上手く補っていた。
悠翔は低音の音域を好むがそれならベースだけでもいい。
だからその分欠けてる高音の域をリサの演奏が補っていた。
演奏が終わるとリサがにこりと笑って「どう?」と聞いていた。
「ぜんぜんすげーじゃねーか」
「ありがとう」
確かにリサの演奏が加わった方が全体的にバランスがとれる。
すると突然リサが妙な事を言いだした。
「私合格かな?」
「……それはさすがに俺一人の判断では」
「それは分かってる。でもまずアサキ君に聞きたかったから」
「そのアサキ”君”ってのをやめてくれるなら合格にしてやるよ」
「サンキュー。よろしくね」
「よろしくねって。俺一人で判断できないって……」
そう言う俺を無視してリサはスマホで誰かに連絡をしている。
それが終わるとリサは俺に向かって謝っていた。
「ごめんね。これが社長との条件だったんだ」
「は?」
意味が分からないところでいるところに専務の天音から電話が来た。
「よお、リサとはいい夜過ごせたか」
はい、なんて言ったら俺の命を奪うつもりだろ。
「命かけてもいい!リサには手出ししてません!」
「はあ?一晩時間をくれてやったのにお前は玉無しか!」
どっちにしても俺は怒られる運命だったようだ。
そして天音が種明かしを始めた。
俺達のライブを見て感じた事はリサが話した通り。
リサの腕前も大地と天音がしっかり確認していた。
しかしただ入れるんじゃ面白くないと天音が言いだしたそうだ。
で、考えたのはまず新メンバーを入れる事に一番難癖付けそうな俺を説得出来たら許す。
ただし体を売るとかふざけた真似したらこの話は無し。
で、リサはあの晩俺達の前に現れた。
……って待てよ。
「って事は……」
「ああ、麻里達も知ってるから気にするな」
朝一で寝るのもいいんじゃないのか?
危うく罠にはまる所だった。
「で、亜咲の目から見てどうだったんだ?」
悠翔がグルチャで聞いてきた。
「悠翔、うかうかしてると役目奪われるぞ?」
「そんなにすごいのか?」
「今度聞いてみたらいい。お前に足りない部分を持ってる」
「ま、亜咲がそう言うなら私は別に反論しないけど」
早く一緒に演ってみたいね。
樹理がそう言っていた。
「……じゃ、俺帰るわ」
思いっきり罠にはめられた失望感で重い体で立ち上がるとリサが止めた。
「まだ用が済んでない」
「悪いけど今の気分でリサを抱けないよ」
「意外とまじめだね」
「で、何の用だ」
「私、SHに入れるかな?」
別に条件は特に聞いてないけど。
しかしリサはそうは考えてなかった。
「アサキの彼女にしてもらえたら入れると思ったんだけど?」
「まじで言ってんの?」
「昨夜のシチュエーションだったら絶対襲ってくると思ってたんだよね」
天音達から聞いていたらしい。
だけど俺は手を出さなかった。
それでも俺は怒られたけど。
「最初に言ったよね?クイーン・アイズの中で一番かっこよかったのはアサキだって」
「でもリサは告白は冗談だと言ってただろ?」
「意外と子供なんだね」
女の子はいくつもの顔を使い分ける。
翻弄されないように気をつけないと主導権を奪われっぱなしだよ。
SHの男子は大体そんな感じだけどな。
「分かったよ……んじゃ、連絡先くらい交換しとくか?」
「そうだね」
そう言ってリサと連絡先を好感してSHに招待する。
その時にリサがさっとキスをしていた。
「覚悟しててね」
そう言ってリサはにこりと笑う。
どういう意味だ?
「これ渡しておくから」
そう言って俺に合い鍵を渡す。
「週末くらい構ってよ」
「分かったよ」
そう言って家に帰ると樹理が根掘り葉掘り聞いてきた。
「だから何もしてねーって!」
「だから不思議なんだよ。どうして里紗に限って手を出さなかったの?」
「次何かやらかしたら殺すって言ったの天音だぞ」
「じゃ、許可が出たから手を出すんだな?」
将弥はそう言って笑っていた。
主導権本当に握られっぱなしだな。
しかしこんな結末で済むはずがない。
この話にはもう少し理由があった。
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