姉妹チート

和希

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a claim

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(1)

 私といっくんは私の家のリビングで石原恵美さんと林田英恵さんと面会していた。
 私が一緒なのは私にモデルになって欲しいと言ったから。
 早めにいっくんがやって来た。
 今さら着替えるところを見られて恥ずかしい関係じゃない。
 月に一度は私の相手をして欲しい。
 いっくんは守ってくれている。
 クリスマスはさすがに兄弟がいるからいっくんの家に泊った。
 いっくんの両親にも挨拶した。
 さすがにあの家でするのは無理なので諦めていたら、私の事を抱きしめて眠ってくれた。
 そんな優しさもあるんだな。
 で、いっくんは正確に私の採寸をしていたようだ。
 見事に私にフィットしていた。
 ここまで正確に作れるのだろうか?
 あまり私には似合わないと思ってた青いドレス。
 肩を露出させて袖の部分がある。
 スカートの丈も膝までくらいしかない。
 林田さんは私を静かに見つめていた。
 母さんや、石原恵美さんも見て驚いていた。
 林田さんが納得したかのように頷くと私達に掛けるように言った。
 私はいっくんの隣に座る。

「このドレスを作ったのはどっち?」
「ぼ、僕です」
「これまで服を作ったことはある?」
「は、初めてです」
「そう……、どうして作ってみようと思ったの?」

 そう言って林田さんは次々と質問を投げかける。
 それに答えるいっくん。
 林田さんは最後の質問をした。

「ファッションデザイナーとして生き残る自信はある?」
「……わかりません」

 すると林田さんは立った。
 
「……時間の無駄だったわね。恵美、帰ろう」
「ちょっと待って英恵。素人目に見てもこの服はよく出来てるわよ」
「それ以前の問題。村井君に欠けているものがはっきりわかった。なんだと思う?」

 私にも分からなかった。
 いっくんにも分からなかったみたいだ。

「それさえ気づけないなら止めておきなさい。デザイナーなんて諦めてアパレル関係で働いた方がいいわ」

 何となく分かってしまった。
 でも私の口から言ったらダメだ。
 いっくん気づいて。
 今あなたに欠けているものなんてそのものじゃない。

「いっくんこれでいいの?夢だったんでしょ!これで終わりにしていいはずないよね!」

 ヒントは与えた。
 あとはいっくんが気づいてくれるかどうか。
 気づいたみたいだ。

「待ってください!」

 いっくんが叫ぶと林田さんは立ち止まった。

「何か言いたい事あるならはっきり言いなさい」
「僕は夢を諦めたくない。その為なら何だってします!だから僕に欠けている物を教えて下さい」

 母さんは静かに私達を見ている。
 母さんは気づいたのだろうか?

「本当に何でも出来る?その覚悟を今できる?」
「やってみせます!」

 何をやらせようとしているのか分からないけどこのチャンスを逃したらいけない。
 いっくんも必死だった。
 すると林田さんはにこりと笑った。

「それでいいの。あなたに欠けている物は”自信”と”覚悟”。生き残れるか分からないなんて弱気な精神でいたら絶対生き残れない」

 そんな甘い世界じゃない。
 あなたが今見せた覚悟を持った腕利きのデザイナーがひしめく世界で生き残る為に必要なのは自信。
 
「それって英恵……」
「恵美の言う通り腕は確かみたい。足りないのは今言った自信と経験」

 それさえあればどうにでもなる。
 あとは石にかじりついてでも、はいつくばってでも生き残る覚悟。
 ちょっと人に批判されたくらいで諦める夢なら最初から見ない方がいい。

「恵美、確かあなたの娘もデザイナー目指していたわね?」
「杏采の事?」
「その子がせめて高校生になるまで村井君に修行させるわ」

 修行?

「高校に通いながら1年に最低10着服を作りなさい。モデルはそうね。泉ちゃんでいいわ」

 私も歩き方などを学べばモデルにはなれるだろうという。
 もっともそんなつもり全くないけど。
 
「それが使い物になるならそのまま商品化する。出来がよかったらショーに使ってあげる」

 杏采が高校卒業したらどうせ恵美さんがファッションブランドを起ち上げる。
 そこのデザイナーに就職したらいい。
 杏采だって最初は修行しないといけない。
 その間に主戦力になればいい。
 そうなるようにビシビシしごく。
 
「いい?あなたに欠けている物。絶対に諦めない覚悟。誰にも負けない自信。それさえあれば絶対に成功する」

 初めて作った服がこれなら経験と知識さえ積めば問題ない。

「あ、ありがとうございます」
「それは常日頃の生活にも言える事。物語の舞台裏でこそこそしているか舞台に堂々と立つ者の差なんてそれだけなの」

 自分が主役なんだ。
 そのくらいの意気込みで取り組みなさい。
 それさえ忘れなければ誰にも負けない。
 私が雇いたいくらいだと林田さんが言った。

「じゃ、決まりね」

 恵美さんが言う。

「……この話流れたらこっちでブランド準備してやろうかと思ってたんだけどね」

 情けない性根はどうせ叩きなおすつもりだったと母さんが言う。

「そうね。どうせ高校生だから。そのくらいの年齢層に受けそうな服を作って見なさい」

 ただし、量販店で売ってそうな安っぽい物を作ったら許さない。

「じゃ、あとは恵美を通じて知らせるから」

 そう言って英恵さんは恵美さんと一緒に帰っていった。
 リビングで土下座していたいっくんに母さんが声をかける。

「そんな風にずっと土下座している男は酒井家にはいらない!」

 いっくんと私に何があったのか知らないけど酒井家の娘に選ばれたのだから自信を持ちなさい。
 母さんはそう言う。
 私は部屋で服を着替える。
 いっくんも今日はもう帰ると言う。
 せっかくチャンスを掴んだのに入試で落ちたらシャレにならない。
 そんな面倒な事するようには見えないけど。
 受験を書く事すら面倒になってるみたいだし。

「でも1年間に10着って大丈夫?」
「意地でも作るよ。泉に負担欠けるかもしれないけど」
「将来の旦那様の未来がかかってるんだからそのくらい協力するよ」
「旦那様!?」

 いっくんが驚くと母さんが睨みつけた。

「あなた、さっき言った事もう忘れたの?何が何でも泉を捕まえるくらい覚悟を決めなさい」

 こういう家だから覚悟するのね。
 私はそう言って微笑んだ。

「あ、あの服貰ってもいいかな?」
「そりゃいいよ。材料費全部負担してもらったし」
「それはいいわね」

 母さんは何か思いついたらしい。

「どうせモデルは泉なんでしょ?だったら泉の服を作ってちょうだい。それを私が買い取る」

 それならファッションに興味のない私にとって利益になる。
 いっくんもバイトなんてしなくてもいい。

「自分の彼女に恥かかせるような服作ったら承知しないわよ」
「わかりました」

 そう言っていっくんは帰っていった。
 その話を帰って来た父さんに母さんが話をする。

「英恵さんの言う事ももっともかもね」

 父さんの友達の片桐さんも言われたらしい。

「生き残ろうとする意志が何よりも強い」

 私達はもうすぐ次のステージに移る。
 ここから先は自分で選ぶ人生。
 いっくんのようにもう、自分の夢に向かって歩き出す者もいる。
 私も同じだ。
 みんなと離れる事になる。
 仲間がそばにいなくても生き残る覚悟。
 私達はそれぞれの道に向けて高校生活が始まろうとしていた。

(2)

「おはよう、冬吾君、冬莉」
「おはよう」

 クラスのメンバーは変わらなかった。
 今日は僕達の入学式。
 学校までの距離が遠いから自転車で来た。
 坂道が大変だからと電動自転車を買ってもらった。
 早速茜が改造しようとして母さんに怒られていた。
 僕達の学校は男子は学ラン、女子はブレザーとちょっと特殊な事になっている。
 誠司でもしなかった学ランの下にパーカーを着るという愚行は黒いリストバンドをつけた馬鹿は平気でしていた。
 冬莉が必死になって「やめなさい」というので通学靴も見た目普通のスニーカーにしておいた。
 誠司も同じだったらしい。

「誠司、それ恥ずかしいから止めて!」

 歩美にそう言われたらしい。
 どうも女子と男子の格好いいという価値観が違うみたいだ。
 高校生ともなるとこうも変わるのだろうか?
 僕や誠司は短くしておかないとサッカーで汗をかいて鬱陶しいからなんだけど他の皆は違った。
 瞳子も少し茶髪にしたらしい。

「似合ってるよ」

 そう言ったら嬉しそうにしていた。
 冬莉や泉は伸ばすことを嫌っている。
 理由は一つ。
 
「乾かすのが面倒」

 しかしちゃんとしないと母親が五月蠅いから短くするという行動をとった。
 泉にいたっては丸刈りにしようとしたらしいけど母親が必死に止めたらしい。
 泉は高専に行ったので一緒じゃない。
 それでも育人とはよくあってるらしい。
 育人には課題を出された。

「1年間に最低10着は服をつくりなさい」

 そのモデルが泉だから当然連絡はよくしてる。
 頼子は染めてはいないけど伸ばしている。
 ちなみに皆標準の制服を着ている。

「一々面倒な真似したくない」

 それは冬莉だけじゃなくて頼子たちも同じだった。
 しかしこのクラスにはゲームのキャラクターのコスプレでもしてんのか?って思うような奇抜な髪形をした男子が多い。
 さすがに化粧はしてなかった。
 してたら殴り飛ばすところだった。
 理由はなんとなくムカつくから。
 僕達だけで固まっていると誠司が何かに気づいた。

「どうしたの?」

 冴が聞いている。
 誠司の視線の先には馬鹿みたいな髪形の群れがいた。
 何かやっているらしい。
 目の前で面倒なことをやっているやつがいたら、構う事無いから火葬しろ。
 天音がそう言っていた。
 僕と誠司は2人で群れに近づく。

「なにやってるの?」
「お前らには関係ない」
「それは俺達が決めるからお前らはさっさとそこどけ」
「てめぇ、FGに喧嘩売ってるのか?」
「そうか、お前らFGなのか?」
「そうだ、わかったら消え失せろ」

 返事をするのが面倒なので殴り飛ばした。
 他の男子が立ち上がる。
 結構いるんだな。
 冴達には颯真や隼人に志希もいるから大丈夫だろう。
 なんか文句言ってるけど聞くのもめんどくさいので奥にいた男子4人に話しかける。

「君達名前は?」

 江口瑠衣と劉生。長谷部建人に優斗。
 同じ中学の出身らしい。

「何をされていたの?」
「FGに入るか金を払うか選べって」

 僕はため息をついた。

「スマホ出しなよ」

 彼等にそう言ってスマホを出してもらうと連絡先を交換してSHに入れる。
 その間に誠司一人で暴れていた。
 まだ何人か残ってるみたいなのでその間にSHについて説明する。
 江口さん達は茜の友達の弟らしい。
 説明が終る頃には全員片付いていた。
 一応警告だけはしておくか。

「お前らはリーダーに何も聞いてないのか?僕達の前でFGを名乗るのは”殺してください”って意味だって知らなかった?」
「このままで済むと思うなよ?」

 こいつらと会話がどうも噛み合わない。

「他の奴らにも言っとけ。そのリストバンド見かけたら片っ端から紐無しバンジーさせてやる」

 誠司がそう宣告した。
 すると担任の教師がやってくる。
 梅本永遠というらしい。
 父さん達の後輩だって後で聞いた。
 担任の教師から説明を受けると入学式の為に体育館に向かう。
 そのまえに保健室に送られた奴もいるけど。
 入学式を終えてクラスに戻って終わりかと思ったら、そうはいかなかった。

「片桐と多田はちょっと残れ」

 暴れたのがバレたみたいだ。
 告げ口した奴は投身自殺させてやると誠司が言ってた。
 しかし今日は日が悪い。
 入学式だ。
 当然、母さん達が一緒に来ている。
 誠司は母さんに叱られていた。

「入学式の日くらい大人しくしてろ!」
「4人を助けたんだからいいだろ!」
「だからって保健室に放り込むほどやる必要あったのか?」

 こういう時何て言うんだっけ?

「さーせん」

 ぽかっ

「冬吾はその癖どうにかしなさい!」

 母さんに怒られた。
 まあ、江口さん達の両親の口添えもあって事なきを得た。

「片桐君の家は相変わらずみたいだね」

 江口さんの父親の江口公生さんがそう言っていた。
 その後帰りにラーメン食べたかったけど瞳子を連れてラーメン屋はまずいでしょと冬莉が言った。
 冬莉は4回くらい替え玉するけど。
 しかたないからファストフード店にした。

「でも女子高生はうどんって聞いてたぞ?」

 僕も誠司と同じ事を聞いていた。

「そもそもその情報どこから入手したの?」

 冬莉が聞いた。
 そんなの簡単。
 僕達はサッカーのクラブで活躍している。
 ファンの中に女子高生だっている。
 そんなファンの話を聞いていただけ。

「冬吾君は私を連れてラーメン屋に行かないよね?」
「まあ、フードコートくらいで我慢するかな」
「女子だって一緒だよ」

 どういう意味なんだろう?
 瞳子は説明してくれた。
 曲がりなりにも女子だ。
 彼氏の前でうどんを食べてる姿なんて見られたくない。
 だから女子だけで食べに行くらしい。
 梨々香は純也以上の食欲を発揮して純也が驚いていたらしいけど。

「しかしこれだと確かに小遣い足りないわね……」

 ファストフード店とはいえ、かなりの数を食べる僕達にとっては死活問題だ。
 冬莉は父さんを色仕掛けで小遣い貰うという技が出来る。
 僕も母さんにやってみようかな?
 お昼の焼きそばパンは格別だと父さんが言ってた。
 母さんに叱られていたけど。
 小遣いは買い食いだけじゃない。
 瞳子とのデート代くらいは母さんが特別にくれるけど皆で遊んだりするお金はどうにか工面しないといけない。

「心配しないでいいよ。このくらいなら私がご馳走するよ」

 頼子が言う。
 しかしそれも心苦しい。
 どうしようか冬莉と考えていた。
 すると冬莉がいいアイデアを思いついたらしい。
 ……なるほどね。
 早速試してみる事にした。

(2)

「天!時間です。起きなさい!!」
「もう1時間くらいいいだろ?」
「いけません!今日は入社式でしょ!?」

 社会人になるのにいきなり遅刻するつもり?
 それもあなた今日何をするか聞いてるでしょ?
 ああ、それがあった。
 めんどうだなあ。
 ベッドから出ると着替える。
 毎日スーツってのも面倒だな。
 かと言ってジャージで言ったら絶対繭が怒るな。
 そんな事を考えながら支度を済ませるとダイニングに向かった。
 案の定繭のチェックが入る。
 
「どうしていつもそういうだらしない格好をするの!?」

 どこの世界の社長が腰パンするの!
 新卒で社長なんて無茶するくらいだからそのくらいどうってことないだろ?
 繭に服装を整えてもらうと朝食を食べて仕度して会社に行く。

「頑張ってね」

 繭がそう言って笑顔で送り出す。
 そういや母さんが言ってたな。
 繭を抱きしめ軽くキスをする。
 繭は驚いていた。

「嬉しいけどそれは天がちゃんと起きて朝一でしてください」

 繭は少し照れていた。
 しかし会社まで車でも時間がかかる。
 渋滞する場所を3ヶ所も通過しないといけない。
 それだけじゃない。
 車の燃費が悪すぎて頻繁にSSに寄らないといけない。
 面倒だから車変えるかな?
 大体社長だし、重役出勤って言葉があるんだから遅れてもいいんじゃないだろうか?
 まあ、入社式でそれはまずいか。
 そんな事を考えていると会社に着く。
 駐車場に車を止めて玄関に行くとおっさんたちがずらりと並んでいて礼をする。

「こちらへどうぞ」

 そう言われてエレベーターに乗る。
 社長室に案内された。
 とりあえず椅子に座る。

「初めまして。私、社長の秘書を務めさせていただきます、飯島保奈美といいます。」
「よろしく」
「早速ですが、暗記はしなくてもいいのでこれを読んでください」

 そう言って渡されたのは入社式の挨拶の時の文章。
 こんなに長ったらしく言わないといけないのか?
 てか、読めない漢字があるぞ。
 
「おっす、よろしく」

 これじゃダメなんだろうか?
 ダメみたいだ。
 分からない漢字の所にふりがなを書いてもらった。
 時間になるとホールに行く。
 あまり緊張とかはしなかった。
 緊張する時間もなく僕の挨拶の順番が来た。
 どうせ誰も真面目に聞いてないだろう。
 とはいえ、秘書たちに見られている。
 適当にやって母さんや繭に知られたら大変だ。
 取り替えず書かれた事を全部読んで終るとステージを降りて椅子に座る。
 こういう位置って結構全体が見渡せるんだな。
 欠伸をしてるやつとか隣の奴と話をしてる奴とか凄く目立つ。
 そんなのを観察していると式が終った。
 式が終ると社長室に戻る。
 他の新入社員はオリエンテーリングやらがあるらしいけど僕は社長室で椅子に座って、次々と来る重役の挨拶に付き合っていた。
 それが終ると秘書の飯島さんから説明を受ける。
 基本的に何もしなくていい。
 大体の事は部下が片付ける。
 ただ最終的な判断が必要な時は僕の出番が来る。
 分からないところは説明するから遠慮なく聞いて欲しい。
 僕の判断一つで酷い損害を出すことがある事を覚えていて欲しい。
 そんな仕事をいきなり任せる会社ってどうなんだ?
 善明や大地も似たようなもんだって言ってたな。
 定時になると話が終る。
 早く家に帰るように言われる。
 新入社員だからというのもあるけど、それ以前に「スープが冷めた」という理由で零細企業を潰す集団だ。
 社長に残業なんて真似させられない。
 まあ、早く帰れるならいいや。
 もちろん寄り道とかしない。
 初日から繭を怒らせるなんてとんでもない。
 秘書の配慮が水の泡になる。
 真っ直ぐ家に帰ると繭が待っていた。

「おかえりなさい、お疲れ様です」
「ただいま」

 そう言ったのに繭は何かを待っているようだ。

「どうしたの?」
「……あれ?帰りは冷たいんですね。そんなに疲れたの?」

 朝はキスしてくれたから帰りはハグしてくれると思っていたらしい。

「あ、ごめん」
 
 そう言って繭をハグする。

「仕事はどうでした?」
「何もしてないけど疲れた」
「天でも気疲れとかするの?」
「わかんない」

 ただ退屈で眠いのを堪えるのに必死だった。

「お願いだから社長が居眠りなんて馬鹿な真似はやめてね」

 繭はそう言って笑っていた。

(3)

「あれ?江口さんお弁当は?」

 俺は昼に学食に来ていた。
 すると江口さんも来た。

「隣空いてるかな?」
「うん」

 そう言って隣に座ると定食を食べ始める。

「江口さんとこはお弁当作ってもらえないの?」
「いや、作ってって言えば作ってもらえると思う」
「じゃあなんで?」
「初めて学食ってのを体験できるからしてみたかっただけ」
「なるほどね」
「私達の事江口さんじゃなくていいよ」

 弟の劉生もいるし。

「じゃあ俺も弟いるから健斗でいいよ」
「わかった」
「で、劉生はどうしたの?」
「中休みに冬吾に言われたらしいの」

 ここの焼きそばパンは絶対に食べるべき!
 みんなで中休みに全力疾走したそうだ。
 冬吾は瞳子さんにお弁当作ってもらってるのによく食べられるな。
 
「優斗は?」
「ラーメン食べに行った」

 この近所にあるラーメン屋が地元でも大人気なんだそうだ。

「それにしても同じ中学だったのに今まで知らなかったってすごいよね」

 瑠衣がそう言った。
 きっと大学に行ったらまた同じような現象が起きるよ。
 すると食べ終わった瑠衣が俺の顔をじっと見ていた。

「健斗さ。彼女いる?」
「いや、いないけど。」

 交際歴0というわけじゃない。
 年上からよく告白される。
 しかし年上だからよくあること。
 高校に進学したら新しい彼氏が出来た。

「ふ~ん」
「瑠衣はどうだったの?」
「いたよ」

 だろうね。
 普通に可愛いし。
 
「今はどうなの?」
「フラれちゃった」

 そう言って笑っていた。
 彼女も江口家の人間。
 同い年の子ではなかなかアタックしづらい。
 だから、彼女に言い寄ってくるのは年上の男性。
 それなりにデートはした。
 そしてデートが終るとお金をくれた。

「ごちそうしてもらってるのにそれはまずいよ」

 そう言って断っても「それだけの価値が瑠衣にはあるから」と言って渡されたらしい。
 それって本当に恋愛なの?
 そんな疑問を抱いた。
 この程度のお金でどうこうできる程度の価値しか私にはないんじゃないのかと不安になった。
 悩んだ挙句母親に相談した。
 母親は早速相手の事を調べた。
 年は類の年齢の3倍くらい。
 それなりの職に就いていた。
 そしてダメ押しの情報があった。
 妻子持ち。
 決定的だった。
 その事をを追及すると彼からの連絡は一方的に途絶えた。
 もちろん娘がそんな目に会ってただで済ませる家じゃない。
 その家庭は崩壊する。
 だけどそれで彼女の傷が癒えるはずがない。
 自分の価値ってなんだろう?
 そんな事を考えていたらしい。
 しかし入学式の事件の時気づいたらしい。
 FGの人間に囲まれた瑠衣の前に立って庇っている俺を見つけたらしい。
 初めて自分から人を好きだと思った。
 だけど相手がどう思っているのか分からない。
 金すら必要ない安い女と思われるんじゃないのか?
 それ女子高生の思考なのか?
 しかし俺もやはり安い男のようだ。
 そんな彼女の寂しそうな顔に夢中になっていた。
 すると予鈴が鳴る。

「そろそろ戻ろうか。ごめんね変な話聞かせて」
「じゃあさ。放課後教室に残っていてくれないかな」
「え?」

 瑠衣は戸惑っていた。
 誤解されたかな。
 
「ちょっとだけ俺の話を聞いて欲しいんだ」
「……わかった」

 そして午後の授業を受けていた。
 午後の授業を受けている中必死に考えていた。
 どうやって彼女を説得すればいい?
 どうにかして彼女を安心させてやりたい。
 そして授業が終わる頃に結論が出た。
 終礼が終ると皆が帰る中、優斗に先に帰ってもらうようにお願いした。
 瑠衣も同じようだ。
 そして瑠衣と二人きりになると話を始めた。

「俺さ、自分から告白したことないんだ」
「え?」

 大体「君可愛いね。お姉さんと付き合ってよ」で始まって、彼女が高校生になると「ごめん彼氏できたから」で終わる。
 女子にとって俺ってただ可愛いだけの弟のような感覚でしか接してもらえないと思っていた。
 きっとこれから先もそんな感じなんだろうなと思っていた。
 でも気づいた。
 自分からも行動しないとダメだって。

「俺の大好物はハンバーグ。車なんてもっていない。精々バスに乗るくらいの行動範囲」

 彼女にプレゼントするといっても大した物が浮かばない。
 小遣いでやり繰りしてるだけの子供だ。
 そんな俺じゃ瑠衣とつり合いが取れない。
 だから諦めるしかないのかな?
 俺は瑠衣と付き合うだけの価値が無いのかな?

「やっぱりそういう目でしか私の事見れないんだ。私は……」

 瑠衣が何か言おうとすると俺は止める。

「そういう事だろ?何が一番大事なのか?人の価値観はどこにあるのか?」

 誰とならつり合いが取れるとかそんなんじゃなくてもっと大事なものがあるんじゃないのか?

「わかってるなら気づいて欲しい。私は……」
「それじゃ俺が納得できない」
「どうして?」
「言ったろ?俺は今まで自分から行動したことがない」

 初めての恋だから俺から言わせてほしい。

「一目惚れっていうのかな?学食で見た瑠衣の顔を見ていて放っておけなくなった」

 大した事が出来ない未熟な子供だけど。

「そんな俺に価値があるなら俺と付き合って欲しい」

 言ってしまった。
 ただの友達でいましょうという軽傷で済むかもしれないけど、いっそ一思いにとどめを刺してくれ。

「……明日から学食行くの止めよう?」
「え?」

 瑠衣の顔を見る。
 とても笑顔だった。

「私が弁当作ってあげる。初めての彼氏だからそのくらいしてあげたい」

 私だってまだ子供だ。
 俺に何をしてあげるから悩んでる。
 だから少しずつ一緒に探していこう。
 お互いが幸せになれる道を探していこう。

「一つだけお願いしていいかな?」
「どうしたの?」
「私の事抱きしめて欲しい、私もお礼をするから」

 瑠衣の唇をくれるらしい。
 ここ教室だぞ?
 大丈夫なのか?
 とりあえず彼女を抱きしめる。
 緊張してるのかな?
 微かに震えている。
 そして目を閉じた時だった。

「へっくし!」
「隼人!馬鹿!!」

 その音で咄嗟に俺達は離れてしまった。
 SHの皆が覗いてた。

「いや、放課後に2人で残るって言ったらやっぱ何となくわかるだろ?」

 誠司が笑って誤魔化す。
 劉生が俺に近づいて来る。

「瑠衣の事聞いたんだろ?よろしく頼むよ。こんなに嬉しそうな瑠衣久しぶりに見た」
「分かった」
「じゃ、帰りはファストフード店でいい?」

 冬吾は食べる事しか考えてないのは何となく分かった。

「悪い、俺んち逆方向なんだ」
「連休にでも皆で遊ぼうぜ」
「誠司試合あるの忘れるなよ」

 そんな話をして家に帰る。
 家に帰って夕食を食べて風呂に入ると部屋に戻る。
 スマホが着信していた。
 瑠衣からだ。
 どうしたんだろう?

「あのさ、連休の話なんだけど……」
「どうかしたの?」
「私のお願い聞いてもらえないかな?」
「いいよ」
「2人で遊びに行きたい」

 それを世間ではデートだというんだと思うけど。

「いいよ」
「その時しようね」

 今日はチャンス逃しちゃったから。

「その先まで行けるように準備しておくよ」
「瑠衣、家は優斗と同室だから無理だぞ?」
「じゃあ、高校卒業したら卒業祝いに受け取ってくれる?」
「ありがとう」

 そんな先まで話を約束されていた。

(4)

「じゃあ、私から風呂に入るから」
「分かった。僕が出たら作戦開始だね」
「5分で勝負決めるよ」
「分かった」

 そして冬莉が風呂に入った。
 僕は着替えを持ってリビングで待機していた。

「あれ?冬吾どうしたんだ?」

 父さんが気づいた。

「たまには父さんと話をしたいから」
「それはいいけど瞳子放っておいて大丈夫なのか?」
「うん」

 そう言って父さんと話をしていたら冬莉が出てくる。
 その後に僕が入る。
 そして僕が出るといつものように母さんが茜の部屋に向かう。

「あの子はいつになったら風呂に入ってくれるのかしら」

 そこからが作戦開始。
 階段を上って茜の部屋の扉を開ける前に母さんに抱きつく。

「どうしたの?冬吾」

 母さんが振り向く。
 冬莉に聞いた通りに行動する。
 母さんをぎゅっと抱きしめてお願いする。

「高校生活ってお小遣いが足りなくなるんだ」

 少しだけ増やして欲しいな。

「冬吾、いけません。そんな手で母さんを落とそうとしても無駄ですよ」
「どうしてもだめ?」
 
 女性の抱き方くらい瞳子で知ってる。
 母さんがこんなに弱ってるの初めて見た。
 多分母さんは僕に小遣いをくれないだろう。
 それは分かっている。
 冬莉は5分で決めると言っていた。
 その時間を作ってやればいい。
 報酬は山分けする。
 そう決めていた。
 しかし計算外の事が起きた。

「……困った子ですね。今回だけですよ」

 え?
 そう言ってリビングに向かおうとする母さん。
 今戻られたらまずい。
 僕も高校生。
 母さんを抱きとめるくらいは出来る。

「まだ何か話があるの?」
「いや、母さんて父さんが言った通り本当に優しくて綺麗だなって」
「母さんに甘える前に瞳子に甘えてあげなさい」

 まだ足りない。
 何か話題を作って時間を稼がなないと。
 すると予想外の事が起きた。
 茜が部屋から出て来た。
 その姿を見て母さんが怒る。

「茜、その恰好で部屋を出たらいけないって何度言えばわかるの!?」
「いや、別に出るつもりはなかったんだけど、なんか騒がしいから気になって」

 なんで冬吾がここにいるの?
 茜がそう聞いていた。

「いや、小遣いが足りなくて」
「それってパパに頼めばいいじゃん」
「父さんは……」

 しまった!
 慌てて口をふさぐ。
 しかし母さんは気づいてしまった。
 すぐにリビングへ向かう母さん。
 冬莉は父さんを説得中だった。

「ああ、愛莉。やっぱり小遣い足りないみたい。冬莉の小遣い増やしてあげられないかな?」

 父さんが余計な情報を母さんに与えてしまう。
 それは冬莉も同じだった。

「冬吾!早すぎ!!もうちょっと粘れなかったの!?」

 その一言が決定打となった。
 茜は「そういう仕掛けだったのか」と感心していた。
 僕と冬莉はリビングに座らせられている。
 母さんの説教が始まった。
 冬莉と一緒に説教を受けるなんて初めてじゃないか?
 父さんは「良く思いついたね」と感心していた。

「冬夜さんも何か言ってください!この2人悪知恵ばかりついていきますよ!」
「そうだね」

 母さんを誘惑しようとしたのは父さんも許せないなと言っていた。
 その割には笑顔だけど。

「2人とも今月の小遣い追加は無し。それが罰」
「ちょっと待ってよ!まだ半月以上あるんだよ!絶対足りないって!」
「冬莉は女の子でしょ!少しは体重とか考えなさい」
「自転車で通ってるんだから大丈夫だって!」

 そんな騒動を起こしていると冬眞達も何事かと見に来る。

「分かった私に任せて」

 ダイニングから様子を見ていた茜が言った。

「私働いてるから私が二人に小遣いあげる」
「本当?」
「ただし条件がある」

 嫌な予感しかしないのは父さんも同じだったみたいだ。
 茜は僕を見て言う。

「一晩冬吾を貸してよ。お姉さんが色々手ほどきをしてあげる」
「茜!!」

 茜は多分本気じゃない。
 母さんを揶揄っているだけだ。
 父さんももう笑うしかないみたいだ。
 結局今の小遣いで何とかやり繰りするしかなくなった。
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