混沌より這い寄るモノ

橋本洋一

文字の大きさ
上 下
9 / 19

邂逅 前編

しおりを挟む
「佐々木氏、お久しぶり――何かありましたかな?」

 カフェに到着して、樫川と深沢と再会した。
 しかし俺の顔を見るなり心配そうな顔をする樫川。一応なんでもないと言っておく。

「そうですか……何かあればすぐに言ってください」

 そうだ。なんでもないことなのだ。
 祭りのことも、昨夜のことも。

「それで、佐々木先輩。何か分かったことはありますか?」

 相変わらず黒ずくめの深沢がクールに言う。寝不足なのか、目の下に隈があった。

「いや、日記からは何も分からなかった。親父は年々、気が狂ってしまっていて、確かなことは何も書かれていなかった」
「そうですか……」

 深沢は目に見えてがっかりしていた。
 罵倒がないせいか、なんだか心が痛んでくる。

「お前らはどうなんだ? 何か分かったのか?」

 樫川は深沢をちらりと見て「まずは僕から報告します」と言う。

「結論から言って、邪教は存在していました」
「……マジか。この街に存在しているのか?」
「いえ、なんと説明すればいいのか分かりませんが、邪教はありますけど、詳細は不明なのですよ」

 あるのに詳細不明?

「もったいぶらずに言ってくれ。樫川、邪教って一体なんなんだ? 誰が行なっているんだ?」
「邪教は……邪神に生贄を捧げる儀式をしているそうです。まあ佐々木氏の父の日記に書かれているとおりのことをしているみたいです」

 生贄だと?
 この現代社会でそんな原始的で野蛮な行為をしている奴らが居るのか?

「親父の妄想や俺の幻想じゃなかったんだな……」
「それならば良かったのですが。いえ良くはありませんな」
「気を使わなくていい。狂人の妄想で話が済めば良かったと俺も思う」

 すると深沢は「それが本当なら、私が調べたことに関係があるかもしれません」と元気なく言う。よく見てみると顔色も悪い。

「深沢、大丈夫か? 体調が悪いのか?」
「平気です。それに私の体調が悪いということは佐々木先輩には関係ないです」
「いや、それはそうだが……」

 深沢は黒いバックの中からA4サイズの数十枚ずつの紙の束を三本取り出した。

「行方不明者の詳細を調べたら、奇妙なことが分かったんです」
「奇妙なこと?」

 俺の問いに深沢は答えずに付箋に『A』と書かれた紙の束を見せる。

「こちらの紙に書かれた行方不明者を見てください。どうやら邪教と関係ありそうです」

 紙を読んでいくとすぐに分かった。二、三人ずつ名字が同じだった。石川だったり、宮地だったり……

「写真は入手できませんでしたが、おそらく家族か親戚なのでしょう」

 つまりもしも行方不明者が邪教と関係しているとしたら――

「同じ『血』を持つ人間たちを生贄に捧げているというわけですな」

 背筋が寒くなる話だった。何年も何十年もかけて、邪教はまるでこの街を牧場のように管理している。牛や羊ではなく、人間を。

「同じ血筋の人間は三通りに分けることができました。A~Cに分類しています」
「もしかすると、そのABCの先祖は一緒かもしれませんな」
「やめろよ。そんな空想」
「佐々木氏。もはや空想とは言えませんぞ」

 樫川は汗をかいている。暑いからではなく、冷や汗だろう。
 俺も背中にじっとりとした汗が吹き出るのを感じた。

「それでどうするんだ? 警察にでも通報するのか?」

 この時点でも俺はオカルトの脅威を分かっていなかった。だからこんな発言をしてしまったのだ。
 樫川は首を横に振った。

「いえ、それはできません。邪教が実在するのか、そして生贄を捧げているのか、それらの証拠はまったくありません」
「じゃあ樫川。どうしてお前は分かったんだ?」
「大石氏や他のオカルトマニアに相談して調べてもらったのですが、その中の一人が断片的な情報を教えてくれたのです」
「そいつの名前とか知っているのか?」
「ええ。しかしその情報をもらってから音信不通になってしまいましてね。これから彼の自宅へと行くつもりです」

 音信不通。嫌な予感がした。

「そいつと連絡が取れなくなって、どのくらいだ?」
「昨日からですな」
「そっか。じゃあ樫川、一緒に行こう」

 俺は立ち上がり、深沢にも声をかけた。

「お前も一緒に来るか?」
「当たり前ですよ。ここまで調べて、別れるなんて嫌です」

 深沢は紙の束をバックに仕舞った。

「……いえ、二人には他にやってほしいことがありまして」

 樫川はそう言ってポケットから紙を取り出した。

「この住所――時峰公園で午前十一時に人と会う約束をしているのですが、先ほど言ったとおり、彼のことが心配でして、代わりに二人で行ってもらいたいのです」

 時峰公園は行ったことはないが、住所には見覚えがある。確かシャッター通りの近くだ。

「どんな人なんだ? 代理で行っても大丈夫なのか?」
「どんな人かと言えば、オカルトに詳しい人としか分かりません。代理の件は既に先方に伝えてあります。お二人にはその人から情報を貰ってほしいのです」

 俺の脳裏に髭面で汚らしい格好をしたおっさんが浮かんだ。

「おいおい。信用できるのかよ?」
「彼からの紹介です。信用できます」

 樫川に強く言われてしまっては、こちらは何も言えない。

「分かったよ。それじゃあ、行くか、深沢」
「……佐々木先輩と一緒なのは嫌ですけど、仕方ないですね」

 こいつ、いちいち嫌味を言わないと生きていけないのか?

「ああ、彼のハンドルネーム、『オウマガトキ』の知り合いだとお伝えください」

 樫川もリュックサックを背負って立ち上がる。
 俺は大事なことを聞くのを忘れていたので、樫川に訊ねる。

「そういえば、相手の名前は?」

 樫川は端的に答えた。

「相手の名は『占い師』だそうです」


◆◇◆◇


「暑いな……溶けそうだ。深沢、アイスでも――」
「そのままなめくじのように溶けてください」
「…………」

 そういうわけで深沢と一緒に『占い師』の元へ向かうのだが、会話にならなかった。  
 せっかくの機会だから、少しでも歩み寄ろうとしているのだが。

 思い返せば深沢と二人っきりになるのは初めてだったな。
 初めて会ったときを思い出す。いきなり「なんであなたがここに居るんですか?」と言われた。いや、部員だから居るんだと答えると「最低です」と追撃された。意味が分からない。

 シャッター通りを歩きながら、俺はいよいよ核心を突こうと深沢に訊いた。

「なあ。どうしてそんなに俺を毛嫌いするんだ?」
「毛嫌いではなくて、嫌っているんです」
「……俺が何かしたか? ていうか初対面から嫌っていたよな」

 すると前のほうを歩いていた深沢は言う。

「……どうして文芸部に入ったんですか?」

 突然話が飛んだので、面食らったが、樫川に誘われたことを話した。

「進んで入ったわけじゃないんですね」
「まあな。やりたいこともなかったしな」

 深沢は「やりたいことがなかった、ですか……」と呟いた。
 その呟きは怒りと悲しみが込められていた気がした。

「佐々木先輩は高校のとき、何部でしたか?」
「うん? 野球部だけど、それがどうした?」

 話が飛び飛びなので深沢が何を言いたいのか、分からなかった。

「どうして大学でも続けなかったんですか? 怪我でもしたんですか?」
「いや、別に。ただ俺は夢を叶えてしまったからな」
「…………」

 深沢は俺の言葉に何も返してくれなかった。何故か気まずくなったので、俺は続けて言い訳をした。

「なんていうか、夢を叶えちまったからやる気が無くなったって、よくあることだけどよ、俺は――」
「やめてください。見苦しいですよ」

 深沢は振り返って俺の瞳を覗きこんだ。まるで何かを探ろうとしているようだった。
 俺も自然と深沢の瞳を見てしまう。そこには失望の色が映っていた。
 何に失望しているのだろう。
 もしかして、それは俺だろうか。

「ふ、深沢――」
「あれですね。時峰公園」

 突然、振り返って、深沢は指を指した。
 確かに公園らしき場所が見えた。

「行きましょう。『占い師』という方から情報を貰うんですよね」
「ああ、そうだが――」
「早く行きましょう。これ以上、佐々木先輩と一緒に居たくありませんから」

 最後に嫌味を言って、深沢は早足で公園に向かう。
 腹を割って話せなかった虚しさと何がなんだか分からない不思議さを覚えつつ、俺は後を追った。

 公園の入り口には石碑があり、『時峰公園』と横文字で彫られていて、その上に『ときみね』とルビが振られていた。

 滑り台。ブランコ。砂場。動物がモチーフの遊具。鬼ごっこはできるけど、かくれんぼはできないくらいの広さだ。

 とりあえず、俺と深沢は公園を一望できるベンチに座った。そのとき、深沢はわざと間を空けるように座りやがった。
 スマホに表示された時間を見る。午前十時五十二分。

「少し早く来すぎたな」
「相手の性格や格好を聞かされてないですから、これから入ってくる人に注目すればいいですよ。幸い、公園には私たち以外居ませんから」

 夏休みなのに公園に誰もいないのは、今の子供たちは外で遊ばなくなってしまったからだろうか。昔の俺はどうだったかな? ゲームは今より綺麗じゃなかったから、外で遊んだ方が楽しかった記憶がある。

 深沢は黒のハンカチを取り出して、首筋の汗を拭っている。黒ずくめのファッションをしているせいだ。
 どうして黒を好むのか。良い機会だから訊いてみよう。

「どうして深沢は黒ずくめなんだ?」
「……セクハラで訴えますよ」
「服の趣味訊いただけで!? どんだけ男女の格差が広まってんだよ!」

 こいつとは本当に会話にならないな……
 仕方ない、気まずくなるが俺も黙ってやろう。
 そう思ってスマホを見た――

「あひゃひゃ。なんだい、あんたとは『縁』が合うみたいだねえ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二つの願い

釧路太郎
ホラー
久々の長期休暇を終えた旦那が仕事に行っている間に息子の様子が徐々におかしくなっていってしまう。 直接旦那に相談することも出来ず、不安は募っていくばかりではあるけれど、愛する息子を守る戦いをやめることは出来ない。 色々な人に相談してみたものの、息子の様子は一向に良くなる気配は見えない 再び出張から戻ってきた旦那と二人で見つけた霊能力者の協力を得ることは出来ず、夫婦の出した結論は……

甘いマスクは、イチゴジャムがお好き

猫宮乾
ホラー
 人間の顔面にはり付いて、その者に成り代わる〝マスク〟という存在を、見つけて排除するのが仕事の特殊捜査局の、梓藤冬親の日常です。※サクサク人が死にます。【完結済】

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

【連作ホラー】幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー

至堂文斗
ホラー
――其れは、人類の進化のため。 歴史の裏で暗躍する組織が、再び降霊術の物語を呼び覚ます。 魂魄の操作。悍ましき禁忌の実験は、崇高な目的の下に数多の犠牲を生み出し。 決して止まることなく、次なる生贄を求め続ける。 さあ、再び【魂魄】の物語を始めましょう。 たった一つの、望まれた終焉に向けて。 来場者の皆様、長らくお待たせいたしました。 これより幻影三部作、開幕いたします――。 【幻影綺館】 「ねえ、”まぼろしさん”って知ってる?」 鈴音町の外れに佇む、黒影館。そこに幽霊が出るという噂を聞きつけた鈴音学園ミステリ研究部の部長、安藤蘭は、メンバーを募り探検に向かおうと企画する。 その企画に巻き込まれる形で、彼女を含め七人が館に集まった。 疑いつつも、心のどこかで”まぼろしさん”の存在を願うメンバーに、悲劇は降りかからんとしていた――。 【幻影鏡界】 「――一角荘へ行ってみますか?」 黒影館で起きた凄惨な事件は、桜井令士や生き残った者たちに、大きな傷を残した。そしてレイジには、大切な目的も生まれた。 そんな事件より数週間後、束の間の平穏が終わりを告げる。鈴音学園の廊下にある掲示板に貼り出されていたポスター。 それは、かつてGHOSTによって悲劇がもたらされた因縁の地、鏡ヶ原への招待状だった。 【幻影回忌】 「私は、今度こそ創造主になってみせよう」 黒影館と鏡ヶ原、二つの場所で繰り広げられた凄惨な事件。 その黒幕である****は、恐ろしい計画を実行に移そうとしていた。 ゴーレム計画と名付けられたそれは、世界のルールをも蹂躙するものに相違なかった。 事件の生き残りである桜井令士と蒼木時雨は、***の父親に連れられ、***の過去を知らされる。 そして、悲劇の連鎖を断つために、最後の戦いに挑む決意を固めるのだった。

(いいね🧡 + リツイート🔁)× 1分しか生きられない呪い

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ホラー
 ――1日生き残る為に必要な数は1,440個。アナタは呪いから逃げ切れるか?  Twitterに潜むその『呪い』に罹った人間は、(いいね🧡 + リツイート🔁)× 1分までしか生きられない。  1日生き延びるのに必要ないいね🧡の数は、実に1,440個。  呪いに罹った※※高校2年4組の生徒たちが次々と悲惨な怪死を遂げていく中、主人公の少年・物部かるたは『呪い』から逃げ切れるのか?  承認欲求 = 生存欲求。いいね🧡の為なら何だってやる。  血迷った少年少女たちが繰り広げる、哀れで滑稽な悲劇をどうぞご覧あれ。

”りん”とつや~過去生からの怨嗟~

夏笆(なつは)
ホラー
婚約者を、やりてと評判の女に略奪された凛は、のみならず、同僚でもある彼らの障害物だったかのように言われ、周囲にもそういった扱いをされ、精神的苦痛から退職の道を選ぶ。 そんなとき、側溝に落ちている数珠を見つけたことから女幽霊と出会うこととなり、知り得る筈もなかった己の過去生と向き合うこととなる。

処理中です...