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blowin' in the wind
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(1)
「てめーの尻の穴を二つにしてやろうか!?」
「もともと二つあるわ馬鹿垂れ!菫こそ尻を4つに割ってやろうか!?」
優しい表現で言うとじゃれ合い。
まともに表現すると殺り合い。
どこで覚えて来たか知らない罵り合いをしながら拳で語り合う女の子。
そんな世界とは無縁とばかりに結と茉奈は外を眺めて話している。
「もう春だな」
「そうだね」
「桜はたべられないんだよな?」
「サクランボなら食べられるよ」
「それ美味しいの?」
「甘くておいしいよ」
「お腹にたまるのか?」
「それなら、ママに頼んでいちご狩りに連れていってもらう?」
いちご狩りはその場でなら食べ放題だよ。
時期的にはまだ大丈夫だよ。
茉奈が言うと結が悩んでいる。
「茉奈は練乳とかかけたりするの?」
「私は苺の甘さだけで充分かな~」
「そうだよな」
同じ部屋でこうも極端に違うやりとりを僕は見ながら絵本を読んでいた。
内容は大体覚えた。
だから考えていた。
どうして顔を食べていいよなんていうホラーな話が幼稚園に置いてあるのだろう?
絵本だけじゃなく紙芝居もある。
天丼顔の人は中身を食べられる。
恐ろしい発想じゃないのか?
結はそれを見て自分の頭の中には何が詰まっているんだろうと思って母親に聞いたらしい。
母親はあっさりと解決したみたいだ。
「人間は食べれないよ」
結はその一言で納得したらしい。
世界中に広がっている童話だってそうだ。
復讐劇のネタにされるくらい残酷な物がある。
日本の昔話だって変わらない。
勧善懲悪という便利な言葉がある。
相手が悪者なら何をしてもいいという発想。
その証拠に昔話では大体酷い目にあった主人公が仲間を集めて悪者を袋叩きにして埋めている。
それは時代劇が一番過激らしい。
仇討ちを見届ける人間が仇討ちする側に加勢して殺す。
じゃあ、何が正義なのだろう?
善悪の判断は誰が決める?
現実の世界でもそれは曖昧な物だった。
人を殺めても情状酌量という言い訳をして刑を軽くしてもらう者もいる。
そう言う風に裁判を優位に持っていける弁護士が有能とされている。
交通事故で人を殺して裁判になった。
その有能な弁護士は現場に赴き少し細工をする事で立場を逆転させていた。
それで無罪になった人間はまた無謀な運転をして今度は自分が命を落とした。
人誅という言葉があるそうだ。
天が裁かなくても自分が必ず裁きを下すという意味。
世の中善悪に別れるがその価値観は人さまざま。
そして必ず力のある者の言い分が通るようになっている。
結局のところ強い者が偉いという事か。
平等な世の中なんてどこにも無いのだろう。
何かで言ってたな。
「死だけは平等だ、強者も弱者も、正義も悪も関係なしにやってくる」
だから生き残る術を身につけなければならない。
自分の大切な者を守るくらいの力をつけなければならない。
結に至っては絶対大丈夫だろう。
「結を怒らせる前に事件を片付けなさい」
父さんが言ってた。
結はまだ幼い。
だから手加減が出来ない。
結の怒りの赴くままに力を行使したら少なくとも幼稚園は廃墟になる。
だから僕と朔は常に2人を警護している。
一発でも弾をかすめたらそれで終わる。
そんな無謀な馬鹿がいまだに幼稚園にいる事が脅威だよ。
今日は天気がよかったから皆外で遊んでいた。
結達と菫達はともかくまだ一人女の子が残っていた。
どうして菫達が屋内でやりあってるかって?
「お外で転んだら汚れちゃうじゃない」
……一応女の子だからね。
で、その子は絵本を読んでいた。
保母さん達もその子に声をかけない。
いじめられているのだろうか?
もう1年経つというのに友達もいないのかな。
そんな風に彼女をいつしか観察していた。
彼女に差し伸べる手はどこにもなかった。
ただ、揶揄う馬鹿がいたけど。
「何でお前閉じこもってんだよ。かび臭いんだよ」
小便くさいガキが何か言ってる。
彼女は困っているようだったので助けてやる事にした。
「部屋に閉じこもっていたらかび臭い?それ、あの二人に同じ事言える?」
そう言ってガキに声をかけて暴れまわっている菫達を見た。
あの二人に下手に関わって命を落としたくないのだろう。
だから僕に怒鳴る。
「酒井!お前には関係ないだろすっこんでろ!」
ガキの手首を見る。
黒いリストバンドはしてない。
特殊能力を持っている様子もない。
ただのガキだ。
「そうだね、僕は君達には関係ない。しかし彼女にも君達には関係ない。そんな理不尽な事をしているのなら、僕も君達に理不尽な暴力をプレゼントしてあげるよ?」
「お前こいつと出来てるのか?」
「そう言って一々聞く事を邪推って言うんだよ?」
ガキに睨みつけられた程度なんてことない。
一々確認してやる必要もないけど、僕も父さんと同じで面倒事は好きじゃないんだ。
それでもやると言うなら相手してあげるけど、覚悟して欲しい。
しょうもない事に付き合ってやるからには相応の代償は払ってもらうからね。
そう言ってガキにやんわりと忠告するとガキどもは退散していった。
ちょっと時間をかけすぎたみたいだ。
恋を語り合っていた二人がこっちに気づいて様子を伺っていた。
危うく幼稚園爆破事件なんて記事が翌日の朝刊に乗るところだったよ。
「あの、ありがとう……」
「僕にとってもちょっと目障りだから手を貸しただけ。気にしないで」
「私藤原心音。あなたは?」
「酒井秋久」
「え?酒井?」
藤原さんは少し怯えていた。
無理もない。
あそこでハリウッド張りのアクションを茉莉と繰り広げている菫と同じ姓なんだから。
「ああ、菫は僕の姉。三つ子なんだ」
「……全然性格似てないね」
「それ菫には言わない方がいいよ」
そう言って僕は笑った。
ついでだから聞いてみた。
「いつも何の本を読んでいるのかい?」
すると藤原さんは絵本の表紙を見せた。
ガラスの靴を履く奴だった。
「私この話が大好きなの」
女の子ならそうなんだろうね。
たまたま出会った王子様と結婚するサクセスストーリー。
女の子なら大体の子が憧れるだろう。
あの二人は自分の立場を全く分かってないみたいだけど。
「私にもいつか王子様が現れるといいなって」
「それは無理だよ」
「え?」
今にも泣きだしそうな藤原さんに言った。
待ってるだけじゃだめだ。
絵本の主人公だって努力してきた。
その結果魔女が力を貸してくれた。
そして舞踏会に行って王子と出会った。
言ってる意味分かる?
「神様は努力をした人にだけ力を貸してくれるんだ」
もっともあの二人にとって神は年中ベガスに行ってるらしいけど。
「私も何かしないとダメって事?」
「そうだね。出会いが欲しかったらまずは皆の輪に入るとかした方がいいんでないかい?」
「……それは無理なの」
え?
彼女は体が弱いらしくて運動があまりできない。
外にいる時間も制限されるくらい虚弱体質なんだそうだ。
保母さん達が何も言わない理由が分かった。
引きこもりたいからじゃない。
引きこもらざるを得ないからだ。
「ごめんね、そんな事情知らなかったから」
「誰にも言ってないから当たり前だよ。やっぱり私じゃ無理かな」
藤原さんの笑顔が痛々しい。
だから思ってしまった。
「もし、藤原さんに力を貸してくれる人がいなかったら僕に言っておくれ」
僕が力を貸してあげる。
「ではまた」
そう言って遊戯の時間が来ると僕は彼女から離れていった。
(2)
翌日から自由時間は彼女といる事が多かった。
晴れてる日も雨の日も藤原さんと一緒にいた。
だから誤解を与えてしまった。
ある日いつぞやのガキ共が目の前に来た。
「何か用?」
僕が彼等に言うと彼等はにやりと笑った。
「お前ら付き合ってるの?」
それを答える理由があるなら教えておくれ。
「君達の頭の中は余程平和なんだね」
「なんだと?」
「女の子と一緒にいると付き合っている事になるのかい?」
4歳だから無理もないだろうけどあまりにも短絡的すぎるよ。
「お前はどう思っているんだよ?」
彼等は藤原さんに聞いていた。
藤原さんは俯いて黙っている。
泣かないように必死にこらえているのだろう?
そんな気持ちが伝わって来た。
困ったなぁ。
そんなつもりで相手したわけじゃないのに。
藤原さんの気持ちに気づいてしまった。
それなら、僕にも動く口実が出来たか。
本当に面倒なことは嫌いなんだけどな。
「……仮に僕が藤原さんと付き合っていたとして君達に何か迷惑をかけたのかい?」
「やっぱりつきあってるんじゃないか」
そう言って囃し立てる。
あまりそう言う事しない方がいいと思うよ。
騒げば騒ぐほどリスクが増える。
ほら、あの二人がこっちの様子を見てる。
「君達の言う通り僕が藤原さんと付き合っていたとしたら、僕は面倒な事をしなければならない」
「どういう意味だ?」
その瞬間彼は茉莉達に蹴飛ばされていた。
「秋久は回りくどいんだよ!ムカついたからぶん殴る!世の中シンプルにいかねーと面倒だろ!」
菫がそう言いながら彼等を袋叩きにしている。
「どうしたんだよ?逃げるとか反撃するとかしろよ!面白くねーだろ!」
「泣き声上げて保母さんにバレたらお前ら家に帰れると思うなよ!砂場を墓場にしてやる!」
無茶苦茶な言いがかりをつけて暴行する2人は放っておいて藤原さんに声をかけた。
「ごめんね、騒ぎを起こすつもりはなかったんだけど……これ使う?」
そう言ってハンカチを取り出す。
幼稚園児だからハンカチくらい持ってるだろ?
希美達は白い手袋さえあればいいと思ってるみたいだけど。
しかし藤原さんは首を振る。
どうしたんだろう?
僕と一緒にいる事が怖くなったかい?
「……迷惑かけたね。もう近づかないようにするよ。ごめんね」
そう言って立ち上がって2人をいい加減止めようかとすると藤原さんが僕の腕を掴んだ。
僕は立ち止まって振り返ると藤原さんを見る。
「酒井君は言ってたね。自ら努力しないと神様は力を貸してくれないって」
「ああ、そうだね」
「だから私は初めて自分で行動を示す事にします」
藤原さんは僕に向かってこう言った。
「私の王子様になってくれませんか?」
藤原さんは震えていた。
不安だったのだろう。
そんな不安にさせる為に手を差し出したんじゃない。
「神様は気紛れなんだよ」
「どういう意味?」
「もし、藤原さんに力を貸す神様がいるとしたら、きっと僕なんだろうね」
あの日藤原さんに気を取られた時から始まっていたのかもしれない。
僕と藤原さんの果てしなく続く物語。
「それじゃあ……」
「秋久でいいよ」
希美がいるから間違えるかもしれないだろ?
「じゃあ、私も心音でいいよ」
そう言って「よろしく」って握手する。
それを見たガキ共が囃し立てる。
「やっぱり好きなんじゃないか!」
恋人を馬鹿にするという事がどれほど情けない事でどれほど愚かな事か知らなかったらしい。
その答えはすぐに出るよ。
「そんなにおかしい事なのか?どうおかしいのか説明してくれないか?」
一番怒らせたらいけない人間がやって来た。
一緒にいた茉奈は心音と何か話をしている。
まずいと思った陽葵がすぐにそいつらも殴り飛ばす。
「そんなにダンスを踊りたいなら私が相手になりましょう」
「厄介事を増やしやがって、全員皆殺しにしてやる」
茉莉と菫と陽葵を止める者はいない。
止められる2人は元の位置に戻った。
気にしてる心音に言う。
「気にする事はないよ」
「そうなんだ」
その日やっぱり母さん達が呼び出された。
今年度最後に起きた些細な出来事。
(3)
俺は茉奈と絵本を読んでいた。
いつもと違う感じのお話。
女の子が毒のあるリンゴを食べて死んじゃうお話。
そのあと死体を貰った王子様が運んでる途中に生き返って結婚するお話。
茉奈と読んでいて不思議に思った。
母さんはいつも言っている。
「知らない人からもらった物や落ちている物は食べてはいけない」
このお姫様は小人さんから教えてもらわなかったのだろうか?
何回も死にかけてるのに不思議でしょうがなかった。
それに母さんが言ってた。
「食べ物を使って悪戯をしたらいけない」
食べ物を粗末にしてはいけないとママが言っていた。
なのにどうしてあの継母はそんな真似をするんだろう?
何度も死にかけて、そして食べ物を粗末にして死んでいく。
パパが言ってた”因果応報”ってやつじゃないのだろうか?
そしてやっぱり最後は継母に熱した鉄の靴を履かせて死ぬまでステップを踏み続ける。
そんなのを見て笑っているお姫様。
どっちもどっちじゃないのだろうか?
いい人と思わせて性悪なお姫様たち。
お姫様って皆そうなのかな?
僕は茉奈を見ていた。
僕の視線に気づいた茉奈が僕を見ていた。
「どうしたの?」
「茉奈は僕にとってお姫様なんだよな?」
「そう思ってくれると嬉しい」
「じゃあ、やっぱりこんな性格なの?」
「え……?」
不安そうな顔をする茉奈。
「ごめん、不思議に思って。茉奈は優しいのに絵本のお姫様は皆悪者に見えたから」
「うーん……難しいね」
結莉と一緒に考えていた。
「あ、あれだよ」
結莉は何かアイデアがあったみたいだ。
「お正月の時にテレビで挨拶してた女性は優しそうだよ」
皇族と呼ばれる人たちの事だ。
天皇陛下ってのは日本で一番偉いらしい。
だけど憲法というのでは「日本の象徴」と定義付けられている。
難しい事はどうでもいい。
父さんも凄く強くて凄い人だから”空の王”と呼ばれている。
じいじはもっと強いらしいんだけど。
俺なんかまだまだなんだろうな。
で、天皇陛下の孫娘のお妃さまは皆優しそうな笑顔で笑っていた。
お姫様にも色々いるんだよ。
茉奈はそう言った。
「なるほど。ありがとう」
「結は難しい事考えるの好きだね」
「うん、もう一つあるんだ」
「どうしたの?」
美味しいリンゴを食べて死んだらどんな気持ちなんだろう。
美味しいという感覚だけを残して意識が消えるのだろうか?
「結は死んでみたいの?」
「何度も生き返るなら」
じいじも思ったそうだ。
死後の世界には美味しいものがあるのか興味があったそうだ。
でも愛莉が「死んだらラーメン食べれなくなるよ!」って引き留めたらしい。
ラーメン食べられないのは悲しいな。
「うーん、それは私にも分からないかな」
「そうだよね」
茉奈が死んだら悲しいし。
「茉奈は俺が死んだら悲しいか?」
「当たり前だよ」
「そうか」
誰か死んでもいい人に死んでもらえばいいのだろうか?
「でも結。それも問題あると思うよ?」
「どうして?」
「だってどうやって生き返させるの?」
茉奈は俺以外の人とキスしたくないらしい。
茉奈も俺が茉奈以外の誰かとキスをするのはダメだって言ってる。
うーん、そもそもそんな死んでいい奴とキスしたい奴がいるのだろうか?
キスをしたら生き返るという理屈が合ってるのかもわからない。
2人で考えても解決しそうにない。
帰って母さんに聞いてみる事にした。
「母さん、死んだらどうなるの?」
母さんの表情が青ざめていた。
「何か幼稚園で嫌な事あったの!?」
どうも勘違いさせたらしい。
1から説明した。
すると母さんも悩みだした。
すると何か思いついたらしい。
「結の仮定があってたとして、リンゴが美味しいと感じたまま死んだとするでしょ?」
「うん」
「でも結はまだ知らない食べ物がいっぱいあるんだよ」
美味しいご馳走がたくさんある。
それを知らないまま結は死んじゃうの?
うーん、それは考えてなかった。
でももう一つの問題がある。
「それはね、フィクションっていうの」
ふぃくしょん?
作者の都合のいい様に事実とは異なる話を作る事。
僕が持ってるプラモデルもビームサーベル使えないでしょ?
なるほど……。
現実の話ばかりしていても面白くないから作者があれこれ考える。
普通に考えたらアンパン男が存在するわけないでしょ?
納得した。
流石母さんだなと思った。
俺が知らないことは大体知っている。
「だから絵本やテレビに出てくることを真に受けたらいけない。わかった?」
「うん」
「じゃ、着替えてきなさい。お腹空いてるでしょ」
母さんがそう言うと言われた通りに着替えてお昼ご飯を食べる。
そんな風に平穏な日常が流れていく。
「てめーの尻の穴を二つにしてやろうか!?」
「もともと二つあるわ馬鹿垂れ!菫こそ尻を4つに割ってやろうか!?」
優しい表現で言うとじゃれ合い。
まともに表現すると殺り合い。
どこで覚えて来たか知らない罵り合いをしながら拳で語り合う女の子。
そんな世界とは無縁とばかりに結と茉奈は外を眺めて話している。
「もう春だな」
「そうだね」
「桜はたべられないんだよな?」
「サクランボなら食べられるよ」
「それ美味しいの?」
「甘くておいしいよ」
「お腹にたまるのか?」
「それなら、ママに頼んでいちご狩りに連れていってもらう?」
いちご狩りはその場でなら食べ放題だよ。
時期的にはまだ大丈夫だよ。
茉奈が言うと結が悩んでいる。
「茉奈は練乳とかかけたりするの?」
「私は苺の甘さだけで充分かな~」
「そうだよな」
同じ部屋でこうも極端に違うやりとりを僕は見ながら絵本を読んでいた。
内容は大体覚えた。
だから考えていた。
どうして顔を食べていいよなんていうホラーな話が幼稚園に置いてあるのだろう?
絵本だけじゃなく紙芝居もある。
天丼顔の人は中身を食べられる。
恐ろしい発想じゃないのか?
結はそれを見て自分の頭の中には何が詰まっているんだろうと思って母親に聞いたらしい。
母親はあっさりと解決したみたいだ。
「人間は食べれないよ」
結はその一言で納得したらしい。
世界中に広がっている童話だってそうだ。
復讐劇のネタにされるくらい残酷な物がある。
日本の昔話だって変わらない。
勧善懲悪という便利な言葉がある。
相手が悪者なら何をしてもいいという発想。
その証拠に昔話では大体酷い目にあった主人公が仲間を集めて悪者を袋叩きにして埋めている。
それは時代劇が一番過激らしい。
仇討ちを見届ける人間が仇討ちする側に加勢して殺す。
じゃあ、何が正義なのだろう?
善悪の判断は誰が決める?
現実の世界でもそれは曖昧な物だった。
人を殺めても情状酌量という言い訳をして刑を軽くしてもらう者もいる。
そう言う風に裁判を優位に持っていける弁護士が有能とされている。
交通事故で人を殺して裁判になった。
その有能な弁護士は現場に赴き少し細工をする事で立場を逆転させていた。
それで無罪になった人間はまた無謀な運転をして今度は自分が命を落とした。
人誅という言葉があるそうだ。
天が裁かなくても自分が必ず裁きを下すという意味。
世の中善悪に別れるがその価値観は人さまざま。
そして必ず力のある者の言い分が通るようになっている。
結局のところ強い者が偉いという事か。
平等な世の中なんてどこにも無いのだろう。
何かで言ってたな。
「死だけは平等だ、強者も弱者も、正義も悪も関係なしにやってくる」
だから生き残る術を身につけなければならない。
自分の大切な者を守るくらいの力をつけなければならない。
結に至っては絶対大丈夫だろう。
「結を怒らせる前に事件を片付けなさい」
父さんが言ってた。
結はまだ幼い。
だから手加減が出来ない。
結の怒りの赴くままに力を行使したら少なくとも幼稚園は廃墟になる。
だから僕と朔は常に2人を警護している。
一発でも弾をかすめたらそれで終わる。
そんな無謀な馬鹿がいまだに幼稚園にいる事が脅威だよ。
今日は天気がよかったから皆外で遊んでいた。
結達と菫達はともかくまだ一人女の子が残っていた。
どうして菫達が屋内でやりあってるかって?
「お外で転んだら汚れちゃうじゃない」
……一応女の子だからね。
で、その子は絵本を読んでいた。
保母さん達もその子に声をかけない。
いじめられているのだろうか?
もう1年経つというのに友達もいないのかな。
そんな風に彼女をいつしか観察していた。
彼女に差し伸べる手はどこにもなかった。
ただ、揶揄う馬鹿がいたけど。
「何でお前閉じこもってんだよ。かび臭いんだよ」
小便くさいガキが何か言ってる。
彼女は困っているようだったので助けてやる事にした。
「部屋に閉じこもっていたらかび臭い?それ、あの二人に同じ事言える?」
そう言ってガキに声をかけて暴れまわっている菫達を見た。
あの二人に下手に関わって命を落としたくないのだろう。
だから僕に怒鳴る。
「酒井!お前には関係ないだろすっこんでろ!」
ガキの手首を見る。
黒いリストバンドはしてない。
特殊能力を持っている様子もない。
ただのガキだ。
「そうだね、僕は君達には関係ない。しかし彼女にも君達には関係ない。そんな理不尽な事をしているのなら、僕も君達に理不尽な暴力をプレゼントしてあげるよ?」
「お前こいつと出来てるのか?」
「そう言って一々聞く事を邪推って言うんだよ?」
ガキに睨みつけられた程度なんてことない。
一々確認してやる必要もないけど、僕も父さんと同じで面倒事は好きじゃないんだ。
それでもやると言うなら相手してあげるけど、覚悟して欲しい。
しょうもない事に付き合ってやるからには相応の代償は払ってもらうからね。
そう言ってガキにやんわりと忠告するとガキどもは退散していった。
ちょっと時間をかけすぎたみたいだ。
恋を語り合っていた二人がこっちに気づいて様子を伺っていた。
危うく幼稚園爆破事件なんて記事が翌日の朝刊に乗るところだったよ。
「あの、ありがとう……」
「僕にとってもちょっと目障りだから手を貸しただけ。気にしないで」
「私藤原心音。あなたは?」
「酒井秋久」
「え?酒井?」
藤原さんは少し怯えていた。
無理もない。
あそこでハリウッド張りのアクションを茉莉と繰り広げている菫と同じ姓なんだから。
「ああ、菫は僕の姉。三つ子なんだ」
「……全然性格似てないね」
「それ菫には言わない方がいいよ」
そう言って僕は笑った。
ついでだから聞いてみた。
「いつも何の本を読んでいるのかい?」
すると藤原さんは絵本の表紙を見せた。
ガラスの靴を履く奴だった。
「私この話が大好きなの」
女の子ならそうなんだろうね。
たまたま出会った王子様と結婚するサクセスストーリー。
女の子なら大体の子が憧れるだろう。
あの二人は自分の立場を全く分かってないみたいだけど。
「私にもいつか王子様が現れるといいなって」
「それは無理だよ」
「え?」
今にも泣きだしそうな藤原さんに言った。
待ってるだけじゃだめだ。
絵本の主人公だって努力してきた。
その結果魔女が力を貸してくれた。
そして舞踏会に行って王子と出会った。
言ってる意味分かる?
「神様は努力をした人にだけ力を貸してくれるんだ」
もっともあの二人にとって神は年中ベガスに行ってるらしいけど。
「私も何かしないとダメって事?」
「そうだね。出会いが欲しかったらまずは皆の輪に入るとかした方がいいんでないかい?」
「……それは無理なの」
え?
彼女は体が弱いらしくて運動があまりできない。
外にいる時間も制限されるくらい虚弱体質なんだそうだ。
保母さん達が何も言わない理由が分かった。
引きこもりたいからじゃない。
引きこもらざるを得ないからだ。
「ごめんね、そんな事情知らなかったから」
「誰にも言ってないから当たり前だよ。やっぱり私じゃ無理かな」
藤原さんの笑顔が痛々しい。
だから思ってしまった。
「もし、藤原さんに力を貸してくれる人がいなかったら僕に言っておくれ」
僕が力を貸してあげる。
「ではまた」
そう言って遊戯の時間が来ると僕は彼女から離れていった。
(2)
翌日から自由時間は彼女といる事が多かった。
晴れてる日も雨の日も藤原さんと一緒にいた。
だから誤解を与えてしまった。
ある日いつぞやのガキ共が目の前に来た。
「何か用?」
僕が彼等に言うと彼等はにやりと笑った。
「お前ら付き合ってるの?」
それを答える理由があるなら教えておくれ。
「君達の頭の中は余程平和なんだね」
「なんだと?」
「女の子と一緒にいると付き合っている事になるのかい?」
4歳だから無理もないだろうけどあまりにも短絡的すぎるよ。
「お前はどう思っているんだよ?」
彼等は藤原さんに聞いていた。
藤原さんは俯いて黙っている。
泣かないように必死にこらえているのだろう?
そんな気持ちが伝わって来た。
困ったなぁ。
そんなつもりで相手したわけじゃないのに。
藤原さんの気持ちに気づいてしまった。
それなら、僕にも動く口実が出来たか。
本当に面倒なことは嫌いなんだけどな。
「……仮に僕が藤原さんと付き合っていたとして君達に何か迷惑をかけたのかい?」
「やっぱりつきあってるんじゃないか」
そう言って囃し立てる。
あまりそう言う事しない方がいいと思うよ。
騒げば騒ぐほどリスクが増える。
ほら、あの二人がこっちの様子を見てる。
「君達の言う通り僕が藤原さんと付き合っていたとしたら、僕は面倒な事をしなければならない」
「どういう意味だ?」
その瞬間彼は茉莉達に蹴飛ばされていた。
「秋久は回りくどいんだよ!ムカついたからぶん殴る!世の中シンプルにいかねーと面倒だろ!」
菫がそう言いながら彼等を袋叩きにしている。
「どうしたんだよ?逃げるとか反撃するとかしろよ!面白くねーだろ!」
「泣き声上げて保母さんにバレたらお前ら家に帰れると思うなよ!砂場を墓場にしてやる!」
無茶苦茶な言いがかりをつけて暴行する2人は放っておいて藤原さんに声をかけた。
「ごめんね、騒ぎを起こすつもりはなかったんだけど……これ使う?」
そう言ってハンカチを取り出す。
幼稚園児だからハンカチくらい持ってるだろ?
希美達は白い手袋さえあればいいと思ってるみたいだけど。
しかし藤原さんは首を振る。
どうしたんだろう?
僕と一緒にいる事が怖くなったかい?
「……迷惑かけたね。もう近づかないようにするよ。ごめんね」
そう言って立ち上がって2人をいい加減止めようかとすると藤原さんが僕の腕を掴んだ。
僕は立ち止まって振り返ると藤原さんを見る。
「酒井君は言ってたね。自ら努力しないと神様は力を貸してくれないって」
「ああ、そうだね」
「だから私は初めて自分で行動を示す事にします」
藤原さんは僕に向かってこう言った。
「私の王子様になってくれませんか?」
藤原さんは震えていた。
不安だったのだろう。
そんな不安にさせる為に手を差し出したんじゃない。
「神様は気紛れなんだよ」
「どういう意味?」
「もし、藤原さんに力を貸す神様がいるとしたら、きっと僕なんだろうね」
あの日藤原さんに気を取られた時から始まっていたのかもしれない。
僕と藤原さんの果てしなく続く物語。
「それじゃあ……」
「秋久でいいよ」
希美がいるから間違えるかもしれないだろ?
「じゃあ、私も心音でいいよ」
そう言って「よろしく」って握手する。
それを見たガキ共が囃し立てる。
「やっぱり好きなんじゃないか!」
恋人を馬鹿にするという事がどれほど情けない事でどれほど愚かな事か知らなかったらしい。
その答えはすぐに出るよ。
「そんなにおかしい事なのか?どうおかしいのか説明してくれないか?」
一番怒らせたらいけない人間がやって来た。
一緒にいた茉奈は心音と何か話をしている。
まずいと思った陽葵がすぐにそいつらも殴り飛ばす。
「そんなにダンスを踊りたいなら私が相手になりましょう」
「厄介事を増やしやがって、全員皆殺しにしてやる」
茉莉と菫と陽葵を止める者はいない。
止められる2人は元の位置に戻った。
気にしてる心音に言う。
「気にする事はないよ」
「そうなんだ」
その日やっぱり母さん達が呼び出された。
今年度最後に起きた些細な出来事。
(3)
俺は茉奈と絵本を読んでいた。
いつもと違う感じのお話。
女の子が毒のあるリンゴを食べて死んじゃうお話。
そのあと死体を貰った王子様が運んでる途中に生き返って結婚するお話。
茉奈と読んでいて不思議に思った。
母さんはいつも言っている。
「知らない人からもらった物や落ちている物は食べてはいけない」
このお姫様は小人さんから教えてもらわなかったのだろうか?
何回も死にかけてるのに不思議でしょうがなかった。
それに母さんが言ってた。
「食べ物を使って悪戯をしたらいけない」
食べ物を粗末にしてはいけないとママが言っていた。
なのにどうしてあの継母はそんな真似をするんだろう?
何度も死にかけて、そして食べ物を粗末にして死んでいく。
パパが言ってた”因果応報”ってやつじゃないのだろうか?
そしてやっぱり最後は継母に熱した鉄の靴を履かせて死ぬまでステップを踏み続ける。
そんなのを見て笑っているお姫様。
どっちもどっちじゃないのだろうか?
いい人と思わせて性悪なお姫様たち。
お姫様って皆そうなのかな?
僕は茉奈を見ていた。
僕の視線に気づいた茉奈が僕を見ていた。
「どうしたの?」
「茉奈は僕にとってお姫様なんだよな?」
「そう思ってくれると嬉しい」
「じゃあ、やっぱりこんな性格なの?」
「え……?」
不安そうな顔をする茉奈。
「ごめん、不思議に思って。茉奈は優しいのに絵本のお姫様は皆悪者に見えたから」
「うーん……難しいね」
結莉と一緒に考えていた。
「あ、あれだよ」
結莉は何かアイデアがあったみたいだ。
「お正月の時にテレビで挨拶してた女性は優しそうだよ」
皇族と呼ばれる人たちの事だ。
天皇陛下ってのは日本で一番偉いらしい。
だけど憲法というのでは「日本の象徴」と定義付けられている。
難しい事はどうでもいい。
父さんも凄く強くて凄い人だから”空の王”と呼ばれている。
じいじはもっと強いらしいんだけど。
俺なんかまだまだなんだろうな。
で、天皇陛下の孫娘のお妃さまは皆優しそうな笑顔で笑っていた。
お姫様にも色々いるんだよ。
茉奈はそう言った。
「なるほど。ありがとう」
「結は難しい事考えるの好きだね」
「うん、もう一つあるんだ」
「どうしたの?」
美味しいリンゴを食べて死んだらどんな気持ちなんだろう。
美味しいという感覚だけを残して意識が消えるのだろうか?
「結は死んでみたいの?」
「何度も生き返るなら」
じいじも思ったそうだ。
死後の世界には美味しいものがあるのか興味があったそうだ。
でも愛莉が「死んだらラーメン食べれなくなるよ!」って引き留めたらしい。
ラーメン食べられないのは悲しいな。
「うーん、それは私にも分からないかな」
「そうだよね」
茉奈が死んだら悲しいし。
「茉奈は俺が死んだら悲しいか?」
「当たり前だよ」
「そうか」
誰か死んでもいい人に死んでもらえばいいのだろうか?
「でも結。それも問題あると思うよ?」
「どうして?」
「だってどうやって生き返させるの?」
茉奈は俺以外の人とキスしたくないらしい。
茉奈も俺が茉奈以外の誰かとキスをするのはダメだって言ってる。
うーん、そもそもそんな死んでいい奴とキスしたい奴がいるのだろうか?
キスをしたら生き返るという理屈が合ってるのかもわからない。
2人で考えても解決しそうにない。
帰って母さんに聞いてみる事にした。
「母さん、死んだらどうなるの?」
母さんの表情が青ざめていた。
「何か幼稚園で嫌な事あったの!?」
どうも勘違いさせたらしい。
1から説明した。
すると母さんも悩みだした。
すると何か思いついたらしい。
「結の仮定があってたとして、リンゴが美味しいと感じたまま死んだとするでしょ?」
「うん」
「でも結はまだ知らない食べ物がいっぱいあるんだよ」
美味しいご馳走がたくさんある。
それを知らないまま結は死んじゃうの?
うーん、それは考えてなかった。
でももう一つの問題がある。
「それはね、フィクションっていうの」
ふぃくしょん?
作者の都合のいい様に事実とは異なる話を作る事。
僕が持ってるプラモデルもビームサーベル使えないでしょ?
なるほど……。
現実の話ばかりしていても面白くないから作者があれこれ考える。
普通に考えたらアンパン男が存在するわけないでしょ?
納得した。
流石母さんだなと思った。
俺が知らないことは大体知っている。
「だから絵本やテレビに出てくることを真に受けたらいけない。わかった?」
「うん」
「じゃ、着替えてきなさい。お腹空いてるでしょ」
母さんがそう言うと言われた通りに着替えてお昼ご飯を食べる。
そんな風に平穏な日常が流れていく。
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