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竹中半兵衛の勧誘
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北近江、草野――
「なあ雲之介。竹中半兵衛という男は、おぬしから見てどのような人物だ?」
秀吉が馬上から訊ねる。僕は後ろに馬を並ばせながら「とても賢い女――じゃなかった、人だと思う」と正直な感想を言った。
「女みたいな男なんだろう? 本当に頼りになるのか? 俺が美濃に居たときは変人だって噂だったぜ」
「私もそう思う。何故大殿は召抱えようとするのだろうか」
同じく馬に乗って僕の隣に居る正勝と秀長さんは、半兵衛さんを勧誘することに不満なようで文句を言う。
まあ敵だったし、女の格好をしている事実はあまりよろしくないみたいだった。
「でも実際に会ってみれば、気に入らないにしても、織田家に必要な人材だと分かるはずだ」
僕が熱を込めて言うと二人は顔を見合わせた。そんなにおかしいことを言っただろうか?
「雲之介くんはすぐ人と仲良くなるから、信用できないなあ」
「兄弟は甘いから、人を過大評価しすぎだぜ」
ううむ。信用がないなあ。
「しかし雲之介は嘘偽りは言わん。わしは竹中殿を勧誘してみせるぞ」
秀吉の力強い言葉に僕は安心感を覚えた。やっぱり秀吉は僕を信じてくれる。
半兵衛さんが隠棲している屋敷に着くと、僕たちは馬を降りて門を潜る。
「竹中殿、どこにおわす――」
半兵衛さんを呼ぶ秀吉だったけど、目を離した瞬間居なくなった。
えっ!? 消えた!?
「兄者!? どこに――」
秀長さんも消えた――と思ったら深い穴の中に落ちていた。
よく見れば先頭を歩いていた秀吉も穴に落ちていた。
良かった。神隠しにあったのかと思った。
「ほっとしとらんで、早く助けんか!」
秀吉の悲鳴に似た声に僕と正勝は足元に気をつけつつ、近くに立てられた梯子を穴に下ろして、二人を救出した。
二人は泥だらけになっている。なんと水がはっていたようだ。せっかくの着物が汚れてしまっている。
「……竹中はどこに居る?」
おっと。秀長さんが静かに怒っている。会ってもいない人を呼び捨てにするのは珍しい。
「まったく酷い歓迎の仕方だな」
秀吉はけろりとしながらも屋敷に近づく。そして軒先の上に神社の鈴のようなものがあり、おそらく紐を揺らすことで音が鳴る仕組みになっていた。
「正勝。鳴らしてくれぬか?」
「うん? ああいいぜ」
どうして秀吉は正勝に鳴らすように言ったのか。
僕は嫌な予感がしたけど、敢えて黙っていた。
正勝が紐を引っ張った。
鈴がそのまま落ちて正勝の頭を強打した。
「――っ! ちくしょう!」
「ふむ。やはりか」
涼しい顔の秀吉に正勝は「やはりじゃねえよ! 分かってたなら引く必要ねえだろ!」と怒鳴りつけた。
「だってわし落とし穴に落ちたから、おぬしか雲之介のどちらかが嵌ってくれんと悔しい……」
「子どもか! もし鈴がやばい重さだったらどうするんだ!」
「いやそれはない。殺す気なら最初の落とし穴に竹槍でも仕込むだろうよ」
秀吉の言うとおりだった。それこそ子どもの悪戯のような無邪気さを感じる。
「次はおぬしが扉を開けよ」
「……言うと思ったよ」
結果として引き戸に見せかけた開かない扉に悪戦苦闘して、ようやく上に引き上げることで開くことに気づいたら、その向こうが壁だったときは、殺意が芽生えた。
仕方なく庭先から屋敷の中に入ると、数々の小賢しい罠が待ち受けていた。
心身ともに傷つきながら、屋敷の奥に着くと、机の上に達筆で『織田家の人たちへ。ここには居ません。竹中半兵衛重治より。追伸、ねえねえどんな気持ち? どんな気持ちなの?』という手紙が残されていた。
正勝が激怒して屋敷を壊し始めたのを僕たちは止めずに呆然としてしまう。
「兄者。勧誘はやめよう。大殿にはの垂れ死んでいましたと報告しよう。そして殺そう」
「早まるなと言いたいところだが、今回ばかりはそれもいいかもしれんな」
木下兄弟が物騒なことを言い出したので、僕は「そんなことより半兵衛さんの居場所をつきとめよう」と提案した。
「そうだな。それを知らんと殺せないしな」
秀吉の目が真剣だった。
「兄者、この屋敷に手がかりはあるのか?」
「いや、この屋敷の罠を見るかぎり、公平な人間じゃないな。罠に引っ掛ける気満々だった」
そう考えると僕たちを嘲笑いたいのであれば、してやられたと思う隠れ家を企むはずだ。
「みんな難しく考えるな。こいつは馬鹿にしたいだけなんだ」
正勝がウサ晴らしを終えてこちらにやってきて、どかりと畳の上に座った――悲鳴を上げて飛び跳ねた。尻に針が突き刺さっている。かなり痛そうだ。
「あの野郎……! 一発ぶん殴る!」
「兄弟。どこに居るのか見当つくかい?」
正勝は尻をさすりながら「ああ。見当つくぜ」と意外なことを言った。
「ほう。どこに隠棲していると思うのだ?」
「秀吉さん。人を小ばかにしたい人間が居るとして、そいつに大事なものを隠されたら、どこに隠すと思う?」
うーん、どこだろう。
考えている間に秀吉が「目の前に堂々と隠す」と即言した。
「ああ。そして手紙にわざわざ織田家と書いてあった。この事実、どう見る?」
僕たちは同じ瞬間、閃いた。
「美濃に居る!」
僕たちは怒涛の勢いで美濃に帰り、半兵衛さんの旧領である岩手と呼ばれる土地を捜索。そして彼が住んでいる屋敷を発見した。
半兵衛さんは相変わらず顔色が悪く、出会ったときと同じく女装をしていた。そして僕たちに気づくと「あら。遅かったじゃない」と余裕の表情を見せた。
「てめえこの野郎! 覚悟できてるよなあ! 文句ねえよなあ!」
「なにこの筋肉達磨。汗臭いから近寄らないでよ」
正勝の怒りを受け流しつつ、半兵衛さんは僕たちに向かって言う。
「織田家には仕官しないわよ。まあここまで来たんだからお茶の一杯ぐらい出してもいいけどね」
というわけで屋敷に招かれた僕たちだけど、敵愾心の塊になった秀長さんと正勝は最初から勧誘ではなく殺害を考えているようだった。秀吉も機嫌が悪い。僕だって半兵衛さんを嫌いになっていた。
出されたお茶を疑いながら一口飲む。普通に美味しかった。
……なんでびくびくしながらお茶を飲まないといけないんだ?
「……数々のもてなし、不快としか言いようがないな」
「あら。そうだった? 秀吉ちゃんならてっきり喜んでくれると思ったのに」
半兵衛さんの横には奥方のちささんが居た。申し訳なさそうに僕たちを見ている。久作さんはこの場には居なかった。何でも近くの山で狩りをしているようで、それで銭を稼いでいるらしい。
「もしかして、勧誘をさせないために、あのような悪戯をしたのか?」
秀吉の問いでハッとさせられる。
そうだ。現に僕たちは勧誘する気が無くなっている――
「いいえ? ただの趣味よ」
……改めて殺意が湧く。
「では貴殿に問う。織田家家臣にならぬか? 今なら侍大将の地位と相応の禄を保証する」
「はっ。信長に仕えるなんて真っ平御免よ。地位も金も興味ないわ」
「ならば何に興味を持つ?」
秀吉の問いに半兵衛さんはにやりと笑う。
「何かに興味があったら、隠棲なんてしないわよ」
「……天下の太平のために才を振るうことに興味はないのか?」
半兵衛さんは退屈そうに「天下の太平なんて言い出す奴にろくな奴は居ないわ」と応じた。
「とにかく、信長の家臣にはならない――」
「つまらぬ男だな。竹中半兵衛」
秀吉の言葉に半兵衛さんはぴくりと反応した。
「はあ? あたしがつまらない?」
「おぬしの才があれば戦国乱世はすぐに終わるだろう。それが分からぬ者はない。なればこそ、何故今ここで立ち上がらんとせんのだ? すまし顔で戦を俯瞰するのが楽しみなのか? だからつまらぬ男と言ったのだ」
少しだけ揺らぎ出す半兵衛さん。何か反論する前に秀吉は畳みかける。
「おぬしが我が主君、織田信長さまに協力すれば、残り少ない命でも光り輝くぞ」
残り少ない命?
「……あなた、どうしてあたしが肺を病んでいると?」
「わしは医術の心得があるわけでないが、なんとなく死人の臭いがした。それだけよ」
おお。流石秀吉。人を見抜く眼力は凄いな。
「でもねえ。信長に仕えるのは嫌なのよ。下手に意見したら危なそうじゃない」
「なら以前の約束どおり、秀吉に仕えるのはどうだ?」
僕の言葉に全員が注目した。
秀長さんは露骨に嫌な顔をする。
正勝は余計なことを言うなという顔をする。
秀吉は感心したような顔をする。
そして半兵衛さんは――
「ああ。そういえばそんな約束してたわね」
思い出したように言う。
「でも確か考えると約束したわね」
「ああ。だから今考えてくれ」
半兵衛さんは「そうねえ。条件を飲んでくれたらいいわ」と僕たちに言う。
「なんだ条件とは」
「秀吉ちゃん。あなたが見抜いたとおり、あたしは長くないわ。だからあたしの後継者となる軍師を見つけられたら、隠居することを許してちょうだい」
秀吉は「ああ、いいだろう」と頷いた。
「しかしその後継者をきちんと育ててから隠居してくれよ」
「分かっているわよ。それでいいなら、あなたの家来になるわ」
正勝は「いやに素直だな」と疑わしい顔をする。
秀長さんも同じように見ている。
「本当に兄者に忠誠を誓ったように見えないが」
「うーん、まあそこは追々とね」
そして秀吉に半兵衛さんはにこりと微笑んだ。
「よろしくね。秀吉ちゃん。そして秀長ちゃんも正勝ちゃんも、雲之介ちゃんも。あたしの扱いはその辺の女よりも気難しいから、そこのところ気をつけてね」
こうして竹中半兵衛重治の勧誘は成功した。
徐々に出来上がっていた岐阜城にて、秀吉は主命達成を報告すると大殿は「猿の部下は俺の家臣と同じだな」と言って許してくださったようだ。
「あの半兵衛とかいう女男、いつかしめてやる」
「まあまあ兄弟。仲間になったんだから」
僕と正勝は秀吉の屋敷に向かっていた。半兵衛さんを歓迎する宴を開くという。
喋りながら歩いていると、秀吉の屋敷の門から慌てた様子のねね殿が出てきた。
「ねね殿、どうかしましたか?」
「ああ、雲之介さん! 志乃さんが――」
嫌な予感がした。僕はねね殿に詰問する。
「志乃がどうしたんですか!?」
ねね殿が泣きそうな顔で言う。
「志乃さんが家を出て行きました! そして手紙に、死ぬつもりだって――」
世界が、崩れた音がした。
「なあ雲之介。竹中半兵衛という男は、おぬしから見てどのような人物だ?」
秀吉が馬上から訊ねる。僕は後ろに馬を並ばせながら「とても賢い女――じゃなかった、人だと思う」と正直な感想を言った。
「女みたいな男なんだろう? 本当に頼りになるのか? 俺が美濃に居たときは変人だって噂だったぜ」
「私もそう思う。何故大殿は召抱えようとするのだろうか」
同じく馬に乗って僕の隣に居る正勝と秀長さんは、半兵衛さんを勧誘することに不満なようで文句を言う。
まあ敵だったし、女の格好をしている事実はあまりよろしくないみたいだった。
「でも実際に会ってみれば、気に入らないにしても、織田家に必要な人材だと分かるはずだ」
僕が熱を込めて言うと二人は顔を見合わせた。そんなにおかしいことを言っただろうか?
「雲之介くんはすぐ人と仲良くなるから、信用できないなあ」
「兄弟は甘いから、人を過大評価しすぎだぜ」
ううむ。信用がないなあ。
「しかし雲之介は嘘偽りは言わん。わしは竹中殿を勧誘してみせるぞ」
秀吉の力強い言葉に僕は安心感を覚えた。やっぱり秀吉は僕を信じてくれる。
半兵衛さんが隠棲している屋敷に着くと、僕たちは馬を降りて門を潜る。
「竹中殿、どこにおわす――」
半兵衛さんを呼ぶ秀吉だったけど、目を離した瞬間居なくなった。
えっ!? 消えた!?
「兄者!? どこに――」
秀長さんも消えた――と思ったら深い穴の中に落ちていた。
よく見れば先頭を歩いていた秀吉も穴に落ちていた。
良かった。神隠しにあったのかと思った。
「ほっとしとらんで、早く助けんか!」
秀吉の悲鳴に似た声に僕と正勝は足元に気をつけつつ、近くに立てられた梯子を穴に下ろして、二人を救出した。
二人は泥だらけになっている。なんと水がはっていたようだ。せっかくの着物が汚れてしまっている。
「……竹中はどこに居る?」
おっと。秀長さんが静かに怒っている。会ってもいない人を呼び捨てにするのは珍しい。
「まったく酷い歓迎の仕方だな」
秀吉はけろりとしながらも屋敷に近づく。そして軒先の上に神社の鈴のようなものがあり、おそらく紐を揺らすことで音が鳴る仕組みになっていた。
「正勝。鳴らしてくれぬか?」
「うん? ああいいぜ」
どうして秀吉は正勝に鳴らすように言ったのか。
僕は嫌な予感がしたけど、敢えて黙っていた。
正勝が紐を引っ張った。
鈴がそのまま落ちて正勝の頭を強打した。
「――っ! ちくしょう!」
「ふむ。やはりか」
涼しい顔の秀吉に正勝は「やはりじゃねえよ! 分かってたなら引く必要ねえだろ!」と怒鳴りつけた。
「だってわし落とし穴に落ちたから、おぬしか雲之介のどちらかが嵌ってくれんと悔しい……」
「子どもか! もし鈴がやばい重さだったらどうするんだ!」
「いやそれはない。殺す気なら最初の落とし穴に竹槍でも仕込むだろうよ」
秀吉の言うとおりだった。それこそ子どもの悪戯のような無邪気さを感じる。
「次はおぬしが扉を開けよ」
「……言うと思ったよ」
結果として引き戸に見せかけた開かない扉に悪戦苦闘して、ようやく上に引き上げることで開くことに気づいたら、その向こうが壁だったときは、殺意が芽生えた。
仕方なく庭先から屋敷の中に入ると、数々の小賢しい罠が待ち受けていた。
心身ともに傷つきながら、屋敷の奥に着くと、机の上に達筆で『織田家の人たちへ。ここには居ません。竹中半兵衛重治より。追伸、ねえねえどんな気持ち? どんな気持ちなの?』という手紙が残されていた。
正勝が激怒して屋敷を壊し始めたのを僕たちは止めずに呆然としてしまう。
「兄者。勧誘はやめよう。大殿にはの垂れ死んでいましたと報告しよう。そして殺そう」
「早まるなと言いたいところだが、今回ばかりはそれもいいかもしれんな」
木下兄弟が物騒なことを言い出したので、僕は「そんなことより半兵衛さんの居場所をつきとめよう」と提案した。
「そうだな。それを知らんと殺せないしな」
秀吉の目が真剣だった。
「兄者、この屋敷に手がかりはあるのか?」
「いや、この屋敷の罠を見るかぎり、公平な人間じゃないな。罠に引っ掛ける気満々だった」
そう考えると僕たちを嘲笑いたいのであれば、してやられたと思う隠れ家を企むはずだ。
「みんな難しく考えるな。こいつは馬鹿にしたいだけなんだ」
正勝がウサ晴らしを終えてこちらにやってきて、どかりと畳の上に座った――悲鳴を上げて飛び跳ねた。尻に針が突き刺さっている。かなり痛そうだ。
「あの野郎……! 一発ぶん殴る!」
「兄弟。どこに居るのか見当つくかい?」
正勝は尻をさすりながら「ああ。見当つくぜ」と意外なことを言った。
「ほう。どこに隠棲していると思うのだ?」
「秀吉さん。人を小ばかにしたい人間が居るとして、そいつに大事なものを隠されたら、どこに隠すと思う?」
うーん、どこだろう。
考えている間に秀吉が「目の前に堂々と隠す」と即言した。
「ああ。そして手紙にわざわざ織田家と書いてあった。この事実、どう見る?」
僕たちは同じ瞬間、閃いた。
「美濃に居る!」
僕たちは怒涛の勢いで美濃に帰り、半兵衛さんの旧領である岩手と呼ばれる土地を捜索。そして彼が住んでいる屋敷を発見した。
半兵衛さんは相変わらず顔色が悪く、出会ったときと同じく女装をしていた。そして僕たちに気づくと「あら。遅かったじゃない」と余裕の表情を見せた。
「てめえこの野郎! 覚悟できてるよなあ! 文句ねえよなあ!」
「なにこの筋肉達磨。汗臭いから近寄らないでよ」
正勝の怒りを受け流しつつ、半兵衛さんは僕たちに向かって言う。
「織田家には仕官しないわよ。まあここまで来たんだからお茶の一杯ぐらい出してもいいけどね」
というわけで屋敷に招かれた僕たちだけど、敵愾心の塊になった秀長さんと正勝は最初から勧誘ではなく殺害を考えているようだった。秀吉も機嫌が悪い。僕だって半兵衛さんを嫌いになっていた。
出されたお茶を疑いながら一口飲む。普通に美味しかった。
……なんでびくびくしながらお茶を飲まないといけないんだ?
「……数々のもてなし、不快としか言いようがないな」
「あら。そうだった? 秀吉ちゃんならてっきり喜んでくれると思ったのに」
半兵衛さんの横には奥方のちささんが居た。申し訳なさそうに僕たちを見ている。久作さんはこの場には居なかった。何でも近くの山で狩りをしているようで、それで銭を稼いでいるらしい。
「もしかして、勧誘をさせないために、あのような悪戯をしたのか?」
秀吉の問いでハッとさせられる。
そうだ。現に僕たちは勧誘する気が無くなっている――
「いいえ? ただの趣味よ」
……改めて殺意が湧く。
「では貴殿に問う。織田家家臣にならぬか? 今なら侍大将の地位と相応の禄を保証する」
「はっ。信長に仕えるなんて真っ平御免よ。地位も金も興味ないわ」
「ならば何に興味を持つ?」
秀吉の問いに半兵衛さんはにやりと笑う。
「何かに興味があったら、隠棲なんてしないわよ」
「……天下の太平のために才を振るうことに興味はないのか?」
半兵衛さんは退屈そうに「天下の太平なんて言い出す奴にろくな奴は居ないわ」と応じた。
「とにかく、信長の家臣にはならない――」
「つまらぬ男だな。竹中半兵衛」
秀吉の言葉に半兵衛さんはぴくりと反応した。
「はあ? あたしがつまらない?」
「おぬしの才があれば戦国乱世はすぐに終わるだろう。それが分からぬ者はない。なればこそ、何故今ここで立ち上がらんとせんのだ? すまし顔で戦を俯瞰するのが楽しみなのか? だからつまらぬ男と言ったのだ」
少しだけ揺らぎ出す半兵衛さん。何か反論する前に秀吉は畳みかける。
「おぬしが我が主君、織田信長さまに協力すれば、残り少ない命でも光り輝くぞ」
残り少ない命?
「……あなた、どうしてあたしが肺を病んでいると?」
「わしは医術の心得があるわけでないが、なんとなく死人の臭いがした。それだけよ」
おお。流石秀吉。人を見抜く眼力は凄いな。
「でもねえ。信長に仕えるのは嫌なのよ。下手に意見したら危なそうじゃない」
「なら以前の約束どおり、秀吉に仕えるのはどうだ?」
僕の言葉に全員が注目した。
秀長さんは露骨に嫌な顔をする。
正勝は余計なことを言うなという顔をする。
秀吉は感心したような顔をする。
そして半兵衛さんは――
「ああ。そういえばそんな約束してたわね」
思い出したように言う。
「でも確か考えると約束したわね」
「ああ。だから今考えてくれ」
半兵衛さんは「そうねえ。条件を飲んでくれたらいいわ」と僕たちに言う。
「なんだ条件とは」
「秀吉ちゃん。あなたが見抜いたとおり、あたしは長くないわ。だからあたしの後継者となる軍師を見つけられたら、隠居することを許してちょうだい」
秀吉は「ああ、いいだろう」と頷いた。
「しかしその後継者をきちんと育ててから隠居してくれよ」
「分かっているわよ。それでいいなら、あなたの家来になるわ」
正勝は「いやに素直だな」と疑わしい顔をする。
秀長さんも同じように見ている。
「本当に兄者に忠誠を誓ったように見えないが」
「うーん、まあそこは追々とね」
そして秀吉に半兵衛さんはにこりと微笑んだ。
「よろしくね。秀吉ちゃん。そして秀長ちゃんも正勝ちゃんも、雲之介ちゃんも。あたしの扱いはその辺の女よりも気難しいから、そこのところ気をつけてね」
こうして竹中半兵衛重治の勧誘は成功した。
徐々に出来上がっていた岐阜城にて、秀吉は主命達成を報告すると大殿は「猿の部下は俺の家臣と同じだな」と言って許してくださったようだ。
「あの半兵衛とかいう女男、いつかしめてやる」
「まあまあ兄弟。仲間になったんだから」
僕と正勝は秀吉の屋敷に向かっていた。半兵衛さんを歓迎する宴を開くという。
喋りながら歩いていると、秀吉の屋敷の門から慌てた様子のねね殿が出てきた。
「ねね殿、どうかしましたか?」
「ああ、雲之介さん! 志乃さんが――」
嫌な予感がした。僕はねね殿に詰問する。
「志乃がどうしたんですか!?」
ねね殿が泣きそうな顔で言う。
「志乃さんが家を出て行きました! そして手紙に、死ぬつもりだって――」
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