姉妹チート

和希

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夏の終わり

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(1)

 あれ?
 私が家に帰ると知らない女性の靴があった。
 誰か来客中か?
 正志の野郎、白昼堂々と不倫してやがるのか?
 私は家に入るとすぐにリビングに向かう。
 すると正志はお茶を飲みながらキッチンで料理をしているらしい女性と話していた。
 茶髪のまだ若そうな女性。
 私は正志に怒鳴りつけた。

「正志!てめぇ、全く私を抱こうとしないのに不倫とかふざけんな!」

 しかもよりによって家でやるか?
 私に対する当てつけか?
 すると女性は笑っていた。
 髪の毛は派手だけどよく見ると服装は普通だ。
 アクセサリーもそんなにつけてない。
 正志の好みはこういう清純派なのか?
 それならそうと言ってくれれば私も考えたのに。
 だけどそうじゃなかったらしい。
 正志は呆れていた。

「美嘉は自分の娘すら覚えていないのか?」

 私の娘?

「どういうことだ。紗理奈じゃないことくらいは分かるぞ」
「母さんは相変わらずだな。私だよ。茉里奈」

 え?
 茉里奈はフランスに移住したんじゃなかったのか?

「なんで茉里奈が家にいるんだ?」
「その話は夕食の時にしないか?成長した娘の腕前を見てやってもいいだろう」

 正志が言うからそうすることにした。
 正志から説明を受けながら茉里奈の様子を見ていた。
 正志は茉里奈から色々聞いていたみたいだ。
 渡辺班の人間は何かに特化した能力を持っている。
 茉里奈も同じだった。
 若いながらに才能を発揮してシェフになり、フランスから勲章を受け取って称号を持って帰って来たらしい。
 当然そこまでの腕があるから店を持ったり、ホテルのレストランのシェフになったり頭角を現していた。
 妙な話だ。
 じゃあ、日本に帰ってくる理由なんてないじゃないか?
 どうして日本に帰ってきた?
 大体彼氏とはどうなってるんだ?
 そんな事を話しているうちに茉里奈の調理は終わっていた。

「随分向こうにいたから母さん達の舌に合うかわからないけど」

 そう言うと正志と3人で食べてみる。
 スーパーで買ってきただろうから食材自体の味は置いておくとしてやはりソースの味がかなり洗練されていた。
 正志でもわかるくらいに文句のつけようのない味だ。
 これなら正志の言っていたことも分かる。
 悔しいけどフランス料理という分野では茉里奈の方が私より上なのは確かだ。

「見事じゃないか。すごい修行をしてきたんだな」

 正志はそう言って娘の料理を褒めていた。

「母さんはどうかな?」
「見事だよ。非の打ちどころがないな」

 挫折して帰ってきたとかそんなレベルの料理じゃないのは間違いない。
 だから気になってしょうがない。
 だけど茉里奈は予想外の事を言い出した。

「よかった。じゃあさ、私を店で使ってもらえないかな?」
「え?」

 日本に帰って来たのは私の店で働きたいから。
 私の店はフランス料理じゃない。
 また1からやり直す気なのか?

「この腕ならホテルとかで使ってもらえるだろ?」
「それも考えたんだけど……」

 私の店がフランス料理の店じゃない事は分かっている。
 だからホテルのレストランとか求人を探した。
 しかしまともなレストランならそう判断するのだろう。
 これだけの腕前のシェフを雇う賃金を払う余裕がない。

「それなら東京とかいけばいいだろ?」
「せっかく日本に帰って来たから地元で働こうかなと思ってさ」
「馬鹿言うな!これだけの腕があってしょうもない理由でフランス料理を諦めるとか承知しねーぞ!」
「お、落ち着け美嘉」

 正志がそう言って宥めるけどこれだけは譲れない。
 フランス料理でここまで極めたのにまたやり直すなんて料理を舐めてるのか?
 どの料理でも通じる。
 私の店なら大丈夫。
 そんな甘い考えの持ち主なら問題外だ。
 大体フランスで永住するって言ってたのはどうしたんだ!?
 生半可な気持ちでフランスに行ったわけじゃないのは知ってる。
 なのにどの面下げてのこのこ家に帰って来たんだ。
 私がこれだけ言っても茉里奈は下を向いてじっとこらえていた。

「……茉里奈はフランスで何があった?」

 多分それが最大の問題だろう。
 だけど茉里奈は答えない。

「お前ヘフナーとは話をしたのか?」
「美嘉!その話はダメだ!」

 正志は事情を知っているのか?
 だけど茉里奈はテーブルを叩きつけて「母さんには関係ない!」と言って部屋に戻った。
 茉莉なの部屋に向かおうとする私を正志が止めた。

「とりあえず後で話がある。今はそっとしてやってくれ」

 正志はそう言っていた。
 フランスで何かあった。
 その事を正志は知っているようだった。

(2)

「ごめん、俺結婚するんだ」

 は?
 寝耳に水とはこのことか。
 当然私はプロポーズを受けていない。
 よく見るとルイスの左手に指輪をはめていた。

「どういうことか説明してくれるんだよな?」

 私がそういうとルイスは説明を始めた。
 私は調理師。
 当然勤務時間も不規則だ。
 それに様々な賞を受賞して一人で何店舗も回らないといけない。
 多忙だった。
 ルイスもサッカー選手として必死になっていた。
 ルイスはキーパーだ。
 フィールドプレーヤーじゃない。
 フィールドプレーヤーなら他のポジションにコンバートもある。
 だけどキーパーは一人しかいない。
 たまにフィールドプレーヤーに変わることもあるけどそれは小学生とかそんな時代の話だ。
 プロの世界では多分ないだろう。
 たった一つのポジションを死守するのに必死だった。
 しかし帰ると私はいない。
 ルイスだって癒しの場所が欲しい。
 そうして合コンに参加した。
 そこで別の女性と知り合った。
 私の知らない間に密な関係になり、互いを愛し合うようになり、そして結婚を申し込んだ。
 私に非が無いわけじゃない。
 仕事に夢中になってルイスの事を忘れていた。
 結婚を申し込むくらいの仲になったんだ。
 いまさら何を言ってもみじめなだけだ。

「分かった……おめでとう」
「ごめん」
「気にするな。私には結婚なんて似合わないしな」

 どうせしたところで仕事に熱中して子作りすらしないかもしれない。
 子供を宿している間は休業するしかないんだから。
 男女の差はやっぱりあるのが当たり前なんだ。
 そして文字通りに居場所がなくなった私は帰国することにした。
 部屋を借りるくらいの収入はあった。
 だけどフランスにいる事が辛くなった。
 それを忘れるくらいに仕事に没頭すればいい。
 だけどそんな事をすればまず私に恋なんて言葉は絶対に来ない。
 私は一人になったのが不安だった。
 約束された将来が儚くも消えてしまった。
 どんなに私に様々なステータスがあっても孤独という称号を埋める物はない。
 たくさんの称号とたった一つの不安を抱えて帰国した。
 恋人に振られたから帰ってきた。
 そんな情けない娘を母さんが許すわけがない。
 もうこの家にもいれないのだろうか?
 さっき母さんに言ったように私を雇うような高級なレストランは殆どない。
 明日から求人を探すか。
 仕事が見つかるまでは家に居させてもらうしかない。
 明日また母さんに頭を下げよう。
 すると誰かがノックしていた。
 
「父さんだけど入っていいか?」
「いいよ」

 そう言うと父さんが部屋に入ってきた。
 父さんが入ってくるなんて珍しいな。
 適当に座ってもらうように言うと父さんはベッドに腰かけた。
 そして一言言った。

「実は茉里奈の事は粗方耳にしているんだ」

 え?
 SHにも話してない事なのに。
 しかし、父さんたちが知る手段が一つだけあった。
 それは多田誠司と片桐冬吾。
 国は違うけどサッカーの選手。
 バロンドールを取るほどの名選手。
 ヨーロッパの中でリーグがあったりする。
 だから違う国の選手の情報でも2人ならすぐに耳にする。
 そんな中誠司が耳にしたのはルイスの結婚報告。
 誠司と冬吾はすぐにおかしいと思ったらしい。
 そして自分の父親に尋ねたらしい。
 それが父さんの耳に入った。

「……振られて帰ってくるなんて情けない娘だろ?」

 さっき我慢していたのに私は父さんにすがって泣いていた。
 父さんはそんな私の背中を擦ってくれる。

「そんなにネガティブになる事もないだろう」

 フランスで1,2を争うシェフになったんだ。
 胸を張って凱旋してきたですむことだ。
 そんなにやけになるな。

「今は休め。仕事の事は父さんにあてがあるから任せてくれないか?」
「うん……」
「今は彼氏に振られて傷ついてるだけだろ?茉里奈が実家に帰ってきたらいけないわけないだろ」

 ここが私の帰る場所なんだから。
 母さんだって分かってくれる。
 今までずっと駆け抜けてきたんだ。
 少しくらい休まないと倒れてしまうぞ?
 どんな天才だって一度は挫折するんだ。
 一人で立ち上がれるようになるまで少し休むときなんじゃないか?
 父さんはそう言ってくれた。

「母さんにも説明しなきゃ……」
「それは父さんがしておいたから心配するな」

 姉の紗理奈にも弟の正俊にも子供が出来た。
 一度紗理奈の家に行ってみるといい。
 父さんはそう言って笑っていた。
 皆結婚して子供を作っている。
 なのに私は……。
 置いてけぼりにされた感が強く残っていた。

(3)

 部屋を出ると美嘉が立っていた。

「どうだった?」
「やっぱり堪えたみたいだな」

 仕事に夢中になるあまりに彼氏に見放される。
 残酷な話だ。

「そうだったら私だってあんなこと言わなかったのに」
「言えなかったんだろ」

 振られたから帰ってきた。
 そんなの美嘉が許すわけがない。
 そう思い込んでいたみたいだから。

「で、相談なんだが……」
「分かってる。正志が茉里奈と話してる間に恵美に相談しておいた」

 あの腕前だ。
 創作料理なんかに転向するより今の才能を生かした方が良いに決まってる。
 美嘉はそう判断したみたいだ。
 俺も冬夜達に相談してみた。
 檜山先輩にも話をした。

「そうだね。一度腕前を見たいね」
「冬夜はフランス料理食べたいだけだろ?」
「それがさ、どうもエスカルゴがダメでさ」
「冬夜さんはその好き嫌いをどうにかしてください!」

 おそらく地元の最重要人物は冬夜だろう。
 そんな冬夜が意外な好き嫌いを見せるのはまずいと愛莉さんは判断したらしい。

「まあ、冬夜の言う通り腕は確かめておきたいかもしれないな」

 檜山先輩もそう言っていた。
 経歴だけでその凄さは分かるがやはりその腕を自分の舌で確かめたいのだろう。

「じゃあ、決まりね。店は美嘉の店でいいかしら?」
「ああ、その日だけ休むよ」
「それと冬夜悪いが……」
「分かってる。実は当てがあるんだよね」

 さすがというか大した男だ。
 結局渡辺班の大多数が食べてみたいと言いだした。
 まあ、フランス料理なんて滅多に食わないからそうなるんだろう。
 酒井君に頼んでホテルでディナーをすることになった。

(4)

「父さん、なんでこんなに一杯食器があるの?」

 結はフランス料理は初めてだから不思議だったのだろう。
 空達は何度か食べさせたことがある。

「めんどくさい」

 空と翼はそう言ってあまり好きじゃなかったらしいけど。
 意外にも天音はやはり大地の妻という自覚があるのだろう。
 結莉達に必死にマナーを説明していた。
 そして問題の料理だけど……
 渡辺君が説明したように賞を総なめするほどの事だけはある。
 一つを極めると大体の事は対応できるらしい。
 短期間の間に適応出来たみたいだ。
 日本でしか取れない食材を使って見事にアレンジしている。
 昔あらゆるジャンルの料理の達人がゲストと料理対決するという漫画みたいな番組があった。
 フランス料理でその食材は無茶だろうという物を見事にフランス料理風にアレンジして見せる。
 意外な調味料を使ったりして見事に今ここでしか食べれない料理をふるまってくれた。
 
「フランス料理食ってみたい」

 そう言って来た誠たちはワインを飲んで盛り上がってる。
 何をしに来たんだろう?
 僕の席には愛莉と桧山夫妻と江口夫妻。それに渡辺夫妻と酒井夫妻がいた。

「どうだ冬夜?」
「驚いたよ。料理の道って数十年単位で修業すると聞いていたけど……」

 まだ26歳の女性が作ったとは思えない味の深みがあった。

「今日はわざわざすいません」

 コースが終わると茉里奈さんがあいさつに来た。
 こういう挨拶も慣れているようだ。
 若干緊張しているようだったけど。

「意外な調味料使ってるね」

 一部の店では醤油やみりんを使ったソースがあるらしいけど驚いた。

「さすがですね。見抜かれるとは思いませんでした」
「私も何か違うと思ったけど、片桐君はそこまでわかるの?」

 恵美さんが驚いていた。

「茉里奈って言ったかしら?あなたはこれから先どうしたいの?」

 恵美さんが聞いていた。
 ホテルのレストランのシェフになるか、独立して店を構えるか。
 どっちでも多分成功するから構わないという。
 オーナーシェフというやり方もある。
 いくつもの店舗を持って一日に何回かチェックするやり方。

「私は出来ればお客様にお出しする料理に責任もって食べてもらいたいので」
「じゃあ、店を持った方がいいかもね」

 晶さんは酒井グループの経営しているホテルの総料理長にしたかったそうだ。
 しかし茉里奈は心を込めて作った料理をお出ししたいと考えてるらしい。
 フランスでは何件も掛け持ちしていたけどそういう願望もあったのだろう。

「場所はこれから考えるとして……まずは檜山先輩どうする?」

 恵美さんが聞いていた。

「恵美さんには悪いけどここは地元銀行に譲ってくれませんか?」
「まあ、そういうなら私はいいわよ」

 どっちが茉里奈に出資するかの相談だったのだろう。

「となるとやはり場所か?」

 有名店なら市街地に店を作れば、この腕ならすぐに名店になるだろう。
 しかしあまり客が多いと茉里奈の希望がかなわなくなる。
 一人で切り盛りするなんて無理だ。

「スタッフも何人か雇っておいた方が良いと思う。茉里奈だってまだ20代なんだから」

 子供を作ったら休業なんてシャレにならない。

「それは……私にそんな余裕があるかわからないし……」

 そういえば渡辺君が言っていたな。
 今はまだゆとりがない。
 だけどそんな理屈が渡辺班には通じない。

「そんな事言わない方が良いと思う。たった一回失恋しただけなんだから」

 そんな女性に無理にでも似合う恋人を用意するのが渡辺班の強さだ。

「まあ、いきなりそんな話されても困るだろうからまずは店を軌道に乗せる事を考えよう」
「ちょうどいい空き店舗があったよ」

 酒井君が言う。
 あの場所なら岬の店とも離れてるし競合することはないだろう。

「そうね、10月までには改装してあげるから思いつく限りの希望を今度準備しておいて」

 晶さんが言う。

「ありがとうございます」
「んじゃ、年も近いし空に任せるかな」
「最近空に厳しくないですか?」

 愛莉がそう言って笑う。

「そりゃ、空は会社を継ぐ気なんだからそのくらいこなしてもらわないと認められないよ」

 僕がそう言うとみんな笑っていた。

「んじゃ、決まったし。めでたいから祝おうぜ!」
「美嘉は場所を弁えろ!」
「堅っ苦しい食事なんてそれだけでマズくなるだろ!」

 そんな両親を茉里奈さんは羨ましそうに見ていた。

(5)

 私はホテルで渡辺班の指揮官の片桐冬夜さん達に料理をふるまう事になった。
 その味で私の今後が決まるらしい。
 
「そんなに緊張するな。お前ならいつも通りで大丈夫だから」

 母さんがそう言っていた。
 とはいえさすがに緊張する。
 一品一品を丁寧に作っていた。
 最後に挨拶をする。
 片桐さん達は及第点をくれた。
 すぐに私の店を市街地に出すことが決まる。

「子供を育てる期間もあるだろうからスタッフも準備しないとね」

 片桐さんがそう言うと私はびくっとした。
 私にそんな幸せが来るのか不安で仕方なかった。

「人は誰でも幸福になる権利があるんだ。一度の失敗くらいで怖気付いたらダメだよ」

 片桐さんはそう言って笑った。
 その後は皆すぐに帰った。
 中には繁華街で飲んで帰る者もいたらしいけど。

「よかったな」

 家に帰ると父さんがそう言ってくれた。

「ありがとう」
「娘の為なら何でもするのが親だよ」

 私もそんなときが来たら分かると父さんが言った。
 そんなときが来るのだろうか?

「諦めるな。未来はそんなに捨てたもんじゃない」

 母さんが言う。
 恋愛物語で失恋した私にまだチャンスが巡ってくるのか?
 恋愛物語だからこそチャンスが来るんだと母さんが言う。
 そしてその相手もまた失意のどん底にいる最中だと後で聞いた。
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