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翼を授かる者
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(1)
今季から入ってきたメンバーは近所の子が多い。
どの子も将来有望な子だ。
ある程度基礎的な技術は身につけて来てる。
そういう子をセレクションで選ぶんだから当然なんだが。
でも誰かが言ってた。
ある程度技術が完成しきった子よりも粗削りだけど鍛えたらまだ伸びしろのある素質のある子を選べと。
俺もそう思う。
だから俺は冬夜と約束した。
もし冬吾がチームに入っても小学生時代は試合は諦めてくれ。
ダイヤの原石を磨く事に重点を置きたいと。
冬夜もそのつもりだったらしい。
冬夜は素晴らしい子を授かった。
本来なら、もっと名門チームに入れたいだろう。
一昔前なら高校は海外で鍛えたいと思っただろう。
今は昔と違う。
18歳未満の海外移籍は認めてもらえない。
冬夜も悩んだらしい。
実際何回か一緒に飲みに行った。
中途半端なチームにいれたら折角の才能を台無しにしてしまう。
悩んだ末俺に大切な子供を託してくれた。
まだ遠い先の話だけど俺はその時が来るのを楽しみにしている。
うちの誠司と冬吾が組んだ時どんな奇跡を織り成すのか楽しみだ。
地元はなぜかありとあらゆるジャンルで天才を生み出している。
森重知事が就任してから青少年スポーツ強化と称して予算を組んでくれた。
それにうちのチームも参加してる。
実際強化指定選手に選ばれた者もいる。
「コーチ!」
水島みなみがやって来た。
彼女もそんな強化指定選手の一人だ。
そして代表U-16で活躍している。
運動量が人一倍あって、ゴールに対する執念が強い子。
フリーにしたら必ず枠の中に決めてくる。
フリーじゃなくても隙さえ見つけたら強気で狙っていく子。
中学に入ってメンタルもかなり強化されている。
「中東はどうだった?」
「暑かったです、やっぱ海外遠征は気候との勝負ですね」
僅かな準備期間で慣れなければならない。
気候だけならまだいい。
南米の国に行けば標高による空気の薄さという悪環境も出てくる。
だがアウェイで戦えない選手なんて代表に居場所はない。
半分以上の試合はアウェイなのだから。
時差という条件もある。
観客は全て敵という状況で戦わなければならない。
みなみはそんな中でも折れることなく食らいついてきた。
代表から戻ってきても地元チームで戦わなければならない。
シーズンオフはひたすら自分を鍛える。
まだまだ伸び盛りの時期だ。
コンディションの調整なんてぬるい練習にはまだ早い。
彼女の歳なら本来60分の試合時間を代表にいけば90分戦わなければならないのだから。
さすがに来年のオリンピックには出れないらしい。
男子サッカーならU-23というルールがあるが女子サッカーはA代表が出る。
さすがにいくらなんでも来年は高校生のみなみでは無理だった。
でもその次の五輪には出れるはず。
だから頑張れ。
練習が終わると桜子が迎えに来る。
「水奈さんは中学校ではどうですか?」
桜子は俺の娘水奈の小学生時代の担任だった。
「今年は生徒副会長やってるよ」
「嘘でしょ!?あ、すいません」
「いや、いいんだ。俺もびっくりしてるから」
その後少し話をしてるとみなみが着替えて戻ってくる。
「それじゃ、コーチありがとうございました」
「ああ、頑張れよ」
そう言って俺も家に帰る。
家に帰って飯食って風呂に入ってテレビを見て寝る。
そんな普通の日常を予想していた。
車をガレージにとめて、家に帰る。
「ただいま」
そう言って靴を脱いでると見たことのない小さな子供が二人やって来た。
「お疲れ様」
そう言って神奈もやって来た。
「お客さん?」
「いや、今日から我が家の一員だ」
神奈はそう言って笑う。
はい?
どう見ても子供だ。誠司より年下の。
何か悪い夢でも見てるのか、それともいつぞやのような悪いジョークか?
「我が家の一員てどういうことだ?」
「ちょっと事情があってな、うちで面倒見ることになったんだ」
事情……考えたくないけど神奈の隠し子か?
確かに俺の現役時代と出生時代が重なる年頃だ。
俺がいない間に神奈は他の男と……
いかん!興奮してる場合じゃない。
落ち着け、一つずつ確かめていくしかない。
「どうした?誠」
どうした?って聞きたいのは俺の方だ。
「神奈の子……なのか?」
「な、わけねーだろ!ちったぁ頭使え!どうやって2年間隠し通せると思った?」
妊娠期間だって隠さなきゃいけないんだぞ!と神奈は言う。
じゃあ、誰の子だ?
ま、まさか……。
「水奈!!」
「水奈は今学と話してるんだから邪魔してやるな」
「その学と話がしたい!」
あのガキ、しれっとして子供を二人も……
瑛大にもこの怒りをぶつけないと気が済まない。
「水奈!すぐに降りてきなさい!」
「あ、お帰り?何があったんだ?」
何があったんだ?じゃないだろ!
俺だって娘の父親だ!いくらなんでもこれは我慢できない!
「これはどういうことだ?」
「どういう事だって何がだよ?」
「この子供の事だ!」
「ああ、崇博と歩美な。大人しいいい子だな」
「お前は父さんに黙っていつの間にこんな子供を?」
「は?何言ってんだ?」
あれ?
「お、お前の子供じゃないのか?」
俺は2人からどつかれた。
「何事かと思ったらこの馬鹿は!んなわけねーだろ!学がそんな真似するわけねーだろ!」
相手が学とは限らないじゃないか!
「お前は最後まで人の話を聞け!!」
「じゃあ、誰の子なんだ!?」
「それは後で説明してやるからとりあえず着替えて飯食って風呂に入れ!」
神奈はそう言うとダイニングに向かう。
俺は言われた通り着替えて飯を食って風呂に入った。
そしてリビングのソファに座る。
さっきの子供はもう寝たらしい。
ずっと疑いが晴れなかった。
どっちかが嘘をついてる。
作ったとしたら俺がアウェイに行ってる間だ。
当然だけど父親は家を空けている間家で起きていることは把握できない。
神奈に限ってそれはないと信じていたけど。
でも神奈は言っていた。妊娠している間をどう隠すか?
否応でも大きくなった腹を見ればわかる。
それは水奈も一緒だ。
結論が出ない。
とりあえず飲もう。
用意したコップに瓶ビールを注ごうとするとそれを神奈が取り上げた。
「これは、説明が済んでからだ」
「わかった。じゃあ、回りくどい話は無しだ。誰の子供なんだ?」
神奈に似ていたから間違いなくどっちかだと思ったが。
「従妹だ!」
「お前……従妹いたの?」
「いたんだよ!くそ野郎のほうじゃねーぞ。母さんの妹の娘の子だ」
神奈は今日神奈の母親の家に呼び出された。
するとさっきの崇博と歩美の2人を紹介された。
神奈の従妹とは面識がないらしい。
面識がないまま亡くなった。
バスの横転事故に巻き込まれたらしい。
子供を迎えに行く途中だった。
他に引き取り手がいないから神奈が呼び出されたそうだ。
神奈はそれを引き受けた。
「そうならそうとさっさと言ってくれれば」
「言う前にお前が1人で暴走したんだろうが!」
「で、どうするんだ?」
「面倒見るって言った以上私が見ようと思う。当然誠が承諾してくれたらの話だが」
そんな事言われて、話を聞いてしまった以上見ないわけにはいかないだろ?
「……わかった。貯えはしっかりある。そのくらい問題ないだろ。神奈がやりくりしてくれるだろ?」
「すまんな。身内の厄介ごとに巻き込んでしまった」
「気にするな。神奈の親戚なら、俺にも縁があったんだろ。ところで二人はその母親の事知ってるのか?」
「母さんが葬儀の時に説明はしたらしい」
「そうか」
2歳の子供には受け入れがたい事態だろうな。
俺達に出来る事はこの子たちが自分の道を選んで歩いて行く補助をすることだけ。
そしてまだ気づいてなかった。
この子たちにはすでに歩いてく道を見つけていたことに。
(2)
私たちの元に一通の手紙が届いた。
アフリカの小さな国からの手紙だ。
私の足元にはまだ2歳の子供がいる。
この事実を受け止めるにはまだはやいんじゃないのか?
だが、現実を受け止める必要がある。
逃げてはいけない。
もう話の出来る年齢だ。
理解はできるはず。
これから石原家の人間になるのなら、そういう強さも持ってほしい。
帰ってきて望と相談した結果私達は妹の子供、岳也に話をすることにした。
手紙の内容を話す。
赴任先の国で伝染病にかかり岳也の両親は命を落とした。
そう伝えると岳也は静かに聞いていた。
まだ事実を受け止めきれないのか、悲しみのあまり思考を止めてしまったのか。
でもどちらだったとしても石原家の人間になるのなら逃げてはいけない。
事実を受け止めて自分の力で生きていかなきゃいけない。
その為の力は親代わりとなる私達が授けよう。
これからは私達を頼りなさい。
私達が岳也の親だ。
ようやく岳也が反応した。
泣き出したんだ。
私は岳也を抱きしめてやる。
「今夜だけは親の死を悲しみなさい。でも明日からは前を向いて歩きなさい。あなたには肉親がいた。その事は忘れては駄目」
岳也は泣き疲れて寝た。
その寝顔を見ながら私は望と話す。
この子の将来をどうするか?
望は私が認めたただ一人の男。
彼の目には意志が宿っていた。
この子は僕が責任をもって育てる。恵美に負担をかけてしまうかもしれないけど。
望はそう言った。
夢があるのなら叶えてやろう。
希望がないのなら用意してやろう。
この子も江口家の人間、石原家の人間だ。
何も無いのなら作ってやればいい。
戦う意思があるのなら戦う場所を用意してやればいい。
僕達ならそれが出来る。
私は望に賛同した。
この話は運命という鎖に縛られた幻想物語。
そう、ファンタジーなんだ。
夢を叶える為の物語。
例え数百億かかるプロジェクトになったとしてもそれを叶える力が私達には与えられている
子供が生きていくうえであり得ない不条理は全て蹴飛ばしてやる。
子供と喜怒哀楽を共にしよう。
夢と希望と愛が織り成すファンタジー。
ジャンルが多少違えどそんな事は関係ない。
自分を信じていれば夢はいつかきっと叶う。
その為なら策者はいくらでも労力を惜しまないだろう。
倒れるまで続けるだろう。
この子の終わりのない物語は今幕をあげた。
(3)
不慮の事故だった。
治安のよくないアフリカの国で起きた事故。
治安が良くないとはいえ精々誘拐されるか銃撃されるか、その程度。
ボディガードも用意していた。
だけど乗った飛行機を一発のスティンガーミサイルが襲った。
ほかの乗客も巻き込み大勢の命が旅客機と共に四散した。
私達がその訃報を知ったのは夕方のニュースだった。
邦人も数名巻き込まれている。
そうニュースでされていた。
そして父さんから知らせの電話が入った。
父さんは自分の娘夫婦の死を嘆き、行かせてしまった自分を悔み、そしてテロをした人間を……組織に対して怒りをぶつけた。
SSS、酒井セキュリティサービスの人間を”派兵”した。
理由は言うまでもない、テロに対する報復だ。
志水家に刃を向けるものは何人たりとも許されない。
治安の悪い無法地帯。
それは私達にとっても都合がいい。
無人爆撃機を用意して隠れ家を爆撃した。
テロ組織は確信犯。
必ず犯行声明を出す。
それが愚かな行為だとも知らずに。
身元を割り出すなど造作でもない事。
小国一つくらい潰す戦力を誇る志水家にとってテロ組織くらいどうとでもなる。
速やかに報復は完遂された。
そんなことより残された子供善斗をどうするかだ。
まだ2歳、一人でやっていくには未熟すぎる。
私の亭主酒井善幸に相談する。
今夜は福岡の大企業の会長と会食があると言っていたが、家庭の問題だ。
そういうと善君はすぐに帰ってきてくれた。
善斗の事は預かった時から話をしてある。
両親の訃報を知らせてこれからどうすればいいか善君に聞いてみた。
「そんなの晶ちゃんの中では決まっているんでしょ。善斗って名前をつけられてるくらいだ。そういう運命の下に生まれてきたのだろう?」
「いいの?」
「今更子供が増えたからって動じないよ。子供に将来が無いのなら作ってやろう。足りない職なんていくらでもある」
また策者が悲鳴をあげるかもしれないけどね。
善君はそう言った。
普通の親ならきっと「そんな事で大事な会食中に一々連絡するな」くらいの不満をぶつけるだろう。
だけど善君はそんなことは絶対に言わない。
善君は夕食を食べると善斗とお風呂に入っている。
「今日から僕が善斗の父親だよ」
そんな話をしているのだろう。
善斗を寝かしつけると私は善君と飲んでいた。
これからあの子をどうするか?
「実は考えていたことがあるんだ」
善君から提案するとは珍しい。
「僕達も江口家や石原家に負けないくらい他分野に事業展開してもいいんじゃないかって」
「そうね。恵美たちに負けてられない」
「絶対に経営破綻にならない約束がされてないなら、強気で攻めるべきだ」
「私もそう思う」
「子供たちに残すべき会社を設立しよう。仕事が足りないなら作ってやろう」
「……酒井グループは善君のグループ。善君に任せるわ」
「とりあえずは基幹企業の酒井フーズ辺りを任せてみてはどうだろう?」
「わかった。じゃあ、大学くらいは出ておかないとまずいわね」
この物語は夢を願えば必ず叶うという神様のいる物語。
夢を見るのはただ。
そして願えば必ず実現する。
その為の道は策者が用意してくれる。
病に倒れても考えてくれる。
善斗の未来に光が射した。
振り向くな、涙をみせるな。
明日を取り戻して見せなさい。
例え力尽きて刃が砕けても二度と戻らない、銀河の海に散るまで。
恐れるな、誇りを捨てるな。
迷わず進みなさい。
今こそ立ち上がりなさい。
雄々しく舞い踊りなさい。
手に取る剣であらゆる苦難を蹴散らしなさい。
金色の翼で天に羽ばたきなさい。
安らぎを夢見る者よ。
守るべき未来と愛を信じなさい。
退く事なんて知らなくていいから燃えたぎる魂の命ずるまま間に永遠へすすみなさい。
剣は善君が与えてくれる。
翼は私が授けましょう。
恐れることは無い。
未来に向かってはばたきなさい。
(4)
「どうだ?恵美?」
「そうね……」
私達は安心院のカート場に来ていた。
キッズカートに乗ってサーキットを走る崇博と歩美。
その異変に気付いたのは誠だった。
誠が昼間録画してあったGTレースを見ていると二人が食い入るように見ている。
「車、好きなのか?」
誠が言うと2人ともにこりと笑って答えていた。
誠が私に相談する。
そう言えば私が乗っている紅いスポーツカーにも興味を示していたな。
誠司があまりラジコンとかに興味を示さなかったから、分からなかったけど子供の為にミニ四駆やラジコンを買い与えると喜んでいた。
女の子の歩美ですらそうだ。
翌週の日曜日上津江町にあるサーキットでやってるGTレースに連れて行くと興奮していた。
これがこの子達の夢なのか?
なんでも習い事は早いうちにした方がいい。
ネットで検索したら2歳でもカートに乗れるらしい。
私達が相談してる間も子供達はレースゲームで遊んでいる。
「サスってなんだろ?」
「デフってなに?」
そんな事を話しながら楽しんでいる。
ダメもとで喫茶店青い鳥で恵美や愛莉たちと話をしていた。
運命というものはあるものだ。
「来週末安心院のカート場でキッズカートの講習会があるの。行ってみない?」
恵美が言う。
長袖・長ズボン・スニーカー・手袋・フルフェイスのヘルメットがあればいいらしい。
準備して週末安心院に向かった。
そして子供たちは講習を受けてカートに乗っている。
恵美の隣にはテレビで見たことのある人がいる。
元俳優の舘智弘とアイドルの近藤雅之。
2人ともモータースポーツが趣味だという。
近藤さんはGTレースのドライバーだった経験もある。
「筋は悪くないね。2人ともスピードに対する恐怖が全くない」
「カートと一体感を出している、もう自分の手足のように操っている。ラインどりもまるでラインが見えてるかのようだ」
二人は崇博と歩美をそう評する。
「言ってる意味が良く分からないけどあの二人は合格?」
恵美が聞いていた。
「まだ2歳か……地方レースに出れるまで10年近くかかるけどやる価値はあると思います」
「年齢が来たら鈴鹿のスクールに通わせた方がいいかもしれませんね。F1ドライバーになるなら受けておくべきだ」
F1!?
私が恵美に聞くと恵美はにこりと笑って答えた。
「実は2人と相談していてね。モータスポーツに参戦しようって話をしていたの」
江口グループの挑戦だという。
F1はチーム=コンストラクター「車体製造者」であり各チームが独自のマシンを製造しなくてはならない。
江口グループの技術を総結集して世界に挑むのだという。
技術力は自信があった。問題はドライバーだ。
それを探していたのだという。
いないなら育成すればいい。
そんな結論に至った時に私達は相談したらしい。
しかし……
「F1ドライバーになるには20億以上の持参金がいるって聞いたぞ。そんな金私達にはとても……」
1年間、F1のチームを維持するにはスペインの某サッカーチームの1年分の予算がかかると聞いた。だからドライバーの持参金は貴重な収入だと調べた。
しかしそんな金私達にはとても準備出来ない。
「神奈ちゃん、これは神奈ちゃん達だけの問題じゃないの。私達江口グループの挑戦。世界の頂点を取りに行く。その為の必要経費をケチるつもりはないわよ」
持参金なんか必要ないという。
「11歳でF3に出場したという実例もあるそうよ。国外だけど遠征費用くらい持つわよ」
勝てばそれだけで宣伝になる。
恵美はそういう。
「問題があるとすれば唯一つ。神奈ちゃんの覚悟」
「どういう意味だ?」
「これは紛れもないレース。不慮の事故が起こる危険は常に付きまとう。その覚悟が無いのなら私達はそれを押し付ける事は出来ない」
その条件さえ飲んでくれるならどんな支援だってする。
「……誠とも相談したい。少し考える時間をくれないか?」
「ええ、すぐ返事をもらおうとは思ってないから」
「こっちから相談しておいて悪いな」
「気にしないで」
それから家に帰ると誠と相談をした。
誠は静かに話を聞いていた。
いつものおちゃらけた誠の表情はどこにもなく真剣に聞いてくれた。
そして言った。
「神奈はどう思ってるんだ?」
「……わからない。ただ子供の可能性を親の理不尽な都合で潰すのは良くないとは思う」
「だが、子供の安全を確保するためならって意見もあるだろ?」
「誠はこの話に反対か?」
「……あの二人は純粋に車が好きみたいだ。放っておいてもいずれ車で遊びだすだろう」
そして生半可に素質があるまま放っておいたら、トーヤのようになりかねない。
でもプロのレーサーになれば公道で無茶するなんて行為はしないらしい。
公道で無茶やって事故する確率の方が遥に高いという。
それならば、可能性を信じてやってもいいんじゃないのか?
「コーチにはプロが着くんだろ?」
「そうらしい、GTレースの経験者が指導するって言ってた」
「まあ、俺達が話していてもしょうがない。子供の意思がまず第一だ。2人を呼んでくれないか」
誠がそう言うので私は崇博と歩美を呼び出した。
誠は2人に言う。
「お前たちの本当のお母さんが亡くなった理由は理解してるな?」
2人はうなずく。
「じゃあ、今一度敢えて問おう。レーサーになりたいか?」
リスクを冒して夢を叶えたいか?
2人は相談していた。
「今日カートに乗ったんだ。凄く気持ちが良かった」
崇博が言った。
「なりたいです。プロのドライバーに」
2人が意思を示した。
何かを変える事が出来るのは、何かを捨てる事が出来るもの。
何一つリスクを背負わないままで何かが叶う等、ただの幻影にすぎない。
今は無謀な勇気も夢への賭けの攻勢。
奪われた世界に自由を望む少年と少女。
「分かった。神奈、二人がこう言ってるんだ。俺達が出来る事は唯一つ」
「そうだな」
私は恵美に返事を送る。
それから子供たちの夢への挑戦が始まった。
基礎的な技術は子供たちが小学校が始まるまでにしっかり叩き込む。
勉強もおろそかにできないから。
週末はジュニアレースが始まるから
今からやっても遅いということは無い。
コーチも徹底的に指導した。
手を抜かない。
コースで走らない時もトレーニングは出来る。
徹底的に体を鍛える
レースで必要なのは体力。
コーナーを抜ける際にかかるGは一般道を走るそれに比べたら雲泥の差。
地道な練習も欠かせない。
子供たちが望むなら必要な事は全てやった。
金銭的な事は恵美が負担してくれた。
コースまでの移動も新條さんがやってくれた。
皆の支援を受けながら二人は順調に育っていく。
まだ、舞台に立つには早いけど、二人の挑戦は始まっていた。
胸にこみ上げてく暑く激しいこの想い。
2人は夢の戦場へ手を取り合って誓いあっていく。
戦いの夜明け前に旅立つときがくる。
2人が過ごした日々は絶対に忘れない。
だから振り向くな、涙を見せるな。
明日はその先にあるから。
戦いのゴングは今鳴る。
今季から入ってきたメンバーは近所の子が多い。
どの子も将来有望な子だ。
ある程度基礎的な技術は身につけて来てる。
そういう子をセレクションで選ぶんだから当然なんだが。
でも誰かが言ってた。
ある程度技術が完成しきった子よりも粗削りだけど鍛えたらまだ伸びしろのある素質のある子を選べと。
俺もそう思う。
だから俺は冬夜と約束した。
もし冬吾がチームに入っても小学生時代は試合は諦めてくれ。
ダイヤの原石を磨く事に重点を置きたいと。
冬夜もそのつもりだったらしい。
冬夜は素晴らしい子を授かった。
本来なら、もっと名門チームに入れたいだろう。
一昔前なら高校は海外で鍛えたいと思っただろう。
今は昔と違う。
18歳未満の海外移籍は認めてもらえない。
冬夜も悩んだらしい。
実際何回か一緒に飲みに行った。
中途半端なチームにいれたら折角の才能を台無しにしてしまう。
悩んだ末俺に大切な子供を託してくれた。
まだ遠い先の話だけど俺はその時が来るのを楽しみにしている。
うちの誠司と冬吾が組んだ時どんな奇跡を織り成すのか楽しみだ。
地元はなぜかありとあらゆるジャンルで天才を生み出している。
森重知事が就任してから青少年スポーツ強化と称して予算を組んでくれた。
それにうちのチームも参加してる。
実際強化指定選手に選ばれた者もいる。
「コーチ!」
水島みなみがやって来た。
彼女もそんな強化指定選手の一人だ。
そして代表U-16で活躍している。
運動量が人一倍あって、ゴールに対する執念が強い子。
フリーにしたら必ず枠の中に決めてくる。
フリーじゃなくても隙さえ見つけたら強気で狙っていく子。
中学に入ってメンタルもかなり強化されている。
「中東はどうだった?」
「暑かったです、やっぱ海外遠征は気候との勝負ですね」
僅かな準備期間で慣れなければならない。
気候だけならまだいい。
南米の国に行けば標高による空気の薄さという悪環境も出てくる。
だがアウェイで戦えない選手なんて代表に居場所はない。
半分以上の試合はアウェイなのだから。
時差という条件もある。
観客は全て敵という状況で戦わなければならない。
みなみはそんな中でも折れることなく食らいついてきた。
代表から戻ってきても地元チームで戦わなければならない。
シーズンオフはひたすら自分を鍛える。
まだまだ伸び盛りの時期だ。
コンディションの調整なんてぬるい練習にはまだ早い。
彼女の歳なら本来60分の試合時間を代表にいけば90分戦わなければならないのだから。
さすがに来年のオリンピックには出れないらしい。
男子サッカーならU-23というルールがあるが女子サッカーはA代表が出る。
さすがにいくらなんでも来年は高校生のみなみでは無理だった。
でもその次の五輪には出れるはず。
だから頑張れ。
練習が終わると桜子が迎えに来る。
「水奈さんは中学校ではどうですか?」
桜子は俺の娘水奈の小学生時代の担任だった。
「今年は生徒副会長やってるよ」
「嘘でしょ!?あ、すいません」
「いや、いいんだ。俺もびっくりしてるから」
その後少し話をしてるとみなみが着替えて戻ってくる。
「それじゃ、コーチありがとうございました」
「ああ、頑張れよ」
そう言って俺も家に帰る。
家に帰って飯食って風呂に入ってテレビを見て寝る。
そんな普通の日常を予想していた。
車をガレージにとめて、家に帰る。
「ただいま」
そう言って靴を脱いでると見たことのない小さな子供が二人やって来た。
「お疲れ様」
そう言って神奈もやって来た。
「お客さん?」
「いや、今日から我が家の一員だ」
神奈はそう言って笑う。
はい?
どう見ても子供だ。誠司より年下の。
何か悪い夢でも見てるのか、それともいつぞやのような悪いジョークか?
「我が家の一員てどういうことだ?」
「ちょっと事情があってな、うちで面倒見ることになったんだ」
事情……考えたくないけど神奈の隠し子か?
確かに俺の現役時代と出生時代が重なる年頃だ。
俺がいない間に神奈は他の男と……
いかん!興奮してる場合じゃない。
落ち着け、一つずつ確かめていくしかない。
「どうした?誠」
どうした?って聞きたいのは俺の方だ。
「神奈の子……なのか?」
「な、わけねーだろ!ちったぁ頭使え!どうやって2年間隠し通せると思った?」
妊娠期間だって隠さなきゃいけないんだぞ!と神奈は言う。
じゃあ、誰の子だ?
ま、まさか……。
「水奈!!」
「水奈は今学と話してるんだから邪魔してやるな」
「その学と話がしたい!」
あのガキ、しれっとして子供を二人も……
瑛大にもこの怒りをぶつけないと気が済まない。
「水奈!すぐに降りてきなさい!」
「あ、お帰り?何があったんだ?」
何があったんだ?じゃないだろ!
俺だって娘の父親だ!いくらなんでもこれは我慢できない!
「これはどういうことだ?」
「どういう事だって何がだよ?」
「この子供の事だ!」
「ああ、崇博と歩美な。大人しいいい子だな」
「お前は父さんに黙っていつの間にこんな子供を?」
「は?何言ってんだ?」
あれ?
「お、お前の子供じゃないのか?」
俺は2人からどつかれた。
「何事かと思ったらこの馬鹿は!んなわけねーだろ!学がそんな真似するわけねーだろ!」
相手が学とは限らないじゃないか!
「お前は最後まで人の話を聞け!!」
「じゃあ、誰の子なんだ!?」
「それは後で説明してやるからとりあえず着替えて飯食って風呂に入れ!」
神奈はそう言うとダイニングに向かう。
俺は言われた通り着替えて飯を食って風呂に入った。
そしてリビングのソファに座る。
さっきの子供はもう寝たらしい。
ずっと疑いが晴れなかった。
どっちかが嘘をついてる。
作ったとしたら俺がアウェイに行ってる間だ。
当然だけど父親は家を空けている間家で起きていることは把握できない。
神奈に限ってそれはないと信じていたけど。
でも神奈は言っていた。妊娠している間をどう隠すか?
否応でも大きくなった腹を見ればわかる。
それは水奈も一緒だ。
結論が出ない。
とりあえず飲もう。
用意したコップに瓶ビールを注ごうとするとそれを神奈が取り上げた。
「これは、説明が済んでからだ」
「わかった。じゃあ、回りくどい話は無しだ。誰の子供なんだ?」
神奈に似ていたから間違いなくどっちかだと思ったが。
「従妹だ!」
「お前……従妹いたの?」
「いたんだよ!くそ野郎のほうじゃねーぞ。母さんの妹の娘の子だ」
神奈は今日神奈の母親の家に呼び出された。
するとさっきの崇博と歩美の2人を紹介された。
神奈の従妹とは面識がないらしい。
面識がないまま亡くなった。
バスの横転事故に巻き込まれたらしい。
子供を迎えに行く途中だった。
他に引き取り手がいないから神奈が呼び出されたそうだ。
神奈はそれを引き受けた。
「そうならそうとさっさと言ってくれれば」
「言う前にお前が1人で暴走したんだろうが!」
「で、どうするんだ?」
「面倒見るって言った以上私が見ようと思う。当然誠が承諾してくれたらの話だが」
そんな事言われて、話を聞いてしまった以上見ないわけにはいかないだろ?
「……わかった。貯えはしっかりある。そのくらい問題ないだろ。神奈がやりくりしてくれるだろ?」
「すまんな。身内の厄介ごとに巻き込んでしまった」
「気にするな。神奈の親戚なら、俺にも縁があったんだろ。ところで二人はその母親の事知ってるのか?」
「母さんが葬儀の時に説明はしたらしい」
「そうか」
2歳の子供には受け入れがたい事態だろうな。
俺達に出来る事はこの子たちが自分の道を選んで歩いて行く補助をすることだけ。
そしてまだ気づいてなかった。
この子たちにはすでに歩いてく道を見つけていたことに。
(2)
私たちの元に一通の手紙が届いた。
アフリカの小さな国からの手紙だ。
私の足元にはまだ2歳の子供がいる。
この事実を受け止めるにはまだはやいんじゃないのか?
だが、現実を受け止める必要がある。
逃げてはいけない。
もう話の出来る年齢だ。
理解はできるはず。
これから石原家の人間になるのなら、そういう強さも持ってほしい。
帰ってきて望と相談した結果私達は妹の子供、岳也に話をすることにした。
手紙の内容を話す。
赴任先の国で伝染病にかかり岳也の両親は命を落とした。
そう伝えると岳也は静かに聞いていた。
まだ事実を受け止めきれないのか、悲しみのあまり思考を止めてしまったのか。
でもどちらだったとしても石原家の人間になるのなら逃げてはいけない。
事実を受け止めて自分の力で生きていかなきゃいけない。
その為の力は親代わりとなる私達が授けよう。
これからは私達を頼りなさい。
私達が岳也の親だ。
ようやく岳也が反応した。
泣き出したんだ。
私は岳也を抱きしめてやる。
「今夜だけは親の死を悲しみなさい。でも明日からは前を向いて歩きなさい。あなたには肉親がいた。その事は忘れては駄目」
岳也は泣き疲れて寝た。
その寝顔を見ながら私は望と話す。
この子の将来をどうするか?
望は私が認めたただ一人の男。
彼の目には意志が宿っていた。
この子は僕が責任をもって育てる。恵美に負担をかけてしまうかもしれないけど。
望はそう言った。
夢があるのなら叶えてやろう。
希望がないのなら用意してやろう。
この子も江口家の人間、石原家の人間だ。
何も無いのなら作ってやればいい。
戦う意思があるのなら戦う場所を用意してやればいい。
僕達ならそれが出来る。
私は望に賛同した。
この話は運命という鎖に縛られた幻想物語。
そう、ファンタジーなんだ。
夢を叶える為の物語。
例え数百億かかるプロジェクトになったとしてもそれを叶える力が私達には与えられている
子供が生きていくうえであり得ない不条理は全て蹴飛ばしてやる。
子供と喜怒哀楽を共にしよう。
夢と希望と愛が織り成すファンタジー。
ジャンルが多少違えどそんな事は関係ない。
自分を信じていれば夢はいつかきっと叶う。
その為なら策者はいくらでも労力を惜しまないだろう。
倒れるまで続けるだろう。
この子の終わりのない物語は今幕をあげた。
(3)
不慮の事故だった。
治安のよくないアフリカの国で起きた事故。
治安が良くないとはいえ精々誘拐されるか銃撃されるか、その程度。
ボディガードも用意していた。
だけど乗った飛行機を一発のスティンガーミサイルが襲った。
ほかの乗客も巻き込み大勢の命が旅客機と共に四散した。
私達がその訃報を知ったのは夕方のニュースだった。
邦人も数名巻き込まれている。
そうニュースでされていた。
そして父さんから知らせの電話が入った。
父さんは自分の娘夫婦の死を嘆き、行かせてしまった自分を悔み、そしてテロをした人間を……組織に対して怒りをぶつけた。
SSS、酒井セキュリティサービスの人間を”派兵”した。
理由は言うまでもない、テロに対する報復だ。
志水家に刃を向けるものは何人たりとも許されない。
治安の悪い無法地帯。
それは私達にとっても都合がいい。
無人爆撃機を用意して隠れ家を爆撃した。
テロ組織は確信犯。
必ず犯行声明を出す。
それが愚かな行為だとも知らずに。
身元を割り出すなど造作でもない事。
小国一つくらい潰す戦力を誇る志水家にとってテロ組織くらいどうとでもなる。
速やかに報復は完遂された。
そんなことより残された子供善斗をどうするかだ。
まだ2歳、一人でやっていくには未熟すぎる。
私の亭主酒井善幸に相談する。
今夜は福岡の大企業の会長と会食があると言っていたが、家庭の問題だ。
そういうと善君はすぐに帰ってきてくれた。
善斗の事は預かった時から話をしてある。
両親の訃報を知らせてこれからどうすればいいか善君に聞いてみた。
「そんなの晶ちゃんの中では決まっているんでしょ。善斗って名前をつけられてるくらいだ。そういう運命の下に生まれてきたのだろう?」
「いいの?」
「今更子供が増えたからって動じないよ。子供に将来が無いのなら作ってやろう。足りない職なんていくらでもある」
また策者が悲鳴をあげるかもしれないけどね。
善君はそう言った。
普通の親ならきっと「そんな事で大事な会食中に一々連絡するな」くらいの不満をぶつけるだろう。
だけど善君はそんなことは絶対に言わない。
善君は夕食を食べると善斗とお風呂に入っている。
「今日から僕が善斗の父親だよ」
そんな話をしているのだろう。
善斗を寝かしつけると私は善君と飲んでいた。
これからあの子をどうするか?
「実は考えていたことがあるんだ」
善君から提案するとは珍しい。
「僕達も江口家や石原家に負けないくらい他分野に事業展開してもいいんじゃないかって」
「そうね。恵美たちに負けてられない」
「絶対に経営破綻にならない約束がされてないなら、強気で攻めるべきだ」
「私もそう思う」
「子供たちに残すべき会社を設立しよう。仕事が足りないなら作ってやろう」
「……酒井グループは善君のグループ。善君に任せるわ」
「とりあえずは基幹企業の酒井フーズ辺りを任せてみてはどうだろう?」
「わかった。じゃあ、大学くらいは出ておかないとまずいわね」
この物語は夢を願えば必ず叶うという神様のいる物語。
夢を見るのはただ。
そして願えば必ず実現する。
その為の道は策者が用意してくれる。
病に倒れても考えてくれる。
善斗の未来に光が射した。
振り向くな、涙をみせるな。
明日を取り戻して見せなさい。
例え力尽きて刃が砕けても二度と戻らない、銀河の海に散るまで。
恐れるな、誇りを捨てるな。
迷わず進みなさい。
今こそ立ち上がりなさい。
雄々しく舞い踊りなさい。
手に取る剣であらゆる苦難を蹴散らしなさい。
金色の翼で天に羽ばたきなさい。
安らぎを夢見る者よ。
守るべき未来と愛を信じなさい。
退く事なんて知らなくていいから燃えたぎる魂の命ずるまま間に永遠へすすみなさい。
剣は善君が与えてくれる。
翼は私が授けましょう。
恐れることは無い。
未来に向かってはばたきなさい。
(4)
「どうだ?恵美?」
「そうね……」
私達は安心院のカート場に来ていた。
キッズカートに乗ってサーキットを走る崇博と歩美。
その異変に気付いたのは誠だった。
誠が昼間録画してあったGTレースを見ていると二人が食い入るように見ている。
「車、好きなのか?」
誠が言うと2人ともにこりと笑って答えていた。
誠が私に相談する。
そう言えば私が乗っている紅いスポーツカーにも興味を示していたな。
誠司があまりラジコンとかに興味を示さなかったから、分からなかったけど子供の為にミニ四駆やラジコンを買い与えると喜んでいた。
女の子の歩美ですらそうだ。
翌週の日曜日上津江町にあるサーキットでやってるGTレースに連れて行くと興奮していた。
これがこの子達の夢なのか?
なんでも習い事は早いうちにした方がいい。
ネットで検索したら2歳でもカートに乗れるらしい。
私達が相談してる間も子供達はレースゲームで遊んでいる。
「サスってなんだろ?」
「デフってなに?」
そんな事を話しながら楽しんでいる。
ダメもとで喫茶店青い鳥で恵美や愛莉たちと話をしていた。
運命というものはあるものだ。
「来週末安心院のカート場でキッズカートの講習会があるの。行ってみない?」
恵美が言う。
長袖・長ズボン・スニーカー・手袋・フルフェイスのヘルメットがあればいいらしい。
準備して週末安心院に向かった。
そして子供たちは講習を受けてカートに乗っている。
恵美の隣にはテレビで見たことのある人がいる。
元俳優の舘智弘とアイドルの近藤雅之。
2人ともモータースポーツが趣味だという。
近藤さんはGTレースのドライバーだった経験もある。
「筋は悪くないね。2人ともスピードに対する恐怖が全くない」
「カートと一体感を出している、もう自分の手足のように操っている。ラインどりもまるでラインが見えてるかのようだ」
二人は崇博と歩美をそう評する。
「言ってる意味が良く分からないけどあの二人は合格?」
恵美が聞いていた。
「まだ2歳か……地方レースに出れるまで10年近くかかるけどやる価値はあると思います」
「年齢が来たら鈴鹿のスクールに通わせた方がいいかもしれませんね。F1ドライバーになるなら受けておくべきだ」
F1!?
私が恵美に聞くと恵美はにこりと笑って答えた。
「実は2人と相談していてね。モータスポーツに参戦しようって話をしていたの」
江口グループの挑戦だという。
F1はチーム=コンストラクター「車体製造者」であり各チームが独自のマシンを製造しなくてはならない。
江口グループの技術を総結集して世界に挑むのだという。
技術力は自信があった。問題はドライバーだ。
それを探していたのだという。
いないなら育成すればいい。
そんな結論に至った時に私達は相談したらしい。
しかし……
「F1ドライバーになるには20億以上の持参金がいるって聞いたぞ。そんな金私達にはとても……」
1年間、F1のチームを維持するにはスペインの某サッカーチームの1年分の予算がかかると聞いた。だからドライバーの持参金は貴重な収入だと調べた。
しかしそんな金私達にはとても準備出来ない。
「神奈ちゃん、これは神奈ちゃん達だけの問題じゃないの。私達江口グループの挑戦。世界の頂点を取りに行く。その為の必要経費をケチるつもりはないわよ」
持参金なんか必要ないという。
「11歳でF3に出場したという実例もあるそうよ。国外だけど遠征費用くらい持つわよ」
勝てばそれだけで宣伝になる。
恵美はそういう。
「問題があるとすれば唯一つ。神奈ちゃんの覚悟」
「どういう意味だ?」
「これは紛れもないレース。不慮の事故が起こる危険は常に付きまとう。その覚悟が無いのなら私達はそれを押し付ける事は出来ない」
その条件さえ飲んでくれるならどんな支援だってする。
「……誠とも相談したい。少し考える時間をくれないか?」
「ええ、すぐ返事をもらおうとは思ってないから」
「こっちから相談しておいて悪いな」
「気にしないで」
それから家に帰ると誠と相談をした。
誠は静かに話を聞いていた。
いつものおちゃらけた誠の表情はどこにもなく真剣に聞いてくれた。
そして言った。
「神奈はどう思ってるんだ?」
「……わからない。ただ子供の可能性を親の理不尽な都合で潰すのは良くないとは思う」
「だが、子供の安全を確保するためならって意見もあるだろ?」
「誠はこの話に反対か?」
「……あの二人は純粋に車が好きみたいだ。放っておいてもいずれ車で遊びだすだろう」
そして生半可に素質があるまま放っておいたら、トーヤのようになりかねない。
でもプロのレーサーになれば公道で無茶するなんて行為はしないらしい。
公道で無茶やって事故する確率の方が遥に高いという。
それならば、可能性を信じてやってもいいんじゃないのか?
「コーチにはプロが着くんだろ?」
「そうらしい、GTレースの経験者が指導するって言ってた」
「まあ、俺達が話していてもしょうがない。子供の意思がまず第一だ。2人を呼んでくれないか」
誠がそう言うので私は崇博と歩美を呼び出した。
誠は2人に言う。
「お前たちの本当のお母さんが亡くなった理由は理解してるな?」
2人はうなずく。
「じゃあ、今一度敢えて問おう。レーサーになりたいか?」
リスクを冒して夢を叶えたいか?
2人は相談していた。
「今日カートに乗ったんだ。凄く気持ちが良かった」
崇博が言った。
「なりたいです。プロのドライバーに」
2人が意思を示した。
何かを変える事が出来るのは、何かを捨てる事が出来るもの。
何一つリスクを背負わないままで何かが叶う等、ただの幻影にすぎない。
今は無謀な勇気も夢への賭けの攻勢。
奪われた世界に自由を望む少年と少女。
「分かった。神奈、二人がこう言ってるんだ。俺達が出来る事は唯一つ」
「そうだな」
私は恵美に返事を送る。
それから子供たちの夢への挑戦が始まった。
基礎的な技術は子供たちが小学校が始まるまでにしっかり叩き込む。
勉強もおろそかにできないから。
週末はジュニアレースが始まるから
今からやっても遅いということは無い。
コーチも徹底的に指導した。
手を抜かない。
コースで走らない時もトレーニングは出来る。
徹底的に体を鍛える
レースで必要なのは体力。
コーナーを抜ける際にかかるGは一般道を走るそれに比べたら雲泥の差。
地道な練習も欠かせない。
子供たちが望むなら必要な事は全てやった。
金銭的な事は恵美が負担してくれた。
コースまでの移動も新條さんがやってくれた。
皆の支援を受けながら二人は順調に育っていく。
まだ、舞台に立つには早いけど、二人の挑戦は始まっていた。
胸にこみ上げてく暑く激しいこの想い。
2人は夢の戦場へ手を取り合って誓いあっていく。
戦いの夜明け前に旅立つときがくる。
2人が過ごした日々は絶対に忘れない。
だから振り向くな、涙を見せるな。
明日はその先にあるから。
戦いのゴングは今鳴る。
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