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第十八章 セントラル編

あらやだ! 魚人だわ!

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 魚人。敵対種族の一つ。獣人と違うて個々の姿形は似とる。水中と地上ではえら呼吸と肺呼吸を使い分ける。せやから地上でも生存可能やけど、乾燥すると動きが鈍るらしくあまり地上活動を好まへん。淡水でも海水でも活動可能らしい。魚人に水中戦で勝てる種族は居らん。
 これがクヌート先生の授業で習った魚人についてや。個人的にはめっちゃ興味あったけど、魚人について調べとる学者や研究者は少なく、『海底旅行記』ちゅう魚人との交流が描かれた著書があったけど、それは創作物やった。
 せやから、魚人とは初めての対面となる――

「分かったわ。金はやる。有り金全部やるから帰ってくれるか」

 あたしは手持ちの金貨五十枚を魚人に差し出す。

「素直だな。まあこちらとしてはありがたいが」
「ああ。せやから『攻撃はするなや』。こうすれば無事なんやから」

 これは魚人に向かって言うただけやない。あたしの後ろで今にも魔法で攻撃しそうなキールに言うたんや。

「もし攻撃したら戦えへん人が犠牲になる。分かるやろ?」
「それも当然だな。言われずとも金さえ手に入ればそれでいい」

 これも魚人に言うたわけやない。後ろに居るから顔は見えへんけど、多分悔しそうな顔をしとるんやろ。せやけど、戦えへん人、つまりはミリアちゃんが犠牲になることを示唆したから、攻撃せえへんやろ。
 もしもキールが攻撃したら、おそらく魚人は倒せるけど、ミリアちゃんはもちろん、ホビットやドワーフたちの誰かが怪我したりするかもしれん。最悪、死んでしまうかもしれん。

「そっちのホビットやドワーフも金を出せ……うん? 賭けていたのか。ではその金を頂こう。それで勘弁してやる」

 意外と理性的な魚人のリーダー。金の奪い方がスマートや。手馴れとるな。

「おい! 食料は奪うな! 何度言ったら分かるんだ! 新入り!」
「し、しかし、うちの船の食料が……」

 うん? 奥のほうで騒いどるな。振り返ると予想通り悔しそうなキールの奥で魚人が言い争っとった。片方は中年の魚人。もう一人は少年の魚人やった。

「どうした? 何があった?」

 魚人のリーダーが二人に話しかける。すると中年のほうが「ログマ、聞いてくれ」と言うた。どうやらリーダーはログマちゅうらしい。

「新入りが食料を奪おうとしたんだ」
「……トビット。食料だけは手を出してはいけない」
「だけど船長。うちの食料は尽きかけています。少しぐらい……」

 トビットちゅう魚人の頬を叩いて、ログマは言うた。

「海の上で食料が尽きる恐ろしさは分かっているはずだ。だったら奪うことをするな。我らが必要なのは金だけだ」

 そう言うてログマは「次の部屋に行くぞ」と他の魚人に声をかける。
 これで安心や。そう思うてホッと一息吐いたとき、ログマはこないなことを言うた。

「それから医者探しも忘れるな。依頼を完遂させれば大金が手に入る!」

 医者探し? どういうことや?
 思わず声を出しかけて、なんとか飲み込んだ。心当たりがあるって思われたら敵わんしな。

「医者だと? どういうことだ?」

 ……指摘してもうたか。

「なんだ。君は医者に心当たりがあるのか?」

 ログマが槍先をキールに向けた。距離的に届くとは思えへん。多分脅しやろ。

「はっ。貴様らに教えることはないな」
「そうか。なら教えるほどの何かを知っているのか」

 頭ええな。そら船長言うてたから良くないと務まらへんか。

「おい。この子供を捕らえろ。医者について話させるんだ」
「ふん。貴様ら程度に捕まるほど、俺は――弱くない!」

 キールは光の魔法でログマを攻撃した――せやけど、半身になることで回避された。

「なんだと!?」
「光の魔法が風の魔法よりも速さがないのは初動の遅さにある。溜めが長いから軌道が予測できる」

 ログマの言うとおりや。この場合、風の魔法を使うべきやった。

「ミリアちゃん、あたしの傍を離れるんやないで!」

 あたしはミリアちゃんの傍に寄った。ミリアちゃんは「う、うん。分かったわ……」と怯えながら言うた。ホビットやドワーフはそれぞれ逃げていく。

「お前たち。手を出すな。下手をしたら殺してしまうからな」

 ログマが部下に指示を出した。キールは「舐められたものだな」と怒りを露わにする。

「その余裕、どこまで持つか――試してやる!」

 ログマに向かって今度は風の魔法を使うて攻撃せんとするキール。
 せやけど、勝負はあっさりと決まってしまう。

「魚人槍術――疾風閃!」

 ログマは左手を前に突きだして、右手で弓を引き絞るように構えて、片手で突きを放つ。凄まじい速度でキールに迫り――

「ぐわあああああああ!」

 キールの左肩に槍は当たり、そのまま物凄い勢いで食堂の壁まで吹き飛んだ。

「キール!」
「キールくん!」

 あたしたちは駆け寄ろうとしたけど、魚人たちが阻んだ。

「何すんねん! どけや!」
「まだ決闘は終わっていない。邪魔は許さない」

 そないなこと言うとる場合やない! かなり出血しとるやないか!

「しくじったな。まさか風の魔法まで使えるとは思わなかった。つい手加減ができなかった」

 そう言うて槍を肩の上に置いてキールに近づくログマ――
 せやけどキールはパッと起き上がって左手で風の魔法を放った。

「ウィンド・ショット!」

 初級魔法で威力はないけど、奇襲にはぴったりや。もしもここで避けられたら勝ち目はあらへん。
 まさに一点勝負や!

「……見事だな」

 ログマはおそらく数多くの戦いをしてきた歴戦の海賊なんやろ。キールが気絶してへんこともお見通しやったんや。
 風の魔法はログマの頬に傷を作っただけやった。

「ち、ちくしょう……ぐああああ!」

 ログマは悔しがるキールの左肩を遠慮なく踏みつけた!

「医者はどこに居る?」
「だ、誰が教えるか……ああああ!」
「医者はどこに居る?」

 拷問や。そないに酷いことを……

「キールくん! もうやめて! 医者のことは言うから!」

 ミリアちゃんが堪らず言うてしもうた。ログマはキールの頭を思いっきり蹴りつけて――気絶させた。そしてミリアちゃんに近づく。

「君は医者について知っているのか? 嘘だったら――」

 槍先を向けるログマ。他の魚人も向けとる。
 青ざめるミリアちゃん。これはもうどうしようもないな。

「い、医者は――」
「医者はあたしや」

 ミリアちゃんが何か言うてしまう前に、あたしが先に言うた。

「ほう。君が医者だと?」
「せや。ミリアちゃん、庇ってくれてありがとうな」

 ミリアちゃんは信じられないという顔であたしを見つめた。
 あたしはこっそり耳打ちした。

「イレーネちゃんを助けられるのはあの変態だけや。せやから、分かってくれるか?」

 そのとおり。あの変態が捕まってしもうたらイレーネちゃんは助けられへん。期日までに間に合う可能性は限りなく低くなる。
 あたしが身代わりになって捕まれば、なんとかなるやろ。

「子供ではないか。本当に医者なのか?」
「ああ。その頬の傷、治したるわ」

 あたしはログマに近づいた。魚人たちが止めようとするのを、ログマは制した。
 頬に触れて治癒魔法をかけると、頬の傷は無くなった。
 魚人たちは感心するように声を上げた。

「……なるほど。素晴らしい」

 ログマは頬を撫でながら「ではおとなしく捕まってくれるか」と言うた。

「その前に一つだけ頼みがある」
「なんだ? 言ってみろ」
「キールの治療をさせてほしいんや。気絶しとるからもう暴れへんと思う」

 ログマは頷いてくれたので、あたしは神化モード――ミリアちゃんと魚人たちは大層驚いた――を使うてキールの傷を治した。

「さあ。もうええで。あんたらに捕まってやるわ」
「……いいだろう。こっちに来い」

 ログマたちに連れて行かれる。そのときに「ユーリちゃん!」とミリアちゃんが大声で言うた。
 振り返ってあたしは泣き顔のミリアちゃんに笑顔で応じた。

「安心せえや。なんとかなるやろ」

 甲板に出ると船が一艘、横付けされとる。バイキング船ちゅうのか、海賊チックな船やった。

「この海流から出るぞ! 向かうはディーンスタークだ!」

 ログマの号令に魚人たちは一斉に声を上げる。
 ディーンスターク?
 あらやだ。セントラルの南側やんか!

「なあ。誰に依頼されたんや?」

 何気なくログマに訊ねると「別に口止めされてないが」と前置きしてから言うた。

「教皇だ。なんでもお抱えの医者が逃げ出したらしい――」
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