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優しい人
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(1)
目が覚めたら12時だった。
無理もない。帰ったのは朝の8時だ。
今日は平日、だから大地は書置きと朝ごはんを残して大学に行っている。
私も学校あったけどさすがに気分が悪いからサボることにした。
愛莉がいたらきっと大目玉だろうな。
どうしてこんな事になったのかって?
3連休全てに結婚式の予定を入れた奴に文句を言ってくれ。
昨日はSHの同学年の町原隆輝と耀子の結婚式だった。
当然の様に主賓は日付が変わる頃に帰っていったが私達は朝まで飲んだ。
若いからいけるだろ!
しかし三日間ろくに寝てないつけが今まさに来た。
とりあえず大地の作った朝ごはんを食べながら午後どうするか考える。
だけど急に平日の昼間に時間が出来たからと言って何かすることが突然出来るわけがない。
精々昼のワイドショーを見てボケッと過ごすくらいだ。
すると水奈から電話がかかってきた。
この時間学校じゃないのか?
まあ、水奈も私と同じだったからサボったんだろうな。
そんな事を考えながら電話に出た。
「どうした?」
「天音今どこにいる?」
「家にいるけど」
「お邪魔してもいいか?」
「ああ、大丈夫だけど学校はいいのか?」
水奈は私立大学に通ってるはず。
「詳しい事は家に着いてから話す。じゃあ、今電車降りるから」
「わかった」
地元駅から私の家まで徒歩5分といったところか。
しかし電車?
あいつの家からだと車のはずだが……。
それから10分くらいして呼び鈴がなった。
水奈が着いたようだ。
私がドアを開けると体調の悪そうな水奈がいた。
「お前……そんな状態でよく来る気になったな」
「とりあえず家に入れてくれないか?死にそうだ……」
だったら家で大人しくしてりゃいいものを。
「水奈はブラックでよかったよな?」
「ああ、悪いな。天音も具合悪いんじゃないのか?」
「さっきまで寝てたよ」
「……優しい旦那でよかったな」
「まだ旦那じゃねーよ」
そんな会話をしながら水奈にコーヒーの入ったマグカップを渡す。
水奈はそれを一口飲んで深呼吸をした。
それを見て私は改めて水奈に質問した。
「で、何があったんだ?」
「ああ、実はあれから寝てないんだ……」
「はぁ?」
流石に驚いた。
お前家に来てる場合じゃないだろ!?
車で来ない理由が分かった。
運転出来る状態じゃないんだ。
でも車の中で寝とくとかやり様はあったはず。
水奈の近所にはそれ用の公園の駐車場があるんだから。
「どうして休まなかったんだ?」
「その前に一つお願いがある。私が今ここにいる事はSHには秘密にしてくれ」
「いいけど遊が気づくんじゃないのか?」
水奈と遊は同じ大学だった。
遊こと桐谷遊は桐谷水奈の旦那である桐谷学の弟。
親戚同士で同じ大学ってどんな心境なんだろうな?
「遊には個チャで頼んでおいた。絶対に学には言うなって」
「いったいなんでそんな状況になったんだ?」
「私も家に帰って寝ようと思ったんだ。そしたら運の悪い事に学が起きていてな……」
丁度学も大学に行こうとしていたらしい。
学は私の姉妹の片桐空や翼と同じ地元大学に通っている。
学はなぜなのか生真面目な性格だ。
水奈が朝帰りしようと自由だが、学校にはちゃんと行けと学が言ったらしい。
「こんな状態じゃ車運転できねーよ」
「俺が送ってやる。帰りは電車とバスでどうにかなるだろ」
「それじゃ学が遅刻するだろ」
「安心しろ。空じゃあるまいし月曜の1限を入れるような無茶はしない」
「それなら私だって同じだ」
「私立大学は学食が広いと聞いた。時間まで寝てたらいいだろ」
「そうまでしていく意味がわかんねーよ」
「水奈を学校に行かせてくれる両親に悪いと思わないのか?」
多少羽目を外そうが構わないがやることはやれ。
そう言って学は水奈を大学に連行したらしい。
しかし1時間ちょっと寝たくらいで快復するわけがない。
むしろ寝過して授業に間に合わない確率の方が高い。
だから遊達に言って学校をふけた。
大学から大在駅までは徒歩でもそんなにかからない。
ふらふらになって駅に辿り着いてそして私に電話を入れた。
私ならきっとサボる。
そう確信していたらしい。
その通りだけどな。
まあ、そう言う事ならしょうがない。
「ベッド貸してやるから少し寝ろよ。大地なら大丈夫だから」
「いや、ここでいい。少し楽になった」
「あまり無茶するなよ」
「天音に言われたくねーよ」
それもそうか。
「それにしても相変わらず綺麗に部屋使ってるんだな」
水奈は私達の部屋を見て言った。
そりゃ毎週チェックに来る小姑気取りの愛莉がいるからな……。
愛莉だけならまだいい。
大地の母親も来る。
そして少しでも粗があるとなぜか大地が怒られる。
「整理整頓が追い付かないくらい天音ちゃんを疲れさせてどういうつもりなの!?まだあなたの嫁じゃないのよ!」
さすがに大地が哀れに思えたので可能な限り掃除してる。
「しかし、2人でこうしてるのも久しぶりだよな」
水奈は感慨にふけっていた。
水奈と出会って初めてかもしれない。
それまでは翼や美希達もいたから。
4人で空を奪い合ったりしたこともあったな。
まさか空が美希を選ぶとは予想してなかったけど。
私も水奈もさすがにショックだった。
お互いにいがみ合った事もあった。
でもそれぞれに恋人が出来て少しずつ変わっていった。
私も水奈もただそこに空がいただけで、空を好きだと思い込んでいたのかもしれない。
初めて見た異性を好きだと誤認していただけかもしれない。
まあ、今となってはどうでもいいことだ。
私達にはパートナーがいるのだから。
「天音の父親も私の母さんと奪い合いになったんだろ?」
そう言えばそんな話をしていたな。
どう考えても幼馴染の水奈の母さんが有利に思えたけど、パパが自分の意思で愛莉を選んだらしい。
「私達も両親みたいな関係になれると良いな。天音も早く結婚しろ」
「私はいつでもいいんだけどな。相手が大地だからな……」
「ちょっと難しいか」
「まあな」
そう言って笑っていると大地が帰って来たみたいだ。
「ただいま……天音具合はどう?」
「ああ、昼まで寝てた」
「まあ、そうなるよね」
むしろ一緒に朝までいたのに大学に行ったお前がおかしいんだよ。
そんな大地が水奈を見て様子が変わった。
「あれ、水奈……やっぱりいたの?」
やっぱり?
水奈が私の家に来てることは誰も知らないはず。
「ああ、ちょっとお邪魔してる。悪いけど学には黙っていてくれ」
「あ、ああ。それはちょっと無理かも」
「無理?」
すると水奈の背後から大柄の人影が現れた。
「こういう事だと思ったよ」
「げ!!学!?」
大地に事情を聞いてみた。
学は大地を見つけるとすぐに私は今日どうしてるか聞いたらしい。
何も事情を知らない大地は「多分今日は学校休んでる」と答えた。
すると学はすぐに遊に電話して問い詰める。
遊は案外ちょろいらしい。
口止めする相手を間違えたな水奈。
そして大地と一緒に来たらしい。
「さあ、帰るぞ。帰ってみっちり説教してやる」
「大地は天音を許してくれたぞ。学も少しくらい優しくしてくれてもいいだろ!」
「心配するな。それもちゃんと手を打ってある」
どういう意味だ?
大地を見ると何か気まずそうにしている。
「……大地。何か隠してるな」
「あ、いや。その……」
大地が何かを言おうとする前に私のスマホが鳴った。
全力で嫌な予感がする。
スマホの画面を見ると間違いなく愛莉からの電話だった。
出たくないけど出ないと最悪仕送り打ち切りの危機だ。
仕方なく電話にでた。
「どうした?愛莉」
「どうしたじゃありません!朝まで飲んで学校サボるって何を考えているのですか!遊び惚けさせる為に同棲を認めたわけじゃありませんよ!」
それから愛莉の説教を受けている間に水奈と学は帰っていった。
1時間近く愛莉の説教を受けると大地に「なんで愛莉が知ってるんだ?」と聞いた。
答えは簡単だった。
そばに空と翼がいたらしい。
空は「仕方ないから黙っておいてやろうよ」と言ったらしいが「そんなの絶対ダメ!」と翼が愛莉に密告したらしい。
あの野郎……
「まだ、買い物してないんだろ?今日は外で食べようか?」
どんな時でも大地は優しい。
だけどその優しさに甘えてはいけない。
……少しだけ甘えてもいいかな?
「いいよ、時間はあるから何が買ってきて適当に作る。十分ゆっくりできたし」
その代わり買い物に付き合ってくれとお願いした。
大地は快諾してくれた。
「久しぶりだろ?水奈と話をしたの」
「まあな。お互い生活が違うしな」
ましてや水奈は主婦業までやってるんだし。
「どんな話してたの?」
大地が聞いてくると私はクスリと笑った。
「女性同士の話に首を突っ込むとろくなことないぞ」
「あ、ごめん……」
「なんてことないよ。やっぱり私の相手は大地に決まってたんだなって話をしてた」
「どういう意味?」
「さあな」
この身を託され授かりし命に告げられる。
悲しみの上にあった今を忘れたら、私は一体誰の為にあると語りかける。
余談だけど水奈は5月の合宿まで飲むのは禁止になったらしい。
まあ、合宿になったら飲めるんだからいいじゃないか。
私は特別お咎めは無かった。
愛莉から徹底的に叱られると思ったがパパが何か口添えしたらしい。
愛莉もパパの一言で折れる。
その理由も知っていた。
(2)
ある時、ボーリングで知り合い、それがきっかけで交際に発展し今に至る。
「よかったな」
如月天はそれだけ言ってラーメンを食べ始めた。
それだけか?
「ああ、おめでとう」
どうでもいいみたいだ。
仕方ない。
俺達の様に結婚してる高校生なんて腐るほどいる。
ボーリングで知り合ったって馴れ初めがあるだけマシだろう。
だけどその後の進展を考えるのは面倒らしい。
必要なのは結婚したという結果だけ。
百人を超える高校生のエピソードを一々考えるのが面倒になったんだろう。
登場出来ただけで感謝しよう。
今回はエピソードが多くて削る事も検討したらしいから。
その時甚一のスマホが鳴った。
「飯食ってる時はマナーモードにしとけよ」
天は楽しい食事を邪魔された事に腹を立てていた。
甚一の嫁の小夏から電話が来たらしい。
「どこにいるの?」
「ラーメン食ってる」
「夕食作ったのに無駄にするつもり?」
「ちゃんと帰ってから食べるよ」
「何時ごろ帰ってくるの?」
「食べ終わったらすぐ帰るよ」
「帰る前に電話ちょうだい」
温かい料理を食わせてやりたいという小夏の配慮だろう。
「わ、悪い。先に帰るわ」
そう言って甚一は帰っていった。
「情けない奴だな。もう嫁の尻に敷かれてるのかよ」
天は帰っていく甚一の後姿を見て言った。
そうはいってもやはり新婚だとそれなりに気を使うものだ。
俺も他人事じゃない。
「俺は絶対ああはならないね」
天はまだ結婚していない。
だからそんな事が言えるんだろう。
俺は何も言わずにただラーメンを食っていた。
食べ終わると家に帰る。
自転車を必死に漕いで帰る。
門限があるわけじゃない。
少しでもカロリーを減らして腹を空かせておく必要があったから。
SAPでも行って少し運動して帰ればよかったのだろうけど、帰る時間が遅くなるのも嫁の小鞠が気の毒だ。
「ただいま」
「おかえりなさい。とりあえず着替えて来て」
夕食の準備は出来ているらしい。
僕はすぐに着替えてテーブルに着く。
テーブルには割とあっさりした料理が並んでいた。
どうしたんだろう?
「小鞠。ひょっとして怒ってる?」
すると向かいに座っていた小鞠は不思議そうに首を傾げた。
「どうしてそうなるの?翔斗こういう料理嫌いだった?」
「いや、あまりにも簡素なのが多いから」
「だって翔斗言ってたじゃん”天達とラーメン食って帰る”って」
そういや言ってたな。
「でも、愛妻の手作りの夕食ならちゃんと食べるよ」
「そう言うと思ったから献立変えてみたの」
どういうことだ?
「あんまり脂っこい物ばっかり食べてても体に悪いと思って……でもバランスって難しいね」
魚や肉を全く入れない料理というのも味気ないんじゃないだろうか?
色々悩んだらしい。
「ごめんな。今度から気を付けるよ」
「ううん。将来こういうことが増えるだろうから……お茶漬けだけってのも考えたんだけど」
この時間からそれは流石につらい。
それにそんなに先の事考える必要ないと思うけど。
どうやら俺は夫想いの良い嫁に巡り合えたようだ。
(3)
ある時、ボーリングで知り合い、それがきっかけで交際に発展し今に至る。
「おめでとう!」
今日は独身生活最後のショッピングを友達の山本紗奈としていた。
高校生にして”独身生活最後”とは妙なものだ。
「おめでたいから今日は私のおごりでケーキ食べようよ」
そういうわけで紗奈のおごりでケーキバイキングに来ていた。
「紗奈は結婚しないの?」
何となく聞いてみた。
やっぱり学生婚ってイメージ良くないのだろうか?
高校生に使う言葉じゃないと思うけど。
そうではないらしい。
結婚しなくても一緒にいるし、大学に行ったら同棲始めるつもりらしい。
紗奈は元々兄を甘やかしている両親も、好き放題やってる兄も嫌っていた。
だからいつか自立する。
そう決めているそうだ。
その後押しをしてくれるのが紗奈の彼氏の小泉優。
学費はともかく親の援助は一切受けるつもりがないそうだ。
貧しい生活でも二人なら上手くやっていける。
相手が優なら大丈夫だ。
紗奈はそう確信を持っていた。
まあ、そこまで覚悟を決めてるなら後は言う事はない。
私と正反対だし。
私の旦那はそこまで甲斐性があるかといえばそうでもない。
運動神経がいいとか「小学生かお前は」と言ったようなプロフィールしか持っていない。
それでも如月家の人間ならそれなりの職に就くのだろう。
そんな打算だけで求婚を受け入れた。
紗奈ほどの覚悟も考えもない。
なんとなく受け入れた。
恐らく他の同級生も紗奈ほど深く考えていないだろう。
考える必要もなかった。
路頭に迷った挙句、ホームレスなんて話考えるのも面倒だ。
夕方ごろになると私は紗奈と別れて家に帰る。
荷物は大体まとめ終えていた。
明日には引っ越す予定だ。
彼氏と相談した挙句彼氏の家のお世話になることになった。
母親と別れたくないとか言い出すマザコンじゃない。
高校生の身分ではどのみち親の援助なしに生活なんてできない。
なら彼氏の家で花嫁修業も悪くないと思ったから。
色々心配したのか彼氏がそっと言った。
「親がボケてきたら老人ホームに叩きこむから心配するな」
それが散々世話になった親に対する仕打ちかと思ったけど、まあ面倒見ないでいいならそれに越したことはない。
私だって自分の親の世話をしなければならないのだから。
その夜家族で最後の夕食を食べる事にした。
私の好きなエビフライ等が並んでいる。
父さんはビールを飲んでいた。
今生の別れというわけじゃないのに大げさな……。
夕食を終えると風呂に入って早めに寝る事にした。
連休最後の明日を使って引っ越しをすませる。
5月には落ち着いて新しい生活を始めているだろう。
私の名前も如月更紗になる。
(4)
「おい、大地もう帰るのかよ?」
西松康介が呼び止めるが「ごめん、もう限界」と言って走って帰る。
走って帰るくらいの力はある。
そんなに泥酔していてふらふらでこれ以上飲めないという意味ではなかった。
時間的な問題だ。
腕時計を見るとすでに1時を回っている。
「23時頃には帰る」
天音にはそう連絡しておいた。
2時間のオーバーだ。
きっと怒っているかもしれない。
チェーンロックをかけられていても文句の言えない状況。
天音に「今から帰る」とメッセージを送っても返事が来ない。
いよいよもってやばい。
天音を怒らせるのもやばいけど、それを知った母さんが何を言い出すか分からない。
そういう想いが僕を急がせる。
マンションについてエレベーターで最上階に向かう。
部屋の電気はついていた。
恐る恐るカードキーを挿しこむ。
ドアチェーンは無かった。
「ただいま!天音ごめん!」
こういう時は取りあえず謝れ。
父さんが言ってた。
しかし聞こえてくるのは天音の笑い声。
「お前今のは姑息すぎるだろ!」
「そういうシステムになってるんだから文句言うな!私の勝ちだ!」
「じゃあ、次から禁止」
「そんなローカルルール作ってたらこの先ランキング落とすだけだぞ」
どうやら水奈とVCをやりながらゲームで対戦していたらしい。
対戦を終えると「あ、大地帰って来たからまたな」と言ってゲームを止めた。
「お帰り大地。随分遅かったんだな」
「あ、ごめん……」
「飲み会なんてそんなもんだろうと思って、ちゃんと準備してあったんだ。ちょっと待ってろ」
そう言って天音はキッチンに立つと何か調理を始めた。
そして食卓に出て来たのは焼きおにぎりのお茶漬けだった。
「締めはラーメンだろうと思ったけど何時になるかわかんねーからすぐに出来るものを準備しておいた」
フライパンでおにぎりを妬いて出汁を入れて具を入れて完成。
なるほどね。
「でも、なんで僕が締めを食べてこないと思ったの?」
「大地の事だから私が怒ってると思って慌てて帰ってくると思ってな」
「……怒ってないの?」
「当たり前だろ!大地も男なんだ。多少の羽目を外すくらい許すよ」
ただし女遊びだけは絶対ダメだ。
私と遊んでくれないのに他の女に手を出すなんて絶対に許さない。
まあ、僕にそんな度胸があるとは思えないけどな。
終始上機嫌の天音だった。
思えば天音は時々駄々をこねたり無理難題を言い出したりするけど、僕のやることに文句は言わない。
どうしてだろう?
この際だから天音に聞いてみた。
「その話……長くなるから明日の夜でいいか?」
「別にいいけど、何か理由があるの?」
「まあ、大した話じゃないけどな。早く寝ないと大地明日も大学あるんだろ?」
さっさと食って風呂入って寝ようぜ。
とりあえず天音の言う通りにしよう。
朝も起きると天音が先に起きていて、朝食を作っていた。
「顔洗って来いよ」
言われる通りにする。
「じゃあ、今夜昨夜の続きするから今日は早く帰って来いよ」
「分かった」
どんな事情なんだろう?
天音の姉の翼なら何が知ってるかもしれないと思って聞いてみた。
すると翼も笑っていた。
「愛莉のやつ天音にもあの話したんだ。大地が心配するような話じゃないよ」
ますます謎が深まった。
大学を終えると、今日は誘いを断って家に直接帰った。
夕食を食べて風呂に入ってリビングのソファに腰掛ける。
後で風呂に入った天音が席に着いた。
「じゃあ、話すけど……。お前が気負う必要は一切ないからな」
「うん」
「実は引っ越す前に愛莉に言われたんだ」
愛莉とは天音のお母さんの名前。
お母さんと何を話したのだろう?
「愛莉自身もおばあちゃんからの受け売りらしいけどな……こう言ったんだ」
天音の母さんは引っ越す前日に天音を呼び出すと話を始めたらしい。
「どうしたんだ?愛莉……急にかしこまって」
「天音も片桐家から嫁ぐ身。母さんから言っておくことがあります」
「なんだよそれ?」
「よく聞きなさい。これは私が冬夜さんと二人で暮らすときにりえちゃんから言われたの」
「おばあちゃんから?」
「ええ、大地君とは何れ結婚するんでしょ?」
「ま、まあ大地がその気になったそうなるよな」
「だから今から心構えを伝えます」
その心構えは以下の通りだった。
例えどんな事があっても大地君の味方でいなさい。例え世界中が敵になっても天音だけは大地君と一蓮托生の気構えでいなさい。
大地君が間違えを冒している事に気付いても、じっと見守ってあげなさい。それまでも何一つ意見を言わずに大地君に従いなさい。
大地君が迷ったら「大丈夫だから」と後押ししてやりなさい。亭主の自信は嫁が作り出すの。
最後の最後まで、死が2人を分かつまで、唯一無二の大地君の味方でパートナーでいる決意を今ここでしなさい。
どんな窮地に立たされても二人で笑って毒を飲む覚悟を決めなさい。
そして最後の約束だ。
大地君がどんな間違いを冒してもそれを許す勇気。何があっても笑って許す覚悟。一時の気の迷いで浮気をしても。
「これらを全部できないのなら、同棲は諦めなさい。大地君を信じられないのならどのみち長続きしません」
それが可能だということは愛莉が身をもって証明している。
それが出来るならと、翼と空の時の様にクレジットカードと口座を用意していたそうだ。
「……ってなわけだ」
天音はそう言って笑った。
天音は覚悟を決めたのだろうか。
だから今まで僕を許して来たのだろうか?
「ありがとう、天音」
僕は天音を思わず抱き締める。
「心配するな。世界中が束になってかかってきても大地と2人なら武器なんていらない。お前が最強の武器だ」
「ああ……」
「じゃ、話すんだし寝ようぜ」
そう言って天音は寝室にいった。
そんな後姿をみて思う。
何て優しい彼女なのだろう。
天音はふらふらしているようで実は芯のある子だ。
既にさっきのことを全て決意しているのだろう。
だったら僕に何ができる。
僕もいい加減覚悟を決めなければならない時が来た。
そんな気持ちでいっぱいの夜だった。
目が覚めたら12時だった。
無理もない。帰ったのは朝の8時だ。
今日は平日、だから大地は書置きと朝ごはんを残して大学に行っている。
私も学校あったけどさすがに気分が悪いからサボることにした。
愛莉がいたらきっと大目玉だろうな。
どうしてこんな事になったのかって?
3連休全てに結婚式の予定を入れた奴に文句を言ってくれ。
昨日はSHの同学年の町原隆輝と耀子の結婚式だった。
当然の様に主賓は日付が変わる頃に帰っていったが私達は朝まで飲んだ。
若いからいけるだろ!
しかし三日間ろくに寝てないつけが今まさに来た。
とりあえず大地の作った朝ごはんを食べながら午後どうするか考える。
だけど急に平日の昼間に時間が出来たからと言って何かすることが突然出来るわけがない。
精々昼のワイドショーを見てボケッと過ごすくらいだ。
すると水奈から電話がかかってきた。
この時間学校じゃないのか?
まあ、水奈も私と同じだったからサボったんだろうな。
そんな事を考えながら電話に出た。
「どうした?」
「天音今どこにいる?」
「家にいるけど」
「お邪魔してもいいか?」
「ああ、大丈夫だけど学校はいいのか?」
水奈は私立大学に通ってるはず。
「詳しい事は家に着いてから話す。じゃあ、今電車降りるから」
「わかった」
地元駅から私の家まで徒歩5分といったところか。
しかし電車?
あいつの家からだと車のはずだが……。
それから10分くらいして呼び鈴がなった。
水奈が着いたようだ。
私がドアを開けると体調の悪そうな水奈がいた。
「お前……そんな状態でよく来る気になったな」
「とりあえず家に入れてくれないか?死にそうだ……」
だったら家で大人しくしてりゃいいものを。
「水奈はブラックでよかったよな?」
「ああ、悪いな。天音も具合悪いんじゃないのか?」
「さっきまで寝てたよ」
「……優しい旦那でよかったな」
「まだ旦那じゃねーよ」
そんな会話をしながら水奈にコーヒーの入ったマグカップを渡す。
水奈はそれを一口飲んで深呼吸をした。
それを見て私は改めて水奈に質問した。
「で、何があったんだ?」
「ああ、実はあれから寝てないんだ……」
「はぁ?」
流石に驚いた。
お前家に来てる場合じゃないだろ!?
車で来ない理由が分かった。
運転出来る状態じゃないんだ。
でも車の中で寝とくとかやり様はあったはず。
水奈の近所にはそれ用の公園の駐車場があるんだから。
「どうして休まなかったんだ?」
「その前に一つお願いがある。私が今ここにいる事はSHには秘密にしてくれ」
「いいけど遊が気づくんじゃないのか?」
水奈と遊は同じ大学だった。
遊こと桐谷遊は桐谷水奈の旦那である桐谷学の弟。
親戚同士で同じ大学ってどんな心境なんだろうな?
「遊には個チャで頼んでおいた。絶対に学には言うなって」
「いったいなんでそんな状況になったんだ?」
「私も家に帰って寝ようと思ったんだ。そしたら運の悪い事に学が起きていてな……」
丁度学も大学に行こうとしていたらしい。
学は私の姉妹の片桐空や翼と同じ地元大学に通っている。
学はなぜなのか生真面目な性格だ。
水奈が朝帰りしようと自由だが、学校にはちゃんと行けと学が言ったらしい。
「こんな状態じゃ車運転できねーよ」
「俺が送ってやる。帰りは電車とバスでどうにかなるだろ」
「それじゃ学が遅刻するだろ」
「安心しろ。空じゃあるまいし月曜の1限を入れるような無茶はしない」
「それなら私だって同じだ」
「私立大学は学食が広いと聞いた。時間まで寝てたらいいだろ」
「そうまでしていく意味がわかんねーよ」
「水奈を学校に行かせてくれる両親に悪いと思わないのか?」
多少羽目を外そうが構わないがやることはやれ。
そう言って学は水奈を大学に連行したらしい。
しかし1時間ちょっと寝たくらいで快復するわけがない。
むしろ寝過して授業に間に合わない確率の方が高い。
だから遊達に言って学校をふけた。
大学から大在駅までは徒歩でもそんなにかからない。
ふらふらになって駅に辿り着いてそして私に電話を入れた。
私ならきっとサボる。
そう確信していたらしい。
その通りだけどな。
まあ、そう言う事ならしょうがない。
「ベッド貸してやるから少し寝ろよ。大地なら大丈夫だから」
「いや、ここでいい。少し楽になった」
「あまり無茶するなよ」
「天音に言われたくねーよ」
それもそうか。
「それにしても相変わらず綺麗に部屋使ってるんだな」
水奈は私達の部屋を見て言った。
そりゃ毎週チェックに来る小姑気取りの愛莉がいるからな……。
愛莉だけならまだいい。
大地の母親も来る。
そして少しでも粗があるとなぜか大地が怒られる。
「整理整頓が追い付かないくらい天音ちゃんを疲れさせてどういうつもりなの!?まだあなたの嫁じゃないのよ!」
さすがに大地が哀れに思えたので可能な限り掃除してる。
「しかし、2人でこうしてるのも久しぶりだよな」
水奈は感慨にふけっていた。
水奈と出会って初めてかもしれない。
それまでは翼や美希達もいたから。
4人で空を奪い合ったりしたこともあったな。
まさか空が美希を選ぶとは予想してなかったけど。
私も水奈もさすがにショックだった。
お互いにいがみ合った事もあった。
でもそれぞれに恋人が出来て少しずつ変わっていった。
私も水奈もただそこに空がいただけで、空を好きだと思い込んでいたのかもしれない。
初めて見た異性を好きだと誤認していただけかもしれない。
まあ、今となってはどうでもいいことだ。
私達にはパートナーがいるのだから。
「天音の父親も私の母さんと奪い合いになったんだろ?」
そう言えばそんな話をしていたな。
どう考えても幼馴染の水奈の母さんが有利に思えたけど、パパが自分の意思で愛莉を選んだらしい。
「私達も両親みたいな関係になれると良いな。天音も早く結婚しろ」
「私はいつでもいいんだけどな。相手が大地だからな……」
「ちょっと難しいか」
「まあな」
そう言って笑っていると大地が帰って来たみたいだ。
「ただいま……天音具合はどう?」
「ああ、昼まで寝てた」
「まあ、そうなるよね」
むしろ一緒に朝までいたのに大学に行ったお前がおかしいんだよ。
そんな大地が水奈を見て様子が変わった。
「あれ、水奈……やっぱりいたの?」
やっぱり?
水奈が私の家に来てることは誰も知らないはず。
「ああ、ちょっとお邪魔してる。悪いけど学には黙っていてくれ」
「あ、ああ。それはちょっと無理かも」
「無理?」
すると水奈の背後から大柄の人影が現れた。
「こういう事だと思ったよ」
「げ!!学!?」
大地に事情を聞いてみた。
学は大地を見つけるとすぐに私は今日どうしてるか聞いたらしい。
何も事情を知らない大地は「多分今日は学校休んでる」と答えた。
すると学はすぐに遊に電話して問い詰める。
遊は案外ちょろいらしい。
口止めする相手を間違えたな水奈。
そして大地と一緒に来たらしい。
「さあ、帰るぞ。帰ってみっちり説教してやる」
「大地は天音を許してくれたぞ。学も少しくらい優しくしてくれてもいいだろ!」
「心配するな。それもちゃんと手を打ってある」
どういう意味だ?
大地を見ると何か気まずそうにしている。
「……大地。何か隠してるな」
「あ、いや。その……」
大地が何かを言おうとする前に私のスマホが鳴った。
全力で嫌な予感がする。
スマホの画面を見ると間違いなく愛莉からの電話だった。
出たくないけど出ないと最悪仕送り打ち切りの危機だ。
仕方なく電話にでた。
「どうした?愛莉」
「どうしたじゃありません!朝まで飲んで学校サボるって何を考えているのですか!遊び惚けさせる為に同棲を認めたわけじゃありませんよ!」
それから愛莉の説教を受けている間に水奈と学は帰っていった。
1時間近く愛莉の説教を受けると大地に「なんで愛莉が知ってるんだ?」と聞いた。
答えは簡単だった。
そばに空と翼がいたらしい。
空は「仕方ないから黙っておいてやろうよ」と言ったらしいが「そんなの絶対ダメ!」と翼が愛莉に密告したらしい。
あの野郎……
「まだ、買い物してないんだろ?今日は外で食べようか?」
どんな時でも大地は優しい。
だけどその優しさに甘えてはいけない。
……少しだけ甘えてもいいかな?
「いいよ、時間はあるから何が買ってきて適当に作る。十分ゆっくりできたし」
その代わり買い物に付き合ってくれとお願いした。
大地は快諾してくれた。
「久しぶりだろ?水奈と話をしたの」
「まあな。お互い生活が違うしな」
ましてや水奈は主婦業までやってるんだし。
「どんな話してたの?」
大地が聞いてくると私はクスリと笑った。
「女性同士の話に首を突っ込むとろくなことないぞ」
「あ、ごめん……」
「なんてことないよ。やっぱり私の相手は大地に決まってたんだなって話をしてた」
「どういう意味?」
「さあな」
この身を託され授かりし命に告げられる。
悲しみの上にあった今を忘れたら、私は一体誰の為にあると語りかける。
余談だけど水奈は5月の合宿まで飲むのは禁止になったらしい。
まあ、合宿になったら飲めるんだからいいじゃないか。
私は特別お咎めは無かった。
愛莉から徹底的に叱られると思ったがパパが何か口添えしたらしい。
愛莉もパパの一言で折れる。
その理由も知っていた。
(2)
ある時、ボーリングで知り合い、それがきっかけで交際に発展し今に至る。
「よかったな」
如月天はそれだけ言ってラーメンを食べ始めた。
それだけか?
「ああ、おめでとう」
どうでもいいみたいだ。
仕方ない。
俺達の様に結婚してる高校生なんて腐るほどいる。
ボーリングで知り合ったって馴れ初めがあるだけマシだろう。
だけどその後の進展を考えるのは面倒らしい。
必要なのは結婚したという結果だけ。
百人を超える高校生のエピソードを一々考えるのが面倒になったんだろう。
登場出来ただけで感謝しよう。
今回はエピソードが多くて削る事も検討したらしいから。
その時甚一のスマホが鳴った。
「飯食ってる時はマナーモードにしとけよ」
天は楽しい食事を邪魔された事に腹を立てていた。
甚一の嫁の小夏から電話が来たらしい。
「どこにいるの?」
「ラーメン食ってる」
「夕食作ったのに無駄にするつもり?」
「ちゃんと帰ってから食べるよ」
「何時ごろ帰ってくるの?」
「食べ終わったらすぐ帰るよ」
「帰る前に電話ちょうだい」
温かい料理を食わせてやりたいという小夏の配慮だろう。
「わ、悪い。先に帰るわ」
そう言って甚一は帰っていった。
「情けない奴だな。もう嫁の尻に敷かれてるのかよ」
天は帰っていく甚一の後姿を見て言った。
そうはいってもやはり新婚だとそれなりに気を使うものだ。
俺も他人事じゃない。
「俺は絶対ああはならないね」
天はまだ結婚していない。
だからそんな事が言えるんだろう。
俺は何も言わずにただラーメンを食っていた。
食べ終わると家に帰る。
自転車を必死に漕いで帰る。
門限があるわけじゃない。
少しでもカロリーを減らして腹を空かせておく必要があったから。
SAPでも行って少し運動して帰ればよかったのだろうけど、帰る時間が遅くなるのも嫁の小鞠が気の毒だ。
「ただいま」
「おかえりなさい。とりあえず着替えて来て」
夕食の準備は出来ているらしい。
僕はすぐに着替えてテーブルに着く。
テーブルには割とあっさりした料理が並んでいた。
どうしたんだろう?
「小鞠。ひょっとして怒ってる?」
すると向かいに座っていた小鞠は不思議そうに首を傾げた。
「どうしてそうなるの?翔斗こういう料理嫌いだった?」
「いや、あまりにも簡素なのが多いから」
「だって翔斗言ってたじゃん”天達とラーメン食って帰る”って」
そういや言ってたな。
「でも、愛妻の手作りの夕食ならちゃんと食べるよ」
「そう言うと思ったから献立変えてみたの」
どういうことだ?
「あんまり脂っこい物ばっかり食べてても体に悪いと思って……でもバランスって難しいね」
魚や肉を全く入れない料理というのも味気ないんじゃないだろうか?
色々悩んだらしい。
「ごめんな。今度から気を付けるよ」
「ううん。将来こういうことが増えるだろうから……お茶漬けだけってのも考えたんだけど」
この時間からそれは流石につらい。
それにそんなに先の事考える必要ないと思うけど。
どうやら俺は夫想いの良い嫁に巡り合えたようだ。
(3)
ある時、ボーリングで知り合い、それがきっかけで交際に発展し今に至る。
「おめでとう!」
今日は独身生活最後のショッピングを友達の山本紗奈としていた。
高校生にして”独身生活最後”とは妙なものだ。
「おめでたいから今日は私のおごりでケーキ食べようよ」
そういうわけで紗奈のおごりでケーキバイキングに来ていた。
「紗奈は結婚しないの?」
何となく聞いてみた。
やっぱり学生婚ってイメージ良くないのだろうか?
高校生に使う言葉じゃないと思うけど。
そうではないらしい。
結婚しなくても一緒にいるし、大学に行ったら同棲始めるつもりらしい。
紗奈は元々兄を甘やかしている両親も、好き放題やってる兄も嫌っていた。
だからいつか自立する。
そう決めているそうだ。
その後押しをしてくれるのが紗奈の彼氏の小泉優。
学費はともかく親の援助は一切受けるつもりがないそうだ。
貧しい生活でも二人なら上手くやっていける。
相手が優なら大丈夫だ。
紗奈はそう確信を持っていた。
まあ、そこまで覚悟を決めてるなら後は言う事はない。
私と正反対だし。
私の旦那はそこまで甲斐性があるかといえばそうでもない。
運動神経がいいとか「小学生かお前は」と言ったようなプロフィールしか持っていない。
それでも如月家の人間ならそれなりの職に就くのだろう。
そんな打算だけで求婚を受け入れた。
紗奈ほどの覚悟も考えもない。
なんとなく受け入れた。
恐らく他の同級生も紗奈ほど深く考えていないだろう。
考える必要もなかった。
路頭に迷った挙句、ホームレスなんて話考えるのも面倒だ。
夕方ごろになると私は紗奈と別れて家に帰る。
荷物は大体まとめ終えていた。
明日には引っ越す予定だ。
彼氏と相談した挙句彼氏の家のお世話になることになった。
母親と別れたくないとか言い出すマザコンじゃない。
高校生の身分ではどのみち親の援助なしに生活なんてできない。
なら彼氏の家で花嫁修業も悪くないと思ったから。
色々心配したのか彼氏がそっと言った。
「親がボケてきたら老人ホームに叩きこむから心配するな」
それが散々世話になった親に対する仕打ちかと思ったけど、まあ面倒見ないでいいならそれに越したことはない。
私だって自分の親の世話をしなければならないのだから。
その夜家族で最後の夕食を食べる事にした。
私の好きなエビフライ等が並んでいる。
父さんはビールを飲んでいた。
今生の別れというわけじゃないのに大げさな……。
夕食を終えると風呂に入って早めに寝る事にした。
連休最後の明日を使って引っ越しをすませる。
5月には落ち着いて新しい生活を始めているだろう。
私の名前も如月更紗になる。
(4)
「おい、大地もう帰るのかよ?」
西松康介が呼び止めるが「ごめん、もう限界」と言って走って帰る。
走って帰るくらいの力はある。
そんなに泥酔していてふらふらでこれ以上飲めないという意味ではなかった。
時間的な問題だ。
腕時計を見るとすでに1時を回っている。
「23時頃には帰る」
天音にはそう連絡しておいた。
2時間のオーバーだ。
きっと怒っているかもしれない。
チェーンロックをかけられていても文句の言えない状況。
天音に「今から帰る」とメッセージを送っても返事が来ない。
いよいよもってやばい。
天音を怒らせるのもやばいけど、それを知った母さんが何を言い出すか分からない。
そういう想いが僕を急がせる。
マンションについてエレベーターで最上階に向かう。
部屋の電気はついていた。
恐る恐るカードキーを挿しこむ。
ドアチェーンは無かった。
「ただいま!天音ごめん!」
こういう時は取りあえず謝れ。
父さんが言ってた。
しかし聞こえてくるのは天音の笑い声。
「お前今のは姑息すぎるだろ!」
「そういうシステムになってるんだから文句言うな!私の勝ちだ!」
「じゃあ、次から禁止」
「そんなローカルルール作ってたらこの先ランキング落とすだけだぞ」
どうやら水奈とVCをやりながらゲームで対戦していたらしい。
対戦を終えると「あ、大地帰って来たからまたな」と言ってゲームを止めた。
「お帰り大地。随分遅かったんだな」
「あ、ごめん……」
「飲み会なんてそんなもんだろうと思って、ちゃんと準備してあったんだ。ちょっと待ってろ」
そう言って天音はキッチンに立つと何か調理を始めた。
そして食卓に出て来たのは焼きおにぎりのお茶漬けだった。
「締めはラーメンだろうと思ったけど何時になるかわかんねーからすぐに出来るものを準備しておいた」
フライパンでおにぎりを妬いて出汁を入れて具を入れて完成。
なるほどね。
「でも、なんで僕が締めを食べてこないと思ったの?」
「大地の事だから私が怒ってると思って慌てて帰ってくると思ってな」
「……怒ってないの?」
「当たり前だろ!大地も男なんだ。多少の羽目を外すくらい許すよ」
ただし女遊びだけは絶対ダメだ。
私と遊んでくれないのに他の女に手を出すなんて絶対に許さない。
まあ、僕にそんな度胸があるとは思えないけどな。
終始上機嫌の天音だった。
思えば天音は時々駄々をこねたり無理難題を言い出したりするけど、僕のやることに文句は言わない。
どうしてだろう?
この際だから天音に聞いてみた。
「その話……長くなるから明日の夜でいいか?」
「別にいいけど、何か理由があるの?」
「まあ、大した話じゃないけどな。早く寝ないと大地明日も大学あるんだろ?」
さっさと食って風呂入って寝ようぜ。
とりあえず天音の言う通りにしよう。
朝も起きると天音が先に起きていて、朝食を作っていた。
「顔洗って来いよ」
言われる通りにする。
「じゃあ、今夜昨夜の続きするから今日は早く帰って来いよ」
「分かった」
どんな事情なんだろう?
天音の姉の翼なら何が知ってるかもしれないと思って聞いてみた。
すると翼も笑っていた。
「愛莉のやつ天音にもあの話したんだ。大地が心配するような話じゃないよ」
ますます謎が深まった。
大学を終えると、今日は誘いを断って家に直接帰った。
夕食を食べて風呂に入ってリビングのソファに腰掛ける。
後で風呂に入った天音が席に着いた。
「じゃあ、話すけど……。お前が気負う必要は一切ないからな」
「うん」
「実は引っ越す前に愛莉に言われたんだ」
愛莉とは天音のお母さんの名前。
お母さんと何を話したのだろう?
「愛莉自身もおばあちゃんからの受け売りらしいけどな……こう言ったんだ」
天音の母さんは引っ越す前日に天音を呼び出すと話を始めたらしい。
「どうしたんだ?愛莉……急にかしこまって」
「天音も片桐家から嫁ぐ身。母さんから言っておくことがあります」
「なんだよそれ?」
「よく聞きなさい。これは私が冬夜さんと二人で暮らすときにりえちゃんから言われたの」
「おばあちゃんから?」
「ええ、大地君とは何れ結婚するんでしょ?」
「ま、まあ大地がその気になったそうなるよな」
「だから今から心構えを伝えます」
その心構えは以下の通りだった。
例えどんな事があっても大地君の味方でいなさい。例え世界中が敵になっても天音だけは大地君と一蓮托生の気構えでいなさい。
大地君が間違えを冒している事に気付いても、じっと見守ってあげなさい。それまでも何一つ意見を言わずに大地君に従いなさい。
大地君が迷ったら「大丈夫だから」と後押ししてやりなさい。亭主の自信は嫁が作り出すの。
最後の最後まで、死が2人を分かつまで、唯一無二の大地君の味方でパートナーでいる決意を今ここでしなさい。
どんな窮地に立たされても二人で笑って毒を飲む覚悟を決めなさい。
そして最後の約束だ。
大地君がどんな間違いを冒してもそれを許す勇気。何があっても笑って許す覚悟。一時の気の迷いで浮気をしても。
「これらを全部できないのなら、同棲は諦めなさい。大地君を信じられないのならどのみち長続きしません」
それが可能だということは愛莉が身をもって証明している。
それが出来るならと、翼と空の時の様にクレジットカードと口座を用意していたそうだ。
「……ってなわけだ」
天音はそう言って笑った。
天音は覚悟を決めたのだろうか。
だから今まで僕を許して来たのだろうか?
「ありがとう、天音」
僕は天音を思わず抱き締める。
「心配するな。世界中が束になってかかってきても大地と2人なら武器なんていらない。お前が最強の武器だ」
「ああ……」
「じゃ、話すんだし寝ようぜ」
そう言って天音は寝室にいった。
そんな後姿をみて思う。
何て優しい彼女なのだろう。
天音はふらふらしているようで実は芯のある子だ。
既にさっきのことを全て決意しているのだろう。
だったら僕に何ができる。
僕もいい加減覚悟を決めなければならない時が来た。
そんな気持ちでいっぱいの夜だった。
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