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fake
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(1)
「あのさあ……」
「どうしたの?」
冬莉が不思議そうに瞳子に聞いていた。
「どうしてこの時期にかき氷なの?」
実に単純な疑問だった。
僕達はスキー研修を終えて北海道最後の夜を楽しんでいた。
僕も最後の札幌ラーメンを食べていた。
しかしこの店にはなぜかかき氷があった。
そして瞳子はかき氷を食べていた。
それが冬莉には不思議だったのだろう。
だって今は11月だった。
疑問が単純なら答えも簡単だった。
「だってこの時間にラーメン食べるのはさすがに抵抗あるから」
瞳子が言う。
みんなが片桐家のような体質というわけじゃない。
ましてや彼氏の前で服を脱ぐような関係だ。
それなりに注意するよと瞳子は答えていた。
「でも寒いんじゃないの?」
「ここ暖房聞いてるじゃん」
父さんが不思議な事を言ってたな。
真夏に冷房が効いた店でもつ鍋食ってたそうだ。
「まあ、食べたいもの食えばいいんじゃないか?」
「いや、別に文句があったわけじゃないの」
誠司が言うと冬莉が答えた。
ただ不思議だっただけ。
「明日は東京見学だっけ?」
「そうだね」
「お前らどうするつもりなんだ?」
誠司は言う。
せっかく東京行くんだからデートでも楽しめよ。
「前にも言ったけどさ。大人になればいくらでもこれるんだから、今は修学旅行の思い出作ろうよ」
冬莉が言う。
まあ、誠司の魂胆は見え見えだったんだけど。
「……それに誠司の母さんから言われてるの」
冬莉が言う。
誠司を一人にして変な店に行かないようにしっかり見張っててくれ。
図星だったみたいだ。
誠司は一人なのを良い事に繁華街に赴こうとしていたらしい。
誠司にとっては最高の思い出になるんだろうな。
「それに誠司一人に出来ない理由も出来た」
似非SH。
昨日誠司が遭遇したチンピラのグループ。
ご丁寧に東京支部と名乗ったらしい。
そんな連中がいるところに誠司一人には出来ない。
誠司の強さを見くびってるわけじゃない。
相手の素性が分からないのに何の警戒も無しに遊べる状況じゃない。
今頃地元で空達が何か考えているだろう。
「でも、どこ行く?」
女子は色々買い物とかしたいだろうけど男子は精々それに付き合うだけだぞ。
思い出もへったくれもないだろ。
誠司の言う通りだ。少なくとも僕の頭の中には豊洲くらいしか思いつかない。
「誠司何言ってるの?」
冬莉が言った。
女子は買い物目的は一切ないと言う。
「じゃあ、どこ行くの?」
「私さ、いっぺん見たかったものがあるんだよね」
「何?」
「浅草寺」
ああ、あのでっかい提灯みたいなのがあるところか。
「他の女子もそれでいいの?」
「特に行きたいところないし」
ネット通販もあるのにわざわざ東京で服買う意味がわからない。
どうせ悩むんだったら行きたいところがある人に合わせよう。
そんな話をしていたらしい。
「ちゃんと豊洲もお願いしておいたよ」
冬莉が言うけど僕は悩んでいた。
「私なら大丈夫だよ?冬吾君」
「そうじゃないんだ瞳子」
「へ?」
僕も旅行前に少し調べてみた。
そしたら築地にも美味しい店がまだ残ってるらしい。
どっちに行くべきか悩んでいた。
「うーん、確かに悩むね」
冬莉は理解したらしい。
「どっちにしろ寿司とか海鮮丼だろ?」
昨日散々食ったしいいだろ?
誠司はそう言う。
「ていうか2人とも食べる事しか考えてないの?」
瞳子が呆れていた。
「違う事も考えてるよ。自由研究のレポートでしょ?」
遊びに行くだけじゃない。レポートの提出がある。
その事も考えていた。
「最新の豊洲の市場の様子でもいいし、築地の現状でもレポートは書けるでしょ?」
「……なるほどな」
問題は移動手段だ。
誰もそんなに詳しくない。
目的地は絞っておかないと迷子でどこにも行けない事になる。
すると瞳子が珍しく提案していた。
「あのさ、愛莉さんから聞いたんだけど……」
「母さんが?」
僕が聞くと瞳子は頷いた。
浅草寺でもレポートは書ける。
ついでにランドマークタワーでも行ったらいい。
「で、瞳子の目的は?」
冬莉が聞いていた。
「もんじゃ焼き」
「へ?」
誰もが瞳子の口から食べ物が出て来るとは思わなかった。
「瞳子、東京まで来てもんじゃなの?」
「冬莉は東京まで来てっていうけど地元で志希君と行った事ある?」
「そう言われたら無いわね」
「愛莉さんが言ってたのそこ冬吾君のお父さんに『恋人冥利にに尽きる』って言われて嬉しかったんだって」
一つの料理を彼氏とつつくのがいいんだと母さんが言っていたらしい。
「そう言えば愛莉そんな事言ってたね」
冬莉も聞いた事あるみたいだ。
「でも、それだと俺どうするんだ」
「恋人同士で食べるなら別に地元のお好み焼き屋さんでもいいでしょ?」
でもこのメンバーで食べるのは今回だけに決まってる。
いい思い出になるんじゃないかと瞳子は言った。
「私はそれでもいいよ」
冬莉が言うと誰も反対しなかった。
相談も終わったし最後にもう一杯……。
「お前ら、上手い事決まりの網の目をかいくぐったようだけどいい加減寝ないと明日早いんだぞ」
梅本先生がやって来た。
部屋に誰もいないから大騒ぎらしい。
僕達は部屋に戻って寝る事にした。
(2)
「冬吾、何やってるの?」
僕は朝のバイキングで並んでいると冬莉がやってきた。
「いや、洋食にするか和食にするか迷っててさ」
朝と言えばTKGだけどクロワッサンにも興味ある。
両方食べたいけどそれはどうなんだ?
味噌汁かコーンポタージュも悩む。
そんな事を言ってると冬莉があっさりと回答を出した。
「あのさ、バイキングなんだよ?」
両方が食べればいいじゃない。
翼も空にそう言ったらしい。
冬莉の言う通り最初に和食から攻める事にした。
理由は最後にコーヒーを飲みたいから。
山盛りに盛った皿を見て瞳子が驚く。
「朝から凄いね……」
「食べ放題だしもったいないじゃん」
そう言いながら冬莉とテーブルと料理のある場所を何往復もする。
父さんもそうだったらしい。
母さんは冬莉や翼と違うから「食べ過ぎ!」と叱っていたそうだ。
父さんは母さんがいないと地元でパーティをしている時もひたすら食べている。
母さんに見つかって「冬夜さんは社長なんですよ!少しは立場を考えて下さい!」と叱られている。
瞳子はどちらでもなかった。
ただ、あまりご飯が食べずにフルーツやデザートを食べていた。
朝からそんなもので力が入るのだろうか?
そんな不思議を抱えていた。
朝食を食べると部屋で着替える。
東京で自由行動だから、服は学ランでは無く私服で行動していいらしい。
多分学ランだと東京の不良に田舎者のカモが来たと思われるのだろう。
誠司は姉さんが選んだりしてくれるらしい。
僕は瞳子と一緒に買い物に行った。
ついでに瞳子も選んで欲しいというので付き合った。
しかし、ロビーに行くと皆集まっていた。
皆揃うとバスに乗って空港に向かう。
飛行機から青森県がはっきり見えると空が言っていたのでそれを見ていた。
僕の隣には瞳子がいる。
「何を見てるの?」
「青森県」
「それ楽しいの?」
「瞳子も見てみたら分かるよ」
そう言うと瞳子が身を乗り出して窓から眺める。
まるで日本地図を見ているようにはっきり形が見えていた。
「すごいね」
「でしょ?」
そう言うとまた座る。
「瞳子は東京初めて?」
「うん。冬吾君は何度もあるんだよね」
「それがさ……」
東京には何度も足を運んだ。
だけどどこにも観光や買い物をしたことがない。
理由は誠司だった。
「銀座いこうぜ!」
そう言って遊びに行こうとしたことがある。
当然そのくらいの金は持っている。
全国クラスのCMにでて出演料とかもらってるから。
問題は年齢くらいだろ。
しかしその店にどんな魅力があるのか分からないので空に聞いた。
片桐・遠坂家のグルチャで話をした。
それを見ていた母さんと翼が激怒。
すぐに誠司の母さんに報せる。
「まっすぐ帰ってこなかったらお前の帰る家は無いと思え!」
その後誠司と喧嘩になる。
「普通親に相談する馬鹿いねーだろ!」
「どんな店か教えてくれなかった誠司がいけないんだろ!」
その後誠司の父さんが「お前も彼女一筋なのはいいけど少しは命の洗濯ってのを……いてぇ!」と言って誠司の母さんが激怒する。
「他人様の子供に妙な知恵つけるんじゃねえ!」
その後家でもめた末に「東京では一切遊ぶな!真っ直ぐ家に帰って来い!」と言われてからどこにも観光に行ってない。
僕はいいんだけど大体誠司と隼人と一緒だからダメと言われる。
だから東京で遊んだことがないんだと瞳子に報せた。
「それって東京だけなの?」
瞳子が聞いてきた。
海外に行った時はどうなの?
それを聞いていた誠司は焦っている。
「誠司、あんたまさか……」
「い、いや。ほら試合で勝って盛り上がったら普通行くだろ?」
あっさり白状する誠司。
「で、冬吾君を巻き込んでるわけ!?」
瞳子が怒り出す。
だけどそれはなかった。
試合直後だから体を休ませないとと言って断っていた。
「まあ、片桐はまだ子供だからな」
U-20とかに呼ばれるくらいだ。
僕より年上のメンバーなんていて当たり前。
誠司と隼人はついていく。
「トラブルだけは起こすなよ」
監督もそれだけ注意するだけだった。
もちろん父さん達は知ってる。
誠司が誠司の父さんに話しているのを誠司の母さんに聞かれた。
「やっぱりお前もホテルで大人しくしてないのか!」
そう言って怒られていたそうだ。
「夜は必ず連絡入れなさい!」
僕まで巻き込まれて母さんに言われた。
しかし遠征先はどういうわけか香辛料のきつい所とかが多い。
後こんなもの食べて大丈夫なのか?みたいなやつとか。
バロットはさすがに僕でも無理だった。
それに料理となるとやっぱりお酒がついてくる。
まだ飲むのは早い。
出来れば冬吾が酒を飲むときは父さんも一緒に飲みたい。
そう言われると我慢せざるを得ない。
と、いうわけで遠征に出ても殆ど外出してない。
それを聞いて瞳子は笑っていた。
「冬吾君は風俗とかにまったく興味が無いの?」
「瞳子、それ片桐家の男子はどういうわけかそういうのに全く興味を示さないの」
冬莉がほぼ下着だけの姿で父さんにおねだりしてもマイペースの父さん。
そんな父さんを見ていたら空のようになる。
そんな大金出すなら肉食った方がいい。
ただそれが欠点になる事もある。
彼女の気持ちにすら気づかない時がある。
父さんがそうだったらしい。
だから片桐家の男の彼女は皆積極的になる。
そうでもしないと本気で結婚するまでしてもらえないから。
「確かに冬吾君も態度で示さないと気づいてくれないね」
「冬吾!お前瞳子にどんな誘惑のされ方されてるんだ?」
誠司が話に混ざって来た。
「冬吾君!話したら怒るよ!」
瞳子の機嫌を損ねるみたいだから止めておいた。
着陸のサインがなる。
僕達はシートベルトをした。
それから空港を出てバスでホテルに向かう。
空も言ってたな。
道路見てるだけで楽しいよって。
なんか近未来物に出てきそうな立体交差した道路。
どこを走ったらいいのか分からなくなるんじゃないか。
「冬吾君。お願いだから東京できょろきょろするの止めてね」
田舎者みたいに思われるから。
瞳子がそう言う。
「それはさすがにないよ」
だって東京には何回も来たことあるって言ったろ?
食べたり観光したりしてないだけだよ。
「それもそっか」
同じ理由で公共交通機関を利用したことはほとんどない。
ホテルに着くと部屋に荷物を置く。
ロビーで諸注意を受けて自由行動が始まった。
(3)
「ぎゃあ!」
冬吾が絡んできた男を無言で殴り飛ばした。
「お前ら何処からきたの?」
男がそう聞いてきただけだった。
理由は今瞳子が言ってる。
「あのさ、その男が化粧しているってだけで殴り飛ばす癖止めた方がいいんじゃない?」
V系のライブとか絶対出禁食らうよ?
もっとも冬吾にそんな趣味は無いようだけど。
「でもさ、この髪形と化粧見てたらイライラしない?」
冬吾が聞いている。
そう、男は絡んできたからじゃない。
見た目に問題があった。
一体髪の手入れにどれだけ時間を費やしているのか分からないくらい凄い髪形をしていた。
私が男でも絶対にやらない。
なんかの漫画でティッシュを突き刺しているのあったけどあんな感じの髪形。
そしてどうして化粧なんてしているのだろう?
まあ、それが冬吾は気に入らないらしい。
男は一人だけじゃなかった。
無数の男が私達を取り囲む。
「SHに手を出してただで済むと思ってないだろうな?田舎者」
男がそう言うので聞いてみた。
「都会ではSHを名乗れば手を出したらいけないの?」
「そんな事も知らなかったのか?だったらどんな目に合うかしっかり覚えておけ」
「ここじゃ人目につく。あんた達なら格好の場所知ってるんでしょ?」
私達には土地勘が無い。
だから人目のない所に案内して。
どのみちあんた達に付き合っていたら折角の観光が台無しだ。
誠司や冬吾も気が収まらないだろう。
無論私も同じだった。
彼らはこんなところがあったんだというような小さな公園くらいのスペースがあるところに連れて来た。
何かの建設予定地らしい。
「さてと、女は後で楽しむとして。さきに男を痛めつけてかりをかえしてもらうとするか」
この下種は私達に手が出せると思ってるらしい。
「瞳子、この分だともんじゃ食べる時間無いかもしれない」
「そっかぁ。さっきファストフード店見たからそこで我慢しようか」
「お前ら人の話聞いてるのか?今日帰れると思うなよ?」
五月蠅い連中だ。
「おい、こいつらのせいでもんじゃ無理だってさ」
「じゃあ、もう僕達を止める理由ないね」
誠司と冬吾が話している。
「志希と育人は女子を頼む」
誠司が言うと2人が頷いた。
「たった2人で何ができる?」
男がそう言った時には既に冬吾は一人殴り飛ばしていた。
「お前、相手が言いたい事くらい言わせてやれよ」
「時間遅れたら梅本先生に怒られるよ?面倒だからさっさとやろうよ」
誠司と冬吾がそう言ってる間にも2人は次々と叩きのめしていく。
FGより雑魚らしい。
「どうしたの?もう終わり。こっちは全然満足してないからさっさと立ってよ」
冬吾が言うと逃げようとする。
逃げ道は一つだけ。
そこに私が立っていた。
だから男が油断して私の間合いに簡単に入ってくる。
それを思い切り蹴り飛ばした。
「夜まで帰すつもりないんじゃなかったの?まだ10分しか経ってないじゃない」
こっちはイライラしてるんだ。
少しは暇つぶしに付き合え。
しかし男たちは完全に田舎から上京した男子高校生2人に怯えていた。
震える男たちに私から忠告する。
「まあ、2度と会う事はないだろうけど。忠告してあげる」
SHの名前を勝手に使う馬鹿は見つけ次第殺す。
私じゃなくて天音だったらこの地に墓碑を立ててるところだ。
決してSHの名前は免罪符じゃない。
相手によっては死亡届になる事を忘れてはいけない。
それと冬吾の食事の時間を奪うのは自殺行為に等しい。
冬吾を止められるのは母さんと瞳子だけ。
今日は修学旅行だからしょうもない時間に付き合う暇もないからこの程度で許してあげる。
といっても全員結構重傷な気がするけど。
最後に一つだけ。
「その化粧止めた方がいいよ?冬吾は見たらイライラするらしいから」
ここが空き地でよかったね。
校舎だったら大変だよ。
気に入らない物は何でも窓から放り投げる性格らしいから。
愛莉から「ちゃんとゴミ箱に捨てなさい」と怒られるみたいだけど。
伝える事だけ伝えると私達はその場を後にした。
「あーあ、残念だったな。もんじゃ」
「それなら問題ないよ」
瞳子が言った。
「どうして?」
「冬吾君達が遊んでる間に検索しておいた」
この近くに名店があるらしい。
その店に行ってもんじゃを皆で楽しむ。
「うーん」
「どうしたの?」
素朴な疑問だった。
確かに美味しい。
皆で食べるのも楽しい。
だけど冬吾は不思議に思った。
「父さんはこれだけで足りたのだろうか?」
確かにこれだけじゃお腹が満たされない。
何かあるんじゃないのか?
そう思って私がパパに聞いてみた。
「ああ、もんじゃ食べてるんだね。そうだな、普通は足りないよね」
「じゃあどうしたの?」
「簡単な問題だよ」
愛莉の機嫌と腹を満たすのとを秤にかけてどっちを選ぶか?
パパは愛莉の機嫌を選んだらしい。
「そんな事考えていたんですね!」
愛莉がそう言っているけどそんなに機嫌は悪くないらしい。
「夜はホテルのそばにカレー屋さんがあるからそこに連れて行ってあげると良いですよ」
愛莉がアドバイスしてくれた。
でも、私はいいけど瞳子は大丈夫なんだろうか?
「あんまり時間無いしホテルの近くにあるならそこにしようよ」
瞳子はそう言った。
しかしカレーの美味しい店だと思ったら違った。
地元にもあるチェーン店だった。
パパはこのカレー屋さんをホテルの窓からじっと見ていたらしい。
カレーを食べて風呂に入って出ると、永遠と誠司がやり取りしてた。
「お前ここから新宿までどれだけかかると思ってるんだ?却下だ」
「少しは東京らしい思い出作らせてくれよ」
「多田の東京はどういうイメージなんだ」
「夜も眠らない場所」
私はため息を吐くと水奈に連絡する。
ほどなくして誠司のスマホがなる。
「お前は高校生の分際で何考えてるんだこの馬鹿!」
「じゃあ、高校卒業したらいいの?」
別府だってあるって聞いてる。
「高校卒業したら海外行くんじゃなかったのか?」
「じゃあ、海外で調べよう」
「……変な病気貰ったら絶対に許さないからな!」
修学旅行もあと一日か。
あっという間だったな。
「あのさあ……」
「どうしたの?」
冬莉が不思議そうに瞳子に聞いていた。
「どうしてこの時期にかき氷なの?」
実に単純な疑問だった。
僕達はスキー研修を終えて北海道最後の夜を楽しんでいた。
僕も最後の札幌ラーメンを食べていた。
しかしこの店にはなぜかかき氷があった。
そして瞳子はかき氷を食べていた。
それが冬莉には不思議だったのだろう。
だって今は11月だった。
疑問が単純なら答えも簡単だった。
「だってこの時間にラーメン食べるのはさすがに抵抗あるから」
瞳子が言う。
みんなが片桐家のような体質というわけじゃない。
ましてや彼氏の前で服を脱ぐような関係だ。
それなりに注意するよと瞳子は答えていた。
「でも寒いんじゃないの?」
「ここ暖房聞いてるじゃん」
父さんが不思議な事を言ってたな。
真夏に冷房が効いた店でもつ鍋食ってたそうだ。
「まあ、食べたいもの食えばいいんじゃないか?」
「いや、別に文句があったわけじゃないの」
誠司が言うと冬莉が答えた。
ただ不思議だっただけ。
「明日は東京見学だっけ?」
「そうだね」
「お前らどうするつもりなんだ?」
誠司は言う。
せっかく東京行くんだからデートでも楽しめよ。
「前にも言ったけどさ。大人になればいくらでもこれるんだから、今は修学旅行の思い出作ろうよ」
冬莉が言う。
まあ、誠司の魂胆は見え見えだったんだけど。
「……それに誠司の母さんから言われてるの」
冬莉が言う。
誠司を一人にして変な店に行かないようにしっかり見張っててくれ。
図星だったみたいだ。
誠司は一人なのを良い事に繁華街に赴こうとしていたらしい。
誠司にとっては最高の思い出になるんだろうな。
「それに誠司一人に出来ない理由も出来た」
似非SH。
昨日誠司が遭遇したチンピラのグループ。
ご丁寧に東京支部と名乗ったらしい。
そんな連中がいるところに誠司一人には出来ない。
誠司の強さを見くびってるわけじゃない。
相手の素性が分からないのに何の警戒も無しに遊べる状況じゃない。
今頃地元で空達が何か考えているだろう。
「でも、どこ行く?」
女子は色々買い物とかしたいだろうけど男子は精々それに付き合うだけだぞ。
思い出もへったくれもないだろ。
誠司の言う通りだ。少なくとも僕の頭の中には豊洲くらいしか思いつかない。
「誠司何言ってるの?」
冬莉が言った。
女子は買い物目的は一切ないと言う。
「じゃあ、どこ行くの?」
「私さ、いっぺん見たかったものがあるんだよね」
「何?」
「浅草寺」
ああ、あのでっかい提灯みたいなのがあるところか。
「他の女子もそれでいいの?」
「特に行きたいところないし」
ネット通販もあるのにわざわざ東京で服買う意味がわからない。
どうせ悩むんだったら行きたいところがある人に合わせよう。
そんな話をしていたらしい。
「ちゃんと豊洲もお願いしておいたよ」
冬莉が言うけど僕は悩んでいた。
「私なら大丈夫だよ?冬吾君」
「そうじゃないんだ瞳子」
「へ?」
僕も旅行前に少し調べてみた。
そしたら築地にも美味しい店がまだ残ってるらしい。
どっちに行くべきか悩んでいた。
「うーん、確かに悩むね」
冬莉は理解したらしい。
「どっちにしろ寿司とか海鮮丼だろ?」
昨日散々食ったしいいだろ?
誠司はそう言う。
「ていうか2人とも食べる事しか考えてないの?」
瞳子が呆れていた。
「違う事も考えてるよ。自由研究のレポートでしょ?」
遊びに行くだけじゃない。レポートの提出がある。
その事も考えていた。
「最新の豊洲の市場の様子でもいいし、築地の現状でもレポートは書けるでしょ?」
「……なるほどな」
問題は移動手段だ。
誰もそんなに詳しくない。
目的地は絞っておかないと迷子でどこにも行けない事になる。
すると瞳子が珍しく提案していた。
「あのさ、愛莉さんから聞いたんだけど……」
「母さんが?」
僕が聞くと瞳子は頷いた。
浅草寺でもレポートは書ける。
ついでにランドマークタワーでも行ったらいい。
「で、瞳子の目的は?」
冬莉が聞いていた。
「もんじゃ焼き」
「へ?」
誰もが瞳子の口から食べ物が出て来るとは思わなかった。
「瞳子、東京まで来てもんじゃなの?」
「冬莉は東京まで来てっていうけど地元で志希君と行った事ある?」
「そう言われたら無いわね」
「愛莉さんが言ってたのそこ冬吾君のお父さんに『恋人冥利にに尽きる』って言われて嬉しかったんだって」
一つの料理を彼氏とつつくのがいいんだと母さんが言っていたらしい。
「そう言えば愛莉そんな事言ってたね」
冬莉も聞いた事あるみたいだ。
「でも、それだと俺どうするんだ」
「恋人同士で食べるなら別に地元のお好み焼き屋さんでもいいでしょ?」
でもこのメンバーで食べるのは今回だけに決まってる。
いい思い出になるんじゃないかと瞳子は言った。
「私はそれでもいいよ」
冬莉が言うと誰も反対しなかった。
相談も終わったし最後にもう一杯……。
「お前ら、上手い事決まりの網の目をかいくぐったようだけどいい加減寝ないと明日早いんだぞ」
梅本先生がやって来た。
部屋に誰もいないから大騒ぎらしい。
僕達は部屋に戻って寝る事にした。
(2)
「冬吾、何やってるの?」
僕は朝のバイキングで並んでいると冬莉がやってきた。
「いや、洋食にするか和食にするか迷っててさ」
朝と言えばTKGだけどクロワッサンにも興味ある。
両方食べたいけどそれはどうなんだ?
味噌汁かコーンポタージュも悩む。
そんな事を言ってると冬莉があっさりと回答を出した。
「あのさ、バイキングなんだよ?」
両方が食べればいいじゃない。
翼も空にそう言ったらしい。
冬莉の言う通り最初に和食から攻める事にした。
理由は最後にコーヒーを飲みたいから。
山盛りに盛った皿を見て瞳子が驚く。
「朝から凄いね……」
「食べ放題だしもったいないじゃん」
そう言いながら冬莉とテーブルと料理のある場所を何往復もする。
父さんもそうだったらしい。
母さんは冬莉や翼と違うから「食べ過ぎ!」と叱っていたそうだ。
父さんは母さんがいないと地元でパーティをしている時もひたすら食べている。
母さんに見つかって「冬夜さんは社長なんですよ!少しは立場を考えて下さい!」と叱られている。
瞳子はどちらでもなかった。
ただ、あまりご飯が食べずにフルーツやデザートを食べていた。
朝からそんなもので力が入るのだろうか?
そんな不思議を抱えていた。
朝食を食べると部屋で着替える。
東京で自由行動だから、服は学ランでは無く私服で行動していいらしい。
多分学ランだと東京の不良に田舎者のカモが来たと思われるのだろう。
誠司は姉さんが選んだりしてくれるらしい。
僕は瞳子と一緒に買い物に行った。
ついでに瞳子も選んで欲しいというので付き合った。
しかし、ロビーに行くと皆集まっていた。
皆揃うとバスに乗って空港に向かう。
飛行機から青森県がはっきり見えると空が言っていたのでそれを見ていた。
僕の隣には瞳子がいる。
「何を見てるの?」
「青森県」
「それ楽しいの?」
「瞳子も見てみたら分かるよ」
そう言うと瞳子が身を乗り出して窓から眺める。
まるで日本地図を見ているようにはっきり形が見えていた。
「すごいね」
「でしょ?」
そう言うとまた座る。
「瞳子は東京初めて?」
「うん。冬吾君は何度もあるんだよね」
「それがさ……」
東京には何度も足を運んだ。
だけどどこにも観光や買い物をしたことがない。
理由は誠司だった。
「銀座いこうぜ!」
そう言って遊びに行こうとしたことがある。
当然そのくらいの金は持っている。
全国クラスのCMにでて出演料とかもらってるから。
問題は年齢くらいだろ。
しかしその店にどんな魅力があるのか分からないので空に聞いた。
片桐・遠坂家のグルチャで話をした。
それを見ていた母さんと翼が激怒。
すぐに誠司の母さんに報せる。
「まっすぐ帰ってこなかったらお前の帰る家は無いと思え!」
その後誠司と喧嘩になる。
「普通親に相談する馬鹿いねーだろ!」
「どんな店か教えてくれなかった誠司がいけないんだろ!」
その後誠司の父さんが「お前も彼女一筋なのはいいけど少しは命の洗濯ってのを……いてぇ!」と言って誠司の母さんが激怒する。
「他人様の子供に妙な知恵つけるんじゃねえ!」
その後家でもめた末に「東京では一切遊ぶな!真っ直ぐ家に帰って来い!」と言われてからどこにも観光に行ってない。
僕はいいんだけど大体誠司と隼人と一緒だからダメと言われる。
だから東京で遊んだことがないんだと瞳子に報せた。
「それって東京だけなの?」
瞳子が聞いてきた。
海外に行った時はどうなの?
それを聞いていた誠司は焦っている。
「誠司、あんたまさか……」
「い、いや。ほら試合で勝って盛り上がったら普通行くだろ?」
あっさり白状する誠司。
「で、冬吾君を巻き込んでるわけ!?」
瞳子が怒り出す。
だけどそれはなかった。
試合直後だから体を休ませないとと言って断っていた。
「まあ、片桐はまだ子供だからな」
U-20とかに呼ばれるくらいだ。
僕より年上のメンバーなんていて当たり前。
誠司と隼人はついていく。
「トラブルだけは起こすなよ」
監督もそれだけ注意するだけだった。
もちろん父さん達は知ってる。
誠司が誠司の父さんに話しているのを誠司の母さんに聞かれた。
「やっぱりお前もホテルで大人しくしてないのか!」
そう言って怒られていたそうだ。
「夜は必ず連絡入れなさい!」
僕まで巻き込まれて母さんに言われた。
しかし遠征先はどういうわけか香辛料のきつい所とかが多い。
後こんなもの食べて大丈夫なのか?みたいなやつとか。
バロットはさすがに僕でも無理だった。
それに料理となるとやっぱりお酒がついてくる。
まだ飲むのは早い。
出来れば冬吾が酒を飲むときは父さんも一緒に飲みたい。
そう言われると我慢せざるを得ない。
と、いうわけで遠征に出ても殆ど外出してない。
それを聞いて瞳子は笑っていた。
「冬吾君は風俗とかにまったく興味が無いの?」
「瞳子、それ片桐家の男子はどういうわけかそういうのに全く興味を示さないの」
冬莉がほぼ下着だけの姿で父さんにおねだりしてもマイペースの父さん。
そんな父さんを見ていたら空のようになる。
そんな大金出すなら肉食った方がいい。
ただそれが欠点になる事もある。
彼女の気持ちにすら気づかない時がある。
父さんがそうだったらしい。
だから片桐家の男の彼女は皆積極的になる。
そうでもしないと本気で結婚するまでしてもらえないから。
「確かに冬吾君も態度で示さないと気づいてくれないね」
「冬吾!お前瞳子にどんな誘惑のされ方されてるんだ?」
誠司が話に混ざって来た。
「冬吾君!話したら怒るよ!」
瞳子の機嫌を損ねるみたいだから止めておいた。
着陸のサインがなる。
僕達はシートベルトをした。
それから空港を出てバスでホテルに向かう。
空も言ってたな。
道路見てるだけで楽しいよって。
なんか近未来物に出てきそうな立体交差した道路。
どこを走ったらいいのか分からなくなるんじゃないか。
「冬吾君。お願いだから東京できょろきょろするの止めてね」
田舎者みたいに思われるから。
瞳子がそう言う。
「それはさすがにないよ」
だって東京には何回も来たことあるって言ったろ?
食べたり観光したりしてないだけだよ。
「それもそっか」
同じ理由で公共交通機関を利用したことはほとんどない。
ホテルに着くと部屋に荷物を置く。
ロビーで諸注意を受けて自由行動が始まった。
(3)
「ぎゃあ!」
冬吾が絡んできた男を無言で殴り飛ばした。
「お前ら何処からきたの?」
男がそう聞いてきただけだった。
理由は今瞳子が言ってる。
「あのさ、その男が化粧しているってだけで殴り飛ばす癖止めた方がいいんじゃない?」
V系のライブとか絶対出禁食らうよ?
もっとも冬吾にそんな趣味は無いようだけど。
「でもさ、この髪形と化粧見てたらイライラしない?」
冬吾が聞いている。
そう、男は絡んできたからじゃない。
見た目に問題があった。
一体髪の手入れにどれだけ時間を費やしているのか分からないくらい凄い髪形をしていた。
私が男でも絶対にやらない。
なんかの漫画でティッシュを突き刺しているのあったけどあんな感じの髪形。
そしてどうして化粧なんてしているのだろう?
まあ、それが冬吾は気に入らないらしい。
男は一人だけじゃなかった。
無数の男が私達を取り囲む。
「SHに手を出してただで済むと思ってないだろうな?田舎者」
男がそう言うので聞いてみた。
「都会ではSHを名乗れば手を出したらいけないの?」
「そんな事も知らなかったのか?だったらどんな目に合うかしっかり覚えておけ」
「ここじゃ人目につく。あんた達なら格好の場所知ってるんでしょ?」
私達には土地勘が無い。
だから人目のない所に案内して。
どのみちあんた達に付き合っていたら折角の観光が台無しだ。
誠司や冬吾も気が収まらないだろう。
無論私も同じだった。
彼らはこんなところがあったんだというような小さな公園くらいのスペースがあるところに連れて来た。
何かの建設予定地らしい。
「さてと、女は後で楽しむとして。さきに男を痛めつけてかりをかえしてもらうとするか」
この下種は私達に手が出せると思ってるらしい。
「瞳子、この分だともんじゃ食べる時間無いかもしれない」
「そっかぁ。さっきファストフード店見たからそこで我慢しようか」
「お前ら人の話聞いてるのか?今日帰れると思うなよ?」
五月蠅い連中だ。
「おい、こいつらのせいでもんじゃ無理だってさ」
「じゃあ、もう僕達を止める理由ないね」
誠司と冬吾が話している。
「志希と育人は女子を頼む」
誠司が言うと2人が頷いた。
「たった2人で何ができる?」
男がそう言った時には既に冬吾は一人殴り飛ばしていた。
「お前、相手が言いたい事くらい言わせてやれよ」
「時間遅れたら梅本先生に怒られるよ?面倒だからさっさとやろうよ」
誠司と冬吾がそう言ってる間にも2人は次々と叩きのめしていく。
FGより雑魚らしい。
「どうしたの?もう終わり。こっちは全然満足してないからさっさと立ってよ」
冬吾が言うと逃げようとする。
逃げ道は一つだけ。
そこに私が立っていた。
だから男が油断して私の間合いに簡単に入ってくる。
それを思い切り蹴り飛ばした。
「夜まで帰すつもりないんじゃなかったの?まだ10分しか経ってないじゃない」
こっちはイライラしてるんだ。
少しは暇つぶしに付き合え。
しかし男たちは完全に田舎から上京した男子高校生2人に怯えていた。
震える男たちに私から忠告する。
「まあ、2度と会う事はないだろうけど。忠告してあげる」
SHの名前を勝手に使う馬鹿は見つけ次第殺す。
私じゃなくて天音だったらこの地に墓碑を立ててるところだ。
決してSHの名前は免罪符じゃない。
相手によっては死亡届になる事を忘れてはいけない。
それと冬吾の食事の時間を奪うのは自殺行為に等しい。
冬吾を止められるのは母さんと瞳子だけ。
今日は修学旅行だからしょうもない時間に付き合う暇もないからこの程度で許してあげる。
といっても全員結構重傷な気がするけど。
最後に一つだけ。
「その化粧止めた方がいいよ?冬吾は見たらイライラするらしいから」
ここが空き地でよかったね。
校舎だったら大変だよ。
気に入らない物は何でも窓から放り投げる性格らしいから。
愛莉から「ちゃんとゴミ箱に捨てなさい」と怒られるみたいだけど。
伝える事だけ伝えると私達はその場を後にした。
「あーあ、残念だったな。もんじゃ」
「それなら問題ないよ」
瞳子が言った。
「どうして?」
「冬吾君達が遊んでる間に検索しておいた」
この近くに名店があるらしい。
その店に行ってもんじゃを皆で楽しむ。
「うーん」
「どうしたの?」
素朴な疑問だった。
確かに美味しい。
皆で食べるのも楽しい。
だけど冬吾は不思議に思った。
「父さんはこれだけで足りたのだろうか?」
確かにこれだけじゃお腹が満たされない。
何かあるんじゃないのか?
そう思って私がパパに聞いてみた。
「ああ、もんじゃ食べてるんだね。そうだな、普通は足りないよね」
「じゃあどうしたの?」
「簡単な問題だよ」
愛莉の機嫌と腹を満たすのとを秤にかけてどっちを選ぶか?
パパは愛莉の機嫌を選んだらしい。
「そんな事考えていたんですね!」
愛莉がそう言っているけどそんなに機嫌は悪くないらしい。
「夜はホテルのそばにカレー屋さんがあるからそこに連れて行ってあげると良いですよ」
愛莉がアドバイスしてくれた。
でも、私はいいけど瞳子は大丈夫なんだろうか?
「あんまり時間無いしホテルの近くにあるならそこにしようよ」
瞳子はそう言った。
しかしカレーの美味しい店だと思ったら違った。
地元にもあるチェーン店だった。
パパはこのカレー屋さんをホテルの窓からじっと見ていたらしい。
カレーを食べて風呂に入って出ると、永遠と誠司がやり取りしてた。
「お前ここから新宿までどれだけかかると思ってるんだ?却下だ」
「少しは東京らしい思い出作らせてくれよ」
「多田の東京はどういうイメージなんだ」
「夜も眠らない場所」
私はため息を吐くと水奈に連絡する。
ほどなくして誠司のスマホがなる。
「お前は高校生の分際で何考えてるんだこの馬鹿!」
「じゃあ、高校卒業したらいいの?」
別府だってあるって聞いてる。
「高校卒業したら海外行くんじゃなかったのか?」
「じゃあ、海外で調べよう」
「……変な病気貰ったら絶対に許さないからな!」
修学旅行もあと一日か。
あっという間だったな。
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