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止まる事無い時
しおりを挟む今日は天音は実家に用があるらしくて家にいない。
同期の友達と夕食を食べる事にした。
ちょっと盛り上がってしまい、2次会も行ってしまって帰る頃には日付が変わっていた。
さすがにやり過ぎた。
怒られるのは覚悟の上だった。
家に入れてもらえるだろうか?
そんな心配もあった。
鍵を開けると扉が開く。
チェーンロックはされてなかった。
少しほっとした。
もう寝てるかもしれない。
そう思って静かに部屋に行く。
リビングの明かりがまだついてる。
天音はずっと待っていたのだろうか?
「ごめん、天音。ちょっと盛り上がってしまって……」
「大地!!」
はい!!
やっぱり怒ってるのかな?
何か切羽詰まった表情だった。
実家で何かあったのだろうか?
「……どうしたの?」
「私と結婚してくれ!!」
え?
「それはこの前僕が……」
「それだと遅すぎるんだ!今すぐ結婚して欲しい!!」
どうやらいつもの冗談とかそういうのじゃないらしい。
理由を聞いてみる事にした。
「お祖母ちゃんに私のウェディング姿を見せてあげたい!」
「どういうこと?」
僕が聞くと天音は事情を話した。
天音の祖母は末期がんで年を越せるか危ないらしい。
だからその前にちゃんと孫の晴れ姿を見せてやりたい。
……父さんが言ってた。
泣いてる女の子の涙をどれだけ止める事が出来る?
「……天音明日バイト休みとれる?」
「ああ、大丈夫だけど」
「じゃあ、学校終ったら迎えに来るから僕の実家に行こう」
「……ごめん。迷惑だよな。突然こんな事言いだすなんて」
「僕はもう天音の夫だよ。妻が泣いてるのを見過ごすような薄情者じゃない」
「ありがとう」
次の日学校が終ると、急いで家に帰って、天音を連れて実家にむかった。
「どうしたの?大地」
母さんが僕達の切羽詰まった様子を見て言った。
母さんに天音の家の事情を話す。
その上で出来るだけ早く挙式したいとお願いした。
「……その件なら愛莉から聞いてる。大丈夫、心配ないわ」
そう言って母さんは電話をする。
「うちの大事な息子の挙式よ!破滅したくなかったらすぐに式場を手配しなさい!」
そう言って母さんは無理矢理式場の手配をする。
天音の希望もあって海辺の式場を手配した。
ドレスなどの用意も大急ぎで手配させる。
日時は9月になった。
新婚旅行はとりあえず保留にしておいた。
いつ何が起きてもいい様に極力予定を入れないようにしておいた。
母さん達も同様だった。
母さん達のグループ”渡辺班”も協力してくれた。
殆どの用事をキャンセル。
江口家のパーティも無しにした。
帰りに天音の実家に寄って、挙式の事を天音の両親に伝える。
「麻耶さん、天音の花嫁姿ですって」
天音の母さんが祖母に話しかける。
「せめてそれまでは生きていたいわね……」
そう言って天音の祖母は笑っている。
「それまでなんていうなよ、子供も作って見せてやるから」
「それは無理」なんて言わなかった。
生きる希望こそが生きる力になる。
父さんがそう言っていたから。
「……まだまだ頑張らないとね」
天音の祖母の反応を見て天音は満足していた。
僕も安心していた。
まだ天音の祖母は生きる事を諦めていない。
そう思ったから。
「やっぱり私学校辞めようかな……」
帰りの車で天音がそんな事を言い出した。
「どうして?」
「さすがに赤ちゃん抱いて学校いけないだろ?」
本気だったようだ。
「天音……こんな事を言うのもだけど……」
今から作ったとしても生まれるのは早くても来年だ。
年を越すのは難しいって言われたんだろ?
「それに大きなお腹でドレスを着るの?」
無理な事をするより今出来る事をした方が良い。
その為ならどんなことでも協力する。
でも子供を焦って作っても……
「やっぱり間に合わないのかな……」
天音は落ち込んでいた。
それっきり何も話さなかった。
帰りにファミレスで夕食を食べて家に帰る。
風呂に入った後も天音は沈んでいる。
何と声を掛けたらいいのだろう?
下手に慰めても問題の解決にはならない。
「……らしくないよ。天音」
「分かってる……でも……」
僕はそんな天音の肩を抱く。
「しっかりしなきゃ。少なくとも天音は片桐家の希望なんだから」
今、天音の家に光を照らすことが出来るのは天音だけだ。
天音が太陽なんだ。
そんないつまでも雲の中に隠れていたんじゃダメだ。
いつもの天音でいる事こそが天音の家に光を差し込む。
「大地の言う通りだな。大地、一杯やらないか?」
「……言っとくけどしんみりした酒は飲みたくないからね」
「わかってる!ぱーっとやろう」
天音は作り笑いをしていた。
その日は明け方まで飲んだ。
そして今に至る。
今日も学校がある。
アルコールが抜けているだろうか?
「ほらしゃきっとしろ!」
そう言って僕の背中を叩く天音は笑顔だった。
着替えて學校に行く準備をする。
「天音大丈夫?」
なんなら学校まで送ろうか?
「車で行くより徒歩の方が早いよ。心配するな」
「ならいいんだけど」
「なあ、大地」
「どうしたの?」
「私の夫が大地でよかった。ありがとう。もう大丈夫だから」
「……わかった」
そうして僕達の日常が始まる。
天音は偶に実家に行ってはお祖母ちゃんと話をしていたようだ。
式の段取りも順調に進んでる。
天音のドレスは今世界でトップクラスのデザイナーに作らせているそうだ。
少しでも天音のお祖母ちゃんに微笑みを。
目の前に積まれた絶望とわずかな希望。
痛みを伴うけれど、切なくとももう一度微笑みを。
あともう一度だけ微笑みを。
そうやって何度も願う半年になるのだろう。
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