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第七章 皇帝謁見編

あらやだ! バレちゃったわ!

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 『転生者』という言葉を聞いてあたしらは二つのミスをした。

 まずあたしが「えっ? なんで分かったん?」と思わず言うてしもうたこと。
 次にランドルフがそれを聞いて「馬鹿! 言うな!」と咎めたこと。
 二つの凡ミスであたしだけやなく、ランドルフも『転生者』やとバレてもうた。

「あー、まさかランドルフさんも『転生者』だとは思いませんでした。ラッキーですね」

 飄々としとる皇帝に対して、イデアル公とシヴさんは何がなんやら分からん顔をしとる。そりゃあそうやろな。『転生者』なんて聞いたことないやろから。

「いや、その、あの……」
「ユーリさん、誤魔化す必要はありません。別に罰しようとか監禁しようとか考えてませんから」
「……どういうことか、話を聞かせてもらおうか」

 ランドルフは既に覚悟を決めたようや。皇帝に対してタメ口になっとる。

「お、おい! 陛下に対して無礼だぞ!」
「イデアル公、私は気にしてませんよ。むしろ嬉しいくらいです。目の前に『転生者』が二人も居るんですから」

 皇帝はにっこりと笑うた。もしかするとあたしらの知らない『転生者』の秘密を知っとるのかもしれん。
 あるいは――

「なあ。あんたも『転生者』ってオチやないよな?」
「違います。私はただの皇帝ですよ」
「いや、ただの皇帝って表現も物凄いけどな」

 皇帝は「イデアル公とシヴさんにも分かるように説明しましょうか」と話し始めようとする。
それをランドルフは「ちょっと待ってくれ」止めた。

「いいのか? この場に居る人間は仕方ないにしても、傍に控えてる護衛の者に聞かせて大丈夫なのか?」
「護衛? そんなものは居ませんよ」
「……案外無用心なんだな。俺がもし暗殺者だったらどうするんだ?」

 挑発のつもりやろうけど、あんまり殺すだとか物騒な話はしてほしゅうないな。
 すると皇帝は不思議そうに言うた。

「うん? ああ、別にどうもしません。向かって来なければ放置しますし、来たら返り討ちにします」
「……随分と腕に自信があるんだな」
「でははっきり言いましょうか」

 皇帝は真顔で威圧感を出しながら言うた。

「この場にいる全員が相手でも、消し炭も残らないぐらいに燃やし尽くせますし、床を汚すことなく息を止めることもできます。それが『皇帝』の名を継ぐ者の力です」

 なんや知らんけど、殺されそうな気分になって、思わず冷や汗をかいた。イデアル公もシヴさんも同様やった。
 しかしランドルフは平然と「そうか。よく分かった」と言うた。元やーさんとはいえ、余裕ありすぎやろ。

「では話を戻します。『転生者』とはこことは異なる世界、つまり異世界の人間が私たちの住むこの世界に生まれ変わった、そういう人物のことです」
「……すみません、私が馬鹿だから理解できないのか、それとも冗談で陛下とユーリたちは言っているのか、判然としないのですが」
「……イデアル公、私も同じ気分です。そもそも異世界とはどんな世界なんですか?」

 イデアル公とシヴさんは頭痛を抑えるように額に手を置いとる。まあ常人の理解を越えとる話やから仕方ないな。

「異世界。少なくとも私が住むこの世界よりも文明レベルが高いとされています。しかし魔法や人間以外の異種族は居ません。まあ龍族に似た恐竜というものが居たそうですけど、滅んだそうです」
「なんでそこまで知っているんだ? まさか俺たち以外にも『転生者』は居るのか?」

 ランドルフの質問に皇帝は「ええ。正確には居た、というのが正しいですね」と答えた。

「時代の節目に合わせて『転生者』はこの世界に産まれます。私の代ではあなたたちが初めてです。しかし、歴代の皇帝はきちんと記録に残してありました。ちなみにこの大陸で広まっている軍階級。あれは『転生者』の話から便利だと判断されて導入されたものです。確か、ニホンヘイと申す者、と書かれていましたね」

 うわあ。あたしらのご先祖さまやんか。そんな人まで来とるんか。

「この首都、クサンの街並みはフランス人の建築家と呼ばれる『転生者』の考案です。実に機能的で美学がある造りだと思います。さて。ここまで言えばなんとなく分かりますね」

 皇帝はあたしとランドルフを交互に見つめた。

「あなたたちの前世の知識を教えてくれませんか? 私は大陸を発展させたいんですよ」

 なるほど。文明レベルが劣るこの世界にとっては、前世の記憶や知識は宝そのものらしいな。

「その前に、どうしてユーリさんが『転生者』だと気づいたんだ?」

 ランドルフの問いに皇帝は「ああ、先ほど言ったニホンヘイが話した記録が理由ですよ」と軽い感じで言うた。

「大政奉還、でしたっけ。記録によると幕府という政権運営をしていた機関及び人物が、元々日本国を支配していた朝廷に政権を返還した出来事。ニホンヘイは確かニッシン戦争で死んだ、元長州藩の人間だったらしいです」

 ああ、だからピンと来たんや。まあ知ってたら似とるって分かるよな。

「まあ後の祭りかもしれませんけど、とぼけるつもりなら『何を言っているのか分かりません』と言うしかなかったでしょうね。しかしまさか一発で引っかかるとは」
「いやあ! 恥ずかしいからやめてえな!」
「それで、あなたの前世の記憶を教えてください。ああ、個人的な思い出はいいです。私が聞きたいのは、あなた方の政治、軍事、統治方法についてですから」
「でもなあ……」

 渋るあたしに皇帝が「もちろん対価は支払います」と言うた。

「ギブアンドテイクで行きましょう。私は皇帝ですから、大抵の願いは叶えます。流石に人知を超えた願いは不可能ですが」

 あたしはランドルフと顔を見合わせた。どないしよう。もしも話せば確実に世界は変わるやろな。それに叶えたいことなんてないし。

「ユーリさん、どうする? 俺はあんたに従うぜ」
「そうやな……よし決めた。話そうや。もう大政奉還で大陸変えてしもうたし、しゃーないな」
「……躊躇いがないな。それでいいんだな?」
「ランドルフも同じ気持ちやろ? それで大陸が良くなれば平民の暮らしも良くなるしな」

 あたしは皇帝に向き合った。そして言うた。

「あたしが覚えとるかぎりのことを話します。ランドルフも協力してな!」
「分かったよ、ユーリさん」

 皇帝は満足げに微笑んだ。

「それでは話してください。まずはあなたの国について――」

 あたしは喋った。天皇制や憲法や法律や内閣総理大臣や議院内閣制や三権分立や地方自治や警察組織、国家公安委員会、官僚制度、大臣と官庁、自衛隊など。それから科学や武器など問われるまま話し続けたんや。
 ランドルフも裏社会、やくざについて話した。皇帝は話させ上手やった。
 質問する皇帝とは対照的にイデアル公とシヴさんは黙って聞いてた。唯一話に割り込んできたのは、自衛隊のことやった。

「つまり、交戦権を持たずに国を自衛する組織が自衛隊なのか?」
「ええ、そうですけど」
「おかしいではないか。前に日本国憲法とやらで軍隊を持つことは禁じられているのではないか。自衛隊は軍隊だろう?」

 イデアル公の問いに、あたしとランドルフは答えられへんかった。まあ前世に居たときもそういう運動をしてた人も居たなあ。
 すると皇帝は「確かに一見矛盾しているように見えますが、解釈次第では憲法違反ではありませんよ」と言うてくれた。

「どういうことですか?」
「つまり、イデアル公は自衛隊と軍隊を同じ組織だと思ってますね?」
「そうですね」
「では先ほど話に出た警察という組織は軍隊と等しいのではありませんか?」
「それは違います。あくまで法律に違反した人間、国内の罪人を捕まえているわけですから、軍隊とは役割が異なります」
「では、警察よりも大きな戦力を持っているのが軍隊と言えますか?」
「まあそうなりますね。だから自衛隊は警察よりも戦力があると思いますので、軍隊です」

 皇帝はまるで丁寧に教える教師のように答えを示した。

「ではこれならどうでしょう。自衛隊は警察と軍隊の中間に居ると」
「……? つまり、警察よりも戦力はあるが、軍隊よりも戦力はない。だから憲法違反ではないと?」
「そのように解釈できます」
「しかし自衛隊とやら軍隊よりも戦力がないとは――」
「交戦権が無い時点で、軍隊ではありませんよ」

 この会話を聞いて、あたしは皇帝の地頭の良さに慄いておった。物事を理解するのが早い。それも表面だけではなく、本質を理解しとる。そして高次元で物を考えとる。
 素直におそろしいと思うた。そしてほんまに異世界の住人なんかと疑った。
 シヴさんの言うた聡明すぎるって意味がようやく分かったわ。

「さて。いろいろ聞いてみて、参考になった点とならなかった点を言います」

 皇帝は一切メモを取らんかった。全ての情報を記憶しとるみたいや。

「今度は是非、もう一人の『転生者』の話を聞きたいですね」

 クラウス、堪忍やで。うっかり口走ってしもうた。

「それで、参考になった点ですけど――」

 賢すぎる皇帝は自分の考えを述べる。
 それは人を統べる務めを持つ皇帝ならではの考え方やった。
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