13 / 20
夜明けを信じて
しおりを挟む
私は片桐家に招待されて如月ホテルのパーティホールに来ていた。
大きなテレビに映る冬吾君達の雄姿。
相手は守備力に定評のあるドイツ。
決定力に欠ける日本代表が劣勢と報道では噂されていた。
しかしそんな酷評を覆すのが冬吾君たち。
守備力も決してドイツに負けていない。
それでもやはりドイツの守備は固い。
お互いに決定的なシーンが無かった。
「誠司!もっと視野を広くっていつも言ってるだろ!」
「誠は少し静かに見てろ!」
誠司君と冬吾君のラインは研究されていた。
また、ドイツの攻撃も激しくフォワードの冬吾君も守備に参加せざるを得ない。
だから誠司君はパスを出すべき相手が前にいない。
結果中盤でのパス回しになる。
ボールの支配率はドイツの方が上だった。
しかしドイツはそれでも冬吾君を異常なまでに警戒している。
冬吾君をフリーにさせたら自陣からのシュートをも決めてみせる。
高校生に上がるまでは封印されていた右足から繰り出されるロングシュートは異常なまでに強力でしかも精度が高い。
わずかな油断で冬吾君をフリーにすると何をするか分からない独創性のあるプレイスタイル。
常に誰かが冬吾君をマークしていた。
それでもチャンスを作り出そうと冬吾君はピッチの駆けまわる。
それは相手のパスカットに繋がり時としてカウンターに転じさせる。
「冬夜、冬吾のやつ終盤もたないんじゃないか?」
誠司君のお父さんは冬吾君のお父さんに話していた。
「それを言ったら誠司も同じだよ。あれだけマークされていて、接触プレイが多いんだから」
決してラフプレーではないけどと冬吾君のお父さんは話す。
それでも延長戦にもつれ込んだらさすがに厳しい。
試合は後半、アディショナルタイムに入った。
ドイツは延長戦を見越していたのだろう。
冬吾君のマークを交代させようとしたのだろう。
無尽蔵に駆け回り、どのプレイも致命的な一撃に繋がりかねない冬吾君をマークする方が消耗すると冬吾君のお父さんが解説してくれた。
マークする選手がアップを始めた時に生じたマークマンのわずかな気のゆるみを冬吾君は見逃さなかった。
わずかにマークの目線がドイツのベンチを見た時に一気に相手エリアに駆け出す。
それを見ていた誠司君が鋭いパスを相手エリアに送る。
ペナルティエリアでパスを受け取るとドリブルでさらに突き進む。
守備は3人で冬吾君の前に壁を作る。
冬吾君は向かって右端を目指してドリブルする……ように見えた。
そんな冬吾君を取り囲もうとする。
ディフェンスにおいて重要なのはシュートコースを潰す事だけど、やってはいけないことがある。
キーパーが現在のボールの位置を把握できないようなポジショニングしてはいけない。
あるていど相手のシュートコースを限定させてキーパーにシュートコースを予測させてやらなければならない。
しかしこれまでの試合で冬吾君にゴールを見せたら、冬吾君はどこからでもゴールに蹴りこむ精度の高いシュート力を持っている。
絶対にゴールを見せたらいけない。
そんな風に考えてしまうのも仕方ない。
3人のディフェンダーは完全にキーパーから冬吾君を隠してしまう形になった。
それは冬吾君を相手にするときに絶対やってはいけない事だと、江本君から聞いたことがある。
その理由はすぐにわかる。
テレビでは映されなかった謎のプレイ。
きっとキーパーにも何が起こったのか分からなかっただろう。
きっと悪い夢でも見ているのだと思ったのだろう。
しかしドイツのゴールにボールが入っていたという事実はしっかりと映っていた。
冬吾君たちを応援している皆の歓声が沸く。
慌ててボールをセンターサークルに運ぶドイツ選手。
しかし最後の苦し紛れのシュートも日本のゴールには届かなかった。
そして最後の笛が鳴る。
日本代表が金メダルをつかみ取った瞬間だった。
「い、一体何があったんだ?」
誠司君のお父さんが冬吾君のお父さんに聞いている。
「VTRを見ればわかるよ」
冬吾君のお父さんは冬吾君が何をしたのかわかったみたいだ。
VTRは中継とは別アングルのカメラが映された。
壁の右側を回りこもうとした冬吾君は急ブレーキをかけて、右足のかかとでボールを保持しながら左足を軸に半回転する。
ゴールに背を向けたまま狙いしましたかのように右足のかかとでボールを蹴りあげた。
ボールはディフェンダーの隙間を抜けて、キーパーの腋を通ってゴールに突き刺さる。
残り時間の無い状態で冷静にわずかな隙間を狙いすましたシュートは文字通り「冷徹なる一撃」だった。
最後の一瞬のスキをついて残されたチャンスを冷静に狙いすました冬吾君がMVPに輝いた。
その日は皆で騒いだ。
親たちは先に寝てしまったけど私達は夜通し騒いだ。
朝になると「少しだけでも休憩していきなさい」と石原美希さんから言われて予約されてあった部屋で仮眠をとって家に帰った。
その晩冬吾君とメッセージをやりとりした。
「おめでとう、テレビ観てた。すごかったね」
「ありがとう。瞳子が見てると思ったら凄いテンション上がって夢中でプレイしてた」
冬吾君にとって私が応援している試合は全て「負けられない試合」らしい。
今も冬吾君はテンションが上がっているのだろう。
「今回の金メダルは誠司への結婚祝いなんだ」
誠司君がイタリアの恋人と婚約したのは知ってる。
冴にも伝えておいた。
冴から「おめでとうって誠司に伝えておいて」と言われて冬吾君に伝えた。
もう2人の間は「ただの友達」なんだろう。
「だから誠司に約束させた。僕への結婚祝いはW杯のトロフィーでいいよって」
え?
確かにちょうど2年後にW杯はある。
でもそんな約束していいの?
「冬吾君は誰と結婚するの?」
そんな意地悪な質問をしていた。
「瞳子に決まってるだろ」
「私は、まだプロポーズ受けてないよ」
今受けてるようなものだけど。
「……だめ?」
「ダメです」
ちょっと困ってる冬吾君。
珍しいな。
ちゃんと私の心を読み取って欲しい。
「ちゃんと2年後にプロポーズしてくれたら返事してあげる」
今すぐにでも結婚したいくらいだけど。
どうせ一緒になれるんだから待ってる。
きっと素敵なプロポーズをしてくれるに違いない。
「分かった!期待しててね」
「うん」
それから何日かして日本代表の選手団は帰国。
東京でパレードが行われているのをテレビで見ていた。
まだスペインではリーグが始まったばかり。
地元に寄る暇はない。
それに4年間はサッカーに集中させてあげたい。
中途半端にあって冬吾君のメンタルを崩したくない。
それくらいで崩れるような冬吾君じゃないけど。
冬吾君は金メダルという贈り物を日本に残してスペインへ戻っていった。
寂しくないとは言わないけどでもきっと会える時がくる。
その時は4年間の想いを伝えよう。
我慢していた分思いっきり甘えよう。
夜通し愛を語ろう、朝までずっと。
私たちなら絶対大丈夫。
寒い夜を乗り越えたら春が訪れる。
その時をずっと待っていればいい。
夜明けを信じてただ待っていればいいのだから。
あっという間の2年だったのだからあとたった2年だ。
その日を夢見て私は平穏な日々を暮らしていた。
大きなテレビに映る冬吾君達の雄姿。
相手は守備力に定評のあるドイツ。
決定力に欠ける日本代表が劣勢と報道では噂されていた。
しかしそんな酷評を覆すのが冬吾君たち。
守備力も決してドイツに負けていない。
それでもやはりドイツの守備は固い。
お互いに決定的なシーンが無かった。
「誠司!もっと視野を広くっていつも言ってるだろ!」
「誠は少し静かに見てろ!」
誠司君と冬吾君のラインは研究されていた。
また、ドイツの攻撃も激しくフォワードの冬吾君も守備に参加せざるを得ない。
だから誠司君はパスを出すべき相手が前にいない。
結果中盤でのパス回しになる。
ボールの支配率はドイツの方が上だった。
しかしドイツはそれでも冬吾君を異常なまでに警戒している。
冬吾君をフリーにさせたら自陣からのシュートをも決めてみせる。
高校生に上がるまでは封印されていた右足から繰り出されるロングシュートは異常なまでに強力でしかも精度が高い。
わずかな油断で冬吾君をフリーにすると何をするか分からない独創性のあるプレイスタイル。
常に誰かが冬吾君をマークしていた。
それでもチャンスを作り出そうと冬吾君はピッチの駆けまわる。
それは相手のパスカットに繋がり時としてカウンターに転じさせる。
「冬夜、冬吾のやつ終盤もたないんじゃないか?」
誠司君のお父さんは冬吾君のお父さんに話していた。
「それを言ったら誠司も同じだよ。あれだけマークされていて、接触プレイが多いんだから」
決してラフプレーではないけどと冬吾君のお父さんは話す。
それでも延長戦にもつれ込んだらさすがに厳しい。
試合は後半、アディショナルタイムに入った。
ドイツは延長戦を見越していたのだろう。
冬吾君のマークを交代させようとしたのだろう。
無尽蔵に駆け回り、どのプレイも致命的な一撃に繋がりかねない冬吾君をマークする方が消耗すると冬吾君のお父さんが解説してくれた。
マークする選手がアップを始めた時に生じたマークマンのわずかな気のゆるみを冬吾君は見逃さなかった。
わずかにマークの目線がドイツのベンチを見た時に一気に相手エリアに駆け出す。
それを見ていた誠司君が鋭いパスを相手エリアに送る。
ペナルティエリアでパスを受け取るとドリブルでさらに突き進む。
守備は3人で冬吾君の前に壁を作る。
冬吾君は向かって右端を目指してドリブルする……ように見えた。
そんな冬吾君を取り囲もうとする。
ディフェンスにおいて重要なのはシュートコースを潰す事だけど、やってはいけないことがある。
キーパーが現在のボールの位置を把握できないようなポジショニングしてはいけない。
あるていど相手のシュートコースを限定させてキーパーにシュートコースを予測させてやらなければならない。
しかしこれまでの試合で冬吾君にゴールを見せたら、冬吾君はどこからでもゴールに蹴りこむ精度の高いシュート力を持っている。
絶対にゴールを見せたらいけない。
そんな風に考えてしまうのも仕方ない。
3人のディフェンダーは完全にキーパーから冬吾君を隠してしまう形になった。
それは冬吾君を相手にするときに絶対やってはいけない事だと、江本君から聞いたことがある。
その理由はすぐにわかる。
テレビでは映されなかった謎のプレイ。
きっとキーパーにも何が起こったのか分からなかっただろう。
きっと悪い夢でも見ているのだと思ったのだろう。
しかしドイツのゴールにボールが入っていたという事実はしっかりと映っていた。
冬吾君たちを応援している皆の歓声が沸く。
慌ててボールをセンターサークルに運ぶドイツ選手。
しかし最後の苦し紛れのシュートも日本のゴールには届かなかった。
そして最後の笛が鳴る。
日本代表が金メダルをつかみ取った瞬間だった。
「い、一体何があったんだ?」
誠司君のお父さんが冬吾君のお父さんに聞いている。
「VTRを見ればわかるよ」
冬吾君のお父さんは冬吾君が何をしたのかわかったみたいだ。
VTRは中継とは別アングルのカメラが映された。
壁の右側を回りこもうとした冬吾君は急ブレーキをかけて、右足のかかとでボールを保持しながら左足を軸に半回転する。
ゴールに背を向けたまま狙いしましたかのように右足のかかとでボールを蹴りあげた。
ボールはディフェンダーの隙間を抜けて、キーパーの腋を通ってゴールに突き刺さる。
残り時間の無い状態で冷静にわずかな隙間を狙いすましたシュートは文字通り「冷徹なる一撃」だった。
最後の一瞬のスキをついて残されたチャンスを冷静に狙いすました冬吾君がMVPに輝いた。
その日は皆で騒いだ。
親たちは先に寝てしまったけど私達は夜通し騒いだ。
朝になると「少しだけでも休憩していきなさい」と石原美希さんから言われて予約されてあった部屋で仮眠をとって家に帰った。
その晩冬吾君とメッセージをやりとりした。
「おめでとう、テレビ観てた。すごかったね」
「ありがとう。瞳子が見てると思ったら凄いテンション上がって夢中でプレイしてた」
冬吾君にとって私が応援している試合は全て「負けられない試合」らしい。
今も冬吾君はテンションが上がっているのだろう。
「今回の金メダルは誠司への結婚祝いなんだ」
誠司君がイタリアの恋人と婚約したのは知ってる。
冴にも伝えておいた。
冴から「おめでとうって誠司に伝えておいて」と言われて冬吾君に伝えた。
もう2人の間は「ただの友達」なんだろう。
「だから誠司に約束させた。僕への結婚祝いはW杯のトロフィーでいいよって」
え?
確かにちょうど2年後にW杯はある。
でもそんな約束していいの?
「冬吾君は誰と結婚するの?」
そんな意地悪な質問をしていた。
「瞳子に決まってるだろ」
「私は、まだプロポーズ受けてないよ」
今受けてるようなものだけど。
「……だめ?」
「ダメです」
ちょっと困ってる冬吾君。
珍しいな。
ちゃんと私の心を読み取って欲しい。
「ちゃんと2年後にプロポーズしてくれたら返事してあげる」
今すぐにでも結婚したいくらいだけど。
どうせ一緒になれるんだから待ってる。
きっと素敵なプロポーズをしてくれるに違いない。
「分かった!期待しててね」
「うん」
それから何日かして日本代表の選手団は帰国。
東京でパレードが行われているのをテレビで見ていた。
まだスペインではリーグが始まったばかり。
地元に寄る暇はない。
それに4年間はサッカーに集中させてあげたい。
中途半端にあって冬吾君のメンタルを崩したくない。
それくらいで崩れるような冬吾君じゃないけど。
冬吾君は金メダルという贈り物を日本に残してスペインへ戻っていった。
寂しくないとは言わないけどでもきっと会える時がくる。
その時は4年間の想いを伝えよう。
我慢していた分思いっきり甘えよう。
夜通し愛を語ろう、朝までずっと。
私たちなら絶対大丈夫。
寒い夜を乗り越えたら春が訪れる。
その時をずっと待っていればいい。
夜明けを信じてただ待っていればいいのだから。
あっという間の2年だったのだからあとたった2年だ。
その日を夢見て私は平穏な日々を暮らしていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
JC💋フェラ
山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる