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仏罰を引き受ける

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 ぐるりと二条城を囲んでいる僧兵。見える範囲で1千は超えている。燃えやすい藁を門の前に置き、火付けをしようと企てているみたいだ。

「てめえらぁああああ! 何しやがるんだぁあ!」

 正勝の大音声で僧兵は僕たちに気づき、薙刀をこちらに向ける。

「何故、鎮護国家を担う比叡山の僧兵が、天下泰平を目指す織田家を討たんとするのだ!」

 長政も僧兵を一人一人睨みつけながら、この場にいる者全てを非難する。

「……将軍を無理矢理隠居させ、武力を以って天下を平定する。御仏を信じず、異教の者を優遇する信長を、我らは許せぬ」

 僧兵の一人が応じた。対して僕は「それは違う!」と叫んだ。

「公方さまは、自ら望んで隠居なされた! 上様は御仏に対して信仰心を持っている!」
「そのようなこと、信じられぬ! 南蛮人が京に南蛮寺を建てることを許したではないか! 多くの者を死に追いやったではないか!」

 じりじりと僧兵がにじり寄ってくる。正勝と長政は槍を構えた。
 僕は鉄砲を取り出した。火薬包みのおかげで素早く撃てるようになっていた。
 秀長さんと半兵衛さんは僕たちの後方にいる。
 足軽たちは矢を構えた。

「ふん。御仏に仕える我らを討つというのか。仏罰が下るぞ!」

 せせら笑いをする僧兵。周りの僧兵も追従の笑いをした。
 足軽たちは戸惑っている。確かに仏罰が下るのを恐れるのは当然だ。
 正勝と長政すら躊躇している。
 だったら――

「――うるさい」

 僕は誰よりも先駆けて、鉄砲を僧兵に向かって撃った。
 弾丸は胴体に当たり、後ろに吹っ飛んだ。そして仰向けに倒れる。

「な、何を――」
「みんな、聞いてくれ! 僕は僧兵を撃った! この場にいる誰よりも早く撃った!」

 誰も何も言わずに、僕に注目する。正勝と長政は驚いた目で僕を見た。

「この場の僧兵全て皆殺しても、仏罰が下るのは、僕だけだ! 僕だけが裁きを受ける! 地獄に落ちるのは僕だけだ! だから――安心してくれ!」

 誰もが息をするのを忘れていた。緊張感で包まれていた。

「――はっ! 相変わらず、無茶しやがるなあ! 兄弟!」

 沈黙を破ったのは、正勝だった。嬉しそうに笑っている。

「まったくだ。常識が通じないというか。そういうところが――格好良い!」

 長政は槍を構え直した。
 足軽たちは弓の弦を引き絞った。
 そして、僕は――命じた。

「――撃て!」

 何百本の矢が僧兵を襲う。薙刀で防ぐ者もいるが、ほとんどの者は矢によって倒れてしまう。

「行くぞ! 突撃だ!」

 長政の命令で騎馬武者が――突貫する。
 馬に蹴られて、槍に突かれて、僧兵たちは死んでいく。
 逃げる者、踏みとどまる者、抗う者。
 しかし彼らは次々と討たれていく。
 御仏の加護も無く、平等に死んでいく。
 まさに――地獄絵図だった。

「……見てたわよ、雲之介ちゃん」

 馬に乗った半兵衛さんが僕に話しかける。その後ろに秀長さんも居る。

「本当に優しいわね。みんなの罪悪感を一手に引き受けるなんて」
「……そんなんじゃないよ」
「誤魔化さないでよ。今だってあなた自身、罪悪感を感じているじゃない」
「…………」

 黙ってしまうと、今度は秀長さんは言う。

「本来なら、私がするべきことだった」
「……秀長さん」
「いつも君は――他人を慮る。それは疲れないかい?」
「……いえ。僕は覚悟しています」

 いつ頃だろうか。覚悟をしていたのは。
 初めて人を殺したときだろうか?
 それとも秀吉について行くと決めたときだろうか?
 分からないけど……

「太平の世を目指すためには何でもやるつもりです」



 僧兵は散り散りに去っていった。すぐさま追討戦に移る。
 実際に戦をするのは正勝と長政だった。僕たちは二条城に篭もっていた村井さんに会う。

「おお、助かった。ありがとうございます……」

 僕たちの姿を見るなり、ホッとして崩れ落ちる村井さん。
 まあ武将ではない吏僚の村井さんには荷が重すぎる防衛戦だっただろう。

「それで、今後どうする? 私は京の混乱を収めることを最優先に動くが」

 流石に京都所司代に選ばれた村井さん。切り替えが早かった。

「僕も協力しますよ。まずは焼けた建物の補修と民に補償しましょう」
「ありがたい。御所への被害は?」
「あくまでも織田家に対する攻勢ですので……むしろ被害が出ないようにしていたようです」

 村井さんと話していると半兵衛さんが「とりあえず、岐阜の上様に援軍を要請しましょう」と進言した。

「それも優先しなければ。誰か早馬で知らせてくれ」
「それと、兵糧の手配も要請しましょう。炊き出しもしなければ」

 秀長さんの気配りには勝てないなと思った。
 それからいろいろと今後の施策を話す。
 角倉に借りを作ることになるけど、協力してもらわないといけないな。
 ああ、頭が痛くなる。

「しかし何故、比叡山が動いた?」

 不意に秀長さんが考え込むように顎に手を置いた。

「公方さまの隠居がきっかけでしょ?」
「半兵衛、それはそうだが、問題は誰に唆かされて、動いたのかだ」

 それは――分からなかった。

「比叡山に朝倉の残党が逃げ込んだ情報があるが、奴らに動かせるとは思えない」
「ならば誰が? 本願寺ですか? 武田家ですか?」

 僕の疑問に答えたのは、村井さんだった。

「いや、本願寺と比叡山は宗派が異なるし、武田家は信玄亡き後、動きを見せていない」
「ならば誰が?」

 四人で考えたが、思いつかなかった。

「兄弟! 兄弟は居るか!」

 どたどたと足を鳴らして、正勝と長政が部屋に入ってくる。
 二人とも顔が真っ青になっていた。

「どうした二人とも――」
「兄弟、落ち着いて聞いてくれ」

 遮って正勝は言う。

「施薬院で働いている、明里って知っているか?」
「ああ、手拭の人だろう」

 正勝は深呼吸して、言った。

「そいつが言うには――施薬院が僧兵に襲われた」

 頭が、真っ白になった。

「――――」

 正勝が続けて何かを言った。
 僕は聞こえなかった。
 立ち上がって、部屋を出た。

「雲之介ちゃん!」

 半兵衛さんの声。

「私たちも行こう!」

 秀長さんの声。
 いつの間にか駆け出していた。
 表につないである馬に乗って、自分でも信じられないくらいの速度で施薬院に向かう。
 志乃。晴太郎。
 志乃、晴太郎、志乃、晴太郎。
 志乃、晴太郎、志乃、晴太郎、志乃、晴太郎――

「うああああああああああああああああああ!」

 口から自然と叫び声が出る。

 二人とも、無事でいてくれ――
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