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禁じられた戯れ 其ノ参
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どうやら、旅人の死体はこの辺りに住む子供たちの暗黙の了解らしい。
一年ほど前から死体は存在していて、大人たちに話さなかったのは、里山で遊べなくなるかもしれないという子供らしい単純で幼稚な発想からだった。
それから度胸試しとして使われて、しばらくして腐敗が進んだ死体はみんなで見られるようになった。人が『いなくなる様子』がたとえようもなく――刺激的だったのだ。
「あやめちゃんは女の子の中でも熱心だった。元々無口でおとなしい子だったけど、死体を見てるときは人が変わったようだった」
姉が桐野と弥助に語るのは、子供の残酷な遊び、言うなれば禁じられた戯れだった。
弥助は気分が悪くなったようで「ひでえ話だ」と顔色が優れなかった。
だが桐野は「ククク……子供の好奇心は恐れ知らずだ……」と納得したように頷いた。
「お前たちは、死体を見てどう思った?」
「ちょっと、旦那! 何を訊いているんですか!?」
弥助が止めたものの、桐野の容赦ない問いに姉のほうは「……ぞくぞくした」と答えた。
妹のほうは、姉の袖を掴んで、必死に恐怖と戦っていた。
「私たちだけの秘密が、心地良かった……みんなそう思ってる」
「ククク……秘密の共有は快楽でもあるからな……」
「でも、もう見る子は少なくなったの」
吐き気を催しながら、弥助は「どうしてだい?」とできるだけ優しく訊ねた。
先ほどから虚ろな顔で話していた姉は「もう、変わらないから」と端的に答えた。
「変わらない? それって――」
「我が相棒よ……一年も経っているのだ……死体の肉など残らん……」
「骨だけになった、というわけですか」
姉は小さく頷いた。
妹は涙目になっている。
「貴様らが我らに話したのは、もうその死体の興味を失ってしまったからか」
「それもあるけど……あやめちゃんのことが心配なの」
姉は震える声で、妹の手を握りしめて、ゆっくりと言った。
「あやめちゃん、悪い子たちと遊んでいるみたいなの。私たちより少し年上の集団」
「それは男か? 女か?」
「男の子。特に死体を見てた子たち。何か嫌な感じがした……!」
とうとう耐えきれなくなったのか姉の身体が震えだす。
弥助はごくりと唾を飲み込みながら「ど、どうして嫌な感じしたんだ……?」と問う。
桐野は何となく分かったので、目を閉じた――
「だって、だって。あの子たち――あやめちゃんを見る目が、死体を見るときと同じだったから!」
姉の言葉に、妹は「いやあああああ!」と泣き出した。
弥助はあまりの衝撃に二、三歩後ろに下がった。
桐野はあくまでも動じずに――目を再び開けた。
「我が相棒よ……里山に向かうぞ……」
「旦那……今回の事件、どうなるんでしょうか」
「分からん。この邪気眼を使っても……だがな、我が相棒よ」
桐野は戸惑う弥助の肩に触れた。
それは元気づかせるような仕草だった。
「今ならまだ間に合う。そう我は信じているのだ」
邪気眼侍にしては、前向きな発言だった。
弥助は一瞬、呆然とした後、くすりと笑った。
それは信頼を置いた者にしか見せない、安堵の笑みだった。
「流石ですぜ。やっぱり旦那には勝てねえや」
◆◇◆◇
一方、桜桃神社の神主の一人娘、さくらは既に里山に来ていた。
彼女もまたこの辺りで遊んでいた子供だったので、何となく遊び場が分かったのだ。
とは言っても、神社の仕事を手伝うようになった三年前から来ることは無くなったのだが。
「あやめちゃん! どこにいるの!? 返事して!」
大声で喚きながら里山を歩くさくら。
小動物しか出ないと分かっていても、鬱蒼とした里山では怪我をすることは多い。
どこかで怪我をして動けなくなっているかもしれないと考えていた――
「あやめちゃん! どこに――」
「……こっちだよ」
呼びかけた声に、誰かが反応した。
さくらは立ち止まって、耳を澄ませた。
「こっちだよ。巫女のおねえさん」
声をするほうを見ると、水色の服を着た、おかっぱ頭の少女が立っていた。
九つくらいの女の子――あやめだと分かったさくらは「良かった、無事だったのね!」と不用心に近づく。
あやめは所々汚れているけど、別段怪我をしている様子は無い。
やや疲れているような顔。ご飯を食べていないのかもしれないとさくらは急いだ――
「あやめちゃん。お母さんが心配しているわ――ひい!?」
言葉は最後まで言えず、悲鳴を上げてしまった。
あやめのすぐ後ろに、死体があったからだ。
旅人風に装いに、すっかり白骨になっている。空洞になった眼孔からは、ムカデが這い出て、伝っていた。
「あ、あやめちゃん。そこから離れましょうか……」
「…………」
死体に動揺しつつ、年上としてあやめを誘導しようとするさくら。
だけどあやめは無言で死体を見つめる。
「あ、あやめちゃん……?」
ここでようやく、さくらはあやめの様子がおかしいことに気づいた。
口元に笑みを浮かべて、死体を見続けている。
まるで昨日みんなで遊んだ記憶を思い出すように。
楽しかった頃に思いを馳せていた――
「どうしたの? 早く行きましょう――」
次の瞬間、さくらの頭に衝撃が走り。
脳天が揺れ、視界が暗転した――
◆◇◆◇
さくらが意識を取り戻すと、まず自分が縛られていることに気づく。
悲鳴を上げようとすると、布で口を塞がれていることにも気づく。
尋常ではない状態に、頭がおかしくなりそうだった――
「あ。気づいたね」
幼い子供の声。
それで周りが見えるようになったさくら。
自分は薄暗い小屋のようなところにいて。
ぐるりと六人の子供たちに囲まれている――
「むごー! むごむご!」
「何言っているのか、分からないね。外す?」
「外したらうるさくなる。やめておこう」
「そうだね。うるさいのはごめんだ」
淡々と子供たちが話しているのを聞いていて、さくらは空恐ろしい思いがした。
これから『何かをされる』のが伝わってくる。
「おねえさんはあの死体見たでしょ」
子供の一人が問う。
さくらはじろりと睨みつけながら頷く。
「良かった。それなら話が早いや」
「俺たちはずっとあの死体を見ていたんだ」
「ずっと。ずっとずっと。ずっとずっとずっと――見てた」
「だけど死体が腐って無くちゃった」
「ぞくぞくが無くなっちゃったんだ。とても残念」
「だから死体をもう一つ、作ることにしたんだ」
そう言って子供たちは各々、刃物やトンカチなどの鈍器、縄などを取り出した。
さくらはそれらから逃れようと這いつくばうが――逃げられない。
「本当は、そこのあやめでやろうと思ったんだ」
「だけど、最後にあやめが死体を見たいってわがまま言いだしてさ」
「そこでおねえさんと会ったんだ」
「死体は子供よりも大きいほうがいい」
「そのほうが死体の腐るところを楽しめるし」
「一緒にあやめも楽しめるから」
六人の子供が思い思いに喋っている。
それが気色悪くて気持ちが悪い。
視界の端にあやめが三角座りでさくらを見ているのが分かった。
「そういうわけだから殺すね」
「誰から殺す?」
「なるべく、苦しまないようにしてあげたいな」
「だったら刃物で一突きが良いんじゃないか?」
「とんかちで殴るのもいいと思う」
「一番いいのは、死体を壊さないことだよ」
子供の無邪気なやりとり。
さくらは戦慄して、もはや言葉が出なかった――
「それじゃ、みんなでやろう」
「そうだね」
「そうしよう」
「刃物で刺し殺して、とんかちで殴り殺して、縄で絞め殺そう」
「面白い死体になりそうだ」
「前の死体と同じように腐るのかな」
相談が終わったようで、さくらに近づいていく子供たち。
さくらの脳裏に今までの記憶が巡っていく。
父や母、そして禰宜や巫女の顔が――
「みんな、殺す準備は出来上がった?」
「うん。できているよ」
「殺そう」
「殺そう」
「殺そう」
「うん。それじゃ――殺そう」
刃物や鈍器、縄がさくらを殺そうと、迫ってくる――
一年ほど前から死体は存在していて、大人たちに話さなかったのは、里山で遊べなくなるかもしれないという子供らしい単純で幼稚な発想からだった。
それから度胸試しとして使われて、しばらくして腐敗が進んだ死体はみんなで見られるようになった。人が『いなくなる様子』がたとえようもなく――刺激的だったのだ。
「あやめちゃんは女の子の中でも熱心だった。元々無口でおとなしい子だったけど、死体を見てるときは人が変わったようだった」
姉が桐野と弥助に語るのは、子供の残酷な遊び、言うなれば禁じられた戯れだった。
弥助は気分が悪くなったようで「ひでえ話だ」と顔色が優れなかった。
だが桐野は「ククク……子供の好奇心は恐れ知らずだ……」と納得したように頷いた。
「お前たちは、死体を見てどう思った?」
「ちょっと、旦那! 何を訊いているんですか!?」
弥助が止めたものの、桐野の容赦ない問いに姉のほうは「……ぞくぞくした」と答えた。
妹のほうは、姉の袖を掴んで、必死に恐怖と戦っていた。
「私たちだけの秘密が、心地良かった……みんなそう思ってる」
「ククク……秘密の共有は快楽でもあるからな……」
「でも、もう見る子は少なくなったの」
吐き気を催しながら、弥助は「どうしてだい?」とできるだけ優しく訊ねた。
先ほどから虚ろな顔で話していた姉は「もう、変わらないから」と端的に答えた。
「変わらない? それって――」
「我が相棒よ……一年も経っているのだ……死体の肉など残らん……」
「骨だけになった、というわけですか」
姉は小さく頷いた。
妹は涙目になっている。
「貴様らが我らに話したのは、もうその死体の興味を失ってしまったからか」
「それもあるけど……あやめちゃんのことが心配なの」
姉は震える声で、妹の手を握りしめて、ゆっくりと言った。
「あやめちゃん、悪い子たちと遊んでいるみたいなの。私たちより少し年上の集団」
「それは男か? 女か?」
「男の子。特に死体を見てた子たち。何か嫌な感じがした……!」
とうとう耐えきれなくなったのか姉の身体が震えだす。
弥助はごくりと唾を飲み込みながら「ど、どうして嫌な感じしたんだ……?」と問う。
桐野は何となく分かったので、目を閉じた――
「だって、だって。あの子たち――あやめちゃんを見る目が、死体を見るときと同じだったから!」
姉の言葉に、妹は「いやあああああ!」と泣き出した。
弥助はあまりの衝撃に二、三歩後ろに下がった。
桐野はあくまでも動じずに――目を再び開けた。
「我が相棒よ……里山に向かうぞ……」
「旦那……今回の事件、どうなるんでしょうか」
「分からん。この邪気眼を使っても……だがな、我が相棒よ」
桐野は戸惑う弥助の肩に触れた。
それは元気づかせるような仕草だった。
「今ならまだ間に合う。そう我は信じているのだ」
邪気眼侍にしては、前向きな発言だった。
弥助は一瞬、呆然とした後、くすりと笑った。
それは信頼を置いた者にしか見せない、安堵の笑みだった。
「流石ですぜ。やっぱり旦那には勝てねえや」
◆◇◆◇
一方、桜桃神社の神主の一人娘、さくらは既に里山に来ていた。
彼女もまたこの辺りで遊んでいた子供だったので、何となく遊び場が分かったのだ。
とは言っても、神社の仕事を手伝うようになった三年前から来ることは無くなったのだが。
「あやめちゃん! どこにいるの!? 返事して!」
大声で喚きながら里山を歩くさくら。
小動物しか出ないと分かっていても、鬱蒼とした里山では怪我をすることは多い。
どこかで怪我をして動けなくなっているかもしれないと考えていた――
「あやめちゃん! どこに――」
「……こっちだよ」
呼びかけた声に、誰かが反応した。
さくらは立ち止まって、耳を澄ませた。
「こっちだよ。巫女のおねえさん」
声をするほうを見ると、水色の服を着た、おかっぱ頭の少女が立っていた。
九つくらいの女の子――あやめだと分かったさくらは「良かった、無事だったのね!」と不用心に近づく。
あやめは所々汚れているけど、別段怪我をしている様子は無い。
やや疲れているような顔。ご飯を食べていないのかもしれないとさくらは急いだ――
「あやめちゃん。お母さんが心配しているわ――ひい!?」
言葉は最後まで言えず、悲鳴を上げてしまった。
あやめのすぐ後ろに、死体があったからだ。
旅人風に装いに、すっかり白骨になっている。空洞になった眼孔からは、ムカデが這い出て、伝っていた。
「あ、あやめちゃん。そこから離れましょうか……」
「…………」
死体に動揺しつつ、年上としてあやめを誘導しようとするさくら。
だけどあやめは無言で死体を見つめる。
「あ、あやめちゃん……?」
ここでようやく、さくらはあやめの様子がおかしいことに気づいた。
口元に笑みを浮かべて、死体を見続けている。
まるで昨日みんなで遊んだ記憶を思い出すように。
楽しかった頃に思いを馳せていた――
「どうしたの? 早く行きましょう――」
次の瞬間、さくらの頭に衝撃が走り。
脳天が揺れ、視界が暗転した――
◆◇◆◇
さくらが意識を取り戻すと、まず自分が縛られていることに気づく。
悲鳴を上げようとすると、布で口を塞がれていることにも気づく。
尋常ではない状態に、頭がおかしくなりそうだった――
「あ。気づいたね」
幼い子供の声。
それで周りが見えるようになったさくら。
自分は薄暗い小屋のようなところにいて。
ぐるりと六人の子供たちに囲まれている――
「むごー! むごむご!」
「何言っているのか、分からないね。外す?」
「外したらうるさくなる。やめておこう」
「そうだね。うるさいのはごめんだ」
淡々と子供たちが話しているのを聞いていて、さくらは空恐ろしい思いがした。
これから『何かをされる』のが伝わってくる。
「おねえさんはあの死体見たでしょ」
子供の一人が問う。
さくらはじろりと睨みつけながら頷く。
「良かった。それなら話が早いや」
「俺たちはずっとあの死体を見ていたんだ」
「ずっと。ずっとずっと。ずっとずっとずっと――見てた」
「だけど死体が腐って無くちゃった」
「ぞくぞくが無くなっちゃったんだ。とても残念」
「だから死体をもう一つ、作ることにしたんだ」
そう言って子供たちは各々、刃物やトンカチなどの鈍器、縄などを取り出した。
さくらはそれらから逃れようと這いつくばうが――逃げられない。
「本当は、そこのあやめでやろうと思ったんだ」
「だけど、最後にあやめが死体を見たいってわがまま言いだしてさ」
「そこでおねえさんと会ったんだ」
「死体は子供よりも大きいほうがいい」
「そのほうが死体の腐るところを楽しめるし」
「一緒にあやめも楽しめるから」
六人の子供が思い思いに喋っている。
それが気色悪くて気持ちが悪い。
視界の端にあやめが三角座りでさくらを見ているのが分かった。
「そういうわけだから殺すね」
「誰から殺す?」
「なるべく、苦しまないようにしてあげたいな」
「だったら刃物で一突きが良いんじゃないか?」
「とんかちで殴るのもいいと思う」
「一番いいのは、死体を壊さないことだよ」
子供の無邪気なやりとり。
さくらは戦慄して、もはや言葉が出なかった――
「それじゃ、みんなでやろう」
「そうだね」
「そうしよう」
「刃物で刺し殺して、とんかちで殴り殺して、縄で絞め殺そう」
「面白い死体になりそうだ」
「前の死体と同じように腐るのかな」
相談が終わったようで、さくらに近づいていく子供たち。
さくらの脳裏に今までの記憶が巡っていく。
父や母、そして禰宜や巫女の顔が――
「みんな、殺す準備は出来上がった?」
「うん。できているよ」
「殺そう」
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