姉妹チート

和希

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禁忌

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(1)

 伊山須里留。いやますりる。
 俺がこの世で一番嫌いな奴。
 それは自分だ。
 俺は自分が生まれてきたことを後悔している。
 俺を生んだ親を恨んでいる。
 俺に命を授けた神を呪ってやる。
 俺をこの世界の舞台に立たせた策者を憎んでいた。
 たった3文字の忌み名が俺の人生を呪われた運命に引きずり込んだ。
 幼いながらも死という選択肢を選ぼうとしたが、それは親に阻まれた。
 堂々と生きろ。
 兄の憧夢※どうむと読むは、そう言う。
 この幼稚園には俺と似たような境遇を受けているものがいる。
 輝宙※ぴかちゅうと読むとか与夢※あとむと読むとか。
 自分では決められない、呪われた運命を生まれながらにして与えられた俺達に光はなかった。
 生まれた時から俺達の世界は灰色に染まっていた。
 どうして俺達だけこんな運命を背負わなくちゃいけないんだ。
 名前と呼ぶ名の呪いは一生俺達につきまとう。
 小学校中学校高校大学そして社会にでても。
 結婚?そういや俺達は恋愛小説という舞台に立っているのだったな。
 だけどこんな名前でまともに恋愛できると本気で思っているのだろうか。
 策者?とんだ愚か者だ。
 他人から見れば喜劇。本人にしてみれば悲劇。
 それでも母さんは言う。
 この身を焼き尽くすのは浄化を唄う欺瞞の炎。
 この心を焼き尽くすのは復讐を唄う憎しみの炎。
 俺達に向けられた嘲笑と冷笑、憐憫と侮蔑。
 本能の底に潜む暗黒の運命。
 たとえ地獄に落ちてもアイシテル。
 この物語は虚構。
 然しそのすべてが虚偽であるとは限らない。
 俺の世界に宵闇が訪れた。
 終焉へと走り出す夜の復讐劇。
 復讐。
 誰を憎めばいい?
 憎んだところで、恨んだところで俺の名前は変わらない。
 心が苦痛で歪んでいた。
 悲痛に喚いていた。
 己の人生を後悔していた。
 幼稚園と言うところは俺達にとって地獄でしかない。
 家の中に閉じこもっていたい。
 川畑ぴかちゅうと、川畑あとむはすでに家に引きこもるという道を選んだ。
 外に出たくない。
 その訴えが通じたらしい。
 だが俺は身内が敵だった。

「剣を取り力を以って名誉を勝ち取れ!」

 力を以てか。
 それもいいだろう。
 そんな事をして変わるとは思わないけど。
 俺は自分の名前を嘲笑う奴を片っ端から叩きのめした。
 泣きわめこうが知ったことか。
 俺に関わったことを呪うといい。
 俺はずっと呪われて生きてきたんだ。
 喉を潰して二度のその名前を言えなくしてやろうか?
 そのくらいの勢いで叩きのめした。
 当然親が呼ばれる。
 親は泣いていた。
 そんなの知った事か?
 全ては自分がまねいた罪だ。
 俺が背負った死の十字架をお前も背負うといい。
 復讐は罪が故に粛々と受け入れろ。嘆いたところでもう手遅れだ。
 お前たちが作った復讐劇の舞台の幕は上がった。
 偶然に出会うロマンも運命もない。
 小さな口で怒鳴り続ける名前の苦悩。
 ゆりかごから始まる物語は本能の底に潜む罠。
 物語の策者は作為的な嘘で錯落なる幻想を紡ごうとする。
 光と闇が織り成す世界に愛と憎悪があふれる。
 憎しみの炎が揺れ踊る。
 これから誰かを愛することがあるかもしれない。
 誰かに愛されるかもしれない。
 だけど心の中で誰かが囁く。

「それは気のせいよ」

 愛しい腕に抱かれて目覚めた殺意を歌う道化。
 宵闇に踊る真紅と漆黒の影。
 生まれてすぐに俺から光を奪った両親を俺は許しはしない。
 俺の世界に宵闇が訪れた……。
 終焉へと走り出す夜の復讐劇。
 月光に照らされて凶行へはばたく旋律が絡み合う夜に。

「潔く死んでから出直してこい」

 親に呪いの言葉を吐き捨てる。
 消える影、腕を伸ばしても闇は既に深く。
 哀れみで俺に優しく手を伸ばそうとした少女。
 君の輝きも在りし日々は過去の残照。
 生まれる前に夢見てた楽園などすでに忘却してしまった。
 歴史なら俺が作り出してやる。
 真紅の川が乾かぬ間に紡いでやろう。
 死の歴史を。
 ずっと一人で復讐し続けよう。
 永遠に続けていこう。
 人は誰しも憎しみを持って生まれた。呪われた運命の子。
 時を運ぶ縦糸、命を灯す横糸。
 其を統べる紡ぎ手……其の理を運命と呼ぶならば……。
 死すべき者たちは俺達だ!
 もはや相手が誰だろうと構わなかった。
 老いも若きも詩人も勇者も等しく散らしてやる。
 そうすれば俺の居場所はこの幼稚園には無くなる。 
 手が赤く腫れるまで殴り続ける。
 不運な姫君を迎えに行こう。
 血濡れた花嫁を迎えに行こう。
 死を抱く瞳。
 この世界に平等にある物があるとしたらそれは死だ。
 俺の暴挙は連休が明けると再開された。
 もはや誰からも恐れられる存在。
 そんな俺を恐れない者が1人だけいた。

「そのくらいにしとかないと本当に死んじゃうよ?」

 そう言って立っているのは片桐冬吾だった。

「何をそんなに泣いているのか知らないけど、八つ当たりはよくないよ」

 こいつだけは俺を恐れない。
 そんなこいつが許せなかった。
 親は大層偉い人なんだろうな!
 そんな事関係ない。
 普通の名前をしている奴が許せなかった。
 俺は冬吾に殴りかかる。
 だがそれは冬吾に交わされる。
 俺の腕を掴むと捻り上げる。

「離せ!!ぶっ殺すぞ!!」

 俺は冬吾に叫んだ。

「そんな汚い言葉むやみに使わない方がいいよ。自分に返ってくるから」
「お前に何が分かる!?」
「なにもわからない、ただ心が泣いてるから放っておけなかっただけ」

 俺を救いに来たというのか?
 何様のつもりだ。

「偉そうに!お前も俺の名前を見て笑ってるんだろう?」
「べつに?そんなにおかしい名前だとはおもわない、それより君に”ブス”だの”ブタ”だの罵られた子の気持ちが君にはわかるの?」

 僕だってそうだ。お前なんて名前じゃない。”とうご”ってちゃんとした名前がある。
 冬吾はそう言った。

「人種さえ違う人がいるのにたかだか名前で面白がってる人が滑稽に見えるんだけど。父さんが言ってた。”グローバル化”してるこの日本でそんなことに拘ってる方がおかしいって」

 燃え上がっていた復讐の炎が静まっていく。

「伊山君!またあなたが騒ぎを起こしたの?」

 先生が駆け付けた。

「なんでもねーよ!」
 
 俺はそう言って立ち去る。

「須里留!これ以上母さんの苦労をかけるな」

 憧夢が言う。

「うるせーな」

 俺はそう返す。
 この日を境に俺は暴力を止めた。
 冬吾の言葉が染みていた。
 ちょっとだけ自分の名前に対する向き方が変わっていくのがわかった。

(2)

「なあ、冬吾」

 帰り道誠司達と話をしていた。

「どうしたの?」
「あれで大丈夫なのか?お前が目をつけられただけじゃないのか?」

 誠司が言う。だから僕が答えた。

「須里留に必要なのは慰めの言葉でも激励の言葉でもない。ただ認めることだけだよ」
「お前の言う事はたまによく分からないんだよな」

 誠司は考えることを放棄したようだ。
 冬莉は何事も無かったかのように、黙々と歩いている。

「で、でも冬吾君すごいね、あの乱暴な人をすぐに押さえ込んじゃった」

 瞳子ちゃんが言う。

「CQCって知ってる?」
「しーきゅーしー?」

 瞳子ちゃんが聞き返す。
 Close Quarters Combat:クロース・クォーターズ・コンバット:近接格闘。軍隊や警察において近距離の戦闘を指す言葉。主に個々の兵士が敵と接触、もしくは接触寸前の極めて近い距離に接近した状況を想定する。スポーツの格闘技とは全然違う暗殺用の格闘技。
 どうやって覚えたかって?
 天音姉さんから仕込まれた。
 天音姉さんは”ゲームと漫画で覚えた”らしい。

「冬吾君は難しい言葉知ってるんだね」

 理恵ちゃんが言う。

「兄さんたちと一緒にいるから」
「それにしても、よくあんな奴と接触しようと思ったな。憧夢や天晴のほうがマシだと思うんだけど」
「逆だよ誠司」
「へ?」

 3人は驚いたようだ。

「須里留は自分の名前に純粋に苦悩してる。自分が産まれてきた事を呪うくらいに」

 幾つもの過ちを重ねたけど彼が求めた物。
 其れは恩寵。それは愛情。それは幸福。それは未来。
 暗闇の時代を生まれた時から生きていた。
 宵闇の唄を集めていた。
 だけど彼は僕達と出逢った。彼は惹かれている。その想いは止められない。
 だから凶行に走った。
 しかし復讐は誰が為に本能も全て墓碑名となる。
 イドが彼の時間がもう終わった。
 これからは彼はやっと光を見つけることができたんだ。
 君が今笑っている眩いこの時代に、誰も恨まず、死せることを憾まず此処で会えるはず。

「じゃあ、憧夢や天晴はどうなんだ?」
「彼等の方が余程歪んでいると思うよ」
「そうなの?」

 瞳子ちゃんが言う。
 僕はうなずいた。

「2人は名前なんてどうでもいい、実力でねじ伏せてやる。そう考えてるみたいだ」
「それのどこがいけないの?」
「須里留は人を羨むが故に憎んだ。だけど他の2人は見下してる。心の底から馬鹿にしてるんだ」

 そんな人と友達になろうなんて僕は思わない。

「確かに、誰とも関わろうとしないところはあるな」

 誠司が言う。

「どうしてそこまで冬吾君は他人の心がわかるの?」

 理恵ちゃんが聞いた。

「父さんの子供はみんなそうらしいよ」

 僕は笑って答えた。
 冬莉もそうなんだろうか?
 僕は家に帰ると昼寝をする。
 そして起きると夕食が待っていた。

「ねえ、父さん?」
「どうした冬吾」
「どうして僕の名前は冬吾なの?」

 父さんに聞いてみた。

「それは、父さんの子供だからだよ」

 父さんの子供だから冬の一文字を入れたかった。
 それだけだという。

「冬莉の名前も女の子ならって考えてたんだけどね」

 母さんの名前の愛莉からも一文字とったらしい。

「ちょっと待て!じゃあ私達はパパ達の子供じゃないっていうのか!?」

 天音姉さんが反論する。

「遠い昔から娘の名前は決めてあったとお爺さんが言っててね」

 それで律義に3人産んだらしい。

「じゃあ、僕の名前は?」

 空兄さんが言う。

「それは僕には分からないな。父さんどうしてなの?」

 父さんがお爺さんに聞いていた。

「ああ、娘の名前が翼と天音だっただろ?それにちなんで空と名付けたんだ」

 空があるから翼を羽ばたかせる、そういう意味らしい。
 翼を羽ばたかせる鳥を見守る存在であって欲しいとお爺さんが言った。

「でもどうしてそんな話を急に?」

 母さんが聞いたから僕が今日幼稚園であったことを伝えた。

「そうなのね、近頃の名づけは酷いって聞いたけど……」

 親にとって名前はファッション。
 だから「お前らとは違うんだよ」と主張する親が増えているらしい。
 だけどそれも最近は変わってるらしい。
 余り奇抜な名前を付けるとネットで特定されやすくなった。
 だからほどほどに個性的な名前を付けるようになっているらしい。
 しかし、やはりキラキラネームは問題視されている。
 大人になって名刺を作った時に名前が読めない。
 学歴にも左右するらしい。
 例えば東大の合格者にキラキラネームは存在しないという。

「名付けてくれた親に感謝しろ」

 大人はそういうけど、やはり須里留くんみたいな子供増えるんだろう。
 僕は父さんと母さんに感謝した。
 ちなみに冬莉は黙って夕飯を食べて、ご飯のお替りを要求している。
 食事が終ると僕と冬莉は眠る。
 今日は色々あった。
 僕達のクラスにはまだ名前に問題がある子が沢山いた。
 沢山いるからあまり気にしなかった。
 現代では普通なんだろう。
 僕の中ではそう思っていた。

(3)

 体育大会があった。
 僕達はいつも通りだった。
 ひたすら走らされる。
 翼も一緒だった。
 休む暇もなく次から次へと走らされる。
 今年の学級委員も変わらなかかった。
 学は相変わらず生徒会副会長。
 来年は生徒会長になってるんだろうな。
 今年から騎馬戦に参加させられる。
 結果は言うまでもない。
 棒引きや棒倒しもする。
 唯一休まる時間は昼休み。
 今年も翼が弁当を作ってくれた。
 このクラスは同じような人が多いらしい。
 翼の弁当はボリュームがある。
 ご飯もこれでもかと言うくらいつめこんである。
 おかずも豊富だ。
 見た目より量。
 片桐家なら皆そうするらしい。
 昼休みが終ると午後の部がはじまる。
 今年も白組の優勝だった。
 体育大会が終ると片づけをする。
 片づけが終ると終礼をして家に帰る。
 冬吾達は眠っている。
 僕達も疲れ果てていたので少し眠った。
 父さん達は体育大会を見ていたらしい。

「やっぱり部活させたほうがいいんじゃないか?」

 お爺さんが言う。
 だけど父さんはそうは思わないみたいだ。
 余計な苦労を背負わせたくない。
 そう考えている。
 僕達の夢は決まっている。
 だったらそれを尊重してあげよう。
 父さんと母さんは言う。
 風呂にはいると部屋で宿題を済ませてゲームをしたり本を読んだりしてる。
 ちなみに中学になると学校で教科書とは別に教材が売られる。
 それをすると多少受験に優位になるそうだ。
 だけど僕達は買わなかった。
 そんなことしなくたってどうせ進路は決まってるんだから。
 ラジオを聞きながら美希と電話をする。
 そして時間になったら寝る。
 天音は既に寝ているようだった。

「明日どこか遊びにいこうか?」

 美希が言う。

「どこに行きたい?」
「そうだね、いつもショッピングモールだからたまには街でもいかない?」
「わかった」

 明日の約束を交わして眠りにつく。
 約束された明日。
 それはずっと続いていく。
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