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第二十章 世界会議編

あらやだ! 魔族の登場だわ!

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 サウスの王、賢者になるには議会の承認が建前上必要やけど、最も重要なのは魔法使いとして優秀であることや。それはデリアのように魔法大会で一位を取るよりも難しい。トーナメントのようにくじ運に左右されることなく、自らが最強であることを証明せなあかんからや。
 すなわち、賢者の名を受け継ぐ者は、サウスだけやのうて、この世界で最強の魔法使いでなければあかんのや。

 そんな最強の魔法使い、賢者ドラクロの放った土属性の魔法は一直線に皇帝に向かった――

「――義父上!」

 最も速く反応したんはキールやった。キールは皇帝を自分のほうに引っ張って、そのまま椅子ごと倒れる。巨大な土は皇帝に当たらずに、後ろの壁――入り口を塞いでまう。

『外しましたか。仕方ありません。もう一度――』

 人間、いや全種族に共通しとるけど、咄嗟に起こった混乱に対して、冷静になれるんはなかなか居らん。落ち着くためには最低でも二十秒は必要やろ。
 せやから、あたしは混乱しながらも、賢者に向かった。
 円卓の上に上がって、慄く種族の代表たちの注目を浴びながら、あたしは次の魔法を放とうとするドラクロさんの手を取って、一本背負いをした――
 どたんと音を立てて、ドラクロさんは受身を取れずに円卓に叩きつけられる。
 そのまま寝技で動かれへんようにぎっちりと固定する。

「け、賢者様に何を――」
「うろたえるな! 何かおかしい!」

 よう分からんけどドラクロさんの御付の者が騒いどる。
 みんなが荒い呼吸をしとる。

『ふうむ。これでは失敗ですね。仕方ありません』

 ドラクロさんからドラクロさんではない声がした。
 なんか聞いたことがあるような声……
 まさか――

「操られとるのか!?」

 思わず声に出してしもうた。みんながざわめく。

『ほう。意外と頭は回るんですね』

 そう言うて、ドラクロさんは大きく口を開けた。
 そっから煙のようなもんが出てきて。
 それが晴れたと思うたら――

『初めまして。私は魔族のハブルといいます』

 イカの触手が顔や身体に纏わりついた、背の高くて痩せとる、醜悪な容貌の自称魔族が現れた。

「この――!」

 鳥人のクフォーがハブルちゅう魔族にタックルする――せやけど、すり抜けてしもうた。

『無駄ですよ。あなた方は私に干渉できません。まあ、私も干渉できませんが』

 触手をうねらせながら、ハブルは言うた。

「……ハブルと言ったな。お前は何の目的でここに?」

 巨人のオーデルがゆっくりと訊ねる。どっしりとしとるなあ。

『一番の目的は皇帝を殺し、サウスとノースを戦争状態にすることでしたけどね。ノースの輩に邪魔されてしまいました。まさか不殺で賢者を押さえ込むとは』
「はっ! 残念やったな! さっさとドラクロさん解放して帰れや!」

 わざと強気で挑発するとハブルは『まだ目的がありますから』と丁寧に受け流す。
 そんでとんでもないことを抜かしよった。

『敵対種族のみなさま。魔族と手を組みませんか? 一緒に人間を滅ぼしましょう』

 ざわめく会議室。それに構わずにハブルは続けた。

『人間による差別。迫害。領土の没収。偏見。それに付随する嘲り。それを思い出してごらんなさい。恨みがあるでしょう。憎しみがあるでしょう』
「ふざけるな! 貴様は、貴様たちは、僕たちの同胞、フリュイアイランドを失陥させたではないか! 決して忘れないぞ! 忘れたと言わせないぞ!」

 声を荒げて怒鳴ったのは、エルフの王子、カサブランカやった。

「もしも人間を滅ぼしたところで、今度は僕たち敵対種族を滅ぼす気だろう!」
『フリュイアイランドのことは、心が痛みますね。しかし人間を滅ぼせば、それ以上のものが手に入ります』

 それ以上のもの? なんやそれは……

『はっきり言いましょう。我らが協力者、龍族のケイオスさんはなるべく血を流さずに――』

 ハブルの言葉が止まる。それはハブルの身に何かあったわけではない。
 セントラルの女教皇、アーリ・フォン・フレデリーケが何の脈略もなく、躊躇もなく、唐突に、突然に、サウスの頂点に立っとる賢者ドラクロの口に靴を突っ込んだんや。

「な、何しとるんや!」
「ユーリちゃん。決して寝技を解いちゃ駄目よ? 小賢しい魔族にこれ以上演説させるのは、嫌よ」

 ハブルを見ると口をパクパクさせて抗議しとる。
 なるほど。ドラクロさんの声を介さんと喋れへんのか。

「ふふ。良い気分ね。偉い人間に靴を舐めさせるって。ねえ、ハブルちゃん。あたし、あなたたちに協力してあげても良かったけど、ごめんなさいねえ。なんだか魅力を感じないわ」

 セントラルが龍族と魔族に協力するちゅうとんでもないことをさらりと言うた後、アーリは邪悪な笑みを浮かべながら言うた。

「この世界を壊したいのよ。あたし自らね。だから、龍族や魔族に滅ぼされるのを黙ってみていられないのよ」

 なんちゅうやっちゃ……まさに狂乱の悪女そのものやった。
 おそらく冷静さを欠いとるハブル。所作に焦りを見せとって、先ほどの余裕な態度は見る影もあらへん。

「ここで敵対種族――ああ、もうこの言い方はしないほうがいいわね――とにかく彼らを味方にする予定だったようね。ふふふ」

 もうなんか滅茶苦茶やな。寝技で抑えこんどるけどどんどん力強くなっとるし。
 しばらくするとハブルの姿が無くなり、またもや煙が舞った。
 それが晴れると、そこには懐かしい顔が見えた。

「け、ケイオス・クルナーフ……」

 龍族の生き残り、ケイオス・クルナーフは水色の髪をかき上げながらじっとアーリを見つめる。
 アーリはにやりと笑うて、足をドラクロさんの口から外した。

『ハブルの奴、かなり怒ってたぞ。真っ先にセントラルを滅ぼすって息巻いていた』
「あら。返り討ちにしてあげるわよ」
『人間の癖に威勢の良い奴だ。ユーリ、お前と似ているな』
「やめえや。こんな女と一緒やなんて」
「酷いわ! アーリ泣いちゃう!」

 直接やないけど、こうして話すんは久しぶりやった。
 懐かしいとさっき言うたけど、なんちゅうか喧嘩別れした友人と十年ぶりに再会したような気まずさがあるわ。

『貴様も必ず殺さねばならんな。アーリとやら』
「素敵な口説き文句ね。ぞくぞくするわ」
『……ユーリ。人間というものはいつからこのようになった?』
「安心せえ。こいつが特殊なだけや」

 ケイオスは『まあいい』と首を振ってあたしたちに宣言する。

『龍族は魔族と組んで、貴様ら全種族と戦うことを宣言する』

 それはまさに宣戦布告やった。

『人間以外は降伏を許してやっても良い。いつでも申し出よ』
「……ケイオス。和解はできひんのか?」

 駄目元で頼むとケイオスは不審そうにあたしを見る。

『和解? 我輩たちは人間を喰らうのだぞ? それを許容するというのか?』
「それはできひんけど……」
『ならば無駄と知れ』

 あっさりと拒否される。分かっていたけどつらかった。プラントアイランドでの思い出がある分、余計つらかった。

「うーん。そうねえ。ではあたしたちの立場をはっきりさせておかない?」

 奇妙なことを言い出したアーリ。続けてこう言った。

「世界はあたしの遊び場で全種族はあたしの玩具よ。あたしだけが遊べるのよ」

 すかさずケイオスは答えた。

『世界は我輩の所有物で全種族は我輩の食料だ。我輩だけが味わえる』

 二人はあたしを見た。あたしも言わなあかんのか。

「……世界はあたしの日常で全種族はあたしの隣人であり友人や。あたしはそれを守る」

 あたしたちは他の二人を見つめとる。
 一人は愉快に見とる。
 一人は不敵に見とる。
 一人は堂々と見とる。

『今度は直接会えればいいな。そのとき、アセロラジュースでも一緒に飲もう』

 背を向けるケイオス。これで話は終わりか……
 油断しとった、そんときやった。

『賢者ぐらいは殺しておかないとな』

 じゃりっちゅう嫌な音。
 ドラクロさんを見ると、口から血を吐いとる!

「舌を噛んだわねえ」
「――っ! 神化モードや!」

 神化モードになって、舌を引っ付けたけど、呼吸せえへん!
 寝技を解いて、餅を飲み込んでしもうたときみたいに、背中を思いっきり叩く! 決して少なくない血液を吐き出したドラクロさん。そのまま気絶してもうたけど、呼吸はしとる。生きとる。

「なんちゅうやっちゃ……」
「まったく。本気のようね」

 アーリは円卓の上を歩いて、自分の席に戻る。

「さて。世界会議を続けましょう」

 全種族が、唖然とした。
 あんな騒動でよくも……

「でも議長が虫の息じゃあできないわね」
「それでは、私が務めましょう」

 いつの間にか議長席に座っとる皇帝が、何事もあらへんように言うた。

「……あんた、ようそんな態度で居れるな。殺されかけたのに」
「キールのおかげで助かりました」
「今まで死んだフリしとったんか?」
「ええ。なんか面倒だったので」
「……あのなあ」
「ユーリさんはドラクロさんの治療を続けてください。皆さんはどうか私の話を聞いてください」

 場は混乱しとる。でも混乱しとっても、皇帝の話を聞こうとしとるのは分かる。

「敵対種族の制度撤廃。並びに差別の廃止。これらをスムーズにできる方法があります」

 なんやろうそれは――
 皇帝は短い言葉で言うた。

「龍族及び魔族と戦争しましょう」
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