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Justice
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(1)
「何すんだてめぇ!」
俺が殴り飛ばした男がそう吠えた。
無視して紗雨に響介達の所に行くように伝える。
「一だけで大丈夫?」
「お前が人質に取られたら面倒だからさっさといけ」
「分かった~」
紗雨が移動している間こいつらを見張って馬鹿な真似が出来ないようにしていた。
紗雨が響介達と合流するとこいつらの相手をしてやることにした。
「何か言い分があるなら聞いてやるぞ?」
「てめぇ、誰に向かって言ってるのか分かってるんだろうな?」
「知ってるよ。FGだって言いたいんだろう?」
「じゃあ、望み通り殺してやる」
「お前らとはくぐった修羅場の数が違うんだよ」
死を覚悟した奴からかかってこい。
「恰好つけてんじゃねーよ!」
そう言って背後から椅子を持ち上げた馬鹿が襲い掛かる。
不意打ちするのにわざわざ叫ぶのを”ど阿呆”って言うんだ。
俺は躱して膝蹴りをみぞおちに入れる。
腹を抑えて屈みこむど阿呆の頭に椅子を叩きつけた。
「武器を持つっていうのは、相手に奪われたらどうなるかくらい分かってるんだろう?」
相手も気づいたらしい。
だからそういう凶行に出る。
全員が俺を囲んで椅子を持つ
それを俺に向けて投げつける。
「一!」
絃が叫んだ時には俺はその場にいなかった。
椅子同士がぶつかり合う中俺は低姿勢で机の間を抜けて、狙いをつけた男の顎を掴み跳躍する。
男の頭が天井にぶつけると着地した。
天井にぶつかった男は意識がなかった。
そんな事はどうでもいい。
「で、次は誰だ?」
順番くらいは希望を叶えてやるぞ?
すると阿保共はパターン通りの行動に出る。
教室を逃げ出して上級生に援軍を求める。
その間何もしない阿保達に一言アドバイス。
「お前らの命を案ずる必要はないが、そういう軽率な行動は止めておいた方が良いぞ」
俺もこれ以上面倒な事態になるのは嫌なんだ。
「今更謝っても遅いぞ?」
勝った気になってる雑魚が吠えている。
「それはこっちのセリフだ」
「なんだと?」
「お前達はどうしていつもそうなんだ?」
犬でも学習するぞ。
勘違いしてないか。
お前らはどうせFGは最大の勢力だと思っているだろ?
勘違いも甚だしい。
お前らは最大の勢力だったとしても俺達にとっては最高の餌だ。
「どういう意味だ?」
その返事のように廊下から叫び声が聞こえて来た。
昼休みという時間が悪すぎた。
援軍を呼ぶという事はそのクラスの連中は気づくという事。
「お前らは私達に昼寝すらさせねーのか?何様のつもりだ?」
桐谷愛菜がそう言っていた。
「心配しなくても仏様にしてあげるよ」
石原海翔が言う。
俺達SHは単体の戦闘力が強すぎる。
小学生が群れてきたところで怖くもなんともない。
逆に暴れる口実が出来たと喜んで嗅ぎつける。
「まあ、1ヶ月も小学校生活過ごせたら十分だろ?先輩の私が教えてやる。退屈なだけだ」
「だからせめて私達の暇つぶしにくらいはなってくれ。その代わりに旅券をくれてやる」
地獄への片道切符だ。
優奈が告げるとSHは暴れ出す。
一人も逃すつもりはない。
下級生だろうがなんだろうが知った事か。
SHに喧嘩を売ったという事はそういう事だ。
FGについてはちゃんと許可を天音達からもらっている。
だから安心して死ね。
数は奴らの方が上だが徐々にその差を覆していく。
集団戦闘になったらSHに勝てるグループなんて絶対にいない。
しかし奴らを全滅する前に教師が駆けつけて来た。
「桐谷さんは年下相手に何をやってるの!?」
「待て、瞳美。私は女の子だぞ」
だから手加減する必要はない。
優奈はそう主張していた。
しかし俺達は残らず職員室に連行される。
「……もういい加減にしてくれないかな?」
桜子がそう言ってうんざりしていた。
瞳美もややうんざりしていた。
そして職員にとって一番厄介な母親が揃っていた。
「いやあ、意外と優奈達強いんだな」
「天音に負けてられないからな」
「……もっと違う事で勝負してくれないかな」
水奈と天音が言うと瞳美がそう言っていた。
かつてこの小学校で大暴れした二人の娘も順調に親の行動を真似ている。
どれだけ被害者の親が怒鳴ったところで「女の子にやられたから親に泣きつくなんて情けなさ過ぎて涙が出るぞ」と突っぱねる。
「だからゴキブリって言われるんだよ!水奈。殺虫剤持ってきたか?」
「ああ、言われたから持ってきた。でもそれはいいんだけど……」
水奈はもう一つ何かを持って来ていた。
「これは何に使うんだ?」
「……二つとも貸せ」
天音が持ってこなかったのは家に愛莉が来ていたから。
天音が今もっているのは殺虫剤とライター。
……嫌な予感しかしない。
「天音!ここは職員室……」
「最近のゴキブリはしぶといからな!焼き殺すしかないだろ」
本当は火炎放射器を用意していたが、愛莉が見張ってる中持ってくるのが困難だった。
天音は殺虫剤のノズルにライターを近づけると火をつけると同時に殺虫剤を噴射する。
炎が被害者の親子ともどもに襲い掛かる。
「おらぁ!誰から火葬して欲しいか名乗り出ろ!」
天音の職員室での凶行で職員もパニックになる。
「何やってるのですか!」
こうなることを見越して桜子が愛莉を呼んでいたらしい。
「な、なんで愛莉がいるんだよ?」
「毎年毎年親が問題を起こしてどうするの!?」
「どうせ恵美さんに知れたら火葬だろ?」
だから手間を取らせないように自分たちで始末しようとしたらしい。
「たく……お前ら桜子がどれだけ苦労してるのか聞いてたんじゃないのか?」
水奈の母親の神奈さんも来ていたようだ。
「子供は多少悪戯するもんだって母さん言ってたじゃないか!」
「だからって母親が職員室で放火していいって一言も言ってないぞこのバカ娘!」
「こんな親の下で育った危険な子供なんて学校に置いていていいんですか?」
被害者の親が言うと天音が睨みつけた。
「ああ?親の喧嘩にしたいのか?それは止めといた方がいい。警告くらいはしてやる」
「あら?あなたみたいな野蛮な家庭なんてどうとでも出来るわよ?私の旦那は」
「お前の旦那の事なんか興味ない!」
むしろ天音の旦那の大地が天音に興味を示さない方が問題だと全く話が通じていない。
「いいか、変に圧力かけようとか考えるなよ。お前の旦那が大阪に出張する羽目になるだけだ」
どこに飛ばす気なのかは桜子達も察したようだ。
「も、もともとは親御さんの子供が集団で暴行を加えようとしたことは白鳥さんから聞いてます。穏便にすませられませんか?」
「先生もこの野蛮な連中の肩を持つんですか?……え?白鳥?」
まあ、そう言う発言権を持った親なら白鳥の名前くらい知ってるだろう。
それに天音の名前は石原天音。
石原家の嫁だ。
「こっちはお前みたいな雑魚一々相手にする時間がないんだ」
亭主が帰ってくる前に夕飯の支度をしないといけない。
今から家に帰ったら「おやつがない!餓死させる気か!?」と暴れる娘が帰る頃だ。
にもかかわらずお前らが相手して欲しいならやってやる。
ただしお前らの今後は保証しないぞ。
そのクソガキの面倒もちゃんと考えてやる。
喜べ。
小学校1年生でリアルなFPSを楽しめるぞ?
そう言うと被害者たちは帰って行った。
「ちっ。んじゃ私達も帰るか。結莉達が暴れ出したら小学校なんて跡形もなくなるぞ」
「それは心配いりません」
愛莉がそう言っていた。
「なんでだよ?」
「結莉も茉莉も天音が用事があるから彼氏の家にでも寄ってきたら?とメッセージ送っておきました」
「なるほどなぁ~。なあ、愛莉一つ聞いていいか?」
「どうしたの?」
「娘が自分の手元から離れるってどんな気持ちだ?」
「あら?天音は今さらそんな事言いだすのですか?」
「まあ、横取りしやがってとかはねえけど、なんかなああいつも大きくなったんだなって」
「そう言う話なら今度キャンプ行くときに聞いてやるよ」
「私もそうなるんだろうか?」
「水奈はいい加減愛菜たちに勉強させないとまずいぞ?」
そのうち「問題が読めない」とか言い出したらさすがに高校に進学できないぞ。
「それ本当なんだろうか?」
「なんでそう思うんだ?」
「私は大学入試もそんなに勉強した覚えがないんだ」
「それを絶対に娘の前で言うなよ!」
「神奈。いまそこに優奈と愛菜がいるんだけど」
愛莉が言うと神奈は頭を抱える。
俺の方はと言うと……。
教室に戻ると絃たちが待っていた。
「あのさ、一」
絃が何が言いたげだ。
「どうした?」
「女の子を守るのは結構ですけど少しは私の事も心配してくれないかな?」
「なんでだ?」
響介がいるだろ?
すると絃がため息を吐いていた。
「お前は自分の正義を貫くのは構わないけどもう少し周りの感情に気づいた方がいいかもな」
響介がそう言っていた。
どうやら、俺達の話もちゃんと物語にするつもりがあるようだ。
(2)
まいったなぁ。
こういうトラブルは避けたかったんだけど。
でも目をつけられたのなら仕方ない。
大人しく拉致られてもパパ達が何とかするだろうけど、迷惑を掛けたくない。
仕方ないか。
私は一緒に帰っていた誠司郎と腕を組む。
「どうしたんだ突然」
「腕組みたいって言ってたでしょ?」
「でもこのタイミングって意味が分からないぞ」
私は戸惑う誠司郎に耳打ちした。
「尾行されてる」
すると誠司郎は周りを確認しようとするのを私が止めた。
「周りを見ないで。慌てずに私についてきて」
「何か策があるのか?」
「パパ達の話聞いた時からきっとこうなる時が来ると覚悟してたから」
「雪は強いんだな」
「それより私と腕を組んでみてどんな感じ?」
私の小さな心臓は破裂しそうだよ?
「ごめん、緊張して何を考えてるのか分からない」
「女の子と腕を組むのも初めてなの?」
「俺は雪以外の女の子を知らないよ」
「それは嘘。周りにいろんな子いるじゃない」
例えば亜優とか。
「それって友達だろ?」
「……私は違うの?」
「今そういう話をしてる場合じゃないと思うんだ」
分かってる。
でも今知りたかったの。
誠司郎はこうしてる間何を想っているのか知りたかった。
私達はちょっとした空き地にたどり着いた。
まだ未開発の土地で滅多に人が通らない。
そこで立ち止まると声をかけた。
「いい加減出て来たらどう?」
そう言うと何人かの大人が出て来た。
そいつらを見てある男を見つける。
こいつは能力者だ。
「君もそれが分かっていてわざわざ二人だけになるなんてそんなに頭わるいね」
そうやって気取った間抜けから死んでいくのに。
そんな得意気に言われても怖くもなんともないよ。
「伝えておく事が二つある」
「なんだ?遺言か?」
「まず私と誠司郎は能力を持ってない」
「なんだと?」
「次に私も誠司郎も子供」
戦闘能力なんて皆無に等しい。
だからまともにやったら私達はやられるしかない。
それを聞いて動揺したのは誠司郎だった。
「分かってて殺されに来たのか?」
「あなた達FGだよね?……正確に言うと薔薇乙女?」
「ああ、そうだよ?」
「その薔薇乙女とやらに何人あなたの様な能力者がいるの?」
「僕達の部隊の名前はDOLL」
なるほど……7人か。
「あなたはその7人の中でどれだけ強いの?」
「それを知ってどうする気?」
「今後の参考になると思った」
「無力だとさらけ出した子供のくせにそんな余裕があるのか」
「ええ、どうぞ。能力とやらを見てみたいから」
せっかくだからどんな能力か拝見しよう。
そう考えたけどここに来て奴はまだ能力を使う様子がない。
ただ数人の部下が銃を俺に向けているだけ。
……そう言う事?
「分かった。もういい。あなた一番弱いでしょ?」
「なんだと?」
自分の能力が見破られたことに気づいてない。
どこまでも間抜けな奴。
だから最初に来たのだろう。
まずはその事を教えてやろう。
片桐家の理念では先に手札を切るな。
こいつの能力は「操作」
この部下たちは多分FGの人間じゃない。
そこら辺の大人を能力で操っているだけ。
精神を司ると言えばいいのだろうか。
さっきも言ったけど私には能力がない。
結ならステイシスとか使って無力化するのだろうけど、私には無理。
ただ精神を操った程度の能力では私の”王の権威”の前では無意味。
すぐに解除されて訳も分からず混乱している。
「……って言うわけだ。あきらめて大人しく帰りなさい」
「能力が使えなくなって不利なのはお前だろうが」
そう言って懐から銃を取り出そうとする男。
だけどその銃が突然消失した。
焦る男に説明をしてやった。
「私には能力はない。だけど私にその手の能力は通用しない」
「なんだと?」
察しの悪い男だな。
俺は1から説明してやることにした。
もちろん必要最低限の事だけ。
幼稚園での不可解な現象があって、私は自分の事を調べてみた。
実は何か能力を持っていて発動しているのではないか?
結論から行くとどちらでもなかった。
有るともいえるし、ないともいえる曖昧な事象。
恋愛小説とは思えない度重なる不可解な事態。
異世界に転生したんじゃないかと思えるような不可解な能力。
そもそも何をもって常識、非常識と区別するのか?
それを線引きするために私は”既存概念”と名付けることにした。
で、私の能力はこの既存概念の外の事象をすべて否定する事。
つまり私自身の手でこの能力を否定することも出来る。
私自身の存在も否定する事が出来る危険な能力。
銃が消えたり暴徒が大人しくなったのはこの既存概念の外の出来事だったから。
恋愛小説であり得ない。
そう私が断定したことはすべて抹消してしまう。
ステイシスに似た能力だけど全然違う。
そのステイシスすら否定する事が出来るのだから。
「だから私の気分次第で能力を肯定することも否定する事も出来るの」
頭の悪そうなこの男に理解してもらえただろうか?
無理だったようだ。
「いいのか?そんなにべらべら喋って。自分から弱点を晒してるようなものだぞ」
やっぱり分かってもらえないようだ。
「私の言っている意味理解してる?」
貴方のような存在は私の価値観では必要ない物なのよ?
そう言うと男の姿は消え去った。
「雪……俺にはさっぱり分からないんだけど」
誠司郎が聞いてきた。
幼稚園児に既存概念なんて言葉が理解できるわけがない。
それより気になる事があった。
「私の事……怖い?」
私が誠司郎に聞くと誠司郎は少し悩んでいた。
「情けないとは思うけど……俺の思う通りなら」
そう言って私を包み込んでくれた。
「雪が寂しくて泣かないようにこうしてやりたいとは思う」
「……ありがとう」
「もう用は済んだんだろ?帰ろう」
遅くなったし誠司郎が家まで送ってくれると言った。
本当に強いのは私じゃなくて誠司郎なんじゃないかとさえ思えた。
(3)
「ただいま帰りました」
「あ、瞳子」
愛莉さんの様子がおかしい。
「何かあったんですか?」
「……雪がまだ帰ってこないの」
えっ。
頭が真っ白になる。
思わず鞄を落としてしまった。
今度は雪なの?
落ち着け。
まずすることはなんだ?
冬吾さんもこういう時にこそ冷静でなければならないと言ってた。
「雪から何か連絡とかは?」
あるわけない。
まだスマホを持たせていないから。
冬吾さんや冬夜さんが帰ってくると愛莉さんが伝えていた。
「警察に届けた方が良いのでしょうか?」
愛莉さんがそう言っている。
誘拐。
どうしてこうも片桐家を狙ってくるのだろう?
だけど冬夜さんは「犯人からの要求とかあったの?」と聞いていた。
愛莉さんはないと言っていた。
「なら、まだ待とう。夜遊びをする悪い子は叱らないといけないね」
あの子を誘拐できる相手なんていないはずだからと冬夜さんは言っていた
冬吾さんは私を落ち着かせようと必死になっている。
「……夕飯の支度しますね」
お腹がすいたら思考が鈍る。
冬夜さんがそう言っていたらしい。
ちょうどそのころ玄関の戸が開いた。
私はすぐに玄関に行く。
「ただいま」
雪が帰って来た。
私は思わず雪を叩く。
「こんな時間まで何やっていたの!?どれだけの人が雪の心配をしていたと思ってるの!ちゃんと説明しなさい!」
「雪は悪くないんです。ただちょっとFGの奴に狙われてて」
一緒にいた誠司郎が説明してくれた。
雪が一人で撃退したらしい。
それも誠司郎に理解できない能力を利用して。
誠司郎も必死に自分の言語能力を振り絞って説明していた。
「後で私がじいじに説明するから」
雪はそう言って冬吾さんに誠司郎を送って欲しいとお願いしていた。
誠司郎は本当に能力がない。
次に狙われるとしたら誠司郎だと雪が言うので冬吾さんが送って行った。
「ちょっと雪と2人で話がしたいんだけどいいかな?」
冬夜さんがそう言うので冬夜さんに任せることにした。
「先にご飯食べてますね」
「ああ、そうしておいて」
そして冬夜さんと雪が話をしている間ご飯を食べる。
「あ、パオラ達も心配してたから連絡しておかないと」
そう言って愛莉さんが電話していた。
皆が食べ終わった頃、冬夜さんが雪と部屋から出て来た。
冬夜さんが雪に何か言うと雪が頭を下げた。
「心配かけてごめん」
多分事情は冬夜さんが全部知っているのだろう。
後で聞けばいいか。
「まだ小さいんだからこんな時間まで遊んでいたらダメ。皆心配してたんだよ」
「うん……」
そう言って雪はご飯を食べて冬吾さんと風呂に入ると部屋に入った。
部屋で寝ているのを確かめて私がリビングに戻ると冬吾さんが冬夜さんから話を聞いていた。
「やっぱりあの子は注意しないとダメだ」
さっきとは打って変わって厳しい表情をしていた。
一人でFGの幹部クラスとやり合ったらしい。
それだけでもすごいのにその内容を聞いて唖然とした。
能力の強さだけで言うなら結の方が強い。
だけどその性質でいけば多分結よりも強力だ。
雪は自分の能力を”既存概念”と名付けたそうだ。
その内容はでたらめな物だった。
SHでは絶対に相手の出方を見てからそれを潰すやり方をする。
下手に突っ込んで罠に飛び込むのを嫌うから。
そんなミスをしたら天音達はともかくなずな達が無力だ。
だけど雪は違う。
相手が何かを持っていたとしても関係なく潰しにかかる。
相手の能力を確かめた上で徹底的に潰す。
厳密に言うと雪が敵と認識したら誰にも雪に敵わないだろう
「多分、現段階の雪の状態で結を超えるかもしれない」
正直優劣の問題じゃない。
雪が手札を切った時点で勝負が決まる。
雪が手札を切る前に有効な攻撃があるのなら勝算はある。
だけどあの子の能力を前にそんなものがあるとは思えない。
「で、父さんは何を言ったの?」
冬吾さんが聞いていた。
「雪の判断は正しい」
誠司郎を一人にしなかったのは誠司郎を守る術が他になかったからだろう。
雪の行動は正しい。
だけどその結果どうなった?
誠司郎を守れたのはいいけど私はどうなった?
私だけじゃない。
愛莉さんや神奈さんにも……SH中で騒ぎになっている。
当然パオラも心配していたそうだ。
「やっぱり私が悪かったの?」
「そうじゃない。言ったろ?判断は正しいって」
ただ雪には制限がある。
それは年齢という制限。
雪はまだ幼稚園児だ。
この世界でも幼稚園児が一人日が暮れても帰ってこなかったら親は心配する。
どういうことか雪なら分かるだろ?
「私が子供だから普通以上に周りの事を考えろって事?」
「……さすが雪だね」
あの子はもうそんな立場の事まで理解しているの?
「逆だよ。あの力を持っているからこそそういう判断が出来ないと大変な事になる」
実際戦闘の様子を聞いたけどあの子は3歳とは思えない判断をしている。
あとは雪に欠けていることを伝えなきゃいけない。
「雪に欠けてる物ってなんですか?」
愛莉さんが聞いていた。
すると冬夜さんはにこりと笑って答えた。
「愛」
それは恋人とかそういう物じゃない。
雪は自分が誰かに愛されているという事を分かっていない。
きっと瞳子からもそんな風に思われていないと思ってるんだろう。
あれだけの能力を持っていながらも自分が劣っていると思っている。
あの能力が自分をただの化け物だと思わせている。
そんな事を冬吾さんと相談していると電話が鳴った。
(4)
「雪の判断は間違っていない。普通なら合格点だ」
じいじはそう言っていた。
意味が分からない。
悩んでいる様子をじいじは見ている。
自分で考えるだけ考えてみて、それでも分からないならじいじが説明してくれる。
いつものパターンだ。
だから少し考えてじいじに答えてみた。
「皆に心配をかけた事?」
「さすが雪だね。おおむね合ってる」
そう言ってじいじの話が始まる。
私が小学生高学年くらいにならないと私の取った行動はまずいらしい。
理由は簡単。
夜になるまで帰ってこなかったら親なら誰だって心配する。
何か事件に巻き込まれたんじゃないか。
そして色々連絡をする。
最悪警察まで巻き込むことになる。
私が無力だからとかそう言う意味じゃない。
子供だから。
だから相手も油断したという点もあるけど。
でも気づかないか?
そもそも、どうして一人で戦おうとしたの?
「誠司郎を守りたかった」
「それだけ?」
私の言う通りだという。
だけどもっと大事なことを忘れてないか。
誠司郎は守れたけどパパやママに心配かけることになった。
きっと誠司郎のパパやママも大慌てだろう。
まだそういう歳だということを忘れてはいけない。
……じいじの説明をすごくわかりやすい。
そしてそれを理解したのを見てじいじはいつも言う。
「さすがに僕の孫だね」
そう言って頭を撫でてくれる。
「もう、この後する行動は分かるよね?」
「……うん」
「じゃ、お腹空いたし行こうか」
「うん」
そしてダイニングでママ達に謝った。
「おかず温めなおすわね」
愛莉がそう言っていた。
風呂に入った後部屋に戻ってなんとなくテレビを見ていた。
今日の事はやはり事件にはなってなかった。
それだけを確認するとテレビを消してベッドに入る。
寝ようと思っていたらママがノックした。
「誠司郎から電話きてるんだけど明日にする?」
「いいよ、貸して」
そう言ってママからスマホを受け取ると母さんは部屋を出た。
「どうしたの?」
「さっきはごめん」
「……何のこと?」
「い、いや。突然抱きしめたりして」
そんなことでわざわざ電話してくるのか。
「いいよ、他に抱き着く女の子いないんでしょ?」
「いないよ」
「そのうち現れるといいね」
きっと現れるから。
それまでは私で練習したらいい。
「それはないよ」
「どうして?」
「さっき言ったことも本気だから」
ずっとそばにいるよって伝えたい。
「分かったよ……信じてる」
ありがとう。
電話を終えるとママに返して部屋に戻った。
実は私もまだ誠司郎に包まれた温もりが熱になって残っている。
誠司郎の優しさに甘えて今夜も一人で眠りについた。
「何すんだてめぇ!」
俺が殴り飛ばした男がそう吠えた。
無視して紗雨に響介達の所に行くように伝える。
「一だけで大丈夫?」
「お前が人質に取られたら面倒だからさっさといけ」
「分かった~」
紗雨が移動している間こいつらを見張って馬鹿な真似が出来ないようにしていた。
紗雨が響介達と合流するとこいつらの相手をしてやることにした。
「何か言い分があるなら聞いてやるぞ?」
「てめぇ、誰に向かって言ってるのか分かってるんだろうな?」
「知ってるよ。FGだって言いたいんだろう?」
「じゃあ、望み通り殺してやる」
「お前らとはくぐった修羅場の数が違うんだよ」
死を覚悟した奴からかかってこい。
「恰好つけてんじゃねーよ!」
そう言って背後から椅子を持ち上げた馬鹿が襲い掛かる。
不意打ちするのにわざわざ叫ぶのを”ど阿呆”って言うんだ。
俺は躱して膝蹴りをみぞおちに入れる。
腹を抑えて屈みこむど阿呆の頭に椅子を叩きつけた。
「武器を持つっていうのは、相手に奪われたらどうなるかくらい分かってるんだろう?」
相手も気づいたらしい。
だからそういう凶行に出る。
全員が俺を囲んで椅子を持つ
それを俺に向けて投げつける。
「一!」
絃が叫んだ時には俺はその場にいなかった。
椅子同士がぶつかり合う中俺は低姿勢で机の間を抜けて、狙いをつけた男の顎を掴み跳躍する。
男の頭が天井にぶつけると着地した。
天井にぶつかった男は意識がなかった。
そんな事はどうでもいい。
「で、次は誰だ?」
順番くらいは希望を叶えてやるぞ?
すると阿保共はパターン通りの行動に出る。
教室を逃げ出して上級生に援軍を求める。
その間何もしない阿保達に一言アドバイス。
「お前らの命を案ずる必要はないが、そういう軽率な行動は止めておいた方が良いぞ」
俺もこれ以上面倒な事態になるのは嫌なんだ。
「今更謝っても遅いぞ?」
勝った気になってる雑魚が吠えている。
「それはこっちのセリフだ」
「なんだと?」
「お前達はどうしていつもそうなんだ?」
犬でも学習するぞ。
勘違いしてないか。
お前らはどうせFGは最大の勢力だと思っているだろ?
勘違いも甚だしい。
お前らは最大の勢力だったとしても俺達にとっては最高の餌だ。
「どういう意味だ?」
その返事のように廊下から叫び声が聞こえて来た。
昼休みという時間が悪すぎた。
援軍を呼ぶという事はそのクラスの連中は気づくという事。
「お前らは私達に昼寝すらさせねーのか?何様のつもりだ?」
桐谷愛菜がそう言っていた。
「心配しなくても仏様にしてあげるよ」
石原海翔が言う。
俺達SHは単体の戦闘力が強すぎる。
小学生が群れてきたところで怖くもなんともない。
逆に暴れる口実が出来たと喜んで嗅ぎつける。
「まあ、1ヶ月も小学校生活過ごせたら十分だろ?先輩の私が教えてやる。退屈なだけだ」
「だからせめて私達の暇つぶしにくらいはなってくれ。その代わりに旅券をくれてやる」
地獄への片道切符だ。
優奈が告げるとSHは暴れ出す。
一人も逃すつもりはない。
下級生だろうがなんだろうが知った事か。
SHに喧嘩を売ったという事はそういう事だ。
FGについてはちゃんと許可を天音達からもらっている。
だから安心して死ね。
数は奴らの方が上だが徐々にその差を覆していく。
集団戦闘になったらSHに勝てるグループなんて絶対にいない。
しかし奴らを全滅する前に教師が駆けつけて来た。
「桐谷さんは年下相手に何をやってるの!?」
「待て、瞳美。私は女の子だぞ」
だから手加減する必要はない。
優奈はそう主張していた。
しかし俺達は残らず職員室に連行される。
「……もういい加減にしてくれないかな?」
桜子がそう言ってうんざりしていた。
瞳美もややうんざりしていた。
そして職員にとって一番厄介な母親が揃っていた。
「いやあ、意外と優奈達強いんだな」
「天音に負けてられないからな」
「……もっと違う事で勝負してくれないかな」
水奈と天音が言うと瞳美がそう言っていた。
かつてこの小学校で大暴れした二人の娘も順調に親の行動を真似ている。
どれだけ被害者の親が怒鳴ったところで「女の子にやられたから親に泣きつくなんて情けなさ過ぎて涙が出るぞ」と突っぱねる。
「だからゴキブリって言われるんだよ!水奈。殺虫剤持ってきたか?」
「ああ、言われたから持ってきた。でもそれはいいんだけど……」
水奈はもう一つ何かを持って来ていた。
「これは何に使うんだ?」
「……二つとも貸せ」
天音が持ってこなかったのは家に愛莉が来ていたから。
天音が今もっているのは殺虫剤とライター。
……嫌な予感しかしない。
「天音!ここは職員室……」
「最近のゴキブリはしぶといからな!焼き殺すしかないだろ」
本当は火炎放射器を用意していたが、愛莉が見張ってる中持ってくるのが困難だった。
天音は殺虫剤のノズルにライターを近づけると火をつけると同時に殺虫剤を噴射する。
炎が被害者の親子ともどもに襲い掛かる。
「おらぁ!誰から火葬して欲しいか名乗り出ろ!」
天音の職員室での凶行で職員もパニックになる。
「何やってるのですか!」
こうなることを見越して桜子が愛莉を呼んでいたらしい。
「な、なんで愛莉がいるんだよ?」
「毎年毎年親が問題を起こしてどうするの!?」
「どうせ恵美さんに知れたら火葬だろ?」
だから手間を取らせないように自分たちで始末しようとしたらしい。
「たく……お前ら桜子がどれだけ苦労してるのか聞いてたんじゃないのか?」
水奈の母親の神奈さんも来ていたようだ。
「子供は多少悪戯するもんだって母さん言ってたじゃないか!」
「だからって母親が職員室で放火していいって一言も言ってないぞこのバカ娘!」
「こんな親の下で育った危険な子供なんて学校に置いていていいんですか?」
被害者の親が言うと天音が睨みつけた。
「ああ?親の喧嘩にしたいのか?それは止めといた方がいい。警告くらいはしてやる」
「あら?あなたみたいな野蛮な家庭なんてどうとでも出来るわよ?私の旦那は」
「お前の旦那の事なんか興味ない!」
むしろ天音の旦那の大地が天音に興味を示さない方が問題だと全く話が通じていない。
「いいか、変に圧力かけようとか考えるなよ。お前の旦那が大阪に出張する羽目になるだけだ」
どこに飛ばす気なのかは桜子達も察したようだ。
「も、もともとは親御さんの子供が集団で暴行を加えようとしたことは白鳥さんから聞いてます。穏便にすませられませんか?」
「先生もこの野蛮な連中の肩を持つんですか?……え?白鳥?」
まあ、そう言う発言権を持った親なら白鳥の名前くらい知ってるだろう。
それに天音の名前は石原天音。
石原家の嫁だ。
「こっちはお前みたいな雑魚一々相手にする時間がないんだ」
亭主が帰ってくる前に夕飯の支度をしないといけない。
今から家に帰ったら「おやつがない!餓死させる気か!?」と暴れる娘が帰る頃だ。
にもかかわらずお前らが相手して欲しいならやってやる。
ただしお前らの今後は保証しないぞ。
そのクソガキの面倒もちゃんと考えてやる。
喜べ。
小学校1年生でリアルなFPSを楽しめるぞ?
そう言うと被害者たちは帰って行った。
「ちっ。んじゃ私達も帰るか。結莉達が暴れ出したら小学校なんて跡形もなくなるぞ」
「それは心配いりません」
愛莉がそう言っていた。
「なんでだよ?」
「結莉も茉莉も天音が用事があるから彼氏の家にでも寄ってきたら?とメッセージ送っておきました」
「なるほどなぁ~。なあ、愛莉一つ聞いていいか?」
「どうしたの?」
「娘が自分の手元から離れるってどんな気持ちだ?」
「あら?天音は今さらそんな事言いだすのですか?」
「まあ、横取りしやがってとかはねえけど、なんかなああいつも大きくなったんだなって」
「そう言う話なら今度キャンプ行くときに聞いてやるよ」
「私もそうなるんだろうか?」
「水奈はいい加減愛菜たちに勉強させないとまずいぞ?」
そのうち「問題が読めない」とか言い出したらさすがに高校に進学できないぞ。
「それ本当なんだろうか?」
「なんでそう思うんだ?」
「私は大学入試もそんなに勉強した覚えがないんだ」
「それを絶対に娘の前で言うなよ!」
「神奈。いまそこに優奈と愛菜がいるんだけど」
愛莉が言うと神奈は頭を抱える。
俺の方はと言うと……。
教室に戻ると絃たちが待っていた。
「あのさ、一」
絃が何が言いたげだ。
「どうした?」
「女の子を守るのは結構ですけど少しは私の事も心配してくれないかな?」
「なんでだ?」
響介がいるだろ?
すると絃がため息を吐いていた。
「お前は自分の正義を貫くのは構わないけどもう少し周りの感情に気づいた方がいいかもな」
響介がそう言っていた。
どうやら、俺達の話もちゃんと物語にするつもりがあるようだ。
(2)
まいったなぁ。
こういうトラブルは避けたかったんだけど。
でも目をつけられたのなら仕方ない。
大人しく拉致られてもパパ達が何とかするだろうけど、迷惑を掛けたくない。
仕方ないか。
私は一緒に帰っていた誠司郎と腕を組む。
「どうしたんだ突然」
「腕組みたいって言ってたでしょ?」
「でもこのタイミングって意味が分からないぞ」
私は戸惑う誠司郎に耳打ちした。
「尾行されてる」
すると誠司郎は周りを確認しようとするのを私が止めた。
「周りを見ないで。慌てずに私についてきて」
「何か策があるのか?」
「パパ達の話聞いた時からきっとこうなる時が来ると覚悟してたから」
「雪は強いんだな」
「それより私と腕を組んでみてどんな感じ?」
私の小さな心臓は破裂しそうだよ?
「ごめん、緊張して何を考えてるのか分からない」
「女の子と腕を組むのも初めてなの?」
「俺は雪以外の女の子を知らないよ」
「それは嘘。周りにいろんな子いるじゃない」
例えば亜優とか。
「それって友達だろ?」
「……私は違うの?」
「今そういう話をしてる場合じゃないと思うんだ」
分かってる。
でも今知りたかったの。
誠司郎はこうしてる間何を想っているのか知りたかった。
私達はちょっとした空き地にたどり着いた。
まだ未開発の土地で滅多に人が通らない。
そこで立ち止まると声をかけた。
「いい加減出て来たらどう?」
そう言うと何人かの大人が出て来た。
そいつらを見てある男を見つける。
こいつは能力者だ。
「君もそれが分かっていてわざわざ二人だけになるなんてそんなに頭わるいね」
そうやって気取った間抜けから死んでいくのに。
そんな得意気に言われても怖くもなんともないよ。
「伝えておく事が二つある」
「なんだ?遺言か?」
「まず私と誠司郎は能力を持ってない」
「なんだと?」
「次に私も誠司郎も子供」
戦闘能力なんて皆無に等しい。
だからまともにやったら私達はやられるしかない。
それを聞いて動揺したのは誠司郎だった。
「分かってて殺されに来たのか?」
「あなた達FGだよね?……正確に言うと薔薇乙女?」
「ああ、そうだよ?」
「その薔薇乙女とやらに何人あなたの様な能力者がいるの?」
「僕達の部隊の名前はDOLL」
なるほど……7人か。
「あなたはその7人の中でどれだけ強いの?」
「それを知ってどうする気?」
「今後の参考になると思った」
「無力だとさらけ出した子供のくせにそんな余裕があるのか」
「ええ、どうぞ。能力とやらを見てみたいから」
せっかくだからどんな能力か拝見しよう。
そう考えたけどここに来て奴はまだ能力を使う様子がない。
ただ数人の部下が銃を俺に向けているだけ。
……そう言う事?
「分かった。もういい。あなた一番弱いでしょ?」
「なんだと?」
自分の能力が見破られたことに気づいてない。
どこまでも間抜けな奴。
だから最初に来たのだろう。
まずはその事を教えてやろう。
片桐家の理念では先に手札を切るな。
こいつの能力は「操作」
この部下たちは多分FGの人間じゃない。
そこら辺の大人を能力で操っているだけ。
精神を司ると言えばいいのだろうか。
さっきも言ったけど私には能力がない。
結ならステイシスとか使って無力化するのだろうけど、私には無理。
ただ精神を操った程度の能力では私の”王の権威”の前では無意味。
すぐに解除されて訳も分からず混乱している。
「……って言うわけだ。あきらめて大人しく帰りなさい」
「能力が使えなくなって不利なのはお前だろうが」
そう言って懐から銃を取り出そうとする男。
だけどその銃が突然消失した。
焦る男に説明をしてやった。
「私には能力はない。だけど私にその手の能力は通用しない」
「なんだと?」
察しの悪い男だな。
俺は1から説明してやることにした。
もちろん必要最低限の事だけ。
幼稚園での不可解な現象があって、私は自分の事を調べてみた。
実は何か能力を持っていて発動しているのではないか?
結論から行くとどちらでもなかった。
有るともいえるし、ないともいえる曖昧な事象。
恋愛小説とは思えない度重なる不可解な事態。
異世界に転生したんじゃないかと思えるような不可解な能力。
そもそも何をもって常識、非常識と区別するのか?
それを線引きするために私は”既存概念”と名付けることにした。
で、私の能力はこの既存概念の外の事象をすべて否定する事。
つまり私自身の手でこの能力を否定することも出来る。
私自身の存在も否定する事が出来る危険な能力。
銃が消えたり暴徒が大人しくなったのはこの既存概念の外の出来事だったから。
恋愛小説であり得ない。
そう私が断定したことはすべて抹消してしまう。
ステイシスに似た能力だけど全然違う。
そのステイシスすら否定する事が出来るのだから。
「だから私の気分次第で能力を肯定することも否定する事も出来るの」
頭の悪そうなこの男に理解してもらえただろうか?
無理だったようだ。
「いいのか?そんなにべらべら喋って。自分から弱点を晒してるようなものだぞ」
やっぱり分かってもらえないようだ。
「私の言っている意味理解してる?」
貴方のような存在は私の価値観では必要ない物なのよ?
そう言うと男の姿は消え去った。
「雪……俺にはさっぱり分からないんだけど」
誠司郎が聞いてきた。
幼稚園児に既存概念なんて言葉が理解できるわけがない。
それより気になる事があった。
「私の事……怖い?」
私が誠司郎に聞くと誠司郎は少し悩んでいた。
「情けないとは思うけど……俺の思う通りなら」
そう言って私を包み込んでくれた。
「雪が寂しくて泣かないようにこうしてやりたいとは思う」
「……ありがとう」
「もう用は済んだんだろ?帰ろう」
遅くなったし誠司郎が家まで送ってくれると言った。
本当に強いのは私じゃなくて誠司郎なんじゃないかとさえ思えた。
(3)
「ただいま帰りました」
「あ、瞳子」
愛莉さんの様子がおかしい。
「何かあったんですか?」
「……雪がまだ帰ってこないの」
えっ。
頭が真っ白になる。
思わず鞄を落としてしまった。
今度は雪なの?
落ち着け。
まずすることはなんだ?
冬吾さんもこういう時にこそ冷静でなければならないと言ってた。
「雪から何か連絡とかは?」
あるわけない。
まだスマホを持たせていないから。
冬吾さんや冬夜さんが帰ってくると愛莉さんが伝えていた。
「警察に届けた方が良いのでしょうか?」
愛莉さんがそう言っている。
誘拐。
どうしてこうも片桐家を狙ってくるのだろう?
だけど冬夜さんは「犯人からの要求とかあったの?」と聞いていた。
愛莉さんはないと言っていた。
「なら、まだ待とう。夜遊びをする悪い子は叱らないといけないね」
あの子を誘拐できる相手なんていないはずだからと冬夜さんは言っていた
冬吾さんは私を落ち着かせようと必死になっている。
「……夕飯の支度しますね」
お腹がすいたら思考が鈍る。
冬夜さんがそう言っていたらしい。
ちょうどそのころ玄関の戸が開いた。
私はすぐに玄関に行く。
「ただいま」
雪が帰って来た。
私は思わず雪を叩く。
「こんな時間まで何やっていたの!?どれだけの人が雪の心配をしていたと思ってるの!ちゃんと説明しなさい!」
「雪は悪くないんです。ただちょっとFGの奴に狙われてて」
一緒にいた誠司郎が説明してくれた。
雪が一人で撃退したらしい。
それも誠司郎に理解できない能力を利用して。
誠司郎も必死に自分の言語能力を振り絞って説明していた。
「後で私がじいじに説明するから」
雪はそう言って冬吾さんに誠司郎を送って欲しいとお願いしていた。
誠司郎は本当に能力がない。
次に狙われるとしたら誠司郎だと雪が言うので冬吾さんが送って行った。
「ちょっと雪と2人で話がしたいんだけどいいかな?」
冬夜さんがそう言うので冬夜さんに任せることにした。
「先にご飯食べてますね」
「ああ、そうしておいて」
そして冬夜さんと雪が話をしている間ご飯を食べる。
「あ、パオラ達も心配してたから連絡しておかないと」
そう言って愛莉さんが電話していた。
皆が食べ終わった頃、冬夜さんが雪と部屋から出て来た。
冬夜さんが雪に何か言うと雪が頭を下げた。
「心配かけてごめん」
多分事情は冬夜さんが全部知っているのだろう。
後で聞けばいいか。
「まだ小さいんだからこんな時間まで遊んでいたらダメ。皆心配してたんだよ」
「うん……」
そう言って雪はご飯を食べて冬吾さんと風呂に入ると部屋に入った。
部屋で寝ているのを確かめて私がリビングに戻ると冬吾さんが冬夜さんから話を聞いていた。
「やっぱりあの子は注意しないとダメだ」
さっきとは打って変わって厳しい表情をしていた。
一人でFGの幹部クラスとやり合ったらしい。
それだけでもすごいのにその内容を聞いて唖然とした。
能力の強さだけで言うなら結の方が強い。
だけどその性質でいけば多分結よりも強力だ。
雪は自分の能力を”既存概念”と名付けたそうだ。
その内容はでたらめな物だった。
SHでは絶対に相手の出方を見てからそれを潰すやり方をする。
下手に突っ込んで罠に飛び込むのを嫌うから。
そんなミスをしたら天音達はともかくなずな達が無力だ。
だけど雪は違う。
相手が何かを持っていたとしても関係なく潰しにかかる。
相手の能力を確かめた上で徹底的に潰す。
厳密に言うと雪が敵と認識したら誰にも雪に敵わないだろう
「多分、現段階の雪の状態で結を超えるかもしれない」
正直優劣の問題じゃない。
雪が手札を切った時点で勝負が決まる。
雪が手札を切る前に有効な攻撃があるのなら勝算はある。
だけどあの子の能力を前にそんなものがあるとは思えない。
「で、父さんは何を言ったの?」
冬吾さんが聞いていた。
「雪の判断は正しい」
誠司郎を一人にしなかったのは誠司郎を守る術が他になかったからだろう。
雪の行動は正しい。
だけどその結果どうなった?
誠司郎を守れたのはいいけど私はどうなった?
私だけじゃない。
愛莉さんや神奈さんにも……SH中で騒ぎになっている。
当然パオラも心配していたそうだ。
「やっぱり私が悪かったの?」
「そうじゃない。言ったろ?判断は正しいって」
ただ雪には制限がある。
それは年齢という制限。
雪はまだ幼稚園児だ。
この世界でも幼稚園児が一人日が暮れても帰ってこなかったら親は心配する。
どういうことか雪なら分かるだろ?
「私が子供だから普通以上に周りの事を考えろって事?」
「……さすが雪だね」
あの子はもうそんな立場の事まで理解しているの?
「逆だよ。あの力を持っているからこそそういう判断が出来ないと大変な事になる」
実際戦闘の様子を聞いたけどあの子は3歳とは思えない判断をしている。
あとは雪に欠けていることを伝えなきゃいけない。
「雪に欠けてる物ってなんですか?」
愛莉さんが聞いていた。
すると冬夜さんはにこりと笑って答えた。
「愛」
それは恋人とかそういう物じゃない。
雪は自分が誰かに愛されているという事を分かっていない。
きっと瞳子からもそんな風に思われていないと思ってるんだろう。
あれだけの能力を持っていながらも自分が劣っていると思っている。
あの能力が自分をただの化け物だと思わせている。
そんな事を冬吾さんと相談していると電話が鳴った。
(4)
「雪の判断は間違っていない。普通なら合格点だ」
じいじはそう言っていた。
意味が分からない。
悩んでいる様子をじいじは見ている。
自分で考えるだけ考えてみて、それでも分からないならじいじが説明してくれる。
いつものパターンだ。
だから少し考えてじいじに答えてみた。
「皆に心配をかけた事?」
「さすが雪だね。おおむね合ってる」
そう言ってじいじの話が始まる。
私が小学生高学年くらいにならないと私の取った行動はまずいらしい。
理由は簡単。
夜になるまで帰ってこなかったら親なら誰だって心配する。
何か事件に巻き込まれたんじゃないか。
そして色々連絡をする。
最悪警察まで巻き込むことになる。
私が無力だからとかそう言う意味じゃない。
子供だから。
だから相手も油断したという点もあるけど。
でも気づかないか?
そもそも、どうして一人で戦おうとしたの?
「誠司郎を守りたかった」
「それだけ?」
私の言う通りだという。
だけどもっと大事なことを忘れてないか。
誠司郎は守れたけどパパやママに心配かけることになった。
きっと誠司郎のパパやママも大慌てだろう。
まだそういう歳だということを忘れてはいけない。
……じいじの説明をすごくわかりやすい。
そしてそれを理解したのを見てじいじはいつも言う。
「さすがに僕の孫だね」
そう言って頭を撫でてくれる。
「もう、この後する行動は分かるよね?」
「……うん」
「じゃ、お腹空いたし行こうか」
「うん」
そしてダイニングでママ達に謝った。
「おかず温めなおすわね」
愛莉がそう言っていた。
風呂に入った後部屋に戻ってなんとなくテレビを見ていた。
今日の事はやはり事件にはなってなかった。
それだけを確認するとテレビを消してベッドに入る。
寝ようと思っていたらママがノックした。
「誠司郎から電話きてるんだけど明日にする?」
「いいよ、貸して」
そう言ってママからスマホを受け取ると母さんは部屋を出た。
「どうしたの?」
「さっきはごめん」
「……何のこと?」
「い、いや。突然抱きしめたりして」
そんなことでわざわざ電話してくるのか。
「いいよ、他に抱き着く女の子いないんでしょ?」
「いないよ」
「そのうち現れるといいね」
きっと現れるから。
それまでは私で練習したらいい。
「それはないよ」
「どうして?」
「さっき言ったことも本気だから」
ずっとそばにいるよって伝えたい。
「分かったよ……信じてる」
ありがとう。
電話を終えるとママに返して部屋に戻った。
実は私もまだ誠司郎に包まれた温もりが熱になって残っている。
誠司郎の優しさに甘えて今夜も一人で眠りについた。
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