上 下
26 / 170
第四章 料理対決編

あらやだ! ラブストーリーだわ!

しおりを挟む
 場の空気が固まるのを感じる。みんながみんな「この子は何を言っているんだ?」みたいな目であたしを見つめとる。
 せやけど、あたしには確信ちゅうもんがあった。ロイがまるで刑事ドラマで真実をつけ付けられた犯人のような顔をしとったから。

「えーと、ユーリさん? お前は何を言っているんだ?」

 誰も何も言わんから、代表してランドルフが口を開いた。例によって例のごとく、またおかしいこと言い出しやがったという顔をしとる。
 あたしはランドルフだけではなく、みんなに聞こえるように言うた。

「でもそう考えればしっくり来るねん。そもそも、どうしてロイさんはエバさんと婚約できたのに、せえへんかったんや?」
「ロイには他に好いている女でもいたんじゃないか?」
「それも考えられるな。じゃあ今訊くで。ロイさん、あんたは好きな人は居るん?」

 ロイは「……どうしてそんなことをこの場で言わねばならんのだ」と答えへんかった。

「そうか。じゃあ居ないと仮定して話させてもらうわ。しかしロイさんはエバさんと結婚するわけにはいかなかった。何故なら、ロニーさんがエバさんに恋しとることが分かっていたからや」

 その言葉にエバさんは口元を抑えた。ロニーさんは顔を背けた。

「なあ。ユーリさん。どうしてロニーさんがエバさんに恋していると分かるんだ?」

 ランドルフの問いにあたしは自信満々に答える。

「女の勘や」
「はあ? 女の勘?」
「恋しとる男女ぐらい様子見れば分かるわ。昼ドラ何遍見たと思っとんねん。間違いないわ」
「……せめて刑事ドラマのように推理してくれないか?」

 元やーさんの言葉とは思えへんかったけど、その言葉に応じるように「刑事ドラマも見とったからな。根拠はあるで」とあっさりと答えた。

「だって、ロイさんとロニーさんは兄弟か親戚か何かやろ?」

 その言葉にみんなざわめき始めた。初めてロイがこの店に来たとき感じたんや。『ウェイターさんと同じ黒髪の美男子』ってな。

「……確かにロニーは私の弟だ。それは認めよう」

 ロイの口から真実が告げられた。それによって聴衆のざわめきが一層増した。
 だけど「そう考えるとあたしの根拠が強くなるねん」と口を開くと、水を打ったように静まり返った。

「どうして実兄のやっている店に移籍せえへんかったのか。考えられるのは仲が悪いんのか、それとも別の理由があるかやけど、仲が悪いとは思えへんかった」
「それは何故だ?」

 ランドルフに訊かれたんで自分の根拠を答える。

「思い出してみ? ロイさんが東風亭に訪れたとき、終始敬語やったやろ」
「うん? ……確かにそうだったな」
「普通の仲の悪い兄弟相手なら、敬語じゃなくなるわ。タメ口になるやろ。まあ、独立騒動で仲が悪くなったんやろけど、それでもお客の前で感情的になっても敬語であり続けるのは、それなりに仲の良い証拠や」

 これは経験則やな。義信と健太の喧嘩はまさにそうやった。

「それに兄弟やったら、ロニーさんがエバさんに恋しとるのに気づいて当然やろ。赤の他人のあたしが気づけたんやから」
「だから結婚、つまりは横恋慕を避けるために、独立騒動を起こしたのか?」
「そう考えるとしっくり来るんやけど、どうしても引っかかることがあるねん」
「なんだ?」
「どうしてロニーさんはエバさんに告白せえへんかったんや? どうしてロイさんはそのことを伝えへんかったんや? そこが分からんねん」

 好きなら好き言うたらええ。兄弟の恋を応援するのも立派なことや。
 せやのに、どうして――

「……それはなんとなく分かるぜ」

 考えとるとランドルフは何やら複雑な思いを感じさせる言葉を発したんや。

「多分、身分が違うからだ」
「身分? なんやねんそれ」
「言い方は悪いが、ただの使用人のロニーさんと跡取りであるエバさんじゃ格が違う。それに比べて次期料理長のロイさんは釣り合ってる。分かるだろ?」

 ああ、貴族に育てられたランドルフやから分かるんやな。
 でも、なんだか、腹が立ってしもうた。

「なんやねん、それ。あんたら馬鹿か!」

 あたしはエバさんとロイ、ロニーさんに向かって言うた。

「身分がどないしたんねん! 普通に自分の気持ち伝えとったらええやろ! エバさんも薄々気づいとったやろ! ロニーさんが自分のこと好いとるって! ロニーさんもどうして勇気出さんねん! それでも男か! それからロイさんも回りくどいことすんな! あんたら全員あほうや!」

 気がつくと肩で息をするくらいに怒鳴ってしもうた。エバさんとロイ、ロニーさんは三者三様の反応を示した。
 エバさんは顔を真っ赤にして恥ずかしがったし。
 ロイは罰の悪い顔をしたし。
 ロニーさんは顔を背けたままやった。

「それで、ユーリさん。あんたはこの始末をどうつけるつもりだ?」
「ランドルフ。決まっとるやろ。三人で腹割って話すべきや。そうあるべきやねん。違うか?」
「違わねえけど、なんか放り投げた感じがするぜ」

 まあ勢いだけで言うただけやからな。
 すると今まで黙っとったクラウスがこないなことを言うてきた。

「僕から提案があるんですけど、いいですか?」

 みんながクラウスに注目した。するとクラウスはとんでもないことを言うてきた。

「僕は代理です。でも勝ったのは僕ですから代理に要求を述べてもいいですか?」
「えっ? もう要求は言ったはずですけど――」
「エバさん。口約束ですよね。きちんと文書にしないといけません」

 そう言うて、クラウスは懐から羊皮紙を取り出した。
 なんや、準備ええな。

「要求その一。西土亭は東風亭に吸収合併されること。要求その二。ロイは速やかに東風亭の総料理長になること。要求その三――」

 クラウスはにっこりと無邪気にこんな要求を言うた。

「ロイとエバさんは婚約破棄すること。それに付随してエバさんは料理長を辞任する」

 その言葉にいち早く反応したのはエバさんではなく、ロニーさんでした。

「ふざけないでください! それではお嬢様の立場がないじゃないですか!」
「ロニーさん。それはエバさんへの質問を終えてから答えさせていただきます」

 クラウスはエバさんに向かって言う。

「この要求を飲めば、エバさんははっきり言って自由になります。重責から解放されます。だから訊ねます。エバさんはロニーさんのことは好きですか?」

 エバさんは消え入りそうな声で答えた。

「……好きです。こんな頼りのない私を見捨てなかったし、それに――」
「それに、なんですか?」
「ロイと結婚と聞かされたとき、頭を過ぎったのは、ロニーだったから」

 ロニーさんはぽかんとしとる。今まさに告白されたんのが信じられへんかったのやろうな。

「それでは、ロイさん。要求を受け入れますか?」
「はっ。子供たちにしてやられたのは気に入らないが、これでやっと肩の荷が下りた気分だ」

 ロイは清々しい顔で言うた。

「要求を受け入れる。お嬢様――いや、エバさん。弟をよろしくお願いします」
「ありがとう。ロイ――いや、義兄さん」

 そしてエバさんはロニーさんに近づいた。

「もう私はお嬢様じゃないけど、それでも好きになってくれますか?」

 ロニーさんは口をパクパクさせたけど、エバさんの笑顔を見て、覚悟を決めたようだ。

「もう十分すぎるほど好きです。私と――結婚してください」

 エバさんははじけるような笑みで「はいっ!」と言ってロニーさんの胸に飛び込んだ。
 ロニーさんはそれをこの上もない幸せそうな顔で受け止めたんや。
 ……人の恋が成就したのを間近で見たのは初めてやな。

「さて。これで一件落着ですね」

 クラウスはそう言うて、笑顔で急展開について行けない観客を見る。そして不思議そうな顔をした。

「みなさん。どうしたんですか? ハッピーエンドなんです。拍手で祝福しましょうよ!」

 クラウスが拍手をし始めた。観客は戸惑いながら一人二人と手を鳴らし、そして理解が追いつくと拍手は店のみならず、通りまで聞こえるぐらいに大きく鳴り響いた。

 こうして料理対決の決着は終えたんや。
 この勝負で一番得したのは誰やろ?
 想いが叶ったロニーさん?
 重荷が無くなったエバさん?
 料理人としての地位を獲得したロイ?
 いや、その三人は確かに得したけど、そうやなかった。
 最も得した人間、それは――クラウスやったんや。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゲームの中に転生したのに、森に捨てられてしまいました

竹桜
ファンタジー
 いつもと変わらない日常を過ごしていたが、通り魔に刺され、異世界に転生したのだ。  だが、転生したのはゲームの主人公ではなく、ゲームの舞台となる隣国の伯爵家の長男だった。  そのことを前向きに考えていたが、森に捨てられてしまったのだ。  これは異世界に転生した主人公が生きるために成長する物語だ。

異世界転生モノの主人公に転生したけどせっかくだからBルートを選んでみる。第2部

kaonohito
ファンタジー
俺、マイケル・アルヴィン・バックエショフは、転生者である。 日本でデジタル土方をしていたが、気がついたら、異世界の、田舎貴族の末っ子に転生する──と言う内容の異世界転生創作『転生したら辺境貴族の末っ子でした』の主人公になっていた! 何を言ってるのかわからねーと思うが…… 前世での社畜人生に嫌気が差し、現世ではのんびりマイペースに過ごそうかと考えていた俺だったが、信頼できる仲間や、気になる異性ができたことで、原作とはまた違った成り上がりストーリーを描くことになってしまったのだった。 ──※─※─※── 本作は「異世界転生モノの主人公に転生したけどせっかくだからBルートを選んでみる。」の第2部にあたります。まずはそちらからお読みください。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/177250435/358378391 ──※─※─※── 本作は、『ノベルアップ+』『小説家になろう』でも掲載しています。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。 女神の話によれば、異世界に転生できるという。 ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。 父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。 その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。 食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。 そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...